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ここでは、私が過去に読んだシュティフター作品の紹介をしています。
簡単なあらすじ、作品に関するエピソードと感想。どれも素晴らしい作品ばかりです。

 紹介している作品 (書かれた年代順です。タイトルは 作品年表に統一)

 「コンドル」(1840)
 「荒野の村」(1840)
 「野の花」(1841)
 「曾祖父の遺稿」(1842)
 「喬木林」(1842)
 「アプディアス」(1843)
 「石乳」(1843)
 「ブリギッタ」(1844)
 「運命の鍛冶屋」(1844)
 「水晶」(1845)
 「森の小径」(1845)
 「古い印章」(1845)
 「男やもめ」(1845)
 「慈しみ」(1845)
 「二人の姉妹」(1846)
 「信頼」(1846)
 「森ゆく人」(1847)
 「石灰石」(1848)
 「ある乙女の死」(1848)
 「二人の寡婦」(1848)
 「みかげ石」(1849)
 「電気石」(1852)
 「白雲母」(1853)
 「晩夏」(1857)
 「子孫」(1864)
 「森の泉」(1866)
 「ゼンツェの接吻」(1866)

 作品集

  『石さまざま』 (1853)
  …以下随時UP


誰でも自分の運命の造り手である

「コンドル」 1840年

 月のきれいな6月の午前二時、画家の“ぼく”は雄猫ヒンツェと一緒に、気球が飛び立つのを 待っていた。その気球には、“ぼく”の大切な人が乗っているのだったが…。

 シュティフター34歳の時の出世作。発表するつもりもなくポケットに突っ込んでおいた 原稿を、知人の娘イーダが見つけてこう叫んだとか。
「ママ、このシュティフターさんは隠れた作家なのよ。空へ飛んでいく少女のことがここに 書かれているわ!」
結果、彼はこの物語を知人に読んで聞かさなければならなくなり、その知人の計らいでこの作品が 発表されました。いいお話ですね〜。

 これは短いお話ですが、夜の空を飛ぶ気球のイメージがとても心に残ります。気球に乗っていたのは “ぼく”ことグスタフが絵を教えている(そして密かに恋心を抱いている)、コルネーリアという お嬢さん。この時代の人にしては珍しく男まさりというか、男性と同じことができるようになりたくて、 皆が止めるのも聞かずに気球「コンドル号」に乗り込むんですが、案の定というかなんというか、 気分が悪くなってしまって…。この事件があった後、それぞれの思いを胸に秘めながら、何事も なかったように絵のレッスンをしてる二人が良いです。グスタフのだしぬけな告白も、 なんか微笑ましい。冒頭でグスタフがヒンツェと話してるところ、とてもよいです♪



「荒野の村」 1840年

 美しい荒野でたくましく成長したフェリックス少年は、ある日家を旅立っていった。 何年もたった後、世界中を旅した彼は故郷に帰り、留守にしていた間に村になった荒野で 両親を助けて暮らし始めた。やがて彼は家を建てるが、それは一人で住むには大きすぎるもの だった…。

 これはかなり短いお話です。村のために自分が学んだ知識を役立て、旱魃の不安から人々を救って あげたりする、立派な人になって戻ったフェリックス。彼を育てたのは荒野(となってますが、 実際は人の手の入ってない普通の野原のことらしい)なのでしょう。最後に彼に来る手紙、 待ちつづけた恋人からの手紙なのですが、なんてゆーか青天のヘキレキなのです。



「野の花」 1841年

 画家のアルプレヒト青年は、旅先で出会ったアンゲラという女性に一目惚れしてしまう。 親しくなっても自分の素性を明かそうとしない彼女だったが、アルプレヒトは彼女の素晴らしさに ますますひかれるようになる。互いの気持ちを分かり合えたと思った矢先、事件が起こって…。

