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第五章 ヒロイン絶対絶命だゾ!

 香織は、所在なげに隣の空席を見つめていた。真01郎の一件から一週間。休校になっていた学校がようやく再開されて、香織は礼二郎に会いたい一心で登校してきた。突然、姿を消した礼二郎を捜そうにも、手がかりがまるでなかったからだ。それなのに、滅多なことでは学校を休んだことのない礼二郎が、姿を見せなかった。
 礼二郎に会いたい……。
 香織は、授業も上の空だった。
 そんな昼休み、ぼんやり学食でうどんをすすっている香織の耳に、とんでもないニュースが飛び込んできた。ロケット・ライダーと名乗る赤マントの謎の人物が、幼稚園を乗っ取って、子供を人質に立てこもっているというのだ。
 香織は、うどんもそこそこに、職員室に駆け込んだ。担任をつかまえて、礼二郎のことを訊きまくる。
「それがなぁ〜。あいつは家庭環境が複雑で、保護者の叔母さんってのが、その……、本当の叔母さんじゃないらしくてなぁ……」
 担任は、ごにょごにょと煮え切らない。
「本当じゃなかったらなんなんです?」
 香織はイライラした。
「しょうがないな……。自分の目で確かめてこい。これも経験だ」
 担任は、わけのわからないことを言い、礼二郎の連絡先を書いたメモをくれた。
 香織は午後の授業をサボって学校を飛び出し、電車を乗り継いで、閑静な住宅街までやってきた。担任の書いてくれたメモを頼りに、礼二郎の家を捜し歩く。道が入り組んでいてよくわからないので、井戸端会議をしていた二人の主婦に、メモを示して訊いてみた。
「あら、このお宅って……ねぇ?」
 肥った主婦が、もう一人に目配せする。
「ご主人が失踪なさって、アレがアレでしょう?」
 もう一人も、妙な言い回しをする。
「あの、アレがアレって……?」
 香織はつっこんでみた。
 主婦二人は、顔を見合わせて笑い合う。
「このお宅のご主人、何年か前に失踪したんですけどね、そのとき愛人だった若い娘さんと、今は、ご主人の息子さんが……ねぇ?」
 もってまわった言い方が得意な肥った主婦は「おほほ」ととってつけたように笑った。
「で、お家はどこなんですか?」
 事務的に香織は訊いた。こういう手合いには深入りしないのが利口だ。
「突き当たりのT字路を右に曲がって……」
 だいたいの場所を聞いて、香織は礼を言い先を急いだ。香織が主婦たちと少し離れると、後ろから爆発するように笑う声が聞こえてきた。不愉快だった。
 それでも、香織は、言われたとおりの道を進み、巨大な門構えの豪邸にたどりついた。
 庭が綺麗に手入れされた、木の香りがしそうな和風の家だ。表札を確認すると、たしかに麻生とある。香織は、正直、圧倒された。あの礼二郎が、こんな大きな家に住んでいるとは想像もしていなかったからだ。よく考えれば、かつての麻生邸の跡地にマンションが建っているのだから、香織の家の隣にあったという昔の家も、豪邸だったに違いない。
 香織は大きく深呼吸して、門をくぐり、屋敷のインターフォンを押した。
「はぁい」
 若い女の人の声がして、パタパタと廊下を走る音が聞こえてくる。カラリ、と引き戸を開けて現れたのは、上品な和服に身を包んだ、やわらかな物腰の美女だった。
「あ、あの……」
 香織は、その女性の持つ雰囲気に呑まれてしまって、まともに言葉が出てこなかった。
 和服の女性は、ふわっと微笑んだ。
「あ、れいくんのお友達でしょう?」
 れいくん?
