ま 行
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松村映三・村上春樹
 辺境・近境 写真編新潮文庫
三島由紀夫
 仮面の告白 新潮文庫
宮尾登美子 (1926-)
 一絃の琴 (1978)講談社文庫
宮沢賢治 →短篇のご紹介
 銀河鉄道の夜
 宮沢賢治詩集新潮文庫
 宮沢賢治全集 1〜8ちくま文庫
村上春樹
 風の歌を聴け講談社文庫
 回転木馬のデッド・ヒート講談社文庫
 1973年のピンボール講談社文庫
 パン屋再襲撃文春文庫
 カンガルー日和講談社文庫
 中国行きのスロウ・ボート中公社文庫
 TVピープル文春文庫
 世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド 上・下新潮文庫
 羊をめぐる冒険講談社文庫
 ノルウェイの森講談社文庫
 ダンス・ダンス・ダンス講談社文庫
 蛍・納屋を焼く・その他の短編新潮文庫
 国境の南、太陽の西講談社文庫
 ねじまき鳥クロニクル講談社文庫
 スプートニクの恋人講談社
 レキシントンの幽霊講談社
 神の子どもたちはみな踊る新潮社
 海辺のカフカ新潮社
 ふわふわ講談社
 うずまき猫の見つけかた新潮文庫
 雨天炎天新潮文庫
 象工場のハッピー・エンド新潮文庫
 使いみちのない風景中公文庫
 遠い太鼓 講談社文庫
 日出る国の工場新潮文庫
 羊男のクリスマス講談社文庫
 辺境・近境新潮社
 村上朝日堂新潮社
 村上朝日堂の逆襲新潮社
 村上朝日堂はいかにして鍛えられたか朝日新聞社
 村上朝日堂 はいほー!新潮文庫
 やがて哀しき外国語講談社文庫
 夢で会いましょう (糸井重里と共著)講談社文庫
 夜のくもざる講談社文庫
 ランゲルハンス島の午後新潮社文庫
 翻訳夜話 (柴田元幸と共著)文春新書
 村上ラヂオマガジンハウス
 もし僕らの言葉がウイスキーであったなら平凡社
村上龍
 限りなく透明に近いブルー
 ラッフルズ・ホテル
森博嗣
 猫の建築家 (2002)光文社
森村桂
 天国にいちばん近い島角川文庫


「辺境・近境 写真編」 松村映三・村上春樹  (新潮文庫 H12.6.1)
 カメラマン松村映三氏が撮った、もうひとつの「辺境・近境」。活字編で村上春樹が旅した場所を、 写真で辿る。

 「活字編」(ってゆーのも変な感じですけど)は2年前ハードカバーで読んだので、文庫は写真編だけ。 写真のことはよく分からないのですが、同じ場所でも文章とは違った雰囲気が伝わります。村上春樹の コメントが楽しい♪ 外国の(または日本の)、見知らぬ場所のなんでもない風景というのは、妙に 切ない気持ちになります。個人的には、長春動植物公園で飼育係の人が連れてきた虎の子を前に こわばっておられる村上氏の写真が好きなんですけど、そーゆーのは写真の良し悪しとは関係ない ですね〜(^_^;)



「一絃の琴」 宮尾登美子 (講談社文庫 1982.7.15)
 世は幕末、新しい時代の風が吹き始めようとする頃。土佐の武士の娘苗は、五歳の時に旅絵師の弾く 一絃琴の音色に魅せられ、以後の人生を琴と共に歩むようになる。師有伯との出会いと彼の死、 不幸な結婚…。後に土佐に一絃琴の隆盛をもたらす市橋塾の設立、弟子蘭子との確執。 一絃琴を通し明治の女性の矜持と生き様を描く直木賞受賞作品。1978年。

