自動人形のバラッド
シナリオを見やすくするために、受賞作投稿時にはなかった、シーンごとの見出しをつけました。
実際に仕事を始めてからは、この見出しはいつもつけています。■1 スラム街
石畳の路地。雨がシトシト降っている。
アパルトマンの玄関ステップの前に座り込む中性的な少年(ミシェリ)。
何も映さない瞳。こちらをぼうっと見ている。
ミシェリの前に男が倒れている。
石畳の上に俯せに倒れている男の頭部から血が流れて広がり雨に混ざる。
キィス(モノローグ。以下M)「雨に溶ける銀の髪と、血の通っていないような白い頬。
色彩を失った街に、真っ赤 な靴だけが、妙に印象的だった……」
ミシェリ、女の子座りでぺたんと座っている。
足首までの、赤い、変わったスニーカー。タイトル『自動人形のバラッド』
■2 スラム街キィス、倒れている男の頸動脈に手を触れる。
キィス 「駄目だな……」
キィス 「(ミシェリに)おい、ぼうず、こいつの連れか?」
ミシェリ、倒れている男の脈を取る。
ミシェリ「死亡、確認。待、機命令無効。リセッ、ト開始」
キィス 「はぁ?」
ミシェリ、うつむく。ブゥンと唸るような音。
ミシェリ「リ、セット完了。再起動コマ、ンドを、入力してください」
キィス 「自動人形……? まるで生きてるみたいだぜ」
ミシェリ「入力、された、リコ、マンドが違います」
キィス 「よしてくれ。俺は、自動人形のご主人様になんぞ、なる気はないぜ」
キィス、ミシェリに背を向けて歩き出す。
ミシェリ「(キィスについて歩き出す)リコマンド、が、違います……」
キィス 「(立ち止まる)おいおい……待てよ。冗談 だろう?」
■3 移動トランスポーター(救急車みたいな)のジャンク屋
若いエンジニア崩れ(ラジ)が営業している。
人型ロボット用の部品が散らばる車内。ラジがミシェリを診ている。
キィス 「どうだ? ラジ」
ラジ 「ふうん。ほら、キィス、ここ、見ろよ(ミシェリの左こめかみを指す)」
キィス 「あぁん?(見る)」
針で刺したような傷がある。
ラジ 「殺し屋に狙われたんだろうな」
キィス 「殺し屋? 死んでたのは、こいつのご主人様のほうだぜ?」
ラジ 「庇ったんだろう?」
キィス 「護衛用の自動人形には見えないぞ?」
ラジ 「だから装甲も弱い。簡単に傷がつく。有機ボディだから、もう傷自体はふさがり
かけてるが、機械部分のどこかが壊れている筈だ」
キィス 「で?」
ラジ 「しがないジャンク屋ふぜいには、直せない最新型ってことだな(肩をすくめる)」
キィス 「ふん。じゃあ、ここに置いていく。好きに処分してくれ(立ち上がる)」
ミシェリ「(続いて立ち上がる)リ、コマンドを、入力してください」
キィス 「(頭を抱え)なんなんだ? こいつは……」
ラジ 「(笑う)言っただろう? 壊れてるんだよ。こいつは、リセット直後に目にしたあん
たを主人だと思っている。卵から孵った雛状態だな。だが、自動人形としてのセキ
ュリティは働いているってわけだ」
キィス 「一生、俺につきまとうってのか?」
ラジ 「どうしても嫌なら方法はある」
キィス 「俺には、人形のペットを飼う趣味はないね」
ラジ 「じゃあ、方法を教えよう。リコマンドを見つけだし、こいつに主人として命令する
ことさ。二度と俺の前に現れるな、ってな」
キィス 「……マジかよ……?」
■4 ゲイ・バー『フィクション・ロマンス』
カウンターでタンブラーを傾けるキィス。傍らにたたずむミシェリ。
超美人ママがチャイナドレスをまとってカウンターの中にいる。
魔鈴(まりん)「で、その子、連れて歩いてるわけ? なんだか、微笑ましいわね」
キィス 「魔鈴姉さんまで、よしてくれ。リコマンドリコマンドって、四六時中唱えられてみろ、
気が変になりそうだ」
魔鈴 「見つからないの? リコマンド」