 礼二郎のことを言っているのだと、香織は少し遅れて理解した。
「れいくん、具合が悪いみたいなの。今、寝てますけど、よかったら上がってくださいな」
 今に限らず、礼二郎はいつでも寝ているじゃないか、と内心、香織は思った。
「じゃあ、お言葉に甘えて……。お邪魔します」
 香織はできるだけ礼儀正しくお辞儀をして、ぴかぴかに磨かれた檜の廊下を、美女に案内されるままに進んだ。
 家の中は、とても手入れが行き届いていて、ピンと空気が澄んでいた。
 前を行く美女は、つと立ち止まると床に膝を折り、すっと和室の戸を滑らせた。
「どうぞ」
 香織は、勧められるままに部屋に足を踏み入れる。
「今、お茶をお持ちしますね」
 にっこり笑って、美女はもとのように戸を閉め、去っていった。きちんと座って引き戸を操るときの指の動きというのは美しいものだな、と香織は思った。
 香織は、ほうっと息をついた。十六畳はあろうかという広さの部屋のなかほどに、布団が一組敷いてある。見慣れたサラサラの茶色い髪が、けだるく寝返りを打った。
「礼二郎?」
 香織は、そっと歩み寄った。
 おでこに熱冷ましのジェルシートをはりつけて、礼二郎は子供のように赤いほっぺをして眠っている。その枕元に静かに座って、香織は礼二郎の顔を見つめた。なんだか苦しそうなので、今日は起こすのをやめにした。
「礼二郎……。母さんに、子供のころの話、聞いたよ。ごめんね、あたし、ぜんぜん覚えてなかった。ロケット・ライダーのことは、とってもよく覚えてたんだけどね……。助けてくれてありがとう」
 礼二郎の左手が、布団から飛び出していた。パジャマの袖がめくれていて、ペタペタと熱冷ましジェルが貼り付けてあるのが見えた。
 腕に何枚もジェルシートを貼っている不自然さに首をかしげて、そっとその左手をとった。腕が熱かった。
 ジェルシートとシートの間、手首と肘のまんなかあたりに大きな傷跡が残っていた。
 真01郎の剣を受けたときの傷だった。
 大粒の涙がこぼれ落ちて、礼二郎の手の甲で弾けた。
 香織は、そっと礼二郎の左手にキスをした。
 礼二郎は、身をよじった。
「穂菜華(ほなか)……?」
 半覚醒状態で、誰かの名を呼ぶ。さっきの女の人の名前だろうか。
「穂菜華……」
 もう一度ささやいて、礼二郎はふわりと香織の頭を抱き込んだ。礼二郎の体が熱かった。
 えっ? と思って身を任せると、寝ボケた礼二郎は、香織の額にキスをした。
 香織は驚いて礼二郎の腕からすり抜けた。穂菜華とささやいてキスするということは、そういう関係だということだ。
「そんなのないよ……」
 香織は、キュッと唇を噛むと、部屋を飛び出してパタパタと廊下を駆けた。
「あ、あの、れいくん、起きました?」
 香織の気配を察して、台所から和服の美女が出てくる。香織は、まじまじとその女性を見つめた。美しかった。相手を慈しむような優しさを感じた。決して嫌味でない透明な色香を漂わせていた。この人ならば、あの、アンバランスな二面性を持つ礼二郎を、優しく包み込んであげられるのだろう。
「穂菜華さ……ん?」
 香織は確認してみた。
「はい?」
 穂菜華は小首をかしげる。
「あたし、帰ります。あの、お願いなんですけど、礼二郎に新聞とかテレビとか見せないでくださいますか? でないと、あんな体なのに、きっと飛び出していっちゃうから」
 穂菜華は静かに微笑んで、浅くうなずいた。心得ているという笑顔だった。
 香織も少しだけ微笑むと、麻生邸を辞した。

 礼二郎は目を覚ました。部屋の中の空気がいつもと違うような気がして、首をかしげた。この家の中では、いつもはしない香りがする。フローラルブーケのシャンプーの香りだ。
