春のGIレース解説
桜花賞とは?
皐月賞とは?
天皇賞とは?
NHKマイルCとは?
オークスとは?
日本ダービーとは?
宝塚記念とは?
宝塚記念
宝塚記念とは
 宝塚市の阪神競馬場で、毎年春シーズンの締めくくりとして行われるG1レース。1960年から始められ、年末の有馬記念と同様にファン投票で出走馬を決める。距離は2200メートル。97年からは国際競走となり、外国馬にも門戸を開くようになった。有馬記念(グランプリ)に対し、春のグランプリといわれる。
宝塚記念アラカルト
●河内は苦手?
 騎手生活27年目で、ようやく宿願のダービー優勝を果たしたベテラン河内洋騎手に、もう一つどうしてもほしいタイトルが宝塚記念。1979年のバンブトンコート(2着)を手始めに昨年まで17回騎乗してまだ一度も勝ち星がない。弟弟子の武豊騎手は11回の騎乗で3勝している。

●投票の最高はオグリ
 出走馬はファン投票で選ばれるが、得票数の過去最高は1990年のオグリキャップの15万2016票。初代アイドルホースのハイセイコーは、73年の有馬記念で2万3000票だった。時代が違うから仕方ないが、オグリキャップの人気はすごい。有馬記念の最高得票もオグリキャップで、前年の有馬、90年の宝塚を合わせると34万9698票だ。

●ダービー馬は縁がない
 ダービー馬が、のちに天皇賞や、有馬記念で活躍するのは常識だが、宝塚は様子が違う。過去ダービー馬が優勝したケースは、1962年のコダマ、65年のシンザン、79年のサクラショウリの3例だけ。不思議といえば不思議だが、最近10年でダービー馬で出走したのが昨年のスペシャルウィーク1頭だけ。

●波乱がないレース
 宝塚記念は、穴が出にくいレース。万馬券はまだ一度もない。1998年の馬番連勝で4590円が最も高い配当。この年は並外れたスピードをもっていた1番人気サイレンススズカが1着、G1レースで当時からしぶとさを発揮していたステイゴールド(9番人気)が2着に入った。

●3年連続1位
 3年連続ファン投票1位になったのがメジロマックイーン。競馬ブームの火付け役だったオグリキャップが1990年に引退した翌年、同じ芦毛(あしげ)のメジロマックイーンにファンの人気が集まった。まだ20歳台前半だった武豊騎手とのコンビで春の天皇賞(2勝)や菊花賞などを制したスーパーホースも、宝塚記念は91年がメジロライアンの2着。92年は出走せず、最後の93年で初めて勝った。
日本ダービー(東京優駿)
日本ダービーとは
 日本で生まれた4歳馬の頂点を決めるレース。正式名称は東京優駿で、東京競馬場の2400メートル芝コースで開催される。牡馬、牝馬とも出走可能。1932年から始まり、34年から会場が目黒から現在の府中に移った。今までは内国産馬だけで行われてきたが、来年からは外国産馬(2頭まで)にも門戸を開放する。本家英国のダービーは1780年、第12代ダービー伯爵が創設し、200年以上の歴史を持つ。
日本ダービーアラカルト
●2分30秒でいくら
 ダービーの1着賞金は1億3200万円だが、実際にもらうお金は、付加賞約4200万円、特別出走手当の約43万円などが加わる。
 このほかにも、生産者賞が740万円、繁殖牝馬所有者賞が740万円、さらに騎手賞が騎乗手当を含んで約18万円、厩務員賞、調教助手賞が各約10万円などがある。

●ダービー2勝の騎手は11人
 1932年以来という長い歴史を誇る日本ダービーで、2勝を記録した騎手は
橋本輝雄(昭和19年カイソウ、25年クモノハナ)、岩下密政(26年トキノミノル、29年ゴールデンウエーブ)、蛯名武五郎(28年ボストニアン、32年ヒカルメイジ)、保田隆芳(31年ハクチカラ、36年ハクシヨウ)、栗田勝(35年コマダ、39年シンザン)、大崎昭一(44年ダイシンボルガード、56年カツトップエース)、増沢末夫(42年アサデンコウ、61年ダイナガリバー)、小島太(53年サクラショウリ、63年サクラチヨノオー)、郷原洋行(55年オペックホース、平成元年ウィナーズサークル)、小島貞博(4年ミホノブルボン、7年タヤスツヨシ)、武豊(10年スペシャルウィーク、11年アドマイヤベガ)の11人。この中で現役は小島貞、武豊の2人だけ。今年のダービーにエアシャカールで騎乗予定の武豊がもし勝ったら史上ただ1人の3勝ジョッキーとなる。

