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しおりを休めている間に読めるような、
宮沢賢治の短編をどうぞ♪

過去に紹介した短篇……↓タイトルをクリックすると感想へ飛びます♪
あ
『インドラの網』
『おきなぐさ』
『オツベルと象』

か
『貝の火』
『カイロ団長』
『風の又三郎』
『雁の童子』
『黄色のトマト』
『飢餓陣営』
『グスコーブドリの伝記』
『蜘蛛となめくぢと狸』
『虔十(けんじゅう)公園林』

さ
『ざしき童子(ぼっこ)のはなし』
『シグナルとシグナレス』
『十力の金剛石』
『水仙月の四日』
『セロ弾きのゴーシュ』

た
『注文の多い料理店』
『土神ときつね』
『どんぐりと山猫』

な
『なめとこ山の熊』
『猫の事務所』

は
『林の底』
『茨海(ばらうみ)小学校』
『ひかりの素足』
『双子の星』
『フランドン農学校の豚』
『北守将軍と三人兄弟の医者』

や
『山男の四月』
『やまなし』
『雪渡り』
『よだかの星』






『おきなぐさ』 ?年

“私”が見た、おきなぐさとひばりの物語。
(『宮沢賢治全集6』ちくま文庫、『注文の多い料理店』新潮文庫、収録)

おきなぐさ♪ これがおきなぐさです(^_^) 賢治は作中で「きんぽうげ科のおきなぐさの黒繻子の花びら、青じろいやはり 銀びろうどの刻みのある葉、それから六月のつやつや光る冠毛がみなはっきりと眼にうかびます」とかいてます(^_^)  このお話はホントに短くて、“私”が花の終わったおきなぐさとひばりを見た時の物語を思い出すという感じで 語られています。空を飛んでみたい、とひばりに語るおきなぐさ。あと二ヶ月待てば飛べると語るひばり。 おきなぐさは、タンポポの綿毛のようにして、風に乗せて種をまきちらすんです(^_^)  蟻の視点から見たおきなぐさの様子なんかも描かれていて、小さいけれど、とても美しい、賢治らしいお話です。


『風の又三郎』 1931年頃

2学期の始まる日、教室がたった一つの小さな小学校に、不思議な転校生がやってくる。彼が何かすると決まって 風が吹くのを見て、子供たちは彼を風の又三郎と呼びはじめる。村の子供たちと又三郎との、不思議な十日間のお話…。
(『宮沢賢治全集7』ちくま文庫、『風の又三郎』新潮文庫、収録)

有名すぎるお話ですね〜。子供の頃読んだ時は、岩手弁が全く分からなくて困りましたが(^_^;)  野山や川で遊びまわる子供たちがホントに生き生きと描かれていて、今では大好きなお話です。 赤い髪をした不思議な転校生、高田三郎君ですが、きちっと靴も履いてるし、洋服も着てるし、昔の田舎の 子供から見れば、外国人みたいなんですね。でも、それだけじゃないんです。彼は風の神様の子供とされてる 「風の又三郎」なのかも知れないんですよね(*^^*) 本当にそうだったのかな……というあたりで終わっているのが とても良いです♪ 冒頭と、後で繰り返されるあの「どっどど どどうど どどうど どどう…」という歌も 素敵ですよね。私は個人的に、いかにも先生らしいしゃべり方の先生が好きです(笑) 賢治作品の「小学校の先生」って みんなこういう感じですけども(*^^*)


『水仙月の四日』 1926年

早春のある日、一人の子供が赤い毛布にくるまって、一人家路を急いでいた。だが、空からはいつしか 雪婆んごと雪童子たちが降らせる、真っ白な雪が……。
(『宮沢賢治全集8』ちくま文庫、『注文の多い料理店』新潮文庫、収録)

「研きあげられたやうな群青の空から、真っ白な雪が、さぎの毛のやうに、一面に落ち」て来る中を、真っ赤な毛布に くるまって家路を急ぐ子供。でも、その上の空では、雪婆んごと雪童子(ゆきわらす)、そして雪狼(ゆきおいの)たちが、 狂ったように雪を降らしつづける……。美しいけれど、死の影が色濃く落ちてるお話です。恐ろしい妖怪の雪婆んごは、 子供の一人や二人「とって」しまってもいいと雪童子に命じ、彼もそんな様子を見せるのですが…。子供はどう なっちゃったのか、結局はっきりとはわかりません。 でもこれ、読み終わるとなんだか静かな感動があります(T_T) 雪のなかのお話ってホントにきれいなお話ばっかり なんですけど、これはその中でも特に好きなお話です(*^^*)


