ヤメ検・ヤメ判 
 
2002.6.17

   弁護士とは言っても、その経歴には色々あります。(大学を出てすぐか、一旦就職してからかはともかく)最初から弁護士になった人がほとんどですが、中には、検察官や裁判官から弁護士になった人もいます。俗に言う「ヤメ検」「ヤメ判」という人たちです。これらの弁護士はどういう人なのでしょうか。
今回の事案

    このところはトラブルもなく平穏な毎日を送っていた中島さんです。今日は久しぶりに彦一弁護士に契約書の作成をお願いに来ていますが、そのついで話に雑談をしています。「いやいや、先日取引仲間と飲んでいたんですけどね、ある会社の社長さんがね、『弁護士っていうのは本当にあてにならない。困って相談に行ったのに、結局『君、こりゃむりだね』で終わってしまった。相談に行っても何の役にも立たなかった』あの弁護士には参ったね』とか言ってたんですよ」「私が彦一弁護士はいい先生だよ、仕事はきちんとしてくれるし、親切だし、報酬も安くしてもらっているし、って言ったけどみんなは信じてくれなかったですよ」「世の中にはいろんな弁護士がいるみたいですね〜」。
   中島さんの話を聞いている彦一弁護士、自分が「いい弁護士」と言われたことには苦笑していましたが、他の弁護士がさんざんに言われているのにはちょっと複雑な心境です。「その弁護士ってどんな人ですか?」と中島さんに聞いてみると、「いやね、元検事さんだったそうですよ」という返事でした。 彦一弁護士、「なるほどね、有りそうな話かも知れませんね」と妙に納得しています。


 

その1  弁護士になるまでの経過もいろいろある

     弁護士になるには、司法試験に合格して、司法修習を終えて、弁護士会に登録するだけです。司法試験に合格して司法修習も無事に終えると、その段階で法曹資格が与えられます。法曹資格がなければ裁判官にも検察官にも、弁護士にもなれません。しかし、法曹資格があるというだけでは検察官や裁判官にはなれません。検察官や裁判官になるためには、「採用」されなければならないのです。司法修習中に有形・無形の試験・審査があり、それをクリアした人だけが検察官や裁判官に採用されるのです。
   これに対して弁護士は、法曹資格があれば誰でも弁護士になれます。司法修習中にどんなに成績が悪くても、人間としてアクが強くても、高齢でも、ほとんど無条件で弁護士にはなれます。所属したい弁護士会の弁護士2名から定型的な推薦状をもらえば弁護士登録できるのです。そのため、弁護士になった経緯は大きく見ると次のようになります。
修習終了後の進路 その後 更にその後 更にまたその後 弁護士になる目的
いきなり弁護士登録 ※ 弁護士任官(裁判官・検察官)もある 正に生業に就くため(ほとんどの弁護士が該当)
まずは裁判官に採用 裁判官を定年 公証人 弁護士登録 名誉職が多い(法律事務所からスカウトされる)
弁護士 名誉職、又は、定年後の生活確保
定年前に退官 弁護士最狭義のヤメ判 第2の人生?
まずは検察官に採用 検察官を定年 公証人など 弁護士登録 名誉職が多い(絶対数は極めて少ない)
弁護士登録 定年後の生活確保が多い
定年前に退官 弁護士登録最狭義のヤメ検 第2の人生?
一般企業へ就職などに就職 弁護士登録 社会経験を積んでのステップアップ?
   彦一弁護士などは、「いきなり弁護士登録」をしています。というよりも、弁護士のほとんどは修習終了と当時に弁護士登録しますので、世の中の弁護士の圧倒的多数がこのタイプです。


