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第四章 超能力バトルだゾ!
ずっとずっと小さいころ、ロケット・ライダーの話をしてくれた男の子がいた。
香織がいじめっこに泣かされたとき、カタキを討とうと立ち向かっていったその子も反対にボコボコにされて、二人で泣きながら帰ってきた。そのとき、少年は言ったのだ。
『あんないじめっこたちなんか、いつかきっと、ロケット・ライダーがやっつけてくれるんだからさっ!』
ロケット・ライダーは、あの少年と香織の幻想のヒーローだったのだ。
香織は、隣の席で教科書を立て、すやすやと眠っている礼二郎を見た。相変わらず、幸せそうな顔だ。この礼二郎が、あのときの少年なのだろうか? だったら、なぜ、そう名乗らないのだろう。香織が忘れているとでも思っているのだろうか。
そして、今は幻想でも子供の夢物語でもなく、実際に存在するロケット・ライダー……。
新01郎も言っていたが、確かに、あのスタイルは、今の時代のヒーローとしてはレトロでチープすぎるかもしれない。イマドキの子供には受けやしないだろう。でも、香織が子供のころ思い描いたロケット・ライダーは、まさにあんな感じだったのだ。香織にとって、ロケット・ライダーは、あの姿でなければならなかったのだ。それを知っているのは、あのときの少年に違いない。
あのときの少年が、ここで寝コケている礼二郎なのだとすれば、ロケット・ライダーも、この礼二郎なのだろうか……? しかし、どうひいき目に見ても礼二郎の運動能力では、ロケット・ライダーになれそうもない。
三日後は体育祭。また、礼二郎は泣きたくなるくらいの無様な姿をさらすのだろう。その姿に周囲が罵声を浴びせるのを見なければならないのかと思うと、香織は憂鬱だった。
その日の昼休み、香織は、珍しく起きている礼二郎を見て驚いた。昼休みに起きているなど、奇跡のようなものだ。明日は雪でも降るのかもしれない。
「どうしたの? 礼二郎。具合でも悪いの?」
思わず心配になって、香織は声をかけた。
「香織……。これ、なんだと思う?」
礼二郎は、それまでためつすがめつしていたティッシュペーパーの中に包まれた紙片を香織に示した。
ミシン目が入った小さな紙に、バナナの絵がいくつも並んで描いてある。
香織は、サッと青ざめた。
「ちょっと、礼二郎、これって……」
さすがに教室で口にするのはためらった。
「そっかー……。やっぱ、アブナイ薬に見えるよねぇ?」
のほほんと礼二郎は言った。
香織は、思わず声をひそめ、礼二郎におでこを近づける。
「どうしたの? これ」
「机の中に入ってた」
「めちゃめちゃアヤシイよ。使ってみる気?」
礼二郎は、ふるふると首を横に振った。
そりゃあそうだろう、と香織は思った。
「でも、バナナってのがちょっと気になるね」
「他の人の机にも入ってるのかなぁ?」
礼二郎が緊張感のない声で言う。
香織は自分の机の中をのぞき込んで、礼二郎に向かって首を横に振った。
「ま、たとえ入ってたとしても、みんな、正体不明のものを試したりしないよ、きっと」
笑顔を作って、香織は言った。礼二郎も、コクコクとうなずいた。
ところが、香織の予想は大きく外れていたことが、翌日になってわかった。
いつもの通り登校した香織は、スピーカーから流れる生徒会長麻生礼一郎の声に立ちすくんだ。
「緊急生徒総会を開催します。全学年の生徒は、登校次第、体育館に集合してください。繰り返します……」
そんなこと、聞いてない。今日は、体育祭の総練習のはずだ。香織は嫌な予感にさいなまれた。このところ、香織の嫌な予感は当たるのだ。あわててココロミエールを点眼し、体育館に急いだ。