『ざしき童子(ぼっこ)のはなし』 1926年

岩手のざしき童子の不思議な話を、賢治独特の語りで4編紹介。
(『宮沢賢治全集8』ちくま文庫、『注文の多い料理店』新潮文庫、収録)

ざしきわらしのお話は有名ですけど、賢治が語るとこれがまた、らしい雰囲気になってるんです(*^^*)  一般的なざしきわらしのイメージ(?)とはちょっと違うかもしれませんが、楽しいお話です♪  10人の子供が手をつないでぐるぐるまわってると、いつのまにか11人になってる。でも、知らない人は 一人もいないし、みんな自分はざしき童子じゃないと言い張る。良いですね〜(笑)  私は三番目のお話が好きです(*^^*) このざしき童子はなんだか憐れで(^_^;) 最後のお話が一番 普通のざしきわらしのイメージ。ちょっと不気味な雰囲気も漂うけど、どれもほのぼのしてて良いお話です(^_^)


『山男の四月』 1922年

きこりに化けて町へ出かけていった山男は、怪しい支那人の売っている奇妙な薬を飲んでしまう。 すると彼の体はどんどん小さくなって、一箱の薬になってしまった…。
(『宮沢賢治全集8』ちくま文庫、『注文の多い料理店』新潮文庫、収録)

これは賢治の存命中に出版された『注文の多い料理店』に収録されてました。
かたくりの花の咲く、四月の景色が目に浮かぶような始まりです(*^^*) しかしそんなのどかな風景にはちとそぐわない、 六神丸という怪しい薬を売る、怪しい支那人。山男は、騙されて薬にされてしまったのに、のんきにタコの話なんか してるし、騒がれちゃ商売が出来ないと泣き出しそうな支那人に同情してしまったり、笑えます(^_^)  でも最後まで読むと、そんなオチだったのかと妙に納得。山男や支那人のやりとりが奇妙で 面白い作品です(*^^*) 冒頭の山男の不思議な空想が好き♪


『黄色のトマト』 ?年

私は小さな頃、町の博物館の蜂雀にペルペムとネリの話を聞いた。たった二人で暮らしていた 兄妹は、ある日家の側を通りかかったサーカスの楽隊についてゆくが……。
(『宮沢賢治全集6』ちくま文庫、『新編 銀河鉄道の夜』新潮文庫、他収録)

“銀の針のようなほそいきれいな声で”、ペルペムとネリの兄妹の悲しい出来事を語る蜂雀。 しかもこの蜂雀、いきなり黙り込んだりして“私”(博物局十六等官の キュステ、彼は『ポラーノの広場』にも登場します(*^^*))を泣かせたりします(^_^;) 小さい子供に語るには、ちょっと悲しすぎる物語じゃないでしょうか?(T_T) 二人きりで暮らす、 何も知らない子供たち…。ふと差し挟まれる、「ああいふかなしいことを、お前はきっと知らないよ」 という蜂雀の言葉がとても重く感じられるのですが……。
なんともいえない間と、寂しい、悲しい雰囲気がとても心に残るお話です。


『茨海小学校』 ?年

農学校の教師の私は茨海の野原へ火山弾の標本を採りにいった。しかし私が見つけた火山弾は、 結局茨海狐小学校の校長先生に寄付することになってしまう。 私が参観した、茨海小学校の午後の授業のお語。
(『宮沢賢治全集5』ちくま文庫、『注文の多い料理店』新潮文庫、他収録)

狐の子供たちが結んだ草に引っかかって転んだ私は、それがきっかけで狐の授業を 参観することに。私は校長室に通され、ミルクまで入った紅茶を出されます(^_^;) 狐たちが かわいい♪ 校歌を歌う狐の生徒たちを見て、感動して泣きそうな私も良いですね。  狐の教育方針は、狐のやり方らしくて楽しいのです♪ おいしい鶏の話に、自分で話してて つばを飲み込む先生が良いですね。狐の授業を見て、「正直を云ひますと、実は何だか頭が もちゃもちゃしましたのです。」という私のセリフも最高(笑) かわいくて楽しい、大好き なお話です(*^^*)