その2  裁判官や検察官の退職

     裁判官や検察官はほとんどは60歳で定年退職(退官)します。定年退職したら元裁判官はご隠居することが多いでしょう。しかし、一部の裁判官は公証人になり(実際には定年を待たずに公証人のポストに空きが出たところで退官して公証人になる方が多いですが、ほとんどが定年を控えた時期です)、また一部の裁判官は弁護士になります。中には学者になる裁判官もいます。また、定年退職した元検察官は、裁判官とは違ってなぜか様々な機関に天下りする人もいますが(検察庁も立派なお役所ですから)、それ以外は多くがご隠居、一部は公証人、また一部は弁護士になります。
   公証人というのは、公正証書作成の仕事をする人です。本来は公証人になるための試験に合格した人がなるはずなのですが、現在の運営は定年になった裁判官と検察官が天下りをしているのが実体です(勿論、非常に問題有る扱いです)。公証人になれるのはそれなりの地位まで昇った裁判官・検察官で運の良い人だけです。
     定年退職して、悠々自適(かどうかは別として)にご隠居生活をする元裁判官、元検察官も少なくはありませんが、なぜか少なからぬ元裁判官、元検察官は弁護士になります。既に述べたように、弁護士登録の条件は「2名の弁護士の推薦状」という形式的なものだけですから、法曹資格を持っている元裁判官、元検察官はいともたやすく弁護士登録できるのです。特に、公証人にまでなっている元裁判官、元検察官というのは、それなりの地位まで上り詰めた人ですから、名誉職として弁護士登録することが多いです。特に元裁判官が公証人も定年退職した場合には、法律事務所からのお誘いが有ることが多いです。名誉職ですから、悪く言えばその事務所のハクを付けるために誘われることもあるのですが、弁護士の顧問・相談役としてこれまでの実績・経験に基づきサポートしてもらいたいために誘われるのがほとんどです。

    名誉職的に弁護士登録した元裁判官、元検察官は、「ヤメ判」「ヤメ検」と呼ばれることはあまり有りません。というのは、弁護士として表に出て仕事をすることがあまりないからです。正に名誉職なのですから(そのため、事務所での肩書きも「客員弁護士」などと呼ばれている場合もあります)。定年退職して自ら弁護士登録をして、弁護士としての活動をする元裁判官、元検察官も「ヤメ判」「ヤメ検」と呼ばれる人たちに含まれると言えますが、一番狭い意味での「ヤメ判」「ヤメ検」には含まれません。


   

その3  定年前に退職した裁判官・検察官

     世の中から「ヤメ判」「ヤメ検」と呼ばれている人は、どちらかというと定年前に裁判官や検察官を辞めて弁護士登録をした人を指すことが多いです。定年退職した人は、本当の意味での第2の人生でしょうが(なので、弁護士登録をしなければならない必然性があるとは言えない人が多い)、定年前に辞めた人たちは、弁護士になる目的があって弁護士になっているのですから、「これからは弁護士としてやっていく」という積極的な動機付けに基づいて弁護士登録をしているのです。このタイプの人たちが世に言う「ヤメ判」「ヤメ検」です。
   さて、ここからが本題ですが、「ヤメ判」「ヤメ検」の弁護士の社会的評価と実体を見てみましょう。既に述べたように、
   
 「弁護士  ←  法曹資格さえ持っていれば誰でもなれる

に対して
         
裁判官・検察官  ←  有形・無形の試験をくぐり抜けたエリートでなければ採用されない

という違いがあります。そこで、お客様の中には「元裁判官(元検察官)だったのだから、そんじょそこらの弁護士よりはずっと偉い」と考えている人が少なからずいます。正に「官」と「民」では官の方が格が上という官僚国家意識が根強く残っているのです。
   ところが、実体としては「ヤメ判」「ヤメ検」の弁護士、特に「ヤメ検」の弁護士はお客様受けが悪いことが少なくないのです。


その4   ヤメ検・ヤメ判の弁護士業務

     なんでヤメ判・ヤメ検の依頼者受けが悪いのかは、裁判官としての経験、検察官としての経験がお客様相手の仕事に向かないからでしょう。裁判官は「中立・公正な立場」から真実を探求してジャッジするのが仕事です。また、裁判所で判断の材料とするのは、弁護士がまとめた書面やら証拠ですし、「請負代金300万円の支払を求める」裁判では、その300万円についてのみ判断すれば足りるのであり、それ以外のことを裁判官がどうこうすることはありません。ですから、依頼者から相談を受けても、第三者的な客観的視点で物事を見て、相談を受けたことだけを判断する癖がついているのです。ヤメ判の人は「そんなことない、自分は依頼者のためにやっている」と言うでしょうが、最初から弁護士登録をした弁護士とヤメ判とでは、それまでの体験・経験に裏付けされるものが違いますから、無意識にものの見方や考え方が違うのです。ヤメ判になってからしばらくしないと、弁護士は依頼者の代理人であるという意識が身に付かないというのは間違いではないでしょう。
  そうするとどうなるかですが、「証拠もそろっていないのに裁判で勝てるわけがない(自分が裁判官だったら負かす)」とか「この請求は通らない(だからおしまい)」という返答をする事になかねないのです。世の中の紛争で証拠がきちんとそろっているなどというのはむしろ珍しいのですし、色々と知恵を絞って証拠を探し出すのも弁護士の仕事なのですが、そのあたりが今ひとつ身に付いていないのです。また「この請求は通らないから裁判では勝てない。でも、全く別のアプローチをすれば解決できるかも知れない、少なくても依頼者にとって利益にはなる」という発想もなかなか出てこないのです。依頼者が考えているのと全く異なるアプローチ(法律の理屈や構成を変えるとかの問題ではなく)で案件を処理できる(依頼者の利益を守る)のも弁護士の能力なのですが、そういう発想は裁判官には身に付いていないのです。