体育館の入り口では、赤い腕章をつけた生徒たちが廊下を挟むように両脇に陣取り、そこを通る生徒たちをチェックしていた。週番でも役員でもない、どちらかといえば普段はめだたない生徒たちだ。
先生たちは、そこでシャットアウトされていた。
赤い腕章の生徒たちの視線を受けながら、そこを通り抜けようとした香織は、突然、目の前に出てきた一人の男子生徒に声をかけられた。よく見ると、左腕の赤い腕章には、バナナと十字架がデザインされた刺繍がほどこされていた。
「国枝香織さんですね? 会長がお呼びです」
「え? は、はあ……」
バナナの腕章に気を取られながら香織は曖昧にうなずいた。
香織は、バナナの腕章の生徒に引きずられるようにステージ脇へ連れて行かれた。
麻生礼一郎が香織を見て軽く手を挙げる。
「あの、もうお体のほうは良いんですか?」
礼一郎は、ノドの奥でクッと笑った。
「少しのオイタは大目に見ると言ったけれどね、工場を爆破しても許して貰えるなんて、思っていやしないだろうね?」
香織は、絶望的な気持ちになって、じりっと後ずさった。
「ホンモノの礼一郎先輩じゃないの?」
香織は、ナナバのロボットを睨み付ける。
ロボットは、涼しい顔をして言ってのけた。
「ホンモノさ。ぼくが正真正銘の真01郎だ」
「……真01郎?」
もしかしたら、麻生礼一郎なんていう人間は、最初から存在しないのかもしれない。香織は、背筋が冷たくなるのを感じながら、どうすることもできず、その場に立ちつくした。
赤い腕章をした生徒たちが、ずらりと体育館を囲むように並んだ。その一糸乱れぬ統制は、いつか戦争映画で見たナチスドイツの親衛隊のようだった。
生徒たちが、体育館に整列し終えると、真01郎は悠然と壇上に上がった。
「諸君! 我々は、崇高な精神にのっとり、かくも自由で自主性のある生徒会を作り上げてきた。学校をはじめとする社会権力、常識、カリキュラムの枠に捕らわれていては真の偉業は成し得ない!」
香織は、茫然と真01郎の演説を聞いていた。今までにも何度か、この詭弁を吐く口で香織自身も丸め込まれそうになってきた。言葉による洗脳こそが、01郎シリーズの特殊能力なのかもしれない。
演説は、延々と続いた。耳障りの良い声に、絶妙の間、小難しくも崇高な感じのする単語を選んだ語り口は、まさに演説の天才だった。
「さあ、君たちも我々、バナナ十字騎士団の旗の下に集い、真の自由を勝ち取るための聖戦に身を捧げよう!」
真01郎が、拳を高く突き上げた。
赤い腕章をしている生徒たちはもちろん、並んで演説を聞いていた一般の生徒たちも、心酔したように拳を突き上げた。
真01郎は満足したようにうなずき、一同を見渡す。
「共闘を誓う者たちよ、諸君らに私は力を与えよう」
赤腕章たちが、生徒たちの間を縫うように渡り歩き、何かを手渡して回っていた。それは、香織の手にも渡された。あの、バナナの絵のついたペーパー・アシッドだった。
「限られた人体能力を超え、超人たらんための薬マミロックだ。見えざるものが見え、聞こえざる音が聞こえ、空を駆け、森羅万象を司る。人類が未だ行き着くことのない高みをともに目指すのだ! 聖なる杯を共に!」
真01郎が拳を振り上げる。
体育館が一体になって唱和した。
「聖なる杯を共に!」
「ジーク・ナナバ!」
「ジーク・ナナバ!」
「ジーク・ナナバ!」
生徒たちは、次々と渡されたペーパー・アシッドを口に含み始めた。
「うそ……」
かろうじて正気を保っていた香織は、あまりのことに震えながら壁にへばりついた。
礼二郎……。礼二郎はどこだろう?
