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第三章 ほしくてほしくてたまらないゾ!

 太陽系最後の秘宝、バナナンダイヤ。というキャッチコピーで大々的に売り出されたその宝石は、あらゆるアクセサリーに加工され、宝石店の店頭に並んだ。お値段も、クリスマスプレゼントに重宝な程度から、目の玉が飛び出るほどのグレードのものまで様々だ。
「あ、そのピアス可愛い〜」
 美咲の耳に揺れる小さなバナナ型に並んだラインストーンに顔を近づけて、香織は羨ましそうに言った。昨日、美咲は十七歳になった。彼氏が、バイトして溜めたお金でプレゼントしてくれたのだ。
「いいでしょ? 銀座ジュエリー・バナナのオリジナルで、バナナンダイヤっていうのよ」
 嬉しそうに美咲は、廊下でくるりと回ってみせた。
 銀座ジュエリー・バナナ?
 バナナンダイヤ?
 なんだかあからさまにアヤシイネーミングのような気がして、香織は首をかしげた。
 いや、それでも、彼氏からの誕生日のプレゼントは羨ましい。香織の誕生日ももうすぐだ。だけど、香織には、わざわざバイトしてプレゼントしてくれるような彼氏はいない。
「香織、礼二郎に催促しておいたら?」
 礼二郎と言われて、香織はガックリと肩を落とした。礼二郎は、相変わらず毎日、寝て暮らしている。よくもまあ、あんなに何時間も寝ていられるものだと感心するくらいだ。
 あの、眠ることにしか興味のないような天然寝ボケ男は、きっと、一生かかっても女の子にプレゼントすることなど考えつかないだろう。そんなことを考えて、香織はハッとした。これではまるで、礼二郎からのプレゼントを期待しているみたいではないか。
 そんなことはない。絶対ない、と首をブンブンと振った。

 香織が変だなと思ったのは、それから一週間ほどたったころのことだった。
 美咲が、学校に来なくなった。
 クラスでも欠席が目立つ。特に、オシャレに気を遣うような女の子から始まって、男子にも次第に欠席の輪は広がり始めた。
 このところ、バナナンダイヤは大流行だ。
 香織は、嫌な予感がした。またしてもナナバの陰謀なのではないかと思った。
 そこで、放課後、香織は美咲の家に寄ってみることにした。
 美咲は、自分の部屋で寝ていた。美咲のお母さんも心配していて、急に生活態度が変わった理由を聞き出して欲しいと頼まれた。
 香織は、美咲の部屋に通されて目の玉が飛び出るくらい驚いた。ドレッサーに、キラキラ光るアクセサリーがぎっしりと並んでいたからだ。その、どれもこれもがバナナンダイヤの装飾品だった。これだけ集めるために必要な金額は莫大で、とても普通の女子高生が稼ぎ出せるものではない。
「美咲……これっ!」
 焦って、香織はベッドで布団を被っている美咲を揺り起こした。
「うるさいなー……。ほっといてよ」
「ほっといてって……、こんなのおかしいよ。美咲、美咲ったら!」
 香織の心臓がドキドキと高鳴った。
「美咲、もしかして、万引きとか……援交とか……じゃないよね?」
「うるさいって言ってるじゃない! もう、帰って!」
 香織は愕然とした。
 ほんの一週間前、彼氏からプレゼントされたバナナのピアスを、あんなに嬉しそうに見せてくれたではないか。それが、どうして、こんなことになってしまったのだろう。
 ナナバ?
 やはり、裏にはナナバが絡んでいるのだろうか。
「美咲……。こんなの、美咲らしくないよ。あたしが、もとの美咲に戻してあげるからね」
「うるさいったらっ!」
 ばしっ! 美咲の投げた目覚まし時計が、香織の腕に当たった。
「……ったー……」
 香織は立ち上がって転がった目覚まし時計を拾い上げ、飛び出た電池を入れ直すと、元の通り美咲の枕元に置いた。
 心の底から、フツフツと怒りがこみ上げてきた。人の心を弄び、自分たちの意のままに操ろうとするナナバのやり方に、腹が立って仕方がなかった。
 オサルニナールを捜すために他人の心が見えるようになってパニックを起こした隣のクラスの生徒たちの中には、まだ入院している子もいる。ナナバクレープを三度のご飯の変わりに食べて、体調を崩したままの人たちもたくさんいる。
 そして、今度は、バナナンダイヤ……。
 香織は、ぐっと拳を握りしめた。

