石さまざま
‐石さまざま 1853年‐
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「Steinstudie」1866
『石さまざま』(1853)は、1843〜52年にかけて
それまでに雑誌や年鑑に発表された短編に
書き下ろしの「序文」と「白雲母」を加え、
1,2巻の分冊で出版されました。

2006.6月、松籟社から 『石さまざま』上下巻が出版されました。
以下にご紹介する各編すべてが収録されています。
現在入手可能な本で『石さまざま』すべてが読めるのはこの2冊のみです。
石さまざま:上・下巻


序文 * はしがき

石乳 * 水晶 * 石灰石

みかげ石 * 電気石 * 白雲母


没落してゆく民族がまず最初に失うのは節度である

 序文「Vorrede」 『石さまざま』のために書き下ろし

「わたしはかつて、わたしが作家として小さなものばかりを材料にし、 わたしの描く人物がいつもありふれた人物だ、という非難を受けたことがある……」
 「石さまざま」を刊行するにあたり、シュティフターが作家としての姿勢を改めて 示した序文。


 これは『石さまざま』の序文という形こそとっていますが、当時彼を批判した批評家たちに 対する言葉として書かれたものです。『石さまざま』の各短編を収録した本には大抵入っています。 というか他の短篇はいくつか割愛されていても、この序文は必ず収録されています(^_^;)  というのはたぶん、これがシュティフターの自分の作品に対しての想いと、 作品に臨む姿勢がもっともよく表された文章だからなんでしょう。しかし特にむずかしい ことを言っているわけではありません。小さなもの、身近なもの、一人の人間を認めることによって、 全体を、世界を理解しようとすること。あらゆる人間の心の動きの中にある「おだやかな法則」の こと……。生涯「静かな洞察者」だったシュティフターの、ひたむきな姿勢がここにあります。 でもとにかく研究者ではない私には、次の言葉だけあれば足ります(*^^*)
 「気の合った友人たちに楽しいひとときを提供し、知ると知らぬとにかかわりなく友とよぶべき 人のすべてに挨拶を送り、永遠者の耕作に一粒の善き種を寄与するということ、これが私の 著作における意図であったし、これからも意図でありつづけるであろう。私がこの意図だけでも 達成したことを、たしかに知りうるなら、私は非常な幸福を感ずるであろう。」

(「世界の文学 中央公論社刊」 より)



 はしがき「Einleitung」 『石さまざま』のために書き下ろし

 「少年のころわたしは、気に入ったものがあれば、木の枝や潅木や花などをよく家にもって 帰ったものだ……。」
「序文」よりも気軽に「石さまざま」について語った シュティフターの言葉。


 普通ははしがきの紹介は省くところですが、ここに語られているシュティフターの石への思い、 小さい頃の収集癖等についての楽しい回想は一読に値します(*^^*) そしてこの中で彼は、 「石さまざま」のタイトルの由来についても語っています。この作品集の個々の短篇につけられたタイトルのように、 彼が拾い集めた石やガラスは高価な宝石ではないかもしれないけれど、美しいものであることには 変わりないという想いが述べられています。シュティフターらしい、素敵な言葉です(*^^*)



 石乳「Bergmilch」 (『白い外套の印象』1843「Wirkungen eines weiBen Mantels」)

 広い濠に囲まれて池の中の島の上に建っているようなその古城は、アクスと呼ばれていた。 現在の城主は独身だったが、支配人を雇い、その家族と暮らしていた。ある時フランスが 攻め入ってきたという知らせがあり、彼の城にも怪しい男が偵察に訪れる。だが、彼は フランス人ではなかった。同じドイツ兵の動向を観察している男に、城主は怒りを覚えるが…。