もしかしたら、礼二郎もあの中にいるのだろうか……。
「手始めに、我々バナナ十字騎士団は体育祭の中止を学校および教育委員会に要求する!」
盛大な演説をのわりには要求がセコイような気もしたが、割れんばかりの歓声が轟く体育館の異様な熱気の中では、なにを言っても納得させられてしまうような気がする。
なすすべもなく壁にはりついている香織の耳に、国家権力の福音が聞こえてきた。
パトカーのサイレンだった。
それにしても、救急車だのパトカーだの、忙しい学校だ。きっと、ワイドショーの中継車なんかも押し寄せることだろう。香織は、天の助けとばかりにそのサイレンに耳を傾けた。
「諸君、バナナ十字騎士団の力を見せるときがやってきた。闘え! 超能力戦士たちよ!」
「ええっ?」
香織は思わず声を上げた。あまりに大声だったので、自分の手で自分の口をあわてて塞ぐ。
超能力というと、あの超能力だろうか……。
マミロック……。確かに、マミとかロックとかいう名のエスパーが出てくる漫画があったような気もするが……。
体育館には三つの出入り口がある。ステージの反対側に一階廊下への入り口があり、ステージに向かって右側がグラウンド、左側は中庭だ。
グラウンドに放列を作った警官隊は、拡声器を使って呼びかけを始めた。例によって、おかあさんが心配しているとか、受験の苦しみはよくわかるとか、まるで見当違いのことをわめきたてている。
真01郎は、顎をしゃくって赤腕章たちに命じると、体育館の三カ所の出入り口を全て開放した。
警官隊が色めき立つ。
特に訓練をしたわけでもないのに、生徒たちは赤腕章に続いて外に躍り出た。怒濤のような鬨の声を上げ、警官隊に挑みかかる。
香織は、唖然としてその様子を見守った。
生徒たちのパワーに圧倒されて、その場から動くこともできなかった。
女子生徒の一人が、屈強な警官を放り投げた。手の先から怪光線を出している生徒もいる。私服刑事の服に離れたところから火をつけて高笑いしているのは、いつもさえないオタク少年だった。
超能力戦士。本当にあのマミロックを服用しただけで、普通の人間が超能力者になってしまうのだろうか。しかも、真01郎の命令を従順に聞くロボットのような超能力者に。
――ざざざざざ……。
香織の右肩に真01郎の手が乗っていた。相変わらず、心は読めない。
「不思議な光景だろう? 普段、運動の苦手な生徒ほど高度な超能力者となる。マミロックの力を最大限に引き出すのは劣等感なのだ。どうだい? 我がナナバの圧倒的な支配力は……」
「気持ちのいいもんじゃないわね」
冷たく言い放って、香織は肩に乗った真01郎の手を払った。
「ふうん。震えるくらい怯えてるのに、批判できるとは大したものだ」
劣等感が超能力の原動力。あくまでも人の心に秘めたものをえぐり出そうというのか。
真01郎の言うとおり、さっきから香織は震えが止まらなかった。言葉一つで人間を操り、意志を持たない下僕に変えてしまえるロボットの存在が怖かった。そして、そんなものを平気で作り出してしまえる秘密結社ナナバが怖かった。こんな組織と真っ向から戦って、ロケット・ライダーは勝てるのだろうか。
そんなことを考えて、香織は一番大事なことに気がついた。
ロケット・ライダーは、いったい、なんのためにナナバと戦っているのだろう。
そして、いつも彼に護られてばかりの自分は……。香織は、自己嫌悪に陥った。ナナバの開発したココロミエールが使いこなせるというだけで、ほかにはなんの取り柄もない、戦う力もない自分を呪った。
今ここで、隣に立っているナナバのロボットを破壊することができたなら、この騒ぎも収まるかもしれないのに。