 香織は、可愛いミニのワンピースに身を包んでいた。
「お願いだから、シャキッとしてね」
 香織は、隣で所在なげに立ちつくしている礼二郎に言った。
 礼二郎は、貸衣装のようなかっこいいスーツに身を包んでいる。いや、貸衣装のような、ではなく、本当に貸衣装なのだ。
「うーん……。なんか自信ないんだけどなぁ」
 ボソボソと言って、礼二郎は窮屈そうに身をよじった。
「いい? あたしたちは恋人同士。そういう設定で、不自然じゃないようにがんばってね」
 香織は指を立てて念押しする。
「香織と恋人同士……」
 ポッと頬を染めて、礼二郎はうつむいた。
「そ、そんな反応しないでよ。あたしまでテレちゃうじゃない」
 香織も、ドギマギと目をそらす。
「ごめん。がんばるよ」
 二人は、恋人同士を装って宝石店に買い物に行き、バナナンダイヤの秘密を探ろうとしているのだ。
 バナナンダイヤがアヤシイと睨んでから色々調べると、有り金全部をつぎ込んでバナナンダイヤを求めるような人が続出していることがわかった。それこそ、土地や家までも売り払い、多額の借金を重ねてもバナナンダイヤを買い続けるという人も出てきているらしい。それがナナバの仕業だとすれば、きっと、バナナンダイヤそのものに秘密があるはずだ。
 そこで香織は、ナナバクレープの一件でいっしょに巻き込まれてしまった礼二郎に簡単ないきさつを話して、協力を頼んだのである。