「香織?」
 首をひねりながら、礼二郎は、熱でふらつく体でむりやり布団から起き出した。障子の側の文机に置かれたノートパソコンを立ち上げる。
 一週間前の事件直後に来たメールが厄介なシロモノだった。
 無気力化電子メール、キガメール。
 そいつは、電子部品の情報伝達を阻害する電子のゴミを放出し続けていた。これは、ロケット・ライダーの正体を特定したナナバの個人攻撃だと思われた。ヤツらは、ロケット・ライダーがどんな構造の体を持っているか知っているのだ。なにしろ、ナナバには、礼二郎の手足を造りサイボーグとして復活させた張本人、麻生礼太郎が居る。
「ったく、遊んでんじゃねぇんだぞ、親父……」
 パソコンに向かって毒づく。キガメールの影響で、体の機械部分から発生する熱がうまく冷却できなかった。いつもは、すぐに自己治癒する腕の傷も、一週間たっても治らない。このままでは、普通に動くことも難しいだろう。礼二郎は、朦朧としながらも、キガメールの解析に没頭した。

 香織は、ロケット・ライダーが子供を人質に立てこもっているという幼稚園に来ていた。周囲には、警官隊やマスコミ、野次馬が鈴なりに集まっている。
「要求が出ました! 犯人は、特定の人物との会見を求めています!」
 リポーターが、カメラの前で焦って事件の動きを伝えている。
「それは、どんな人物ですか?」
 スタジオからの質問。
「それは、公表されておりません」
そりゃあそうだろう、と香織は思った。でも、ロケット・ライダーを名乗り、こんなに目立つ事件を起こすとすれば、狙いはひとつだ。香織は、犯人の恋人だと申し出て、現場の指揮をとっている警部のところまでたどり着いた。
 例によって拡声器を渡され、犯人に呼びかけてくれと細かな注意を受ける。だが、マイクさえ握ってしまえばこっちのものだ。香織は大きく息を吸い込むと、幼稚園の中に立てこもるニセライダーに向かって話しかけた。
「ニセライダー、聞こえる? 香織よ。待っても無駄。本物のロケット・ライダーは来ないわ。あたしと会ってちょうだい」
 警部が、驚いて香織のマイクを取り上げた。
「困りますよ、ちゃんと指示通りに話してくれないと……」
「いいの。今のが彼にはいちばん効果のある情報よ」
 警察車両の中に準備されている電話が鳴り響いた。交渉役の刑事が電話をとる。
 交渉役は、驚いたように、香織を見た。
「警部。その子を一人で中に入れろと言ってます。かわりに人質を全て解放するそうです」
「な……んだと?」
 警部は苦虫を噛みつぶしたような顔になった。

 香織は、幼稚園のプレイルームに入っていった。民間人の、未成年の女の子を人質交換に使うなど、前代未聞だ。事のなりゆきしだいでは、何人もの警察のお偉方の首が飛ぶことだろう。
 ともあれ、香織が幼稚園に入ると、すぐに子供たちと保母が解放された。
「あなたがこんな面倒なことするから、手間取っちゃったじゃないの、ニセライダーさん」
 ゴーグルとマフラーで顔を隠したニセライダーは、ゴーグルを外してニッと笑った。またしても01郎シリーズのロボットだった。
「よく見破ったな。私は01郎シリーズの最高傑作! この世の至宝! 超01郎だっ!」
 ロケット・ライダーの影響か、ブンブンと両手を無駄に振り回し、ポーズを決めた。
 香織は、首をかしげる。
「ちょっと違うかな……。そこは、こうじゃなくて、こーんな感じ」
「こーんな感じ?」
 香織のお手本にを真似て、超01郎がポーズを決め直す。場所柄も手伝って、まるでお遊戯の振り写しだ。
 香織は、こないだの真01郎のほうが、本物と自称するだけあって賢かったかな、と思った。