 この作品は1843年に『白い外套の印象』として発表されましたが、改作後『石乳』と して『石さまざま』に収録されました。
 ある些細な事情(^_^;)から一人ぼっちで暮らしている現在の城主。でも子供好きだし、 支配人の家族ととてもうまくやっているんですね(*^^*)それぞれにちょっと変わってる 城主と、支配人と、そして子供たちの家庭教師。4人の子供たちがかわいいです。主人公は 長女のルートミラアことルールウですね。
 平和な城に訪れる、戦争の影…。フランス兵の証であるはずの白い外套を着た謎の男。 敵のはずなのに、ルールウは彼に一目惚れ(?)……。
   これはナポレオン戦争の頃、バイエルンがフランスに荷担したのでドイツ人同士が争うことに なってしまった、という時代背景があるそうです(^_^;) 名前は書いてないけどナポレオンの行く末も ちらっとかかれてますね。この物語の、戦争に対するシュティフターの考え方は今でも通用しますね。
 そして城に再び訪れた平和。その後の物語もいいですね(*^^*)



 水晶「Bergkristall」 (『聖夜』1845「Der heilige Abend」)

 深い山の中の、途絶された村グシャイト。この村の子供コンラートとザンナの幼い兄妹は、 クリスマスの前日、山を越えて祖父母のあるミルスドルフへ出かける。だがその帰り道、二人は 激しい雪で道しるべを見失ってしまう。雪と氷に 閉ざされた高山へ進んでいることも知らず、兄妹はひたすら雪の中を歩きつづける…。

 この作品は1845年に『聖夜』というタイトルで発表されましたが、1853年に若干修正されて 『石さまざま』の第2巻に収録されたものです。その時、タイトルも『水晶』と改められました。
『水晶』成立のエピソードがあります。1845年、シュティフターがザルツカマーグートの氷河を 旅した折に見かけた幼い兄妹と、その氷河の中の洞窟を描いたジーモニーの絵を見た シュティフターは、こう言ったとか。
「私は昨日見た二人の子供をこの青いドームの中に移した場面を考えてみたのだが、この可愛らしい、 蕾がほころびるような人間的生命と、恐ろしくも華麗な、固く凍りついている、死のように冷たい額縁は なんという対照をなすことだろう!」
この後半部分がまさに『水晶』の読後感を表しているような言葉です(^_^)

 行き先も分からず、ただ前へ前へと進むコンラートとザンナ。恐ろしい氷河の中に、幼い兄妹だけ。 二人は氷の洞窟で夜を明かすのですが、その描写に胸を打たれます(T_T) 暮れてゆく山の中で、 ただ雪だけが昼の間に吸い込んであった光を放出するかのように、きらきら輝いて……。 青い氷と、夜の雪と、天の川とオーロラ。綺麗なだけじゃなくて、とても力強い描写です。 それだけで感動なんですが、コンラートとザンナがけなげでいいんですね(T_T)  この「水晶」というタイトルは、二人が入り込んでしまった氷の洞窟を差してるらしいです。 「石さまざま」の中では、これが一番好きな話です。



 石灰石 「Kalkstein」 (『貧しい慈善者』1848「Der arme Wohltater」)

 測量の仕事で石灰岩ばかりの土地へとおもむいた“わたし”は、数年前見かけた 牧師を再び見かける。彼はあの時と同じ粗末な服を着て、袖口から見える上等な下着を 押し隠す奇妙な癖もそのままだった。彼と親しくなった“わたし”は、彼からある願い事を 託される…。

 この作品は1848年に『貧しい慈善者』として発表されましたが、改作後『石灰石』と して『石さまざま』に収録されました。
 堅い木の椅子の上で本を枕に眠るという、質素だかなんだか分からない生活を続ける 牧師には、秘密というかある希望があったんですが…。幸福な生涯を送ったとはいえない 牧師ですが、俗世を離れきれないがらも信仰に身を捧げて静かに暮らしている様子には 心に染みるものがあります。
 “私”と牧師が雲行きの怪しい夜、ただろうそくの明かりの中で何もせずに雷雨が来るのを 待って、嵐が過ぎ去るまでじっとそうしてるというシーンが好きです(T_T) 嵐の描写がいいです。 牧師がそんなすごいことのためにお金を残してるとは…。足りなかったことも、牧師の人柄が にじみ出ているようでちょっと微笑ましい。
 


 みかげ石「Granit」 (『タールを焼く人々』1849「Die Pechbrenner」)