 25歳の主人公アルプレヒトが、旅の途中で知り合った友人ティトウスに毎日の 出来事を書きつづって送る、という形で進みます。一通の手紙が一つの章で、それぞれに花の名前が つけられています。 「桜草」とか「碧空の色をした竜胆」とか「勿忘草とたかとうだい」とか…。描かれてるのは、 恋に恋しているような、夢見がちで思い込みの激しい青年の目に映る、ドラマチックで平凡な (…という感じを分かって下さい(^_^;))毎日の生活……。誰でも経験するような青春の日々(?)ですが、 設定としてはありふれてます。唯一起こる大事件が、将来を誓い合った次の日に、アンゲラが 見知らぬ男と親しげに話し合ってるのを見て、それで全てに絶望してアルプレヒトは彼女に 永遠に別れを告げてしまう、というもの。彼はもちろん、3日後には後悔します(^_^;)  気持ちは分かります。分かりますけど、それはあまりにも…(^_^;) きっとそれが若いってこと なのね……(爆)  それはともかく、アルプレヒト君の書きつづる言葉に言い様もなくひかれてしまうのです(*^^*)  春の日の哀しい気持ちのこと、シリウスを眺めながら、地球の上にいる自分の孤独を思うこと、 恋した人の、いいところしか見えないこと……。平凡で青臭いし、実際こんな手紙ばっかり もらってるティトウス君はきっと閉口してると思いますが(爆)、好きなんですね、こういうの。 特に、女性が結婚してから刺繍や編物ばかりやってるのを無駄だと言い切って、家事なんてものも 最小限の時間で済ませて、空いた時間で彼女たちはもっと自由に自分で何かを作り出すべきだと、 6ページにわたって一席ぶつところ、160年も前の言葉だなんて思えなくてとても良かった です〜(^_^;) とはいえ、なにもかもちょっと唐突ですけど(^_^;) 好きなのは、月明かりに 照らされた湖上で、2艘のボートが奇跡のように出逢って、アルプレヒトがもう一つのボートに 飛び移るところ。そこにいたのはアンゲラの義理の兄エミールで、話すと長くなるのでやめますけど、 とても素敵なシーンなのです(*^^*) 
最後にお気に入りの言葉の一つを。

  世の中を支配している馬鹿々々しい浪費のために、人間の大部分が一生涯肉体労働をしなければ ならぬ運命を担って、美しい青空さえも見上げる暇がないことだけで、もう人間の不幸は たくさんなのだ。



「曾祖父の遺稿」 1842年

 “私”の曾祖父は医者だったが、変わり者として知られていた。そんな曾祖父の古い日記のような ものを発見した私は、いつしか夢中になって読み始める。それは曾祖父アウグスティヌスが ある若い女性に想いを拒絶され、自殺を決意した若い日の思い出から始まっていた…。

 この作品は、1841年から1842年にかけて「ウィーン芸苑誌」に掲載され、1847年に 改作されて『習作集』第3巻に収められ、1864年には更に改作の試みがなされ、1867年には 4度目の改作が試みられるという、ほとんどシュティフターの作家人生を通じて改作がなされてきた 作品です。それだけシュティフターの思い入れが深かった作品ともいえますが、結局完成稿は 存在しません。完成したらどうなっていたのか、とても気になる作品です。

 作品としては中編くらい。恋人のマルガリータとのすれ違いから首を吊って死のうと決意した アウグスティヌスですが、親しい老大佐(マルガリータの父)に諭され、彼が妻を亡くした時の 思い出話を聞くことになります…。死ぬことをためらう私が、鳴きやんだこおろぎがまた 鳴き出したら、と思いつつこおろぎが鳴きだすのを待ってるシーンが好きです。 大佐は別に特別なことを言うわけじゃないんですけど、「ここへ登って来られるとき、 ご覧になりませんでしたか、ドクター。今年は小麦がとてもよく育っているのを。」という 何気ない一言が、アウグスティヌスを止めたような気が。そのあと不意にこおろぎが鳴きだす…… 彼は首を吊ろうと思っていた縄を投げ捨てる。この辺の情景がもうたまらないです(T_T)  あとはアウグスティヌスことドクターの、この出来事 以前と以後の日常が淡々と語られてます。ひどい寒波に襲われた森の風景なんてすごくいいです〜。 しかしドクターはどうも直情的な人のようで、マルガリータへの愛の告白も唐突(でも なんか良いです(*^^*))なら、彼女への嫉妬もかなり唐突……(^_^;) その辺が変わり者の いわれかもしれませんが、それ以外は特に変なところはない人です。普通の、仕事熱心な ドクターです。これは若い頃の話だけで終わってますけど、前述のように続きが気になる作品です…。