「ロケット・ライダーは、どうして来られないんだ?」
 超01郎が訊いた。
「このニュースを知らないからよ。知らせないように情報を制限してるの」
「なるほど。で、君がかわりに来た、と。勇ましいのは結構だが、ロケット・ライダーをおびき出すための、さらなる餌にされるとは思わなかったのかい?」
「おびきだす餌……? あたしが?」
「ヒーローは、ヒロインを命がけで護るって、昔から決まってるだろう?」
「なぁんだ」香織は笑った。「いまどきのヒロインはね、ヒーローだって護っちゃうのよ」
「素晴らしい」
 超01郎は冷笑を浮かべると、すっと左手を香織の首筋に当てた。
 バチッと首の後ろがスパークして、頭にガツンとショックがくる。香織は、気絶して、超01郎の腕の中に倒れ込んだ。

 目が覚めると、香織は豪華な応接室のソファに寝かされていた。キョロキョロと辺りを見回す。誰もいないのを確かめると、そうっと起き出して、ドアに近寄った。
 パスワード式の電子ロックだった。香織は、少し考えた。今までのナナバのネーミングセンスを思うと、このパスワードは……。
「ヒラケゴマ」
 と入力して、エンターキーを押した。
 ピンと鳴って、あっさり電子ロックが解除される。少年少女名作全集は偉大だ、と香織は思った。
 廊下を駆けていくと、廊下の向こうから人が歩いてくる気配がした。香織はあわてて近くのドアにすがりついた。ノブを回すと、あっさり開く。ドアのプレートも確かめず、香織はその部屋の中に飛び込んだ。
 内側から締めたドアにピタリと背をくっつけて、廊下を歩いていく人をやりすごした。
 安堵のため息をついて、改めて自分が飛び込んだ部屋の中を見た。そこは薬品の匂いと怪しげな機械に囲まれた実験室だった。
「おや。いらっしゃい。可愛いお嬢さん」
 室内のどこからか声がした。
「だ、誰っ?」
「わしじゃよ、わし」
 実験台で、様々な種類の灯りが点灯していた。蛍光灯や白熱電球は言うに及ばず、オレンジのナトリウム灯、蒼白い殺菌灯などだ。その中の、直接目で見てはいけません、と公共の場で注意書きが書いてある殺菌灯の前で、何かがゆらゆらとゆらめいた。
「そこに、誰かいる?」
 香織は目をこらした。
「ふうーむ。まだまだじゃのう……」
 また声がして、実験台の前の空間がグニャグニャと歪んだ。
 透明な皮を脱ぐようにして、一人の老人が現れた。いかにも科学者といった感じの、俗世間とは一線を画した風体の男だ。
 香織が驚いて声も出せずにいると、老人は香織の方を見て柔和に笑った。
「光学迷彩の開発中なんじゃがな……。どんなライトを当てられても透明人間でいるというのは、思いの外骨が折れるわい」
 透明人間になる服の研究中らしかった。
「あの、もしかして、麻生ハカセですか?」
 テニイレタイトの工場で、麻生ハカセがどうのこうのとメガネの神経質そうな男が言っていた。もしかしたら、と思っていたのだ。
「いかにも。わしが麻生礼太郎じゃ」
「じゃ、やっぱり、礼二郎のお父さん?」
「礼二郎? ……ああ、そうそう。そういう息子がおったわ。ふわっふわっふわ」
「あっ、あの……。あたし、五歳のとき、公園に突っ込んできたトラックから礼二郎くんに助けて貰った香織です」
「おお。そうじゃった。あのときは、ちょうどサイバネティクス・レプリの最終調整に入っててのう。どこかに実験体はいないものかと思っていたところだったのじゃ。いや、なかなか親孝行な息子じゃて」
「……って、はぁ?」
 香織は言葉を失った。負い目を感じている香織を気遣っての台詞とも思えない、浮き世離れした発言だった。
「そういえば、もう何年も、あのバカ息子の顔は見とらんのう。まあ、穂菜華がついとる。大丈夫じゃろう」