そのとき、大乱戦の校庭で、動きがあった。
皆が、校舎の上を指さしている。その指の先がよく見えなかったので、香織は上履きのままグラウンドに降りた。こんな大事件のさなかに、上履きがどうのと気になってしまう自分の小胆さを嗤った。
香織は、校舎の上を仰ぎ見た。
キラリと眩しい太陽が鋭く目を射る。
虹色の光のオーラを浴びたヒーローがそこに立っていた。赤いマントに白いマフラー。ロケット・ライダーだ。
ロケット・ライダーは、「とう!」という感じで四階の校舎の上から飛んだ。
香織は驚いて息を呑む。
ロケット・ライダーは、空中でくるんと回転して二階部分の張り出したルーフの上に着地した。ふわっと舞うように腕を動かし、キメポーズをとる。
「ロケット・ライダー、推参!」
登場のポーズがこなれてきている。いつもよりかっこいいと香織は思った。
どうやら超能力戦士たちは、自分たちの支配者の仇敵を本能的に感じ取ったようだ。
一方の警官隊は、この珍奇な闖入者に驚き呆れ、茫然と成り行きを見守っている。
超能力戦士たちは、一様に二階のルーフに狙いを定めた。電撃を放てる者は雷を呼び、念力を操れる者は念を集中した。
一瞬の後、数多の力が集まった二階のルーフは、粉々になって崩れ落ちる。
「ロケット・ライダーっ!」
香織が叫んで駆け出した。遠巻きに観戦している場合ではなかった。
香織の心配をよそに、ロケット・ライダーはふわりと校庭に着地する。
ロケット・ライダーに向かって、雲霞のごとき数の超能力者たちが殺到した。
香織は、必死だった。なんとかして、自分もライダーの力になりたいと思っていた。無我夢中でグラウンドを疾駆し、事態の急展開に戸惑う警官から拡声器をひったくった。
「みんなぁっ! かっこいーっ!」
黄色い声を出して、香織は拡声器で叫んだ。
「超能力者になるなんて、ステキ! あなたたちは、なんでもできるわ! 欲しいものも思いのまま。世界征服も夢じゃない! なんて羨ましいのっ!」
香織は、思いつく限りの美辞麗句を費やして、グラウンドに群れる超能力者たちを誉めちぎった。
やがて、一部の生徒たちがヘナヘナと地面に倒れ始めた。
超能力の原動力は劣等感だと真01郎は言った。それが本当なら、彼らが自信を付ければ力を出せなくなるはずだ。案の定、最初に真01郎によって選ばれた赤腕章たちが動けなくなっていった。彼らは、生徒の中でも特に運動の苦手な、普段、みんなにバカにされている子たちであった。
じきに、生徒たちの約半数が、戦意を喪失した。これが本当の誉め殺しだ。
「今よ! すぐに拘束して!」
香織は、警官に向かって叫ぶ。偉そうな私服の刑事が、慌てて周囲に指示を出した。
「お巡りさん、なんでもいいから誉め続けて!」
香織は、拡声器を奪い取った警官に拡声器を戻し、再び体育館に向かってダッシュした。
「ん〜、あんたはエライ!」
拡声器を手にした警官が叫ぶ。センスに問題があるかもしれないが、超能力戦士たちの戦意を奪うことはできるだろう。
「ロケット・ライダー! みんなを操っているのは真01郎よっ!」
香織は声を限りに叫んだ。
香織の声を聞き、ロケット・ライダーはシュタッと二本の指で敬礼した。それを香織に向かってヒュッと投げる。
ロケット・ライダーは腰からぶら下げていた新兵器を取り出した。ステンレス製の水筒だった。
ロケット・ライダーは、それを肩にかつぐと、大きな声で叫んだ。
「超アレルギー・アトミック・ボム、杉花粉胡椒ファイヤーっ!」
ネーミングセンスは相変わらずだったが、その内容を聞いて香織は、あわてて体育館の中に逃げ込んだ。