 前にドラマ見て以来読みたいと思ってたんですが、 ドラマのことはもうすっぱり忘れているので触れないことにし…(^_^;) 
 明治の女性の芯の強い、粘り強い生き様。今の女性と違っていつも何かに頭を押さえつけられているだけに、 内に秘めたものは恐ろしいほどなのでしょうか。士族の誇り、師への想い、子供ができないことに対する負い目、 弟子への憎しみ……言葉に出すことを許されない思いのすべてを一絃の琴に託す苗。文章はわりと淡々としていて読みやすいのですが、 それでも女性の秘められた情念が恐ろしくなってきます。前半は苗が主人公、後半はその弟子蘭子が 主人公ですね。生い立ち、琴への傾倒、似たような人生を辿りながら決して重なり合わない女性たち。 こういうのってえてしてドロドロになりがちかと思うんですけど、 二人の憎しみ合いさえ暗い琴の音のようで、ドロドロ嫌いな私にはありがたかったです。 しかし二人とも琴の奏者として誰からも認められるようになったというのに、なにかそれほど幸せそうに 見えないのは私だけでしょか。特に蘭子。一人の女として自立しても何かを成し遂げても、 今の自分の幸せをいつも他の何かと引き比べずにいられないってのは不幸ですよね…。 だから全体としてはわりと暗いお話のような気がします。でも感傷に流されてないのがいいですね。 面白かったです♪ 違う作品も是非読んでみたいところです。



「銀河鉄道の夜」 宮沢賢治 (新潮文庫 他)
 ケンタウル祭の夜、友達といっしょに祭りに行くこともなく夜の丘に一人たたずんでいたジョバンニ は、気が付くと天の川に沿って走る軽便鉄道に揺られながら、親友のカムパネルラと星の海を 旅しているのでした。列車の中で出会う人、別れてゆく人…。その人たちの幸いのために、自分には いったい何ができるのだろうとジョバンニは問い続けます。やがて、カムパネルラとのつらい別れの 時が…。

 勘違いをされてる方のために、原作の主人公は猫じゃあないです(どっちでもいいけど…)。天の川を 走る列車は、死者を乗せて天上へと向かう列車です。タイタニック号の犠牲者も登場します。 ひとことひとことが光を放っているような美しい言葉で、秋の夜空を南へと下っていく銀河鉄道が 描かれます。有名なのかどうか知りませんが、この作品は未完成なのです。原稿のない部分や抜けて いる文字があったり、いくつもの異稿が存在します。誰も、これが本当の『銀河鉄道の夜』である、 とはいえないのです。でも、それでもこのお話はすごい力を持って私たちに語りかけてきます。 書き出すと長いのでやめますが、宮沢賢治は本当に好きな作家です。



「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」上・下 村上春樹 (新潮文庫 S63.10.5)
 壁に囲まれた“世界の終わり”で一角獣の頭骨に封じ込められた夢を読む“僕”と、脳に複雑な 回路を埋め込まれた計算士の“私”の、交差する二つの物語。

 村上春樹の小説はたいてい好きで何度も読み返しています。『ノルウェイの森』も『羊をめぐる 冒険』も『ダンス・ダンス・ダンス』もいいけれど、私のお気に入りはこれ…というか、今までに 読んだ本の中でも、これが私にとって最高の小説です。どう最高なのかきちっと説明できないあたりが 情けなくもあるんですが…ただ、印象の深い部分ならいつでも思い浮かべることができます。

私という存在を象徴するコートのポケットには宿命的な穴があいていて、どのような針と糸もそれを 縫い合わせることはできないのだ。そういう意味では誰かが部屋の窓を開けて首を中につっこみ、 「お前の人生はゼロだ!」と私に向かって叫んだとしてもそれを否定できるほどの根拠はなかった。
 しかしもう一度私が私の人生をやりなおせるとしても、私はやはり同じような人生を辿るだろうという 気がした。何故ならそれが――その失いつづける人生が――私自身だからだ。私には私自身になる以外に 道はないのだ。どれだけ人々が私を見捨て、さまざまな美しい感情や夢が消滅し制限されていったと しても、私は私自身以外の何ものかになることはできないのだ。

 どこに出てくるのはあえて伏せますので、探してみてください。読む人によってはかなり漠然とした 印象しか受けないかもしれませんけど、私にはけっこう残酷に感じられた文章でした。
 この作品の、博士の地下研究室、壁で囲まれた世界の終わり、図書館、東京の地下に広がる洞窟なども そうですが、村上春樹の小説には、日常や現実の世界から隔絶した場所がよく出てきます。京都の山奥の 阿美寮、いるかホテルの一室、十二滝村の別荘、井戸の底…といったような。決して閉ざされた世界では ないけれど、そこへたどり着くためには、何かちょっとした特別な儀式のようなものが必要になるわけで すが…。(まずい、長くなりそう(^_^;)) 村上作品を私が好きなのは、そういう奇妙に周りから 切り離されたひとつの“別世界”が好きだからなんだと思います。うーん…、うまくいえません けど(T_T)