 穂菜華と聞いて、香織の心臓はドキンと跳ね上がる。
「穂菜華さんって、ハカセの奥さんですか?」
「ふわっふわっふわ。あれは、ロボットじゃよ。わしの造った01郎シリーズを見てくれたかな? あれの前身じゃ」
「穂菜華さんが、ロボット……?」
 にわかには信じられないほど、あの家の中に居る穂菜華は、あの家の雰囲気に合っていた。とても素敵な女性に思えたのだ。
「まあ、礼二郎の死んだ母親をすこーしモデルにしたことは事実じゃがな」
 そう言って、麻生ハカセは懐かしげに目を細めた。その表情から、ハカセが亡くなった奥さんをとても愛していたことが伺えて、香織は少しだけホッとした。
「でも、礼二郎って、いつも寝てばかりなんですけど、昔からですか?」
「ふむ。あやつのレプリは熱生産量も熱消費量も膨大でな、電子部品から発生する熱を放散するための冷却装置をフル回転させるには、眠ってバッテリーを充電しなければならんのじゃ」
 それで、ああも滑稽なほどに寝コケていたのかと、香織はようやく納得した。
 思わずハカセと話し込んでしまい、肝心なことを聞くのを忘れていたことに香織は気づいた。
「そういえば、ここ、どこですか?」
「さあ。わしは場所はよく知らんが、ナナバの本部じゃろう?」
「じゃろう……って、ナナバに軟禁されて、兵器を開発させられてるんじゃないんですか?」
「いやいやとんでもない。わしは、招待されたんじゃ。好きな研究をしてもいいとも言われた。特に強制されることもないし、脅されることもない。設備は立派だし、資金の心配もいらん。科学者にとっては夢のような場所じゃよ」
 香織は開いた口がふさがらなかった。
「ハカセは、ナナバがなにをしてるのか知ってるんですか! ナナバは、人の心を操って、社会を混乱させて……。礼二郎は、あなたが造った01郎と戦っているんですよ!」
 ハカセは、ほう、と目を丸くした。
「なんじゃい、01郎たちを破壊したのは礼二郎じゃったのか……。いや、見事見事」
 どうやら、ハカセは本当になにも知らされていないらしい。
「だがそうすると、厄介なものを造ってしまったかもしれんて……」はじめてハカセの表情が曇った。「ロケット・ライダーなるロボットをやっつける秘密兵器を造ってくれと依頼されてのう……」
「ロボットじゃないわ! それが礼二郎よ!」
「ううむ……」
 そのとき、基地内に警報が鳴り響いた。
『ロケット・ライダー潜入! 総員、戦闘配備!』
 香織は、驚いて顔色を変えた。
「うそ……。礼二郎、あんな体で……」
 反射的に、香織は廊下に飛び出そうとした。
「まあ、まあ、若いもんはせっかちでいかん」
 ハカセは泰然自若だ。
「どうしても行くというなら、これをもって行きなさい」
「は?」
 言いながら、ハカセは、さきほどの透明人間になる服を掴んで持ち上げた。空間がゆらゆらと波ガラスを通したように歪む。
「名付けてスガタキエール! わしの最新作じゃ!」
 香織は、ガクッと力が抜けるのを感じた。ナナバとロケット・ライダーの、一連の妙なネーミングは、この親父のせいだったのか。
 香織は、自分で造った秘密兵器を子供が宝物を披露するように嬉しそうに見せびらかすハカセを、宇宙人でも見るような目で見つめた。

 ロケット・ライダーは、痺れBB弾を発射するショットエアガンを片手に、群がる敵をうち倒しながら基地の中を進んでいた。
 ついさっき、香織を拉致したというメールを受信した。穂菜華が執拗に止めるので、彼女のメインバッテリーを外して家を飛び出した。だが、キガメールの影響でレプリ部品の熱を放散できない今、どのくらいの時間、活動できるかは、賭だった。手足の電子部品が焼き切れるのが先か、生身の脳が熱でやられるのが先か。