   ヤメ検も似たようなところがありますが、ヤメ判よりももっと問題なのは、弁護士が多く手がける民事事件をこれまで扱ってきていないこと(殆どの検察官は刑事事件と官僚行政のみに従事しています)、公権力を背景にして「尋問」をしてきたという経験と、検察「官」というピラミッド行政組織の中に生きてきたという経験とがヤメ判よりも更に影響することがあるのです。相談をしに来た依頼者の話を聞いているうちにいつしか尋問を始めているというのは珍しくないはずです。これじゃ依頼者はたまりません。また、検事正(支店長)や次席検事(副支店長)まで経験している人だと、刑事事件でも担当検事が自分の元部下ということが珍しくありません。そうすると、「あいつが担当検事(立会検事)ならば、自分の言うことを聞くはずだ」という勘違いをすることもたまにあるのです。いうまでもありませんが、元上司、元検事正であっても「元」に過ぎない以上、ペーペーの平検事からみても「タダの弁護士」でしかないのです。元上司であろうと何であろうと、今や庁外の人間で有ればいうことなど聞くはず有りません。このあたり、大企業の役員が独立した状況と似ています。大企業の看板を背負っていたからこそ取引先がヘコヘコしていたのであって、その「人」に対してへつらっていた訳ではないのです。日本という国の文化とも言えますが、「役職」に意味があるのであって、その役職に就いている「人」に力があるわけではないのです。ところが、そのあたりを失念しているヤメ検が少なくないのです。

   ヤメ判・ヤメ検の多くに共通するのが、「サービス業の意識の欠如」「交渉下手」でしょう。弁護士がサービス業かは問題があるとしても(少なくとも私はプロフェッショナルに重点があると考えている)、お客さん相手の仕事であることは否定できません。依頼者が「もういい」と言って帰ってしまえば、要は飯が食えないのです。ところが、裁判官や検察官は座っていれば仕事が来るのですからサービス業という意識を持たないのでしょう。特に公権力、国を背負っている仕事なので、やもすると依頼者にも高圧的な態度になるのです。ヤメ検・ヤメ判本人は決して高圧的な意識がなくとも依頼者にはそう見えるのです。また、今まではお上の立場にいたので、対等な立場での交渉をした経験はありません。特に検察官は被疑者・被告人相手の尋問で分かるように、自分は上、相手は下、という状況でやってきているのですから、交渉相手が自分より上、という場合にどうすれば良いのかが身に付いていないはずなのです。そうすると、自分は下にいるはずなのに強権発動感覚になってみたり、あるいは相手が上だから仕方ないと言いなりになってみたりという場合があるのです(私自身の実体験でもそうだった)。
    ヤメ検・ヤメ判がこれらの意識を弁護士らしいものに変えるのには当然時間がかかるでしょう。人によっては変えられないこともあるでしょう。そうすると、依頼者受けの悪い弁護士という結果を招くことがあるのです。


その5  最後に

     私は、ここでなにもヤメ判・ヤメ検は駄目だ、というつもりはありません。実際、政治家や官僚なども巻き込むような贈収賄事件とか、企業の横領背任事件などでは、捜査陣の手の内を知っているヤメ検が弁護人に就くことで、タダの弁護士の比較にならない弁護活動ができる場合もあります。また、ヤメ判であっても個人的に非常に尊敬している弁護士もいます。
   私が言いたいのは、ヤメ判・ヤメ検には弁護士になったからには元裁判官、元検察官などという意識は持たないで欲しいということ(それが結果的に弁護士全体の社会に対する評価・信頼に関わってくる)と、、官僚国家的な意識から元裁判官、元検察官だからといって弁護士としても格上だと考えている人に、必ずしもそうでないということを言いたい(これが一番重要だったりして・・・)ということです。