●大穴馬券
 馬番連勝がスタートして高額配当が話題になることが多いが、ダービーの馬連では92年の2万9580円が最高。しかし、約50年前に単勝5万5430円という大穴が飛び出してファンをびっくりさせた。終戦後の49年、第16回のことだった。優勝したのは23頭立てで19番人気の関西馬タチカゼで、的中したのはわずか720票だった。
オークス(優駿牝馬)
オークスとは
 競馬の本場英国を模範にした、日本の5大クラシックレースの1つ。桜花賞と同じく内国産の4歳牝馬のみが出走できる。日本での正式名称は優駿牝馬。1938年に阪神優駿牝馬として始まり、46年からはコースが東京競馬場に移った。
 英国のオークスは1779年、ダービーの創設者である第12代ダービー伯爵が、結婚を記念して創設。住居の周囲にオーク(樫)の林があったのがレース名の由来だ。
オークスアラカルト
●馬連ひとけた配当なし
 2400メートルの長丁場で争われるオークス。馬券は荒れないと思われがちだが、馬番連勝では92年に初めて導入されて以来、まだ一度もひとけた配当がない。
 1、2番人気がそろって連対したのは77年が最後だ。多くの調教師が、4歳春の牝馬には過酷と語るこのレース。思わぬ伏兵がスルスルと抜け出してくる可能性は十分ある。
NHKマイルC
NHKマイルCとは
 従来、4歳馬の競走体系においては、ダービーを頂点とする中・長距離系の距離体系は組まれていたが、短距離路線においては、指標となる競走がなかった。しかしながら、近年における海外も含めた競馬のスピード化に伴い、いわゆるクラシック・ディスタンス(2,400メートル)から、より短い距離の成績も同程度に重要視されるようになってきた。そこで平成8年に4歳馬競走における短距離系の競走体系が整備され、距離体系の根幹距離である1,600メートルのGI競走として本競走が設けられた。
 なお、平成7年よりGI競走が地方馬にも開放されており、桜花賞、皐月賞で2着以内、あるいはステップ競走で指定された着内に入着した地方馬には本競走の出走資格が与えられている。また、本年の番組改革によりダービー・オークスの施行時期が1週繰り上がったことに伴い、本競走も同様に1週前に移設された。
天皇賞
天皇賞とは

 1905年、横浜の日本レースクラブが明治天皇から下賜された菊花御紋付銀製花盛器(鉢)を賞品に、競馬をしたのが由来。その後、帝室御賞典競走として各地に広まった。
 各競馬クラブが日本競馬会(現在の日本中央競馬会の前身)に統合された37年、第1回が東京競馬場で開催された。翌年から年に2度になった。春秋とも5歳以上の馬に資格がある。春はG1レース最長の3200メートルで競う。秋は84年から2000メートルに短縮された。

天皇賞アラカルト

●春は平穏
 秋の天皇賞は12年連続で1番人気が負けている。この12年で万馬券が3回、連勝の平均配当は約6090円になる。
 これに引き換え、春の方は平均1680円、はっきり差がついている。ゆったり回れる京都の3200メートルでスタミナ比べの要素が大きく、紛れが少ないのが大きな理由だろう。秋はマイラーにも長距離馬にもチャンスがある、接点のような距離2000メートルで馬券的に難しいことが波乱の一因になっている。

●連対率7割の武豊
 天才と呼ばれる武豊騎手だが、春の天皇賞では特にその印象が強い。初めて騎乗した1989年春のイナリワンを手始めにスーパークリーク、メジロマックイーン、メジロマックイーンと4年連続優勝。続く93、94年をメジロマックイーン、ナリタタイシンで2着、そして昨年春もスペシャルウィークで勝っている。いい馬に乗っているからと言ってしまえばその通りだが、人気馬でしっかり勝つのも簡単ではない。