 ――香織……。
 廊下の壁にもたれて、ショットシェル・カートリッジを交換した。
「ふはははは! そこまでだ! ロケット・ライダー!」
 高らかに笑いながら、超01郎が登場した。
「また、出やがったな……」
 ロケット・ライダーは、うんざりしたようにつぶやく。
「我こそは、秘密結社ナナバ、最高にして最後の至宝! 超01郎だっ!」
ロケット・ライダーは、超01郎が腕を振り回してポーズを決めている間に、右手の人差し指で真っ赤な輪をくるくると回し始めた。輪になった強力磁石だ。
「電脳クラッシャー! 磁気蒸着円月輪!」
 ヒュン、ヒュン、と続けざまに強力磁石を超01郎に向かって投げ放つ。赤く塗られた円系の磁石が、超01郎の体にペタペタと丸印をつけた。
「うわぁぁぁ!」
 超01郎は悲鳴を上げた。さもありなん。あれは、スクラップ工場で車を運ぶクレーンなどに使われるほどの磁石だ。それを持ってくるのは、手足に電子部品を使っているロケット・ライダーにとっても命がけだった。
 超01郎は、床の上でピクピクと痙攣し、やがて完全に機能を停止した。
 ロケット・ライダーは、なおも工作員を麻痺BB弾で動けなくしながら先へ進んだ。
 ほどなくして、基地の中心部、巨大なバナナの紋章が掲げられた広間にたどり着いた。バナナの紋章の下に、奥へ通じるドアがある。そこがボスの部屋だ。
 ロケット・ライダーは、壁に持たれて荒い息をついた。
 その一瞬の隙をつかれ、何者かに殴り飛ばされた。ロケット・ライダーは床に体を打ち付けながらも、敵の正体を見定めようと首を巡らせた。
 そこには、さきほど機能を停止したはずの超01郎が勝ち誇ったように立っていた。
「詰めが甘かったな、ロケット・ライダー。言っただろう? 私は、超01郎だ! ふはははは……」
 ロケット・ライダーは、ふっと意識が遠のくのを感じた。だが、このままここで気絶してしまっては誰がナナバを叩くのか。誰が香織を護るのか……。
「礼二郎になにすんのよっ!」
 不意に、香織の声が響いた。
 ブンッ! 空間に、光の剣が閃く。
「はははは……はは?」
 超01郎の笑い声が、ポーンと切断された首とともに遠ざかっていった。
 超01郎の切断された首は、遠くまで飛んでゴトンと落ちた。首ナシになったボディのほうも、膝からガシャガシャと崩れ落ちる。
「きゃー。爆発するぅっ!」
 香織の声が叫んだ。こうなった場合、次にどうなるかは経験則で知っている。
「香織?」
 姿が見えず、声だけの存在に向かって、ロケット・ライダーは呼びかけた。
「こっちこっち」
 ロケット・ライダーは、腕を何者かに掴まれた。掴まれている右手首が、透明になってゆらゆらしている。
「へへ〜。あたしあたし」
 香織は、顔をすっぽり覆っていたフードを上げて、顔だけ出して見せた。その様子は、まるで宙に浮いた生首である。
 香織は、ロケット・ライダーを引っ張って、廊下の角を曲がった。それを待っていたかのように、超01郎が爆発する。二人は身を伏せて、爆風をやり過ごした。
「麻生ハカセに会ったよ。このスガタキエール、貸してくれた。それから、これ」
 香織は、ロケット・ライダーにドリンク剤の瓶を示す。
「キガメールの中和剤だって。体、辛いんでしょう?」
「麻生礼太郎が?」
 ロケット・ライダーは、表情を曇らせた。
「早く飲んで」
 香織の手を振り払うようにして、ロケット・ライダーは立ち上がった。
「俺は、あいつの助けは借りない」
「だって、お父さんじゃない!」