『蜘蛛となめくぢと狸』 ?年

蜘蛛と、なめくじと、それから顔を洗ったことのない狸は、みんな立派な選手で、実に本気の競争を していたのだったが、その競争とは……?
(『宮沢賢治全集5』ちくま文庫、『新編 風の又三郎』新潮文庫、他収録)

他の生き物を騙してはぺろりと食べてしまうという、三匹それぞれの悪行が順番に語られます。 三話とも恐ろしい話です〜。特になめくじがいやです。へらへらと笑いながら、犠牲者を 弱らせて溶かして食べてしまうのです(T_T) 念仏を唱えながら犠牲者をありがたがらせて 食べてしまう、怪しげな宗教みたいな狸も怖い(^_^;) でも、三匹とも最後にはひどい死に方を。 実は彼らがやっていたのは「地獄行きのマラソン競争」だったという、陰惨なお話です。 賢治童話には悪者が最後に報いを受けるというお話は多いですが、ここまで凄いのはなかなか ないです。それだけに、忘れられない作品……。


『どんぐりと山猫』 1924年

面倒な裁判をするので来てほしいという山猫からのはがきを受け取った一郎は、 一人で山へ出かけてゆく。それは誰が一番えらいのかという、どんぐりたちの裁判だった…。
(『宮沢賢治全集8』 ちくま文庫)

これは賢治が生前に刊行した唯一の童話集『注文の多い料理店』に収録されてますので、ご存知の方も 多いかも(*^^*) 繻子の着物と黄色の陣羽織を着た、なんだかえらそうな山猫が目に浮かぶよう♪  まさにどんぐりの背比べ状態になっている彼らの問題を、一郎は一分半で解決。 初めて読んだ時、一郎ってすごすぎ(T_T)と思ったのは私だけでしょうか(^_^;) でも、 彼はこれから先も裁判に呼んでもらえるチャンスを逃してしまったんですね。いままで しゃべってたどんぐりを、ざくざく計って一郎にあげてしまう無頓着さもよいです(*^^*) なんといっても、山猫がいい味だしてる作品(*^^*)v


『飢餓陣営』 ?年

マルトン原での戦でやっと全滅を免れたバナナン軍団は、帰りの遅いバナナン大将を、 おなかをすかせて待っていた。やがてバナナン大将が、勲章をきらめかせて現れる。 飢えた兵士たちはその勲章を食べたくてしかたがないのだが…。
(『宮沢賢治全集8』 ちくま文庫)

これは小説ではなくて劇ですが、楽しいのでご紹介(笑) これはよく読むとふしぎなお話 なんですよね。バナナン大将が付けた、お菓子やバナナやハムサンドウィッチの(かたちをした?) 勲章を、飢えた兵士たちがぱくぱく(ごりごり……か?(^_^;)食べてしまうのです。勲章をちぎったり 大将の目をごまかしたりする兵士たちがとてもコミカルで、ホントに楽しい♪  そこんとこ覚えておられる方は多いと思うのですが、更にその後、兵士たちは“生産体操” という不思議な体操をはじめます。組体操みたいなので木の形を作ると、大将がそこから次々に 果物をもいで…。劇ですけど、やっぱり賢治らしい幻想的なお話です(*^^*)


『十力の金剛石』 ?年

昔々のこと、王子はみんなの目を盗んで、大臣の子供と一緒に宝物を探しに出かける。 虹の脚もとにあるというルビーの絵の具皿を探していた二人の上に、やがて美しい 宝石の雨が降ってくる……。
(『宮沢賢治全集5』 ちくま文庫)

これは、角川文庫では『虹の絵の具皿』という名で紹介されてるそうです(私は見たことがないですが(^_^;)。  何故かといえば、草稿にインクで書かれた『十力の金剛石』というタイトルが、後から鉛筆書きで 『虹の絵の具皿』に直されているように見えるため、とか。この辺はもう編者の考え方一つ ということで、生前にほとんどの作品が出版されなかった作者ならではの混乱ですね。 校本全集などでは『十力の金剛石』になってるので、一般的にはこのタイトルです。