「喬木林」 1842年

 200年前、バイエルンとボヘミアとオーストリアの三国が国境を接する小さな田舎町に、 老男爵とその二人の娘クラリサとヨハンナの住む城があった。だが戦争が始まるという知らせを受け、 老男爵は深い森の中の湖のほとりに建てた家に娘二人をかくまうことにする。美しい森の中で、 男爵の古い友人グスタフに守られながら、姉妹は不安のない日々を過ごしていたが…。

 200年前というのはこの物語が書かれた時点からのことで、17世紀始めの三十年戦争の頃です。 早く言えば、敵国スウェーデンの皇太子とクラリサの悲恋物語。この王子がまた唐突な登場をするんで 混乱しますが…(^_^;) でも、巨大な岩にかこまれた、森の中の神秘的な湖…この情景がもう なんとも言えません(T_T) 冒頭でいきなり5ページにわたって森と湖の描写が続きます(^_^;)  この物語の主人公は姉妹なんですが、ほとんど森が主役といってもいいくらいですね。人間に 何が起きてもただ存在しつづける、美しい森が冷酷なようで…。哀しくも美しいお話です(*^^*)



「アプディアス」 1843年

 アプディアスは、古いローマ人の都に住むユダヤ人だった。裕福な家系に生まれ、たぐいまれな 美貌に恵まれた彼だったが、病気のため醜い容貌になり、妻のデボラーに忌み嫌われるように なる。ある日、旅から帰った彼の家は仇敵に焼かれ、デボラーはそのショックで女児を産み落とし、 やがて死んでしまった。彼は赤ん坊を連れ、ヨーロッパへと旅を始める……。

 なかなか成長しないように見えた娘のディータは、生まれつき目が見えないことが 分かります。ある雷雨の夜に突然目が見えるようになったと思ったら、すぐに訪れる 呆気なさすぎる死。アプディアスに関わる者全てに不幸が降りかかり、結果として彼自身も不幸に。 狂犬病にかかったと思い込んで愛犬を撃ち殺してしまったけど、実はそうじゃなかった 場面なんて(T_T)
初めて目で見ることを覚えたディータが、目に映る全てのものについてあらためて父 アプディアスと学んでゆくところが好き(*^^*) 最後に彼女が死んでしまうシーン、 あんまり唐突なんで一瞬呆然としてしまった…。衝撃的すぎます(^_^;)



「ブリギッタ」 1844年

 私は以前の旅の途中で知り合いになった少佐に招かれ、ハンガリーへと旅をすることになった。 荒地を開墾し、素晴らしい農園を作り上げた少佐には、近所に住むブリギッタという有能な 女性の先駆者がいたのだが……。

 あまり美しくもなく、小さい頃から家族に変わり者だと思われてたブリギッタ。 彼女の内面の美しさを理解してくれる人とめぐり合って結婚したのはいいけど、夫は やがて浮気して彼女を捨てます。それからは、女手ひとつで息子を育てて立派にやって 来たんですが…。
 愛し合ってるように見える少佐とブリギッタですが、二人は友達として助け合っていこうと いう約束を交わしてるらしい。なんか変だなと思っていたら…やっぱりそういうこと だったのね(*^^*) どぎまぎして部屋を出てこうとする“私”が微笑ましい(*^^*)



「運命の鍛冶屋」 1844年

 厳しい後見人に育てられ、大人になってもずっと禁欲的に暮らしてきたレアンダーとエルヴィン。 親友だった二人は、やがて別々の道を歩むようになる。テキサスに移住しようと考えていた レアンダーは、ある日結婚式に出席してほしいというエルヴィンからの手紙を受け取る。 友の変わりように迷った末、彼の城へ赴いたが、自分に次々と女性を紹介しようとする エルヴィンに閉口するレアンダー。一つしか残っていないという、白衣の女の幽霊の出るという部屋に 泊まることになるのだが…。