 香織も続いて立ち上がる。スガタキエールから顔だけが出ているので、ひどく不気味だ。
「礼二郎!」
 香織はもう、彼のことをロケット・ライダーとは呼ばなかった。自分のことを心の底から想い、いつも護ろうとしてくれていたのは、幻想のヒーローなんかじゃない。普段、寝てばかりいる、天然寝ボケな麻生礼二郎だ。
「なんじゃい。相変わらず、意地っ張りじゃのう、礼二郎」
 背後の声に振り返ると、ハカセがのんびりと廊下を歩いてくる。
「ここは、いい研究所だったんじゃがなぁ……」
 ハカセはやれやれとため息をついた。
「ボスを倒すなら、あの奥の扉じゃ。だが、あの扉の封印を破ると、この基地は自爆モードに入る。部屋に入った者は生きては戻れんかもしれん。それでも行くかね? 礼二郎」
 礼二郎は、ハカセを睨んだ。そして、香織を振り返る。香織はスガタキエールを脱いでいた。
「早く逃げな。このじーさんがいれば、安全にここから出られるだろう」
「あたしも行く!」
「だめだ」
「礼二郎!」
 礼二郎は、ふうと息をつくと、ウルトラマンみたいなヘルメットを脱ぎ捨てた。乱暴に頭を振る。玉の汗が髪の毛を伝い、キラキラと飛び散った。
 礼二郎は、もう香織のほうは見ず、ゆっくりと奥の扉に向かって歩き出した。
「じゃあ、わしらも行こうかね、香織ちゃん」
 ハカセは、香織の手をとり、もと来た廊下を戻ろうとした。
 でも、香織には礼二郎一人を残していくことなんかできなかった。
「ハカセは、礼二郎のお父さんなんでしょう? だったら、どうして息子を一人で行かせるのよっ!」
 香織は爆発するように叫んだ。
 ハカセは、ふっと笑った。
「息子だから、じゃよ。他人様のお子さんを危険にさらすわけにはいかんじゃろう? だから、香織ちゃんは、わしが連れてここを脱出せねばならんのじゃ」
「そ……んな……」
 香織は、ふるふるとかぶりを振った。
 泣きそうな顔で礼二郎を振り返る。赤いマントが翻っていた。
 その刹那、香織の目に、信じられない光景が映った。
 男が、銃を構え、礼二郎の背中を狙っていた。メガネをかけた細身の男だ。あの男は、テニイレタイトの工場で、見た覚えがある。
 考えるより早く、香織は反応していた。
 男の構えた銃の射撃線上に、身を躍らせる。
 オレンジ色のマズルフラッシュが閃いた。
 全てが、スローモーション・フィルムの中の出来事のようだった。
 香織は、胸に衝撃を受け、空中を吹っ飛んで床にたたきつけられた。
 礼二郎が振り返った。ハカセが叫んでいた。
 耳に聞こえる音が、ひどく遠くなったような気がした。
 ――これは……夢?
 目が覚めれば、隣の席で、いつものように礼二郎が眠りこけているのだ。そんな彼の寝顔を、幸せな気分で見つめるのだ。
 遠のいていた音が、ゆっくりと香織の耳に戻ってきた。
 でも、体はひどくだるくて指一本動かすのも億劫だ。
「香織っ!」
 香織は、礼二郎の腕の中にいることに気が付いた。ちょっと嬉しかった。
「複製製造弾(デュオ・スラッシャー)じゃ」
 ハカセが神妙な顔でつぶやいた。
「いったい、誰が香織を撃ったんだ!」
「おまえは知らんでいい」
「くそう! ふざけてんじゃねぇぞ!」
 思わず、礼二郎は片手でハカセの白衣の襟を掴み上げる。
「わしが説明せんでも、ボスを倒せば嫌でもわかる。それよりも、今は香織ちゃんを救わねば……」
「礼二郎……」
 香織はかすれた声で呼びかけた。
「礼二郎の体、熱いよ。熱、下がってないんだね。ちゃんと薬飲んでね。だって、ハカセ、本当にロケット・ライダーが礼二郎だって知らなかったんだよ……」
「じゃ、なんで俺がサイボーグだってナナバが知って……」
 香織は薄く笑った。