“わたし”は家の前の石に腰掛けて通りを眺めるのが好きだった。ある日取りかかったピッチ (車の差し油)売りのアンドレアス老人に、足に油を塗られるといういたずらをされた“わたし”は 母にひどく叱られる。老人を悪く思ってはいけないと“わたし”に語る祖父。隣村へ出かける 彼の傍らで、“わたし”は昔この村であった出来事を聞かされる…。

 この作品は1849年に『タールを焼く人々』として発表されましたが、改作後『みかげ石』と して『石さまざま』に収録されました。
 昔ペストが流行った頃の昔話を聞きながら、おじいさんと隣村へ行って帰ってくるだけの お話なんですが、これがまたなんともいえません。この少年は幼い頃のシュティフターなんですね。 鳥の視点から、住人の視点へとくるくる変わるおじいさんの語り。今彼らが住んでいる場所 オーベルプラーンの周辺の、何気ない、でもその名をすべて記憶にとどめようとするかのような語りです。 名前もないように見える場所にも、ちゃんと名前があって……。ふとした自然の描写にドキッと しながら、ペストを逃れて山の中へ移り住んだピッチ焼きの一家のお話に引き込まれて しまいます(*^^*) ピッチ焼きがペストから逃れる辿った道を行きながら聞かされる、 森の少女の物語……。ストーリーとしては単純ですが、とても美しい作品です(*^^*)



 電気石「Turmalin」 (『貴族屋敷の門番』1852「Der Pfortner im Herrenhaus」)

幸せに暮らしていた年金生活者夫婦に、突然破局が訪れる。妻が夫の親友で人気俳優のダルと 浮気をしていたのだ。突然行方をくらました妻を捜しつづける夫。だがある日夫も、 幼い娘を連れて家を出てしまう。それきりその後のことは、誰にも分からなかったのだが…。

 この作品は1852年に『貴族屋敷の門番』として発表されましたが、改作後『電気石』と して『石さまざま』に収録されました。
 「電気石(トルマリン)は暗いけれど、ここで語られることもまた大変に暗い」という気の 重くなるような出だしですが……。最初は、幼い女の子のいる幸せな夫婦の、家の中の こまごました描写から始まります。珍しく都会のお話で自然描写がないですが、この部屋の中の様子の 描写はじつに細かいです。ここまで詳しく部屋の中のものを書くか〜、という感じなのですが、 私はこういうのは好きです(*^^*) どこへともなく去ってしまった夫とその幼い娘は、別の場所で 暮らしていることが分かります。夫はフルートを吹いて生活の糧を得ながら、知能の発達の少し遅い女の子を 育てます。妻に対する恨みを、何も知らない女の子に植え付けるようにして……。ひとり家で勉強する 女の子に、自分が死んで土の中に埋められる時のことを書けとか、出て行ったお母さんが生きる希望を なくして自殺してしまうことを書けなんて言います。普通じゃないです(^_^;) この悲惨な生活にも、 やがて終わりが来るのですが……。幸せだった頃、小さな寝台に寝かせられている女の子を愛情の こもった目で見つめる幸せな夫婦のイメージがいつまでも残っているので、よけい暗いお話に なってる感じです。でも、こういうのもいいですね。



 白雲母 (1852) 『石さまざま』のために書き下ろし

 とある片田舎にあるとても立派な農場には、春になると若い農場主とその家族が帰ってくる…。 祖母は三人の孫を連れてよく山へ上るようになったが、彼女たちはそこで不思議なとび色の女の子に 出会う。やがて不思議な女の子はみなととても仲良くなるのだが……。

 農場の描写がとても美しく楽しいです(*^^*) こんな農場、いいな〜♪ そこで すくすくと育つエマとクレメンティア、そして弟のジギスムント。祖母に連れられて森の中へ 遊びに行き、いろんなお話を聞かされます。「石さまざま」の中では珍しくそのタイトルどおり、 石や鉱物についてたくさん描かれています。
 そこへ現れる、不思議なとび色の女の子。彼女は一体どこから来て、どこへいったんでしょうね。 一家を助けてくれるけれどなかなか馴染まない、自然そのもののような女の子。終わり方が唐突なので 全体的にちょっとまとまりに欠けたイメージがあるけど、森の情景がとても美しくて楽しくて、 そしてちょっとだけ静かな哀しみの残るいいお話です(*^^*)



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