 タイトルは、「誰でも自分の運命の造り手である」と言うラテン語の格言から。珍しくかなり ストーリー性に富んだ作品ですが、実は1836年に上演されたコッホの喜劇『幽霊』を素材として 書かれた実験的な小説なのです。シュティフター独特の自然の描写に乏しく、かなりテンポの速い 作品になってます。

 これがまた面白いんですね。女性とほとんど口をきいたこともない、禁欲主義者のエルヴィンと レアンダー。自分が知らないうちに結婚することになってしまったエルヴィンを、「まだ救ってやる 余地がある」(笑)と考え、レアンダーは彼の元に出かけます。でもそんな彼にも、大きな災難が。幽霊の 出る部屋に一人眠っていて、夜中にはっと気がつくと、鍵をかけたはずの室内には、いつのまにか白衣の 女が〜(^_^;)  その上、女はふらふらと自分の寝ているベッドに入って来て、眠ってしまった気配。 恐る恐るよく見てみると、なんと、幽霊じゃない(爆) それから、当然ちょっとした騒ぎになるわけ ですけども…。

 変人がいろいろ経験してまともになっていく、っていうお話は、シュティフターならではなんですね。 レアンダーの場違いかつ唐突なプロポーズも、らしいといえば、彼らしい……(笑) とても楽しい作品 です♪



「森の小径」 1845年

 本名テオドール・クナイクトことティブリウスは、他人からは大馬鹿者で奇人だと噂されていた。 有り余る財産と時間を使ってさまざまな趣味に手を出し、人を避けて家に閉じこもり、 ついに自分を病気だと思い込み、温泉地へ保養に出かける。ある日素晴らしい散歩道を見つけた ティブリウスは、美しい森の中へどんどん入ってゆき、やがて道に迷ってしまう…。

 中篇です。1850年に刊行された「習作集」の5巻に収録されています。
 変人が人とのふれあいで変わっていく話は、シュティフター作品にはよくありますが、これは中でも 大好きな作品です。
 ティブリウス、なんていう奇妙なあだ名をつけられ、変人と噂されるテオドール。でも、 彼のような環境で育って変人にならないほうがおかしいと思えるくらい、一風変わった人たちに 育てらてたんですよね。その上時間とお金をもてあまし、自分だけを見つめて生きるようになって しまう。当然すぎるほど当然の運命を辿る彼ですが……。
 そんなティブリウスはある時、同じように奇人扱いされていた医者に出会い、とある 助言を受けます。この助言も、思わずにやりとしてしまいたくなるようなもの。同じ奔放な人生でも、 ティブリウスとこの医者では正反対です。
 温泉に行き、誰とも交わらずに治療を続けるティブリウス。でも、一本の森の小径が彼の人生を 変えることに(*^^*) この森の描写が素晴らしいです。もっとティブリウスが迷ってればいーのに、 とか思いたくなります(笑) 竜胆のぞっとするような青さ、ぶなの木に混じって突然目をひく 白樺の白さ…そういうのが鮮やかに心に残ります。美しさだけでなく、恐ろしさまで感じられますね。
 森の中で知り合ったマリアと苺をつんだりしているうちに、彼もだんだん変わってきます。 というか、もともと何ともなかったわけなんですが…。この触れ合いがまた牧歌的というか、 たまらないんですよね〜(T_T) 本当に素敵なお話です。



「古い印章」 1845年

 父親に育てられたファイト・フーゴー・エヴァリストス・アルモートは、21歳になったとき、 立派な軍人になるべく家を出て大きな町で暮らし始めた。父にもらった古い印章に書かれた、 「何にもまして名誉を重んずべし」という言葉を胸に。ある日彼は奇妙な老人の手紙で、 とある教会へ呼び出される。毎日同じ時間にここへ来るだけでいいという老人に、 彼は不信感を抱きつつ教会を訪れることにする。やがて彼は毎日教会を訪れるうち、いつも 真っ黒な衣装に身を包んだ若い女性と知り合いになるが……。