 その店は、豪華な外観のちょっと近寄りがたい雰囲気の高級宝飾店だった。
 銀座ジュエリー・バナナ。この店のオリジナル商品バナナンダイヤが、今、バカ売れしているのだ。
 香織と礼二郎は互いに顔を見合わせると、入り口の玄関マットに足を乗せた。
 うっかりすると、滑って転んでしまいそうな、一面にバナナの絵がちりばめられた特注マットだった。
「いらっしゃいませ〜」
 店内を暗い照明でセンスアップさせた高級宝飾店は、大混雑だった。ニューヨークのティファニーもびっくりといった感じの混みようだ。
 香織は事前にココロミエールを目にさし、相手の心が読める状態にしておいた。
「プレゼントですか?」
 黒づくめの服を着た化粧の濃い店員が、礼二郎に向かって微笑んだ。
「もうじき彼女の誕生日なものですから……」
 礼二郎は、少し照れたように、答えた。
 香織はびっくりした。誕生日のことなど、礼二郎が知っているとは思わなかったからだ。それに、さっきとは打って変わって、見違えるように堂々としている。
「そうですか。誕生石がよろしいですか? でも、今はバナナンダイヤがよく出てますね」
「あ、あの、バナナンダイヤのリングを見せて下さい」
 香織は、ガラス張りのショーケースに歩み寄った。その中では、さまざまなデザインの指輪が素敵な値段の正札とセットで並んでいる。
「お客様は指が細いので、繊細なデザインのものもお似合いになると思いますよ」
 にこやかに店員は言って、リボン型にデザインされた指輪の真ん中に、小さなバナナンダイヤが飾られたものを取り出した。
「うわ。可愛い」
 思わず香織の本音が漏れる。
「こちら、プラチナですのでお値段も、お高くなってしまいますけど、シルバーでしたら、もっと石の数が増やせると思います……」
 などと言いながら、店員は香織の手をとり、左手の薬指にリボンの指輪を滑り込ませた。
 宝飾店のいいところは、アヤシイ痴漢行為をせずに相手に触れるというところだ。
 香織は意識を集中した。
 ――テニイレタイトのリピーターじゃないのね……。ほら、これであなたもバナナンダイヤの虜よ。
「いかがでございますか?」
 店員はにっこりと微笑む。
「可愛いと思うけど、ぼく、赤い宝石のほうが好きだな」
 ナイス、礼二郎!
 香織は内心、小躍りした。
 ――なによ、子供みたいな顔して。あんたに恋人なんか早いわよ。私でも彼がいないのに……。
 別の方向に店員の気持ちを導いてしまったようだ。
「あの、じゃ、そっちのルビー見せてもらえますか?」
 香織が言うと、店員は愛想良く応じた。ルビーの指輪を出して同じように香織の指に通す。
 ――バナナンダイヤ買わないなら、さっさと帰ってよ。もうじき工場から商品が届く時間なのに……。
 香織は、ふう、とため息をついた。
「やっぱり、もう少し考えてからにするわ。いい?」
 香織は傍らの礼二郎を見る。
「え? その赤いの可愛いけど……」
「それじゃあ、また」
 香織は、店員にお辞儀すると、スタスタと出口に向かった。
「ありがとうございました〜」
 店員の声と同時に、礼二郎が追いついてくる。
「えー、香織、買うんじゃなかったの?」
 店の外に出た礼二郎は、存外、不満そうだ。
「あれ? ほんとに買ってくれるの?」
 香織は、パチパチと目をしばたく。
「あ、あれ? 違うの?」
 首をかしげる礼二郎を見て、香織はクスッと笑った。
「あたしの誕生日、来週の金曜日なんだ。知ってた?」
「えっ? ほんと?」
 香織は、なぁんだ、と笑った。
「知ってたわけじゃないんだ。でも、お芝居上手だったよ。普段、寝てばかりいる礼二郎にしては、上出来」
 礼二郎は、嬉しそうに頭をかいた。