…閑話休題。これは本当に素敵なお話ですね(*^^*) 先へ先へと逃げてゆく虹を追うように、 森の奥へ導かれてゆく王子たち。不思議な、美しい歌を歌いながら飛び交う蜂雀、降り注ぐ宝石の雨。 でも、草木や花や鳥たちが待ち焦がれるのは、十力の金剛石。 なんて大きくて力強いんでしょうね。ここで宗教の話を持ち込まなくても、 十力の金剛石のすごさを感じることができますね(*^^*)。 胸が痛くなるほど美しいお話です。


『グスコーブドリの伝記』 1932年

イーハトーブの大きな森の中に生まれたグスコーブドリとネリの兄妹は、父母と一緒に幸せな 生活を送っていた。だがある飢饉の年、父母は行方不明になり、二人は助けにきた人たちに 連れられて離れ離れになってしまう。ブドリは一人、蚕を飼うことを習って生活していたが…。
(『宮沢賢治全集8』 ちくま文庫)

やがてブドリはオリザ(稲の学名からきてる…んだったかな…(^_^;))の育て方を習います。彼は 飢餓に苦しむ人々を、ついに命とひきかえにしてまで……(T_T)  このお話には賢治自身の農業体験とかそういうのがいろいろ反映されてるわけですけども、 それはまあ、長くなるのでおいときます(^_^;) 始まりからして悲惨なお話。森へ、たぶん死にに 行くお父さん。後を追うようにいなくなるお母さん、そして兄妹の別れ。でも、昔はこんな光景は 珍しいことではなかったのでしょう。最後の一文は、賢治の心からの願いでもあったんですよね。 感動的というだけでは終わらない、とても奥の深いお話です。
ただやっぱり、クーボー大博士かペンネン技師が行けばいーのに、と思う私って 不謹慎…でしょうか…(^_^;) 


『虔十公園林』 ?年

ちょっと鈍くて、みんなから馬鹿だと思われていたが働き者の虔十は、ある日野原に杉の木を植えた。 虔十が一生懸命世話をしたおかげで、杉の木は立派な林になり、そこで子供たちが遊ぶようにも なったのだが…。
(『宮沢賢治全集6』 ちくま文庫)

風が吹いて、ぶなの木の葉っぱが光ったりするのが嬉しくて仕方ないのに、 馬鹿にされるので喜びを必死に押し隠す虔十。みんなから、変わり者だと思われているけど…。
これもけっこう好きな作品なのですが、それにしても、虔十は実に呆気なく死んでしまいますね〜(^_^;)  「ほんとうの幸い」の前では、虔十個人のことはそれほど大きなことではないのかもしれませんが、 整然と植えられた杉の林だけが、彼の存在をいつまでも伝えてくれます(*^^*) ちょっとじわっとくる、 素敵なお話です♪


『インドラの網』 ?年

ツェラ高原を一人歩いていた私は、ふっと天の空間に紛れ込んでしまう。現実と幻の間を行き来する 私の前には、天の住人たちが現れて……。
(『宮沢賢治全集8』 ちくま文庫)

ストーリーというほどのこともない、ホントに短いお話なのですが、これはとても好きです。 私の前に現れる、幻のような天の光景。 空気の薄いツェラ高原の中を“魚のようにあえぎながら”歩く私……。 初めから終わりまで、彼は夢の中をさまようように現世と天の境界線上を歩きます。 もぉ美しすぎて、私などには解説の余地が(^_^ゞ)   ホントに、こういう作品があるから宮沢賢治が好きなのだと言ってもいいくらいです(T_T)


『やまなし』 ?年

小さな谷川の底に住む、二匹の蟹の子供とそのお父さんとの会話を描いた、2枚の青い幻燈。
(『宮沢賢治全集8』 ちくま文庫)

宮沢賢治は青が好きなことで有名なのですが、このお話は特に青が鮮明に心に残りますね(*^^*)  実は教科書で初めて読んだ時から、きれいというよりは怖いお話というイメージが つきまとっています。美しい光の網の揺れる川底に突然飛び込んでくるかわせみという形の死。 何故蟹のお父さんは、ただでさえ怯える子供たちに、魚の行った所は「こはい所」だなんて 言うのでしょうか…? そして、秋になって川に落ちてくるやまなしの実も、美しいけれど別の形の 死であることに変わりはなくて…。子供の頃にそんなことを考えたわけではないですが、 クラムボンとかいうわけのわからないものは笑ったり殺されたりするし、なんか不気味 じゃないですか〜(T_T) 
 でも…今ではもちろん、光と影の入り乱れる美しい川底の情景が大好きな一編です(*^^*)