 やがて二人は恋に落ちます。実は女性には夫がいるのを彼は知らずに…。実は自分が不倫を していたのだと知ったフーゴーは、あんなにも愛していた彼女の元を去ります。名誉だけを 重んじていたから…。これはちょっと異色なお話。それにしても、この時代のお話って みんな愛情の表現が(性的なのは更に)控えめで奥ゆかしいのですよね。いえ、それは それでいいのですけど、それにしてもこの作品はちょっと油断してて(^_^;)、え゙、いつの間に そんな仲に!?と、かなりショックでした(笑) いや…でもはっきり書かれてないから、 真偽の程は…(-_-;) 奥ゆかしすぎるのも困る…かな(^_^;)



「男やもめ」 1845年

 「ぼくは絶対に結婚なんかしない」 仲間とのふざけ半分の会話でそう叫んだヴィクトル青年は、 やがて遠くで自分を待つ就職先への旅立ちを控えていた。彼は今まで共に暮らした義理の母親や 妹ハンナと別れを告げ、旅の途中で寄ることになってた伯父の元へ向かう。伯父は湖に浮かぶ 孤島に建つ古い僧院に住む独り者で、何故かヴィクトルを呼んだ目的を告げないまま、彼を島へ 閉じ込めてしまう……。

 中編です。若者にありがちなように、自分は孤独で不幸だと思い込み、家族と別れて旅立つ ヴィクトル。故郷を離れたことのある人ならもう胸が痛くて 仕方ないような旅立ち前の描写が続くのですが、かなりページ数を割きながらこれは中心の お話ではありません(^_^;) 彼が旅立って三日後に後を追ってきてしまうスピッツは かわいいけど(*^^*)
湖の中に立つ古い僧院(この情景がまた良い)に二人の使用人と三匹の老犬と共に住む、 誰も信用してない偏屈な伯父。船でしか渡れない孤島に訳も分からず監禁されてしまい、 仕事先にも行けず、ヴィクトルは伯父に怒りを覚えながらも仕方なく無為の日々を送ります。 が、もちろん(?)、事件は何も起こりません。でも、しばらく一緒に暮らすうちに伯父さんの 心はほぐれてきて、ヴィクトルに変な忠告をします。どうしても若いうちに結婚しなきゃいかん、 相手を好きじゃなくても全然構わんから、と……。実はその昔、ヴィクトルの死んだ 両親と彼の伯父と、そして彼を育ててくれた義理の母親との間にはいろいろあったのですが、 そういうことがあった上での、あの忠告なのです。もちろん、一人で孤島にこもって暮らしてる 独身の伯父さんがワケありでないわけないけど、やっぱり切ない物語。自分が確かに生きたと いう証は、誰でもほしいものなのかもしれないけど…。結末がすごくいい…というか、 好きです(*^^*)



「慈しみ」 1845年

 大変重い病気で寝ている小さな娘ヴィータは、いつか神様に不満を持った罪の罰として病気に なったのだと泣き出した。そんな彼女に、母親は神の無限の慈しみについて語り始める……。

 子供に聞かせたりするには、短くてホントにかわいい、いいお話なんですが、やっぱり、神様って 都合がいいなぁ〜などと思ってしまうのは、考え方の違いなんでしょう(^_^;) 毛布の上に 散らばった人形たちの描写がとてもよいです。



「二人の姉妹」 1846年

 駅馬車に乗って旅をしていた私は、ある時ウィーンで一人の男性と知り合う。痩せて背が高く、 いつも黒服を着て、パガニーニとあだ名されていたその男は、裁判のためにウィーンに来た フランツ・リカールという男だった。やがて懇意になった私とリカールは、劇場へ行って ミラノロ姉妹のヴァイオリン演奏を聴く。その素晴らしい演奏に、何故か苦悶の涙を見せるリカール。 訳を聞けないまま再び彼らは別れ、2年が経った。イタリア旅行を計画した私は、リカールの故郷を 訪れる決心をする……。