「で、わかったのは……。バナナンダイヤにはテニイレタイトっていう変なものが使われているらしいってことと、もうすぐ工場から納品に来るらしいってこと」
「じゃあ、その工場からの車を待つんだ?」
「うん。だから、礼二郎はここまででいいよ」
「え? ぼく、じゃま?」
「そうじゃないけど、危険だと思う」
「そんなこと言ったら、香織だって危険でしょう?」
 香織は、必死の表情の礼二郎を見つめて微笑んだ。
「あのね、あたしは、ナナバの協力者ってことになってるんだって。だから、いきなり殺されたりしないと思う。でも、礼二郎は違うから……」
「でも……」
「だって、あたしのせいで礼二郎が殺されたりしたら、嫌だもん」
「香織……」
 礼二郎は、キュッと唇を噛んだ。
 こうして向かい合って話していると、意外と礼二郎は背が高いことに香織は気づいた。見上げていると首が痛くなる。普段、机に突っ伏して寝ているので忘れていたのだ。
 礼二郎も、普通の男の子なんだなぁと、香織は思った。
 礼二郎は、思い詰めた顔になって、香織を、ふわっと抱き寄せた。
 えっ? と思う間もなく、香織は礼二郎の腕の中にすっぽりとはまりこんでしまう。
 ――香織……。
 ココロミエールの効果で、礼二郎の考えていることがすっかり香織に見えてしまうはずだった。だけど、そのときの礼二郎はなにも考えていなかった。考えるというより、香織を案じる気持ちでいっぱいだったのだ。心配で心配でたまらなくて、切なくて苦しくて、みたいな感情がぐるぐるして、はっきりとした思考の形をとってはいなかった。
 香織は、そんな礼二郎の気持ちを、ぼんやりと感じた。人には、言葉にならない想いも、考えがまとまらないくらいの気持ちもあるのだと、礼二郎の腕の中で思った。
 香織は、礼二郎の胸にトンと手をついて体を離した。礼二郎の顔を見上げてニコッと笑う。
「うん。ありがと。ぜったい無事に帰ってくるから。待ってて」
 もう、礼二郎はなにも言わず、黙ってうなずいた。

 配送のトラックに潜り込んで、香織はバナナンダイヤの加工工場にやって来た。ここで、テニイレタイトなるものをアクセサリーに加工しているのだろう。
香織は、こそこそと通風口のダクトに潜んで内部の様子を探索した。ダクトを這うと、せっかくオシャレしてきたミニのワンピースが汚れて、哀しかった。
 こんなとき映画なら、動力室を爆破し、工場を灰にして陰謀をうち砕くのだろうが、あいにく、香織にはどうやって爆破したらいいのかわからなかった。
 重役室の上に走るダクトに潜んで、網の目になった換気口から下を覗いた。蜘蛛の巣が髪にひっかかって泣きそうだったが我慢した。ちょうど、換気口の下で肥った親父と二人の若者が話していたので耳をそばだてた。
「では、より効果が増強されたテニイレタイトを麻生ハカセが開発したのですな?」
 肥った腹黒そうなおっさんが、嬉しそうに言った。麻生ハカセというのが、ナナバの秘密兵器を開発している科学者らしい。
「ボスは、さぞやお喜びでしょう」
 腹黒そうなおっさんは、おべんちゃらを言ってまた、腹をゆすって笑った。
「ふん。あの猿……」
 一人の若者が憎々しげに言い捨てた。
「シッ」メガネをかけた細身の男がそれを制する。「猿は猿でも人の心を操ることのできる猿ですからね。滅多なことを言うものではありませんよ」
 ボスが猿ぅ? 香織は驚きのあまり、身をのけぞらせてしまった。
 ゴイン。したたかに通風口の内部に頭を打ち付ける。
「誰だっ!」
 誰何の声が響き、いっせいに皆が上を見上げた。その中に、ちらっと01郎の顔が見えたような気がした。まさか、続01郎に続いて、またしても、新しい01郎が開発されたのだろうか。そんな不安を抱きながら、香織は通風口を這って逃げ出した。