ボンッ! ロケット・ライダーが肩にかついだ水筒の底が抜けて、後ろと前にオレンジ色の矢火が吹き出した。
水筒から撃ち出された超アレルギー・アトミック・ボム、杉花粉胡椒ファイヤーは、数十メートル上空まで撃ち上がると、大きな音と共に炸裂した。
ぶわっと、もの凄い圧力とともにグラウンドに向かって大量の粉が降り注ぎ、周囲に広がっていく。地面に激突して上空に跳ね返った大量の刺激性の粉が、もくもくとキノコ雲のように天空に吹き上がった。
その一撃で、残っていた数百人の生徒たちのうち、杉花粉アレルギーの者は再起不能に陥った。残りの者も胡椒の強烈な破壊力の前にヨレヨレである。
香織は、体育用具倉庫の、おせじにも綺麗とは言い難い白い木綿のカーテンを引きちぎり、中庭の水飲み場まで走った。カーテンを水で濡らすと鼻と口を覆う。現代の日本では、催涙ガスよりも制圧力の高い爆弾だった。巻き込まれないためには、自衛するしかない。
しかし、この爆弾も、生身の人間にしか効果はないのだ。
香織が体育館に戻ると、グラウンドで悶絶している者たちを尻目に、ロケット・ライダーと真01郎が対峙していた。香織はハッと息を呑み、中庭から体育館に登るステップで立ち止まった。体育館から外に視線を走らせると、グラウンドはまだ、爆煙に霞んでいる。
真01郎は、ニヤッと笑うと、ロケット・ライダーに向かって高圧的に言った。
「今までの01郎と同じだと思うなよ。私は、最高にして最強の真01郎だ!」
「確かに、新01郎は傑作だったよな。コンピュータ・ルームの中でレーザー乱射するなんざ、オオボケもいいところだ」
「きさま! 言わせておけばぬけぬけと!」
ロケット・ライダーは笑った。
「今までのオオボケ01郎とは違うんだろ? あんたが怒ることねぇじゃん」
「うぬぅ」
真01郎は悔しそうに唇を歪めると、右手をブンと振った。
シャキーン! 右手が鋭い剣になる。
「あっ、きったねぇ」
真01郎は、思わず半身を引いたロケット・ライダーに、容赦なく斬りかかった。
ふわっと後ろに跳んで刃をかわしたロケット・ライダーの靴先がスパッと切断される。ジェット付きバッシュのつま先が、飛んだ。
香織は思わず息を呑む。
「おー、危ねぇ」
切断されたロケット・ライダーの靴の先から、靴下が覗いた。
派手なオレンジ色だ。
香織は、どこかの誰かが好んではいているような靴下のセンスに、目を見張った。
「ははははは! どうしたロケット・ライダー! 逃げ回るだけでは勝てないぞ!」
勝ち誇ったように真01郎は高笑いする。
ロケット・ライダーは、たくみに剣をかわしながら体育用具倉庫に走りこんだ。用具子倉庫を見回し、バレーボールのネットなどを張るバレーポストをぐっと握った。カーボンファイバー製で丈夫な武器だ。
「逃げ場はないぞ! ロケット・ライダー!」
用具倉庫の入り口に立ちふさがり、真01郎は右手の剣をちらつかせた。
「っせい!」
ロケット・ライダーはバレーポストを抱え、丸太で閂のかかった扉を突くように、まっすぐ真01郎の腹に獲物を叩き込んだ。
どうん! 衝撃で、真01郎はふっとんで、体育館の床に尻餅をつく。
ロケット・ライダーは、バレーポストを左肩にかついで、用具倉庫から出てきた。真01郎を見下ろして、ボソッと言う。
「おまえ、なんのために戦ってんだ?」
床から半身を起こし、真01郎は呻く。
「きさま……なにを……」
「本当に、こんなことのために創られたのかよ? おまえを創ったヤツは、こんなことを望んでるのか?」
「私は、ナナバの最高の頭脳を結集して創られた最高級戦略ロボットだ。それ以外のなにものでもない」