 中篇です。1850年に刊行された「習作集」の6巻に収録されています。
 舞台はウィーンから南チロル地方。黒い服ばかり着ていて、寡黙でどことなく不吉な感じのするリカールは、 打ちひしがれてウィーンを後にします。その後、貧しく暮らしているらしいリカールを心配し、私(オットー・ ファルクハウスという名ですが、最後まで出てきません)は自分の農園で彼と一緒に住んでもらおうと、 数年後に彼の家を訪ねます。南チロルの美しい風景。山と湖と……そして、山上のリカールの農園。そこに至るまでの 描写がすばらしいです(T_T) ちょっとしたユーモアも感じられる、明るい道のりですね。  そして私が着いた晩、リカールの家で聴く不思議なヴァイオリンの調べ。 満点の星の下、どこからともなく聴こえるその音色に我を忘れる私。素敵なシーンです(*^^*) 音楽の 描写もいいですね〜。
 やがてウィーンで別れた後のリカールの辿った運命も分かり、私も再び旅を始めようというその時、 ちょっとした事件が。この辺はもうストーリーの展開は予想通りですが、それでも胸の痛い物語です。 はっきりと終わっていないところがまたいいですね。山上のすがすがしい空気を胸いっぱいに 吸い込んだような気持ちになれる、そんな素敵な作品です。



「信頼」 1846年

 フランス革命の頃のこと、さる名家に互いにとても愛し合っている父と息子エミールがいた。だが、息子は父に隠れて 庶民の娘と付き合い、彼女は身ごもってしまう。父親に打ち明けて猛反対されたエミールは、一人戦場へと旅立ってゆく。 だが彼はある時戦場で、敵方に見覚えのある老人を見つける…。

 とても短い短編。悲劇です。人はどんな状況でどんな行動をとるか分からないという議論の末に 語られた物語、という形式。たとえば、「これが私だったら、こんな状況に陥ってもこれだけは絶対 しない」なんていうことは誰も言い切れないのかも。のんびりソファに座って、訳知り顔にフランス 革命時の道徳を語る人たちに対する皮肉ですね。



「森ゆく人」 1847年

 ボヘミアの森深く、モルダウ川の湖畔にトイフェルスマウアーと呼ばれた土地がある。 そこにはかつて、“森ゆく人”と呼ばれた一風変わった老人が住んでいた。彼はいつも 樵の息子を従え、森の中を歩きながら蝶や苔や石を採集したりして、静かに暮らしていた。 だがそこに至るまでの彼の生涯は、波乱に満ちたものだった……。

 ボヘミアの風景描写が美しい、とても悲しい物語です(T_T) 最初は延々20ページ近く ボヘミアの森とモルダウ川の描写がつづきます(^_^;) 後半との釣り合いから考えても、ちょと 長いです(-_-;) でも、それも気にならないほど、あとに続く物語は美しく悲しいものです。 老年に達してから“森ゆく人”と呼ばれるようになるゲオルグと、彼の妻コローナの若き日の 物語です。孤独だったけれど数奇な運命の果てに出会い結ばれた二人でしたが、幸せな二人の唯一の 悩みは子供が授からないこと。やがてこのことが、二人の人生に暗い影を落とすことになり、 ついに……。
 …何年も後に、別れた二人が再会する場面、ゲオルグが自分の犯した過ちに気付いた瞬間は、 何ともいえない悲愴感が漂います。あのコローナの結婚に対する考え方はちょと突拍子もないし、 それを最終的に受け入れてしまったゲオルグも変だとは思いましたが…。それでもあの 出会いは哀しすぎます。でも、それでいて先に語られている“森ゆく人”ゲオルグ老人の姿から 寂しさを感じないんですね。ただ森の静けさのような深い落ち着きを持ったゲオルグに、 最後まで読んからであらためて思いを馳せるととても感慨深い、いいお話です。



「二人の寡婦」 1868年

 森の中に、クレスツェンティアとルートミラという二人の寡婦が住んでいた。それぞれ男の子と 女の子がおり、やがて二人は結婚してオットーとクラーラの二人の子供を産むが、病で若くして 亡くなってしまう。二人の寡婦は、それぞれ孫を引き取って育てることにしたのだが……。