「もし僕らの言葉がウィスキーであったなら」 村上春樹 (平凡社 99.12.15)
 村上春樹氏がアイルランドとスコットランドを旅した時の、ウィスキーにまつわるエッセイ。

 村上春樹のエッセイ、というか旅行記はとても好きです。書かれた場所に行って、そこの空気を 吸ってみたくなるんです。それでこの本を読んでいると、ウィスキーを飲んでみたくなってしまう。 そういえば、「シドニーのグリーン・ストリート」(『中国行きのスロウ・ボート』中公文庫)を 読むたびに、妙にピザが食べたくて困った…。なぜかそんな気になってしまうんですよね。たとえば 行間に何か目に見えない言葉(「ウィスキーを飲め」とか)が印刷されていて、読み終わった後には ウィスキーが飲みたくなってしまうとか。サブリミナル広告のよーに。……はい、真面目に やります。でも、そういうのが村上氏の言葉の力なのでしょうね。写真もすごくいいですよね。 うう、行ってみたい…。



「村上ラヂオ」 村上春樹 (マガジンハウス 2001.6.8)
 「anan」に1年間に渡って連載された、同名のエッセイを収録。

 村上さんのエッセイは大好きです〜(*^^*) 楽しいことこの上なし。時にしみじみと納得 しちゃうようなお話も。村上さんのエッセイは読んでるとなんかほのぼのするし、これでいいのだ的な 根拠のない自信のようなものを与えてくれる(それも困るか…(^_^;))ので、ついつい読んで しまいます(笑) まぁ難しいこと抜きで、笑えます♪ 食べ物の話や猫の話や外国の話、う〜ん、 よくこんなに語ることがあるなぁ(爆) 私が好きなのは「スーツの話」と「猫山さんはどこに 行くのか?」と……あ〜柿ピー問題もいいな〜…と、まぁ、きりがないです(^_^;)
 別に文庫になるまで待ってもよかったのですが、この大橋歩さんの挿絵にひかれてふらふらと 数十秒迷い、 間に挟まってたしおり(?)を見て即決。そんな奴はあまりいないでしょう(^_^;)



「神の子どもたちはみな踊る」 村上春樹 (新潮社 2000.2.25)
 阪神大震災に少しずつ関わりを持った人々を描く、連作短編小説集。
『地震のあとで』 その一〜その六


 読むのがもったいなくて先延ばしにしていましたが、そのわりにさらっと読んでしまった ような…(^_^;)。震災の現場に直接接したわけではない人々にも、それぞれの阪神大震災が あるんですよね。どの短編の登場人物もみんな平凡な人で、死んでしまえばただの数字としてしか 発表されない人たちかもしれませんけど…。ひとつの体験の後では、目に見えても見えなくても、 体験した人は確実に変わってしまうのかなぁ。どんなささいな体験でも。……ところでこれを読んで 思ったのですが、今までの村上春樹作品とは雰囲気がちょっと違…いや、違うというか、 変わったというか、なんというか。ずっと読まれてる方ならすぐ分かると思いますし、既にいろんな ところで語り尽くされてると思うので、私があえて私見など述べなくても……って、ホントはうまく 言えないだけです(T_T)。言い始めれば長いし(笑)。



「翻訳夜話」 村上春樹 柴田元幸 (文春新書 2000.10.20)
 “翻訳が好きでたまらない”二人が、翻訳について語り合う。村上訳オースター、柴田訳カーヴァーの 短編収録。

 普段翻訳された本ばかり読んでいると、色々と疑問に思うことも出てきます。「私」と「僕」の 使い分けとか、英語のギャグみたいのはどうするのかとか、一文の長さとか…興味は尽きません。この 本ではそういう翻訳に関する楽しい(かどうかはもちろん、人それぞれですね )お話が、村上、 柴田両氏によって語られています♪ もちろん他の翻訳家の方すべてに当てはまるわけではないと 思うのですけど、こんなことまで考えながら訳しているのかぁ〜とか、けっこうテキトーなんだな(笑) なんて思って、にやにやしながら読んでいたかも(^_^;)。本当に楽しい本でした。
 ほぼ全カーヴァー作品を訳している村上氏がオースターの短編(『Auggie Wren’s Christmas Story』) を訳し、逆にほぼ全オースター作品を訳している柴田氏がカーヴァーの短編(『Collectors』)を訳す、 というのもいいですね。それぞれが訳した短編2編づつと、英語の原文(読めない(T_T)が 収録されているので、比べてみると面白いのでは。これ、翻訳者の名前が明記してなくても、やっぱり どちらがどうなのか分かりそうです。意図的でないにせよ、翻訳者のカラーというのはありますよね。 好きな翻訳家、というのはいませんが、こっちの翻訳の方が好き、というのはあると思います。私などは 読みなれてるせいか、やっぱり村上訳カーヴァーの方が好きで、柴田訳オースターが好きだと 思っちゃうんですけど…。初めて読んだ方はどう思われるんでしょうか。あるいは、原書と比べて?  どちらにせよ、カーヴァーを、あるいはオースターを他の人が訳したらどうなるんでしょ、と常々思って いた私は、貴重なものを読んだな〜(大げさですかね… )という気がします。
 翻訳だけでなくて、文章を書くということについても、いろいろ考えさせられることしきり です〜(^_^;)