『土神ときつね』 ?年

野原の真ん中に生えている、一本のきれいな女の白樺の木には、友達が二人いた。乱暴で無骨な土神と、 上品だけどちょっと不正直な狐。二人とも、白樺のことが好きだったのだが……。
(『宮沢賢治全集6』 ちくま文庫)

ジャイアンとスネ夫、という感じの土神と狐です(爆) 土神は白樺に怖がられてしまうし、 狐は気取ってて嘘をつく。もちろん(?)女性は狐のようなのにひかれてしまうので(笑)、 白樺と狐が親しく話をしているのが、妬ましくて仕方ない土神…。そしてついに、悲劇が起こります。 嫉妬に狂った土神は、狐を……(T_T) 描写がスゴイので、想像したくないものがあります(^_^;)  そして、取り返しがつかなくなってから、泣くのですね。なんの救いもないですが、それだけに かえって心に残るお話です。


『林の底』 ?年

その昔、鳥がはじめて天から降ってきた時は、みんな一様に真っ白だった。だが、 みんな一緒で困っている鳥たちの様子を見て、とんびが染屋を出した。初めの頃は 言われるとおり丁寧に染めていたとんびも、儲かりだすとだんだん大ざっぱになってきて…。
(『宮沢賢治全集6』 ちくま文庫)

これはもともと「とんびの染屋」という説話があるのを賢治がリライトしたものです。年寄りの ふくろうが私に語ってくれてるという形でお話が進みます。風のない静かな晩、西の空にかかる、 古びた黄金(きん)の鎌…。情景がとてもよいです(T_T) もともとあるお話とはいえ、語り口がとても 楽しくておもしろいのです(*^^*) 鳥たちがどうして今の色になったのか、ちょっと理屈っぽく 問い詰める私に、必死な年寄りふくろうがかわいい♪


『セロ弾きのゴーシュ』 1930年頃?

町の活動写真館でセロを弾く係りのゴーシュは、あんまり上手ではないという評判だった。彼は 毎日セロを家に持ち帰り、毎晩一生懸命練習を繰り返していたが、なかなか上達しない。ある晩も 真夜中までごうごうとセロを弾いていると、玄関の戸をとんとんと叩く者が…。
(『宮沢賢治全集7』 ちくま文庫)

有名ですが、やっぱり大好きなお話(*^^*)  ゴーシュ、というのはフランス語で「下手くそな」とかいう意味があります。まさにそのとおり(笑)  でも、彼の元に何匹も動物が現れて、彼の弾くセロの響きで病気を治してゆくのです♪ 最初は生意気な 動物たちだと思っていたゴーシュも…。動物たちがみんなかわいいのですが、私は「これおみやです」 とか言いながら青いトマトをむしってきてしまった猫と、カッコウ(現表記は「くゎくこう」、ですけども(^_^;))と “まるでけしごむのくらゐしかない”野ねずみの子供が好きです〜(T_T) 後年の作だけあって、 やっぱり他のとちょっと雰囲気が違いますね(*^^*) 


『フランドン農学校の豚』 ?年

フランドン農学校で飼われている一頭の豚は、近頃自分の様子を見にくる人たちの妙な会話を 気にしていた。ある日、校長が死亡承諾書に判を押してほしいといって現れた時、 彼の恐怖は頂点に達したが……。
(『宮沢賢治全集7』 ちくま文庫)

七・五や七・七のリズムで語られるお話にしては(?)、最初から最後までなんともいえないお話(T_T)  豚は、肉にされるために飼われてるんですが、彼はそんなことは知りません。ただ自分の身に よからぬことが起きそうだという事だけはぼんやりと感じていて、不安に駆られるばかりです。 人間の方も、家畜を殺すためには家畜自身の死亡承諾書をもらわなければいけないので、 なんとか彼をなだめようとするけど、彼は心配のあまりやせ細り、業を煮やした人間たちは 彼の喉に管を突っ込んで…(T_T) 生き物を殺して食べるというのは確かに こういうことなんですけど、けれども……。こんなに哀れでも目をそむけることのできない、 心に残って離れないお話です。でも、童話としてはどうなんでしょう(^_^;)