キィス 「百科事典の項目を最初から読んだよ」
魔鈴 「(哀れみの視線)そりゃぁ、大変ねぇ…… あなたがそんな状態じゃ、この仕事は
無理かしら?」
キィス 「どんな?」
魔鈴 「あら、やる気なの?」
キィス 「丁度、くさくさしてたところだ。どうせ、こいつは、金魚の糞みたいにくっついてくる
だけだしな。問題ないだろう」
魔鈴、カウンターに写真を滑らせる。
五十がらみの太った実業家の写真。
魔鈴 「じゃあ、お願いね。資料は、こっち(書類束を出す)」
キィス 「(写真と書類を掴んで腰を浮かす)判った」
ミシェリ「(キィスの動きに触発されるように)リコマンド、を入力し、てください」
キィス 「(ミシェリに)Cの項目は、一仕事終えてからな」
魔鈴 「あら、仲良くやってるじゃないの……」
キィス 「よしてくれ」
魔鈴 「(店を出ていこうとするキィスの後ろ姿に)ねぇ、キィス」
キィス、肩越しに振り返る。
魔鈴 「リコマンドって、言葉とは限らないんじゃないかしら? 古今東西、お姫様は王
子様のキスで目覚めるものよ」
キィス 「キスだぁ?」
ミシェリの唇を見る。
魔鈴 「試してみたら?」
キィス 「ふん」
キィス、背を向けて店を出る。
■5 キィスの住むロフト
作業テーブルの上に、銃弾が散乱している。
くわえ煙草で、9ミリ弾使用のオートマティック銃を手入れするキィス。
傍らに黙って座っているミシェリ。
キィス 「おまえ、靴、脱げよ。こっちの部屋は土足禁止だぜ?」
ミシェリ「リコマ、ンドが違いま、す」
チャッと、銃口をミシェリに向ける。
まばたきもしないミシェリ。
キィス 「人形は死を畏れない……か」
ミシェリ「リコマン、ドが違います」
キィス 「ああ、ああ、判ってるって。真面目だな、おまえは」
■6 チャイナタウン
雑然とした、チャイナタウンの雑踏。
ゆったりした上着を羽織り、無造作に髪を束ねたキィスが歩いている。
キィス、建物の隙間の路地に滑り込む。
傍らにミシェリ。
道路を挟んだ向かい側、大きなレストランから、ボディガードに護られた写真の男
が出てくる。
キィス、上着の裾を跳ね上げ、パンツの背に挟んだ銃を素早く構える。
往来を人が何も知らずに歩いている。
バスッ。バスッ。と二発。
写真の男、額と心臓に一発ずつ被弾し、驚いた表情のまま、倒れていく。
あわてふためくボディーガード達。
男1 「(キィスの方を指さし)あっちだ!」
男2 「撃つな! 通行人に当たる!」
男1 「追え!」
キィス、銃を戻し、無表情で路地を奥に進む。
ばたばたと、通りを男達が駆けてくる。
キィス、男達の方に、チラと視線を巡らせ、傍らのミシェリを見る。
感情を映さない自動人形の瞳。
キィス 「眠り姫の呪縛はキスで解かれましたとさ……」
ミシェリのおとがいをすくい上げ、狭い路地の壁に押しつけるようにしてキスをする。
表通りを通りかかるボディガード、キスする恋人たちを横目で見る。
男1 「(舌打ち)チッ(去る)」
キィス、男が去ったのを横目で確認して唇を離す。
キィス 「なるほど。おまえも、多少は役に立つというわけだな」
にこっと笑うミシェリ。花のような笑顔。
ミシェリ「は、い。マスター」
キィス 「(驚いて)な……ん?」
ミシェリ「ミシェ、リ、です。ご、命令を。マスター」
キィス 「魔鈴姉の言った通りかよ……。いったい、何の目的の自動人形なんだか……」
ミシェリ「お望み、でしたら、フィメー、ル、タイプへの、生体変、換も可能です」
キィス 「ってこたぁ、前のご主人様は、少年タイプ を愛でていらしたってわけだ……」
ミシェリ「(首をかしげる)記憶、にございません」
キィス 「(ふっと笑う)まあいい。俺は、厄介払いしたくてリコマンドを捜していただけな
んだからな」
ミシェリ、黙って、キィスを見つめる。