「わかるよ、そんなの。あたしも、真01郎との戦い見て、そうじゃないかって思ってた……。でも、それがあたしのせいだったなんて、すごくショックだった。ごめんね、礼二郎……。ごめんね……」
「香織!」
 香織は、ふっと意識を失った。
「親父……」
 礼二郎は、父を見る。
「死んではおらん。ただ……。彼女はデータの世界に捕らわれてしまった」
「データの世界?」
「まったく、親の言うことは素直にきくもんじゃ。香織ちゃんを救いたければ、おまえがしゃんとせねばならんだろう!」
「よく言うぜ。でも、香織のことは、意地を張った俺の責任だ。香織を護るつもりなら、あんたへの意地なんか捨てるべきだった」
 ハカセは、ニヤリと笑った。
「もって行け」
 ハカセは、キガメールの中和薬と、さきほど香織が超01郎を倒した光の剣を礼二郎に渡した。
「なんとまあ、しばらく見ないうちに、生意気になりおって……」
 礼二郎は、立ち上がると中和薬をぐいっとあおり、瓶を捨てた。パンと床が鳴った。
 左手で、長さ三十センチくらいの棒を勢いよく振る。
 びゅも! 光の剣になった。
「親父、香織を頼む」
 そうして、礼二郎は、再び、ボスの待つ奥の部屋へ向かって、ゆっくりと歩き出した。

 礼二郎は、奥へ通じるドアを開け放った。ドアをくぐると、礼二郎の背後でドアが勢いよく閉まった。そして、基地が自爆モードに入ったことを告げるアラームが鳴り響き、赤色灯が点滅し始めた。
 礼二郎の行く手には、狭い通路が続いていた。彼は、光の剣を携えたまま先へ進んだ。
 奥の部屋はドーム型だった。ドクドクと壁が脈打っていて、まるで生き物の内部のようだ。礼二郎は周囲を見回した。だだっ広い、脈打つ壁の角に、体中をコードに繋がれた何者かが壁に半分体をとけ込ませるようにして存在していた。礼二郎は駆け寄った。
 そいつは猿だった。だが、普通の猿とは微妙に違う。どこか人に進化しているようにも見えた。
 猿の体のいたるところから、うねうねと生き物のようにコードが伸びていた。コードの先は、脈打つ壁だ。猿は、眠るように目を閉じている。ここは、まるで、巨大な繭か、子宮の中のようだと礼二郎は思った。
「な……んだ、これは……?」
 礼二郎が茫然と立ちつくしていると、猿の横の空間に、ぼうっと光が集まり始めた。
 驚いて身構えると、そこに背の高い、神経質そうな男が現れた。丸いメガネを鼻にひっかけた優男である。
『ナナバ・ワークスにようこそ、ロケット・ライダー……、いえ、麻生礼二郎くん』
 なにもない空間から突然現れた男は、唄うように言った。
「誰だ……? きさま……」
 礼二郎は目を細めた。胸の辺りで、激しく警鐘が鳴っている。こいつはヤバイヤツだと本能が知らせている。
 優男は、左手の中指でメガネをずり上げて酷薄に笑った。
『薄情ですねぇ。……忘れましたか? 兄を』
 我を忘れて、礼二郎は立ちつくした。
 遠くで爆発音が轟いている。ナナバ基地のいたるところで自爆装置が作動し始めたようだ。だが、礼二郎は、その場で石になってしまったかのように、動けなかった。

 巨大な爆発音と紅蓮の炎を吹き上げて、ナナバの本拠地は崩壊した。様々な陰謀を繰り広げ、世界征服を目論んでいた秘密結社は、ロケット・ライダーたちの手によって壊滅に追い込まれたのだ。

 その光景を、麻生礼太郎は無言で見届けていた。車の後部座席で死んだように動かない香織に、視線を向ける。
 ナナバ・ワークス……。
 秘密結社ナナバの崩壊は、真の地獄の使者を呼び覚ますことになったのだった。

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