『注文の多い料理店』 1921年

二人の若い紳士が、猟に出かけた山奥で道に迷ってしまう。案内人は逃げてしまい、犬も泡を吐いて 死んでしまった。困り果てた二人の前に、一軒の立派な西洋作りの家が現れる。玄関には……
RESTAURANT
西洋料理店
WILDCAT HOUSE
 山 猫 軒
……という札が出ていた。喜んで飛び込んだ二人だったが…。
(『宮沢賢治全集8』 ちくま文庫)

こういうのを見ると、もう一度、読んでみたくなりませんか?(*^^*) 有名だと思うのですが、 それでも一応結末などは伏せましょう。お店に入ってみたものの誰もいないし、 なかなか料理も出てこない、妙な料理店♪ 「風がどうと吹いてきて、草はざわざわ、木はごとん ごとんと鳴りました。」という何気ない描写が恐怖を誘います。いかにも何か出そうな雰囲気〜。 しかも、死んだはず(!)の犬が、助ける価値もない主人のために…(爆) くしゃくしゃの紙屑の ような顔って一体どんなだろうと、昔からずっと気になっています…(^_^;)


『オツベルと象』 1926年

豪農のオツベルは、たくさんの人を使って稲扱きをしていた。そこへ大きな白い象が現れる。 びっくりしたオツベルだったが、象をうまく騙し、少ない餌でつらい仕事を押し付けてしまう。 しだいにやせ細り、白い象がもうだめだと思ったその時、それを見ていた月が彼に話しかける……。
(『宮沢賢治全集8』 ちくま文庫)

のんのんのんのん……とヘンな音で回る稲扱機も良いですが、籾がぱちぱち当たる象が “鶯みたいないい声で”話す言葉が好きです(*^^*) でも、のんきそうでいて、これも悲しいお話……。 最後に、大挙して押し寄せる仲間の像たち。そして、オツベルは…(T_T) でも、復讐をしてもらった 当の白い象は、ありがとうと言いつつも寂しく笑うのです…。
最後の一文といい、謎の多いお話ですね(^_^;)


『なめとこ山の熊』 ?年

小十郎は、熊の毛皮や肝を売って生活していた。もう熊の言葉まで分かるようになっていたし、 憎くもない熊を生活のために殺さなければならないことをつらく思っていた。町の商店に毛皮を 安く買い叩かれながら、他に成すすべもなく熊を殺しつづける小十郎だったが…。
(『宮沢賢治全集7』 ちくま文庫)

熊と小十郎の、悲しい物語です。生きるために熊を殺さなければならない小十郎と、それを理解してるけど もちろん殺されたくない熊。両者の争いというよりは、そうやって生き続けてくしかないことが 悲しくなるような物語です。初めて読んだ時、冒頭で「なめとこ山の熊のことならおもしろい」と語る僕に、 「おもしろくない(怒)」と思ったのは私だけでしょか(^_^;)
山の斜面に月光の当たってる所を、雪が降ってると思い込んだ小熊と 母熊の会話がとても良いです(*^^*) 


『カイロ団長』 ?年

30匹ほどのあまがえるたちは、いつも一緒に庭師の仕事をしていた。ある日とのさまがえるが やっている酒場で初めてウィスキーを飲んだ彼らは、お金が足りないことに気付く。そこで とのさまがえるは、彼らを自分のけらいにして働かせはじめる…。
(『宮沢賢治全集5』 ちくま文庫)

蛙たちがかわいいのです(*^^*) このとのさまがえるが性悪もので、足りない代金以上の 労働をさせたりします。でもそこはそれ(?)、とのさまがえるもやがて報いを受ける時が。 その情けない姿を見て、あまがえるたちはどっと笑うのですが……。この後がとても 素敵なのです(*^^*) 王様が一番勝手なこと言ってるような気が(爆) 他にも『蛙のゴム靴』という好きなお話があるのですけど、宮沢賢治の蛙は妙にかわいい(^_^;) 


『ひかりの素足』 ?年

ある冬のこと、一郎と楢夫の兄弟は山へ行った帰り道、同行していた人たち人とはぐれてしまう。 吹雪にあい道に迷ってしまった二人は、ふと気がつくと妙に薄明るい不思議な場所を、 傷ついた足で歩いていた…。
(『宮沢賢治全集5』 ちくま文庫)