キィス 「だいたい、俺は、自動人形なんざ……」
ミシェリ、あどけなく首をかしげる。
ふと、耳をそばだてる。
ミシェリ「マス、ター。警察、が、来ます」
キィス 「話はあとだ。行くぞ」
ミシェリ「は、い。マスター」
■7 ラジのトランスポーター
ラジ 「で? ご主人様をやることにしたのか?」
キィス 「退屈だしな。飽きるまで遊んでみるさ」
ラジ 「ふうん。で?」
キィス 「こいつの喋り方だが、なんとかならんか?」
ラジ 「言語中枢にでも傷がついてるんだろう? 頭を開ける自信はないな」
キィス 「しゃーねーか。飽きたら捨てるだけだしな」
ラジ 「情が移るほうに賭けようか?」
キィス 「ふん。あとな、こいつ、靴が脱げねぇんだわ。機械部分と融合してるのかもし
れん」
ラジ 「まあ、そういうことはあり得るだろうな。なにぶん、人形なわけだし。そもそも、
きちんと二足歩行させるロボットを開発するのは、大変だったらしいぞ?」
キィス 「そんなもんか?」
ラジ 「そんなもんだ」
■8 スラム街 路地
通りを歩いているキィス。数歩遅れて、ミシェリ。
ミシェリがソフトクリーム屋の前で立ち止まる。
キィス 「どうした?」
ミシェリ「いえ。なん、でもありません。マ、スター」
ソフトクリームを買って貰った子供が喜んで いる。
キィス 「(呆れたようにミシェリを見る)欲しいのか?」
黙って頷くミシェリ。
キィス 「あんなもん、食っても錆びないのか?」
ミシェリ「ヒト、としての潜、入工作任務にも、耐えるよう設計されていま、す」
キィス 「潜入工作ねぇ……スパイってわけか?」
ミシェリ「は、い」
キィス 「でも、今のおまえさんには無理だと思うぜ」
ミシェリ、怪訝に首をかしげる。
キィス 「その、壊れた喋り方じゃあなぁ(笑う)」
ミシェリ「申し、訳ありません。マスター」
キィス 「ついでだが、マスターってのはよしてくれないか? どうも居心地が悪い」
キィス、ソフト屋のオヤジに、指を一本立てて合図。
ミシェリ「はい。…………(困ったように上目遣い)」
キィス 「(ソフトクリームを渡して)キィスだ」
ミシェリ「は、い。ありがと、う。キィス」
ソフトクリームをペロッと舐め、破顔する。つられて微笑む、キィス。
ミシェリ「おいし、いです」
キィス 「(照れてミシェリに背を向け)行くぞ」
ミシェリ「(にこにこして)はい。キィ、ス」
先を歩くキィスと後ろをスキップするように歩くミシェリ。
コケティッシュな美女(サンドラ)に出くわす。
サンドラ「あら、キィスじゃない。久しぶり。どうしたの? その子」
キィス 「よう、サンドラ」
戸惑った表情のミシェリ。
サンドラ「(ミシェリを見下ろす)綺麗な子ね。でもあなたにこんな趣味があったとは、知ら
なかったわ」
キィス 「どんな趣味だって?」
サンドラ「ソフトクリームが似合う坊やとデート…… っていう趣味。私と続かなかったのも
頷けるかもね」
ミシェリ、ソフトクリームを背中に隠す。
キィス 「(笑う)妬いてるのか? 自動人形に?」
サンドラ「自動人形? えっ? そうなの?」
サンドラ、かがみこんでミシェリに視線を合わせる。
サンドラ「ハイ。私、サンドラ。このトーヘンボクの恋人やってた女よ。あら、真っ赤な靴。
変わってるわね。ね、喋れる? 坊や」
ミシェリ「(堅い表情)は、い。ボク、ミシェリで、す。ごきげん、よう、マドモアゼル」
サンドラ「あら、ステキじゃない。私も欲しいわぁ。独りって、気楽だけど、妙に肌寂しい
のよね」
キィス 「その歳で人形遊びでもあるまい?」
サンドラ「クスクス。やぁねぇ。自分のことは棚に上げて」
キィス 「好きで拾った人形じゃないさ。それに、あのときも、おまえは他人なんか必要と
していなかったぜ?」
■9 回想 港