 国道を、一台のバイクが疾走していた。ウルトラマンのようなヘルメットをかぶり、ゴーグルにマフラーのその姿は、行き交う車に乗っている人の注目を集める。
 なにより目立っているのが、真っ赤なマントだ。併走する車の人たちは、なにかの撮影だと思って、思わずカメラを捜していた。
 真っ赤なマントのライダーは、首から下げた携帯をときどきチェックしていた。
 さっき抱きしめたとき、背中に仕掛けた発信器が、彼女の居所を告げている。
 彼は、悪の秘密工場に単身乗り込んだ勇敢な少女を追っていた――。
 
 工場内に非常警報が鳴り響いていた。
 香織は、生産ラインに潜り込み、防塵服で身をかためた作業員の間を縫うように逃げまどった。作業員たちは、香織が紛れ込んだことにも無関心で、ロボットのように自分の仕事だけを忠実にこなしていた。
 ラインの上を流れていくのは、小さな小さなICチップだった。おそらく、これがバナナンダイヤに埋め込まれているのだろう。
 なんとかして陰謀を阻止しなければ。でも、今の香織には逃げまどうことしかできない。
 こんなとき、ロケット・ライダーがいてくれたら……、と思わずにはいられなかった。
 香織は、やっとのことでトラックの搬出搬入口まで戻ってきた。ここに潜んで、次にシャッターが開くまで隠れていようか、と弱気になった。
「なぁんだ、君か……」
 背後から聞き覚えのある声がして、香織は全身が縮み上がった。おそるおそる振り返ると、さっき見た、新しい01郎である。
「01郎……?」
「ちっちっち」
 続01郎のときと同じ反応だ。
「ぼくは新01郎。今までの01郎シリーズとは一線を画す最新型だ」
「はぁ……」
 香織は気のない返事をする。
「正面からコンタクトをとってくれれば、工場の中なら僕が案内してあげたのに」
 新01郎は、余裕しゃくしゃくでうそぶいた。
「じゃあ、今からでも、案内してくれる?」
 勇気を振り絞って香織が言うと、新01郎はうなずいた。
「ああ。かまわないよ。で、君はどのセクションを見学したいんだい?」
「バナナンダイヤに仕込まれたテニイレタイトをどうやってコントロールしてるのか知りたいわ」
「へぇ」新01郎は、感心したように目を細めた。「やっぱり、君は鋭いね。いいだろう。こっちへ来たまえ」
 新01郎は、先に立って歩き始めた。香織は、妙な展開になってきたことに怯えながらも、千載一遇のチャンスとばかりに新01郎のあとについていった。
 新01郎に案内されたのは、巨大なコンピュータ・ルームだった。大きな部屋一面に様々な機械が埋め込まれていた。
「凄い……。テニイレタイトを身につけた人間を意のままに操れるってわけ?」
 香織は、周囲を見回した。ナナバの戦略は一貫している。人の心を操ったり、一定の方向に導いたり。まるで集団催眠にでもかかったように、人々はナナバの意のままに動かされてしまう。
「もともと、人間はね、同じ方向を見て走っていないと不安になる種族なんだよ。レミング現象、知ってるね? レミングというネズミに似た種類の動物は、あるとき突然、海に向かって行進を始めるんだ。もともと群で行動するレミングは、止まることを忘れ、断崖の崖から次々と地獄の海面に向かってダイブしていくのさ。レミングが死の行進をする原因は、本当のところはわかっていない。数が増えすぎたとき自然淘汰の原理が働くのだという考え方もあるし、一匹の慌て者が、なにかに驚いて突っ走ったのを、みんなが釣られてついていっただけだという説もある」
「ナナバは、その驚かすきっかけをつくってるだけ、とでも言いたそうね」
 新01郎は、満足したように微笑んだ。
「だってそうだろう? 君たち女の子だって、毎年、決められた流行に乗せられて、同じファッションに身を包むじゃないか。この春の流行色はピンクだ、なんてマスコミが流し始める。すると、服飾メーカーも化粧品メーカーも用意していたピンクを店頭に並べる。皆がこぞってそれを買う。世界の流行はその業界によって操作されるのはあたりまえのことだ。そこにナナバが加わったところで目くじらをたてるほどのことじゃない」
 新01郎の話は、なんだか説得力があった。確かに、ここ数年、なんでも流行ものにとびつく風潮が顕著になってきている。みんなと同じでなければいじめられる、そんな環境で育った子供が多いからだろうか。
 クラリと眩暈がして、香織は側の椅子にもたれかかった。頭がぼんやりしている。
 まずい……。これは……。この新01郎の長いおしゃべりは……。
「騙されるな! 香織っ!」
 バン! とコンピュータ・ルームのドアが開け放たれた。
 そこに、真っ赤なマントを翻したロケット・ライダーの姿があった。
「ロケット・ライダー、推参っ!」
 例によって無駄に腕を振り回し、きっちりポーズを決めて、ロケット・ライダーは部屋の中に躍り込んだ。
「新01郎! 音波洗脳装置の性能が、だんだん上がってきたようだな?」
 音波洗脳装置? 香織はハタと気が付いた。そう言われてみれば、01郎はいつも言葉たくみに香織を丸め込もうとしてきた。
 香織を背に庇い、ロケット・ライダーは新01郎を、ぐいと睨みつけた。
 新01郎は、そんな二人をせせら笑った。
「野暮だねぇ、相変わらずのレトロな格好で、君、それで街を歩くと変質者だよ?」
 確かに01郎はパワーアップしているようだ。痛いところを突かれて、初めてロケット・ライダーはひるんだ。
「くそ。その口、封じてやる!」
 ロケット・ライダーは、ポケットからガシャポンのカプセルのようなものを取り出し、ヒュッと新01郎めがけて投げつけた。
「稲妻スライムシュート! 見ざる言わざる聞かざる!」
 絶妙のコントロールで、カプセルは新01郎の顔面にヒットする。カプセルがパカッと割れて、中からアヤシイ緑色の物体がうにょうにょと流れ出てきた。
 その、うにょうにょは、まるで自分の意志を持っているかのように、新01郎の顔面を覆い、耳や口の中に入り込んでいく。
「うっわー……」
 あれはカンベンだわ……と思って香織は首をすくめた。
「もがむがへがふが……」
 気障に悪態をついたと思われる新01郎だが、既になにを言っているのかわからない。
 新01郎は、両腰に吊ったホルスターから未来的なデザインの銃を両手で抜いた。いかにもレーザー光線が出そうな銃だ。
「香織っ!」
 ロケット・ライダーは、香織の腕を取ると、乱暴にドアの外に突き飛ばした。
 その刹那、香織の頭に、ロケット・ライダーの心が流れ込んできた。それは、言葉ではなかった。でも、ついさっき、今と同じ気持ちを感じた。単身、ここに乗り込む少し前のことだ。
 ……礼二郎?
 床にへたりこんだ香織は、目の前でコンピュータ・ルームのドアをバタンと締められて、急に不安になった。
 この密室の中で、どんな闘いが繰り広げられるのだろうと思うと、心配で胸が張り裂けそうだった。ロケット・ライダーは、香織に危険が及ぶと判断して、彼女を部屋の外に放り出したのだ。
「ロケット・ライダー!」
 香織は、その場から少し下がると、神に祈るような気持ちで結果を待った。