始まりの部分で楢夫が見る幻覚が既に、彼の暗い未来を暗示しています。冬のお話ですが、 ここは特に背筋が凍るような場面。吹雪で道に迷い、二人が辿り着いたのは地獄でした。 鬼に鞭打たれながら子供たちが歩く、砕けた瑪瑙の道。 彼らはまだ幼い子供たちですから…前世からの罪の罰を受けてるんですね。でもそこに はだしで瑪瑙のかけらの上を歩く人が現れ、彼らを救ってくれます。このひかりの素足の人が 住む世界がもう、なんとも言えずきれいで…(T_T) 悲壮感に包まれた、本当にすごいお話です。 子供の頃読んでもよく分からないかな、これは(^_^;)


『双子の星』 ?年

天の川の西の岸に住む、チュンセ童子とポウセ童子。二人は毎晩夜になると水精のお宮に座り、 銀の笛で星めぐりの歌を吹いていた。大烏と蠍の喧嘩のお話、彗星のお話の2編。
(『宮沢賢治全集5』 ちくま文庫)

これは『銀河鉄道の夜』にもちらっと出てくるお話です(*^^*) かわいい双子の星が、蠍と喧嘩して 重傷を負った大烏を助ける話と、悪い彗星に騙されて海の中へ落とされてしまうお話。 どちらも星や星座の世界を巡る、とても綺麗なお話です。う〜ん…どっちも好き(^_^;) この作品中に 歌詞が書かれてる「星めぐりの歌」には、賢治自身が作った曲があります。素朴で素敵なんですが、 お聞かせできないのが残念(T_T)


『雁の童子』 ?年

旅をしていた私は、流沙の南の小さな泉で巡礼の老人と出会う。老人は、その泉のほとりに建てられた 小さな祠のことについて、私に話してくれた。それは天から降りたという、雁の童子をまつった祠だった のだが……。
(『宮沢賢治全集6』 ちくま文庫)

雁の童子を育てることになる須利耶という男は、従弟が狩猟を好むことについてたしなめます。 「どんなものでもいのちは悲しいものなのだぞ」と……。はて? 悲しいもの、ってどういうこと なんでしょうね? でも確かにこの物語は最初から最後まで、生きているものの悲しみが 付きまとってるような気がします。見知らぬ旅人同士が束の間出会い、そして別れていくところも。 それで……とても切ないというか、なんともいえない気分になるお話なのですが、 やっぱり好きな1篇です(*^^*)


『北守将軍と三人兄弟の医者』 1931年

長い長い戦いを終え、北守将軍ソンバーユーが軍隊を引き連れ、ラユーの町へ帰ってきた。 だが、あまりの戦いの激しさに、ソンバーユーと彼の馬はがたがたになっていた。彼はこの町に住む 三人兄弟の医者に診てもらうため、さっそく出かけてゆくが…。
(『宮沢賢治全集8』 ちくま文庫)

長い間馬の上に座りっぱなしで、鞍にくっついて 取れなくなってしまったソン将軍。いつまでも馬から下りないので謀反だと勘違いされ、誤解を解くべく 馬に乗ったまま、お医者さんの家に乗り込みます(*^^*)  なんといっても、7、5、7、5…の流れるようなリズムで書かれる、ソン将軍と三人兄弟の医者、 リンプー、リンポー、リンパー先生とのやりとりが楽しい♪  「みそかの晩とついたちは、砂漠に黒い月が立つ…」で始まる軍歌もよいですね(T_T)  これはもう細かいこと抜きで(笑)、大好きな1篇です♪


『よだかの星』 ?年

よだかは口が大きく横に裂けた、実に醜い鳥。彼は他の鳥たちから嫌われ、いつもつらい思いをしていた。 ある日鷹が彼の元へやってきて、たかという名のついた彼の名前を改めなければ殺すという。 どうしようもなくなったよだかは、遠い所へ行く決心をするが……。
(『宮沢賢治全集5』 ちくま文庫)

これは悲しいお話ですね(T_T) 外見の醜さのためだけに、嫌われつづけるよだか。夜毎たくさんの虫を 食べては、そのことでも自分を責めつづける彼。遠い星々の間を飛び回って、連れてってくれるようにと 頼むのですが……。
よだかは運命に逆らおうともせず、ただ星を目指して飛びつづけ、ついに…星になります。彼は何故、 「少しわらって」最期を迎えることができたのかなぁ〜(T_T) カシオペア座のすぐ隣に、今も まだ燃えてるという“よだかの星”。探してみたくなります。これもとても深いお話です。