銃撃戦。腕に被弾したサンドラの金髪が舞う。
倒れたサンドラの髪を撫で、その髪に唇を寄せるキィス。
キィス、敵の囮になるために物陰から飛び出していく。
轟く銃声。
サンドラ、身を起こし、自分も撃って出る。
キィス 「戻れ! サンドラ!」
叫ぶキィス。硝煙にかすむ。
■10 回想もどり スラム街
サンドラ、ノースリーブの肩口に残る、そのときの傷跡に手をやる。
サンドラ「あなた、必要とされていないのを悟ったから、出ていったっていうの? 格好良
すぎるわね。ただ、私は、足手まといになりたくなかっただけなのよ……。でもね、
キィス。私、部屋の鍵……。まだつけかえていないのよ」
キィス 「サンドラ…………」
見つめ合う2人の間に、独特の雰囲気。
それをじっと見つめる、ミシェリ。
後ろ手に隠したソフトクリームが溶けて手を伝って流れ、地面にしたたる。
キィス、ふっと笑って目を伏せる。
キィス 「お互い大人だろ? 後ろを振り返るのは、じじいになったときか、死ぬときで充
分だ」
サンドラ「じゃあ、私もおばあちゃんになったら、思い出すことにするわ」
キィス 「大丈夫。おまえは、綺麗さっぱり、忘れて いるさ」
サンドラ「どうかしら……。じゃあね、キィス」
小さく手を振るサンドラに、キィス、軽く手を上げる。
雑踏にとけ込んでいくサンドラの金髪が揺れる。それを見送るキィス。
溶け落ちてしまったソフトクリーム。
地面に溜まったそれを名残惜しそうに見つめるミシェリ。
キィス 「(歩み寄る)どうした?」
ミシェリ、べたべたになった手をじっと見つめる。
ミシェリ「とけ、て、しまいまし、た」
キィス 「まさか、食べ方が判らないわけじゃなかろう?」
ミシェリ「はい。ごめん、なさい。なんだか、体が、動かなく、て」
キィス、汚れたミシェリの手をとって、指を舐める。
ミシェリ「あっ……(頬を染める)」
キィス 「甘いな」
キィスを見つめるミシェリ。
キィス 「そんな恨めしそうな目で見るな。あんなもの、また、買ってやる」
ミシェリ、嬉しそうに微笑む。
ミシェリ「は、い」キィス(M)「機械仕掛けの自動人形に、心はあるのだろうか。俺は、このときのミシェ
リの反応を見るまで、そんなことは考えたこともなかった……」
■11 スクラップ置き場
ラジが、残骸の中から、使えそうなものを物色している。
ミシェリ、野良猫に餌をやろうとしている。
ミシェリ「(猫に)おい、で。おなか、すい、てるでしょ?」
猫、警戒して寄ってこない。
ミシェリ「いじめ、ないから。お、いで……」
四つん這いになって、猫と目線を合わせる。
ラジ 「(ミシェリを見て)こう言っちゃなんだが、ああいう姿ってのは、本当に人間があら
かじめプログラムしたものなんだろうか、と首をかしげたくなるよな」
キィス、スクラップの山の側の街灯にもたれかかり、煙草を吹かしている。
キィス 「学習機能付きだろう?」
ラジ 「それはそうだが……」
キィス 「(煙草を踵でにじりつぶす)きっと、猫好きなヤツが作った人形なのさ」
猫、ミシェリの持った魚肉ソーセージをめが けて飛びかかる。
ミシェリ「きゃぁっ!」
ミシェリ、驚いて尻餅をつく。
ソーセージを強奪した猫、走り去る。
ミシェリ「ああん。魚肉、ソー、セージぃ〜……」
ラジ 「(目を丸くする)なんとも、野生は逞しい」
キィス 「くっくっく……。プログラミングの主は、野良猫が凶暴だということをインプット
しなかったらしいな」
ミシェリ、手を押さえてうずくまっている。
キィス、近づく。その手を取る。
キィス 「血が出ている……。猫の爪でやられたな?」
ミシェリ、瞳を潤ませている。
キィス 「情けない。人形のくせに、これくらいで泣くな」
キィス、ハンカチを出して、ミシェリの左手首を縛る。
ミシェリ、手当してもらった手を大事そうに胸に抱く。