 とても短い小品。なんの救いもないお話ですね。よくあるお話で、現代でも別に それほど奇妙には聞こえません。ルートミラに甘やかされて育ったオットーは、遊びまわる お金欲しさに強盗まで…。こういうキャラクターは、シュティフター作品では珍しいです。



「ある乙女の死」 1868年

 二十歳という若い娘を病気で亡くし、毎日を悲しみのどん底で泣き暮らす母親。そんな夜、 彼女の元に、娘の元から来たという美しい天使が現れる……。

 短編ともいえないような短い小品。同じ死でも、死んだ者が若いほど周りの人は やりきれないのかもしれません…。天使が去った後の、月夜の光景がとてもきれいです。



「晩夏」 1857年

 都会の裕福な商人の家に育ったハインリヒは、さまざまな学問を身に付けた後、 自然科学研究の道を歩んでいた。あるとき丘陵地を旅していた彼は空模様が怪しくなってきたのに気付き、 近くの家に雨宿りを求める。薔薇で覆われた美しい家から現れた老人は、経験上雨は降らないと 言いつつも彼を招じ入れた。老人の判断が正しかったこと、そして彼の家の様子に深い感銘を 覚えたハインリヒは、その後も足しげく薔薇の家に通うことになる……。

 シュティフターが52歳の時出版された長編です。一般的にこの作品の評価は、 退屈極まりないという意見(「この小説を終りまで読み通した人には ポーランドの王冠を進呈する」とまで言ったヘッベル)と、ドイツ文学の宝である(「繰り返して読むに 値する僅かな作品の一つ」といったニーチェ)という意見のまっぷたつに分かれています。 この作品が書かれた時代でさえそうだったのですが、現代では前者の意見の方が圧倒的に多そうですね。 私個人としては、後者に全面的に賛成です。もちろん(^_^)

 …アスペルホーフの薔薇の家の主人(かなり後で名前は出てくるのですが、 一応伏せておきます…)に出会い、その家と彼の人柄に強く感化され、成長してゆく ハインリヒ(この主人公の名前も、 物語もそろそろ終りに近づく頃ようやく明かされます)。 アスペルホーフの畑や花や木の様子、絵や彫刻などのさまざまな芸術作品についての考察、 そしてハインリヒが目にすることのすべてが事細かに描き出されます。淡々と季節が移り変わり、 ハインリヒは色々なところを旅して地球の形成に関する研究をしますが、 基本的にこれといった事件は起きません。このストーリーの極端な乏しさが退屈と 評されるゆえんです。そしてシュティフターが画家の目で描いた、いささか克明すぎる情景描写も。
 でも私にはハインリヒの見ること知ることすべてが、美しくて心地の良いものに思えました。 穏やかに流れていく時間を感じつつ、物語の端々で語られる含蓄の深い言葉を胸に染み込ませるだけで とても豊かな気持ちになれます。

 9割ほどがハインリヒの物語ですが、本当の主人公はハインリヒではないように思えます。 ハインリヒが薔薇の家の主人との交友を重ねるうち、主人の養子になっているグスタフ少年と その姉のナターリエ、二人の母親のマティルデも登場し、アスペルホーフでの薔薇の家の主人との 関わりが見えてきます。薔薇の家の主人とマティルデに起こった過去の出来事。この物語が あってこそ、ハインリヒの物語も意味を持つわけですが…ストーリーだけを考えると、 確かに長いですね、そこまでが…。ただ、薔薇の家の主人の回顧の物語を読むと、もう一度最初から 読み返してみたくなります。彼が今までハインリヒに語ってきた言葉の奥深いところにあった意味を、 もう一度確かめてみたくなる。そうでなくても、彼の語る言葉には150年後の現代にもいろいろと 通ずるところが多いですね。官吏についての話や教育についての話など、現代でもなんの違和感も感じません。
 そしてこの作品のタイトルにもなっている、「晩夏」という言葉に込められた意味。原題には「夏の終り」と 「遅れてきた夏」の二つの意味があるそうです。若者たちの幸せを見守りつつ、 ただ静かな晩夏を送る薔薇の家の主人とマティルデの姿がとても印象深いです。