●親子3代の天皇賞馬
 父子あるいは母子で2代続いて天皇賞に勝った親子は何組もいるが、孫まで勝って3代続きとなると、メジロアサマ(70年秋)メジロティターン(82年秋)メジロマックイーン(91、92年春)のたった1組しかいない。海外から優秀な種牡馬が次々と輸入されるおかげで、内国産馬が種牡馬になる道は大変狭くなってしまう。どうしても2代、3代続きの制覇は難しくなるわけである。

●外国馬が勝っていた
 今年から外国産馬も出走できるようになった天皇賞だが、外国産馬の出走制限が実施されたのは、71年に「活馬」の輸入が自由化されたとき以来。それ以前は外国産馬も走っていた。54年秋に優勝したオパールオーキット(牝馬)56年秋に勝ったミツドファームは、ともにオーストラリアからの輸入馬だった。これからチャンスが増えそうだが、スピード優先の短距離タイプが多い外国産馬がどう活躍するのか。

●意外に質素な天皇盾
 優勝馬主に贈られる記念の優勝盾は木の板に菊のご紋章と「競馬恩賞」の文字が入っている。素材は桜で、大きさは縦56センチ、横49センチ。それまでの銀製のカップに代わって、41年から使用されている。表彰式のときに馬主に授与されるが、これは持ち回りで、馬主にはレプリカが贈られる。普段は東京競馬場の金庫で厳重に保管されている。

皐月賞
皐月賞とは
 皐月賞 4歳クラシック三冠レースの第一関門。英国の2000ギニーをモデルに1939年、「横浜農林省賞典4歳呼馬競走」として始まった。49年から開催地が中山競馬場に変わったのを機に「皐月(さつき)賞」と改称された。牝馬にも出走資格はあるが、大半の馬が牝馬限定の桜花賞を目指すため、事実上は牡馬のレースと位置づけられている。2000メートルの距離は、牡馬の三冠レースで最も短い。
皐月賞アラカルト

●11年前にミスタートウジン
 今年3月に15歳で引退するまで現役最古参だったミスタートウジンも、1989年の皐月賞を走った。柴田善騎手を背に先行集団につけ、3コーナーでは先頭を奪う見せ場もつくったが13着と惨敗。ちなみにこのレースで1番人気だったサクラホクトオーは種牡馬生活のあと、今年3月に死んだ。

●11番人気で大西騎手、好騎乗
 97年は皐月賞初登場の大西騎手が度胸満点の騎乗で初のクラシック制覇。大外の18番枠から先頭を奪い、スローペースで4コーナーから早めにスパートして逃げ切った。2着も10番人気のシルクライトニング。馬番連勝5万1790円は断然の皐月賞最高配当。枠番連勝も史上2位の7180円の配当がついた。

桜花賞
桜花賞とは
 桜花賞 4歳クラシックの5レースのうち、オークスとともに牝馬だけで行われる。英国の1000ギニーを範に1939年、「中山4歳牝馬特別」として中山競馬場で初めて実施された。47年から舞台が京都競馬場に移り、阪神競馬場での開催は50年から。距離は1600メートル。牝馬限定戦のレース名にふさわしく、毎年、競馬場周辺の桜が咲き誇る4月前半に行われる。
桜花賞アラカルト

●桜は関西馬13連勝中
 どういうわけか、関西馬がやたら強い桜花賞、現在13連勝中だ。馬ばかりではない。騎手も関西の一流が絶対的な強みを示している。この13年間で、武豊4勝、河内3勝、田原(現在は調教師)3勝。最後に関東馬が勝ったのがメジロラモーヌだが、これも河内だった。今年も武、河内のどちらかが優勝するのだろうか。

●桜Vの最後の関東騎手
 関東の騎手が勝った最後の桜花賞は85年、エルプスの逃げ切りだった。乗っていたのは木藤騎手。生涯でビッグレース優勝はこの一度だけ。境勝太郎きゅう舎の所属、小島太騎手の陰で目立たない存在だった。それがエルプスに乗るときは自信満々、相手をのんだような見事な騎乗だった。

●関東に桜騎手がいない
 何と関東の現役騎手で、桜花賞優勝騎手がいないと言ったら信じてもらえるだろうか。事実なのである。エルプスの木藤が最後で、その前が柴田政(81年)そして嶋田功(76年)菅原泰(75年)と続く。みんな引退した騎手ばかりだ。現役はどこまで行ってもいない。関東のエース岡部は桜花賞を勝てばクラシック五冠騎手になるのにこれまで勝てなかった。今年こそと思っているファンも多いだろう。