「麻生礼太郎も堕ちたもんだな……。いよいよボケやがって、自分の創ったものがどう使われるかも考えやしねぇ!」
「麻生礼太郎だと?」
ブン! ロケット・ライダーは、バレーポストを真01郎に向かって振り下ろした。
ずしゃ。間一髪で真01郎は転がって逃げる。体育館の床に穴が開いた。
真01郎は、素早く体勢を立て直し、床にめりこんだバレーポストを引き抜いているロケット・ライダーに向かって斬りかかった。
反射的にロケット・ライダーは、真01郎の剣をバレーポストで受ける。続、新、真とパワーアップしているだけあって、真01郎はもの凄いパワーだった。
「くっ!」
ロケット・ライダーは、真01郎の剣を跳ね返そうと渾身の力を込めた。
その瞬間。
バッキーン! バレーポストが、まっぷたつに折れた。軽量で強いカーボンファイバーでも、限界を超えた衝撃が加わるとバキッと折れてしまう。
「きゃあっ!」
真01郎の鋭い剣がロケット・ライダーの顔面に迫って、香織は悲鳴を上げた。
ガシッ! ロケット・ライダーは、自分の左腕を額にかざし、バレーポストでしていたように剣を受け止めた。
みるみる腕に血がにじんで、ポタポタと体育館の床を朱に染める。
「う……そ……。うけとめた……?」
香織は愕然とした。バレーポストを折ってしまうほどの破壊力のある剣を、生身の人間がどうやって受け止めるというのだ? 普通は、腕がまっぷたつになって落ちるだろう。
「ふははははは……。そうだったな……。きさまは……麻生礼太郎の……」
ロケット・ライダーは、真01郎の台詞を最後まで聞かなかった。剣を受けた左腕を強引に外側に払うと、トンと床を蹴ってバック宙を切った。わずかに体勢を崩した真01郎の後頭部に、回転する際の反動をこめて蹴りをブチ込む。
バキ、と真01郎の首が鳴って、首から金属部品が飛び出した。
プラプラになった首がスパークする。
真01郎は膝から床に崩れ落ち、体全体がオレンジ色の光に包まれたかと思うと、アッという間に爆発した。
香織は、中庭の大木の陰に走って身を伏せ、周囲を吹き抜けていく爆風に耐えた。
グラウンドで半死半生になっていた生徒たちも真01郎が破壊されたことによって正気を取り戻す。胡椒と杉花粉でぐしゃぐしゃになりながら、警官隊といっしょにグラウンドにへたりこんでいた。
爆風がおさまると、香織は体育館の惨憺たる様子をのぞき見た。床に大穴があいている。
ロケット・ライダーの姿はどこにもない。
香織はキュッと唇を噛むと、散乱した瓦礫を飛び越えて三階の自分の教室を目指した。
階段を二段ぬかしで駆け上がり、息も突かずに疾駆して、教室に飛び込む。
そこに、机に突っ伏して、太平楽に寝コケている礼二郎の姿があった。
その、見慣れた日常的な風景に、香織はホッとして、彼を起こさないように机の側に歩み寄った。礼二郎は、窓から差し込む陽光を受け、幸せそうに眠っている。
礼二郎がロケット・ライダーではないかと疑っている香織だったが、この礼二郎が、ついさっきまで、あんな壮絶な闘いを繰り広げていたなどとは思いたくなかった。真01郎の剣を受けたロケット・ライダーの左腕は、多分、生身の人間のものではないのだろう。
そっと、寝ている礼二郎の左腕に触れてみた。制服の袖をめくってみたら、なにかわかるだろうか……。でも、香織にはそれをする勇気はなかった。
突然、腰の力が抜けて、ストンと床にへたりこんだ。ずっと緊張しつづけていたのだ。無理もない。礼二郎の机につかまって、コツンと机に頭をくっつけた。
ふと、礼二郎の足首が目に入った。ズボンと上靴の間から細い足首が覗いている。今日の靴下は、青とオレンジのシマシマ模様だった。