■12 キィスの部屋
鉢植えのグリーンが並ぶ窓辺。
ミシェリ、窓枠に突っ伏して、うたたねをしている。
キィス、シャワールームからタオルで頭を拭 きながら出てくる。
眠っているミシェリに気づく。
キィス 「なんとも、平和な寝顔で……。ほんとに、人形か? こいつ……」
キィス、煙草をくわえて火をつける。
ミシェリ、猫にひっかかれた手に、まだハンカチを巻いている。
キィス 「赤い血の流れる人形、か……」
キィスの脳裏に、ミシェリの笑顔が浮かぶ。
キィス 「やばいな……。俺も、ヤキがまわったぜ」
キィス、タオルをかぶり、寝室へ向かう。
電話が鳴る。壁のヴィジフォーン。
キィス、受話器を取ると、画像が出る。『フィクション・ロマンス』の魔鈴。
魔鈴 「あら、お取り込み中だったかしら?」
キィス 「よしてくれ。シャワーを浴びていただけだ」
魔鈴 「そう? じゃあ、仕事、いいかしら?」
キィス 「ああ」
魔鈴 「店で待ってるわ」
キィス、映話を切り、ミシェリを振り返る。
ミシェリ、よく寝ている。
タオルを放り投げ、椅子にかけてあったシャツをひっかけて、出ていく。静かになった室内。
眠るミシェリの赤い靴が、ぶうん、と唸る。
ミシェリ、目をこすりながら顔を上げる。キョロキョロと周囲を見回す。
赤い靴が唸っている。
ミシェリ、赤い靴を見る。立ち上がる。
壁のヴィジフォーンに近づく。受話器を取る。画像がノイズで揺れる。
■13 高層ビルの屋上
銃を持ったキィス、給水タンクの陰から様子をうかがう。
雨がシトシト降っている。人の気配がない。
広告用の電飾がきらめく看板が闇に浮かび上がる。
その、電飾をバックに、人影が無防備に近づいてくる。少年のシルエット。
キィス 「ま……さか……」
キィス、物陰に体を隠して銃の狙いをつける。
キィス 「こいつは、何の冗談だ?」
シルエットの少年、立ち止まる。
足下の赤い靴が唸る。
少年、一瞬、うずくまるように腕で胸を抱く。
勢い良く腕を両脇に振り上げると、両方の手の甲から、鋭利な剣が伸びている。
少年、短い助走から、跳躍する。
キィス、月を背負ったシルエットになった少年に銃の狙いをつける。
ドン、ドン、ドンと三発。エジェクトする空薬莢。コンクリートの屋上に散る。
一発が少年の肩口をかすり、服を破く。
着地する少年。
首をねじ曲げ、肩口の傷を舐める。
月の光を浴び、銀色の髪が浮かび上がる。
縦長の猫の目のような瞳孔が、光っている。
キィス 「……ミシェリ……。まさかとは思ったが……おまえ、組織の刺客なのか?」
無表情のミシェリ。右腕をヒュンと振り上げ、臨戦態勢。
キィス 「所詮、人形というわけか……」
キィス、走り出しながら、銃を撃つ。
ミシェリ、銃弾をものともせず、突っ込んでくる。
銀色の光が一閃。ミシェリの腕の剣が、キィスの頬をかする。
キィス 「おっと!」
キィスの頬を伝う一筋の鮮血。
すらりと月明かりに立つ、少年。
キィス、身を隠しもせず、まっすぐに銃口をミシェリに向ける。
キィス 「ミシェリ……。俺にしちゃあ、出来過ぎの夢、見せてもらったぜ……」
ミシェリ、無表情のまま、再び跳躍。
キィス、狙い撃つ。
ミシェリ、額と、右足に被弾。
ミシェリの視界。ブン……と一瞬かすむ。
足の赤い靴から細くスパークする光。
ミシェリ、着地の前に、キィスを蹴りつける。
後ろに跳んで倒れ込むキィス。
ガツンと後頭部を打つ。
キィス 「うぅ……」
キィス、半身を起こそうとして、首筋のひやりとした感触に気づく。
ミシェリ、両腕の剣を交差させ、キィスの首筋に、刃を突き立てている。
右手の剣は右の首筋に左手の剣は左の首筋に。
ミシェリの額から、血が流れている。
キィス 「すげぇな……。額にタマ喰らっても、動けるのか」
ミシェリの足、チリチリとスパークしている。