 本当に奥の深い物語で、色々語り始めるときりがないのですが、細かいことを詳しく拾うのは やめておきます。ただゆったりとした時間の流れを感じるだけで、幸せな気持ちで満たされる物語です。



「子孫」 1864年

 財産もあり、気ままにやってゆける風景画家の“僕”は、リュップ地方の沼地を描くことにした。 絵を見られることを嫌い、人と交わらずにただ一心不乱に絵を描きつづける“僕”だったが、 宿へ毎日やってくる男と親しくなる。男の名がロデラーだと聞かされ、“僕”は自分の苗字との 一致を不思議に思うが……。

 奇人の“僕”も人と触れ合うことでまともに……というありがちなストーリーではあります。  違うのは、“僕”は画家だということ。努力して努力して、いつも最後には納得いかなくて火に くべてしまう“僕”(ちなみに、シュティフター自身そういう画家だったようです)  絵を売らなくても食べていけるし、未完の作品を人に見られることさえ 嫌がります。そんな“僕”に、ロデラーはある予言をします。「あなたはおそらくきっといつか 描くことを止めて、二度と絵筆を動かさないようになりましょう。」と。こう書くと妙に神秘的 なんですけど、それがまた…。“僕”とある女性のめぐり合いも、ロマンチックと いうかかなり古風なんですけど、なんかこの、なんていうか……いいです(笑)



「森の泉」 1866年

 私は二度、美しい人の姿を見たことがある。一人はジプシーの少女、そして、もう一人は……。
人生に疲れたシュテファン老人は、二人の孫フランツとカタリーナを連れ、森の中の別荘を訪れる。 そこで出会ったのは、学校の教師を困らせている、ユリアーナという名の一人の少女だった。ほとんど 森の中で過ごし、誰の言うことも聞かず、祖母と二人暮し。ユリアーナの母親に、彼女をなんとかして ほしいと頼まれるシュテファンだったが……。


 森の泉の描写が素晴らしい、美しい作品です(*^^*) 妻を亡くし、息子夫婦を亡くし、その上仕事にも 幻滅し、残された孫たちと一緒に、森の中の別荘を訪れるシュテファン。森の中で野放しになってる ような、かなり変わった少女ユリアーナに慕われるようになって、彼も希望を見出します。無償の愛を 受けるということ、自分が自分であるから誰かに愛されるということの素晴らしさに、一人涙する シュテファン。感動的です。 

 この物語、「私」が見た美しい人についての物語を語リ始める、という形式で進みます。ちょっと「私」の語りと過去の シュテファン老人の物語の切り替えがスムーズでなくて分かりにくいんじゃないかとも思えるんですが(笑)、 この形式でなければならない理由が、最後に明らかに…。

 ちなみにシュティフターの養女ユリアーナがこの作品の7年前、18歳の若さでドナウ川に投身自殺しています。 この小説のユリアーナは、シュティフターの願いでもあったのかなと思うと、いたたまれない気持ちになります…。



「ゼンツェの接吻」 1866年

 過去に二つに分かれたゼンツェ家には、同じ家系の者が成年になった時点で、この先身内で争いを しないという誓いの接吻を交わすという、代々続く習しがあった。成年に達したルペルトは、もう一つの ゼンツェ家の娘ヒルティブルクとこの接吻を交わし、出来たら結婚することを望まれていた。彼女に 会うが、傲慢な性格がどうしても好きになれないルペルト。やがて3月革命が起こり、彼は出征する ことに。誰にも告げずに旅立とうと決めた夜、彼は暗闇で誰とも分からぬ女性に突然くちづけされる のを感じる…。

 短篇。いいお話です…。戦から帰ってきたルペルトは、叔父さん(ヒルティブルクの父)の 家に、改めて“ゼンツェの接吻”の儀式を行うために赴きます。そこで何故か、苔採集の大好きな 叔父さんと意気投合。苔集めは、本筋とあまり(全然)関係ありませんが、夢中な二人が微笑ましい。 何もかも、こんな風にうまく行ったらいいのにね……(^_^;)





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