『シグナルとシグナレス』 1923年

軽便鉄道の小さな駅。本線のシグナルは、少し離れた場所に立つ信号柱シグナレスに恋心を抱いていた。 彼女も彼を慕っていたのだが、シグナルの後見人の電信柱はそれを快く思っていなかった。二人は もどかしい思いを抱きながらも、電信柱に隠れてやさしい言葉を交わしつづける…。
(『宮沢賢治全集8』 ちくま文庫)

珍しく恋物語です。他にもあるのかもしれませんが、これしか思い出せません。 信号柱なのでお互い立ってるところから動けないし、無粋な電信柱は邪魔するし、 二人はつらいことばかり。でも、彼らがこっそり交わす会話がとても初々しくて 一途で……いいですね〜(T_T) シグナルがシグナレスにあげるエンゲージリング、 実にロマンチックです。実際にこんなことしたらキザかもしれないけど、そこはそれ…(^_^;) 好きなのは、二人が夜の渚でついにめぐり合うシーン。でも、やっぱり二人は…。 ちょっと切なくなるような、素敵な一編です(*^^*)


『貝の火』 1922年頃

溺れそうなひばりの子を助けてやった子兎のホモイは、お礼に“貝の火”という宝珠をもらう。 美しく輝く玉だが、その光を保ちつづけるのは難しいという“貝の火”。それを手に入れたことで 他の動物たちは突然ホモイを敬い始める。キツネを家来にし、有頂天になるホモイだったが……。
(『宮沢賢治全集5』 ちくま文庫)

貝の火を手に入れ、得意になって、他の動物たちにひどいことをしたりするホモイ。 でも、そのたびに貝の火はますます美しく輝きます。最後の悲劇にホモイを導こうとするように。 因果応報といえばそうなのですが、まだ何も知らない子兎のホモイには、ちょっと酷すぎると 思える結末。でも最後にホモイのお父さんは、「こんなことはどこにもあるのだ。 それをよく分かったお前は、一番さいはい(幸い)なのだ。」なんて言う(^_^;) そこにはもちろん 作者の深い思想があるのですが……やっぱりムゴイっすよ(T_T)


『猫の事務所』 1926年

猫の歴史と地理を調べるための猫の事務所に、かま猫は勤めていた。だが、生まれつき皮が薄く かまどの中で眠るくせのあるかま猫は、いつも他の事務員たちからいじめられていたのだった…。
(『宮沢賢治全集8』 ちくま文庫)

軽めのから(笑) 事務所に勤めるのはとても名誉なことだし、 他の“かま猫”仲間の期待の星なんだからと、いじめられても一生懸命な“かま猫”がとても いじらしくて。でも、がんばればがんばるほど憎まれてしまう。「お弁当箱事件」が、かわいくも 憐れを誘います。「どんなにつらくてもぼくはやめないぞ、きっとこらへるぞと、かま猫は泣きながら、 にぎりこぶしを握りました」という彼の姿を想像してみてくださいませ〜(T_T)
でも、やがてこの事務所は閉鎖されることに。かわいいけど、けっこう容赦ない一篇です(^_^;)


 『雪渡り』 宮沢賢治 1921年

雪の表面が凍って一枚の板のようになった時、その上をどこまでも歩いてゆくことができる。 ある日四郎とかん子の兄妹がそうして雪の上を歩いていると、 真っ白な小狐の紺三郎が現れた。二人は紺三郎に、月夜の幻燈会に招かれる……。
(『宮沢賢治全集8』 ちくま文庫)

短くてそれほど有名じゃないお話かもしれませんが、大好きな1篇です。 狐の子どもたちは大人になっても人を騙したり泥棒したりなんか しないよ〜と、幻燈を使って戒めあうのですが、礼儀正しい紺三郎がかわいい。 ただ純粋な、影のない素敵なお話です♪ 狐の子供たちがキラキラ涙をこぼすシーンが感動(T_T)  「雪がすっかり凍って大理石よりも堅くなり、空も冷たい滑らかな青い石の板でできてゐる らしいのです」という導入部からして良いです(*^^*) 四郎とかん子の歌う 「堅雪かんこ、凍み雪しんこ」という歌がとても心に残ります♪