ミシェリの左手首には、未だ、キィスのハンカチが巻き付けてある。
キィス 「(ハンカチを見て)それ、もう、とっくに治ってんだろ?」
無表情だったミシェリ、わずかに視線を手首に向ける。
赤い靴からの火花が激しくなる。
キィス、銃をミシェリの腹に突きつけている。
ミシェリの表情が動く。
■14 回想
ソフトクリームだらけになった指を舐めてくれたキィス。
サンドラと見つめ合うキィスから目が離せな かった人形の自分。
猫に引っかかれた手にハンカチを巻いてくれたキィス。
笑うキィス。怒るキィス。銃を持つときの無表情のキィス。
チャイナタウンの路地での、キス。
■15 回想戻り 屋上ミシェリの瞳が潤む。
剣で組み伏せられたキィスの頬に、涙の雫が落ちる。
キィス、銃を離し、目を閉じる。
キィス 「おまえの、前のご主人様は……。おまえが、その手で、殺ったんだな……」
ミシェリ、哀しそうな顔になる。
ミシェリ「(絶叫)あああああああっっ!」
ミシェリ、絶叫とともに、剣を振る。
ザン! という効果音で暗転。暗転にナレーションが入る。
N(ナレーション)「踊り、踊るよ赤い靴……。 狂気の踊りは誰のため?
悪夢の舞いが終わるなら、この足、切って捨てましょう……」
■16 ゲイ・バー『フィクション・ロマンス』
ドアを開け、入ってくるキィス。
振り返る魔鈴。その表情が凍り付く。
キィス 「生きてて、悪かったかな? 魔鈴姉さん」
魔鈴 「あれが……失敗したの?」
キィス 「(煙草に火をつける)暗殺用の自動人形だな。もの凄いスピードと破壊力だ」
魔鈴 「そうよ。普通の人間が太刀打ちできるものじゃないわ」
キィス 「俺は、組織を裏切ったつもりも、抜けよう としたつもりもないが、どうしたわけ
だい?」
魔鈴 「私が知っていると思って? 私はただ、命令を実行するだけよ。あなたと同じ
くね」
キィス 「なるほど。上の事情ってヤツか。ところで、ミシェリがはいていた靴だがな……。
あれが コントロール装置ってわけか?」
魔鈴 「そうよ」
キィス 「俺が、どうして助かったか、教えようか? あいつな……。自分の剣で自分の
両足を切断しやがったんだ」
魔鈴 「せ、切断……?」
キィス 「童話に確か、そんなのがあったよな。決して脱げない、踊り続ける赤い靴。主
人公は、その靴を脱ぎたい一心から、死刑執行人の斧で両足を切り落として貰
うっていうオチだ」
魔鈴 「物知りね、キィス」
キィス 「ミシェリの場合は、意志が、潜在命令に勝ったってのかな? 難しいことは判
らんが」
魔鈴 「意志というより、愛かしらね? まさか自動人形が本気で人を愛するなんて……」
キィス 「ははは……。言わなかったか? あいつ、こめかみを刺されたときにな、壊れ
たんだよ。前の主人、多分、組織の関係者だったんだろうが……。そいつが、刺し
たんだろう」
魔鈴 「そう……壊れているの……。じゃあ、廃棄処分ね……」
キィス 「自動人形は任務完了後、修復不可能な破損により廃棄……ってところか」
魔鈴、頷く。キィス、出ていこうとする。
魔鈴 「わたしを殺しに来たんじゃないの?」
キィス 「貸しにしとく。その報告が受理されるのを 祈って、な」
魔鈴、ふふっ、と笑う。
■17 スクラップ置き場
ラジのトランスポーターの中から、ミシェリが出てくる。
かっくん、こっくん、おぼつかない足取りで歩いて来る。
その足には、女の子用の黒い靴。
ミシェリ「(満面の笑み)キィス!」
キィス 「おお(手を振る)」
ミシェリ、駆け出そうとする。足がもつれてつんのめる。
キィス、腕をさしのべる。キィスの腕の中に倒れ込むミシェリ。
ラジ 「もう少し慣れれば、融合する筈だ。スムーズに歩けるようになるさ」
ミシェリ「ね、キィス。ボク、この足、変じゃない?」
キィス、ミシェリの唇に人差し指を当てる。