「海辺のカフカ」 村上春樹 (新潮社 2002.9.10)
 15歳の誕生日、僕は家出をすることにした。東京都中野区から、四国へ。あてもなく 夜行バスに乗って旅立った僕は、やがてとある図書館へとたどり着く。そこで働き始めた僕は、 やがて不思議な出来事の中心へと導かれてゆく…。2002年。

 久々の村上春樹の小説ですね〜。面白かった、ことは面白かったのですが、感想を書こうとすると 何故か胸の中のもやもやが晴れない感じ。何か訳あって父親と二人暮しだった 田村カフカ君(仮名)は、15歳の誕生日に家出をし、四国へ向かいます。そして同じ頃彼の父親が 刺殺され、容疑者になってしまった近所のナカタおじさん(猫と話せる)も、運命に導かれるように 四国へ…。と、あらすじを書いても意味不明(^_^;) …ストーリーは全く違いますが、『世界の 終わりとハードボイルド・ワンダーランド』を思い出ださせます。あるいは羊男の出て来る、 一連の話を。ストーリーにはそれらよりもずっとずっと深く澄み切った印象がある(そしてそれは 決して悪くはない)のですが、やっぱり私としては昔の作品が好きです。
 細かいことを言い出すと込み入って長くなるのでやめます。この作品で好きなのは、 猫ですね。猫と、ナカタさん(笑) 印象的なシーンは、やはり図書館。 甲村記念図書館という現実の図書館もですが、最後に大島さんが田村カフカ君に語る記憶の 図書館でしょうか。
 私には他の村上作品と比べて読むことしか出来ませんが、そうでなかったらきっともっと 印象のいい作品なんだろうな。気持ちは複雑ですがまあ、とにかくとても楽しめた 作品でした(^_^)



「猫の建築家」 森博嗣・佐久間真人 (光文社 2002.10.25)
猫の建築家  猫は建築家だった。何度か生まれ変わったけれどそのたびに建築家になり、 「美」の意味を問いつづける…。佐久間真人の絵にのせてつづられる、猫の建築家の物語。2002年。

 不思議な画集というか、なんというか…。この絵に一目惚れしてしまった私は絵だけでも十分 なんですが、森博嗣の描く建築家の猫の物語も素敵です。何故か(?)英訳付き。英語だと日本語の 堅苦しさがなくて、また違った雰囲気が出ていていいです。
 猫の建築家、というのがいいですね。ストーリーとしては別に人間だっていいんですけど、何かを じっと見つめて問いつづけているような猫がぴったり。たとえ何も作らなくても、建築家であると いうのはこういうことなのかなぁ。こうしてみると"建築家"というのがなんだか素敵な言葉に 思えてきます。ずっと眺めていたくなる、素敵な本です(^_^)



「天国にいちばん近い島」 森村 桂 (角川文庫)
 地球の先っぽに、天国にいちばん近い島がある。明るくてあたたかくて、一生働かなくたっていい。 そう亡くなった父に教えられた森村桂さんは、ニューカレドニアこそその島だと単身船に乗って 旅立ちます…。

 今なら海外旅行なんて珍しくないし、女性が一人で旅してたって変でもない。でもこれは 昭和40年のお話です(ちなみに私はまだ生まれていませんが、でもそんなに昔じゃないか…)。 仕事もうまくいかず、自分に自信を失いかけていた森村さんが、一念発起の旅に出てけっこう大変な 思いをされます。人々の冷たいあしらいや誤解…ただでさえ落ち込んでいた森村さんはもう 日本に帰ろうかと思ってしまう。でも、偶然やさしい人たちに助けられて…。落ち込んだときや 苦しいときに読んだりすると、涙が止まらなくなる本です。



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