 室内を、レーザー光線が縦横無尽に飛び交っていた。視覚を奪われた新01郎が、二丁の銃を乱射しているのだ。熱くなると後先考えない性質は、初代01郎から変わっていないらしい。
 コンピュータ・ルームがめちゃくちゃだ。
 ロケット・ライダーは、ナナバの最新ロボット新01郎をも凌ぐスピードでレーザーを避け、じりじりと新01郎との距離を縮めていった。
 新01郎が乱射する銃のエネルギー・カートリッジがエンプティになった。すぐさま新01郎は銃を投げ捨てると、手当たり次第に側のものを殴り始めた。まるで、電脳が狂ったのではないかと思うほどの暴れようだ。何台も並んだモニターが次々と粉砕され、計器類が無惨な姿に変わり果てていった。
「あーあ、知らねぇぞ。俺がやったんじゃねーからな」
 暴れ回る新01郎の懐に飛び込んで、ロケット・ライダーは言った。そのゴーグルごしの瞳が不敵に笑う。
「残念だったな。パワーがあんのは、てめぇだけじゃねんだよ!」
 ぐわっ! ロケット・ライダーの左手が、新01郎の心臓部にめり込んだ。
 ズボッと左腕の拳が新01郎の背中まで貫通する。
 脊椎にあたる部分の電送系を切断された新01郎は、体に開いた穴から蒼白い光をバチバチとスパークさせた。

 どどどどどぉん! コンピュータ・ルームの中で、大爆発が起こった。
 香織は肝をつぶしてその場に尻餅をついた。ロケット・ライダーのことが気になって、いてもたってもいられなかった。
「ロケット・ライダーっ!」
 ガチャとドアが開いた。
 香織は、ビクッと緊張する。
 もうもうと視界をさえぎる黒煙とともに現れたのは、ロケット・ライダーだった。
「心配、かけたな」
 へたりこんでいる香織を見下ろして、ライダーは優しく言った。
「実験室みたいな場所はないか?」
 ロケット・ライダーに訊かれて、香織はすぐにピンときた。通風口から覗いたとき、そんな部屋が確かにあった。
「うん。こっち!」
 香織はロケット・ライダーを案内して、品質検査試験室に向かった。
 工場内にガンガン鳴り響いている警報のせいか、検査室には誰もいない。
 ロケット・ライダーは、なにやら薬品をちょちょいと調合し、ビーカーだのフラスコだのを妙な形にセットしたのだが、香織には、その仕掛けの意味が分からない。
「三十分で爆発する。急げ!」
「えぇっ?」
 驚く香織をよそに、一方的にそう言って、ロケット・ライダーは香織をせかした。
 廊下を走り、階段を飛び降り、また廊下を突っ走って、食堂の勝手口から外に出た。
 周囲は、雑木林である。外に出て少し走ると、オフロード・バイクが隠してあった。
「乗れ。しっかりつかまってないと落ちるぞ」
 ロケット・ライダーは有無を言わさず、香織をタンデムシートに乗せると、キック一発でエンジンをかけ、ギヤを落としてクラッチミートした。
 道なき道からトラックの通れる私道に出るまで、香織は舌を噛みそうな縦揺れに耐え、必死にロケット・ライダーの背にしがみついていた。
 ――あ、香織の胸……。
 いっしゅん、ロケット・ライダーがそんなことを考えたのがわかったが、とても後ろからどついたりできるような乗り心地ではなかった。
 少し走ると、工場が巨大な爆発音とともに炎を吹き上げた。
 ロケット・ライダーはバイクを止め、工場を振り返った。香織も、釣られて振り返った。
「香織、ちょっと動くなよ」
 ロケット・ライダーに言われ、香織は体をよじったままストップモーションした。その背中を少し摘まれる。
「どうしたの?」
「ん? 虫がついてた」
 ロケット・ライダーは、笑ってごまかすと、前に向き直ってバイクを発進させた。
 実は、彼は、香織の背にさきほど貼り付た小さな発信器を取り外したのだが、当の香織は全く気がついていなかった。

 ロケット・ライダーに家まで送って貰って、香織は急いでシャワーを浴びた。親に気づかれる前に身支度を整えないと、とんでもないお説教を喰らいそうだっだ。
 夕飯のおかずを失敬して、香織は礼二郎のマンションに出かけた。彼に、かならず帰ってくると約束したからだ。
 心配しているだろうと思って焦ってやって来た香織だったが、礼二郎は、例によって鍵もかけず、カーテンも閉めずに部屋の中で爆睡している。あまりに気持ちよさそうに寝ているので、香織は、起きたら食べられるようにテーブルの上に食べ物を置き、メモを残して帰ろうとした。
 そのとき、不意に、礼二郎の机の上にあるフォトフレームが目に入った。子供が二人で笑っている。くりくり坊主の男の子と、パンツが見えそうなミニスカートの女の子。
 その女の子には見覚えがあった。
「これ……、あたし……?」
 愕然として、香織は眠っている礼二郎を見た。礼二郎は、幸せそうに微笑んで、むにゃむにゃと寝返りを打った。

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