キィス 「わたし、言ってみな?」
ミシェリ「わ……たし?」
キィス 「(笑う)そうそう。今度、スカート、買ってやろうな?」
ミシェリ「わぁ。嬉しい! ボク、女の子になってもいいの?(口に手を当て)あ、わたし……」
キィス 「どれほどの美女に化けるか、楽しみにしてるよ」
ラジ、二人の世界を作っているキィスとミシェリに声をかける。
ラジ 「夜が開ける前に、発つぞ」
キィス 「ああ。……ところでな、こいつ、喋り方がスムーズになってないか?」
ラジ 「そういえばそうだな?」
ミシェリ「あのね。(額を触って)ここ、撃たれたでしょう? そのときから喋れるみたい」
キィスとラジ、顔を見合わせる。
キィス 「まあ、普通に喋れるほうが、何かと都合はいいな」
ラジ 「そうとも言うな」
■18 トランスポーターの中
ラジが運転手。真ん中にミシェリ。はしゃいで喋っている。
ミシェリ「ミシェリ、フリフリのスカートがいいな。ね、キィス。あ、あと、ソフトクリーム
買ってね。約束したもんね。そうだ。髪は、サンドラみたいに長いほうがいい?
だったら伸ばすけど……。それからぁ……」
白みかけた荒野を、トランスポーターが朝日に向かって走ってゆく。
雨の降る街を後にして。
(C) 2000 Lei Tojoe 白泉社以上が、LALAとゆー少女漫画雑誌で募集していた漫画原作シナリオ賞にひっかかって、漫画化された作品でございます。
いやはや。今読み返すと、とんでもなく臭い台詞の羅列ですね〜。もちろん、確信犯でもあったわけですが(笑)
臭い台詞、思わせぶりで核心を書かない台詞で構成するのって、当時マイブームだった「カウビ」のシナリオがそうだったんで、そうか、枚数が足りなくて背景が書き込めなくてもこの手法があったのか! てなもんで、早速、「裏になにかありそう」な匂いをプンプンと漂わせる構成となったわけです。
とはいえ、これを書いてから5年? 今となっては、既に、誰が書いたんだ? みたいな感じもなきにしもあらず……。こんなこと書いてたんですね、私(をい) してみると、色々あったんだなぁ〜(しみじみ)
そうそう。最初の担当だったN村さんに、たいそう誉めていただきまして、単純に嬉しかったのを思い出します。彼は、臭くて乙女な話好きだったからなぁ(遠い目) そのとき、シナリオを見て「文章がメチャクチャ巧いですねー」って言われたんですが……。シナリオなのに、文章? い、いや……。確かに、画にすることをきっちり意識したシナリオを書いたつもりではありますが……。そういう意味だったのかな?(謎)
これ、第4回の企画でして……。実は、その第1回目のときにも応募して佳作もらってたんですが……。そのときの雑誌掲載コメントを書いてくれたのも、そのN村さんだったとかで……。「2回目と3回目は応募してませんでしたよね?」って言われて、悪いことはできないもんだな……と(嘘嘘)
ちなみに、このままネームを切るとコマをちっちゃくしてもかな〜り予定枚数をオーバーしちゃうだろうということで、台詞をまとめたり、細かい作業をチマチマしました。んで、ネームにしていただいて、それでもコマがちっちゃいので、二つのコマを一つにまとめたり……。
でも、このへんは、小さなコマの中にモブシーンだって描いちゃう凄い人に描いてもらえて幸せだったと思います。案外、プロの漫画家さんでも、描けないポーズとか構図っていっぱいあるみたいだということを、別の人と仕事してよくわかりました。多分、こんなに見事に字を画にする漫画家さんは、あんまりいないんだと思うです。ありがとう。かなちゃん(*^^*)v
言うまでもないことですが、webなので念のため。掲載作品の無断使用はご遠慮ください。面倒な手続きをしなきゃなことになったら、疲れちゃうじゃないですか。平和にいきましょうね。