青とオレンジ……。
確か、真01郎に切り裂かれたバッシュの先から覗いた靴下は、このオレンジ色ではなかったか……。
香織は目を閉じた。床にすわりこみ、机におでこをくっつけたまま、ポロポロと涙をこぼした。
帰宅した香織は、母親をつかまえて、幼いころのことを聞き出した。
麻生礼二郎という男の子が近所にいなかったかということ、そして、その子はどうしていなくなったのかということ。母は、最初は、知らないと言っていたが、あまりに香織が真剣なので、ついにその重い口を開いた。
「礼二郎くんのお父さんは高名なロボット工学の博士で、ちょっと風変わりな人だったわ」
「もしかして、麻生礼太郎っていう名前じゃない?」
母は、驚いた顔をして香織を見る。
「そうよ。その、お父様のね、お仕事の都合で引っ越していったのよ」
「それだけ? それだけだったら、あたしに黙ってる必要なんかないよね?」
母は、観念したように言った。
「香織が、ショックを受けるから、黙っていようと思っていたんだけど……」
「いいから教えて。本当のことを知らないと、あたし、一生後悔する」
「礼二郎くんね……、幼稚園のとき、あなたの命を助けてくれたのよ」
そう言って、母は、慈愛に満ちた笑顔を見せた。
「え……?」
「居眠り運転のトラックが、公園に突っ込んできたの。まだ五歳だったのに、礼二郎くんは、香織をかばってトラックの下敷きになったわ」
「うそ……」
五歳……。そんな小さなころから、礼二郎は香織を護ってきたというのか……。
「礼二郎くんは、生死の境をさまよって、命だけはとりとめたんだけど……」
「どうしたの?」
「両足と、左手を失ったわ」
両足と、左手? 香織は、あまりのショックで一瞬、気を失ったような気がした。
「それで……礼二郎は?」
かすれた声で香織は訊いた。
「お隣のマンションが建つ前は、あそこが麻生さんのお宅だったんだけど、お家を売って、引っ越して行かれたわ」
「礼二郎……」
つぶやいて、香織はふらりと立ち上がった。
「香織、大丈夫なの?」
香織は、うつろな視線で母を見る。
「話してくれてありがとう。それで、少しわかったような気がする……。あたしは、大丈夫。ちょっと外に出てくるね」
香織は家を出ると、一目散に隣のマンションに走った。礼二郎の部屋まで突っ走る。
今日もやっぱり、部屋に鍵はかかっていなかった。いつものことなので、かまわずドアを開け放つ。
でも今日は、なんだか様子が変だった。
電気をつけた。
「うそっ!」
香織は、靴を脱ぐのももどかしく、あわてて室内に上がり込んだ。
いつもは、床に転がって寝コケているはずの礼二郎の姿がないばかりか、荷物が消えているのだ。机も、ドレッサーも、食器も、雑然と散らかっていた雑誌さえ、きれいさっぱりなくなっている。
「礼二郎!」
叫んだ。もちろん、返事はない。
「そんな……」
香織は、泣きながら部屋中を捜し回った。捜すといっても、狭いワンルームだ。ユニットバスとクローゼットを覗けばもう、開けるドアはない。香織は、ふらりと対面キッチンのカウンターに歩み寄った。
そこに、ただひとつ残されたものがあった。
この部屋に、確かに礼二郎がいたという証明だった。
香織は、カウンターに置かれていたフォトフレームを手に取った。くりくり坊主の男の子とミニスカートの女の子がニコニコ笑って映っている。
「礼二郎……っ!」
フォトフレームを抱きしめて床に泣き崩れた。
香織は、心の中で礼二郎の名を叫び続けた。
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