契約書と権利証
       〜 購入した事実と所有している事実
 
2001.2.11(2006.3.11)

   ローンを組んで念願のマイホームを購入したとします。ふと気がつくと「契約書がない!」とか「権利証はどこだ!」ということが起こることもあります。契約書も権利証も非常に重要な書類ではありますが、それぞれ役割も重要性も異なります。契約書も権利証もきちんとなくさず保管するようにしましょう。
今回の事案
   中島さんは、銀行の住宅ローンを組んで郊外に念願のマイホームを購入することになりました。売主の大塚不動産の大塚さんが銀行ローンのアドバイスや契約書の作成、登記手続その他もほとんどやってくれました。そして中島さんは新居に引越しをしマイホームライフを満喫・・・と思ったところ、売買契約書や権利証がどこへ行ってしまったのか見つかりません。大塚さんに問い合わせたところ「契約書は契約をしたその日に中島さんに渡してあります。権利証は既に司法書士から中島さんに送られているはずだ」と言われました。中島さんは家族総出で家中を探しましたが、結局権利証も契約書も出てきません。奥様からは「あなたがしっかりしてないから!」としかられ、息子からは「誰かが勝手に契約書を持っていってこの家を売ったりでもしたらどうするんだ?」と心配されています。
   困った中島さんは、彦一弁護士のところに相談に行きました。


 

その1  不動産売買と権利証

    不動産とかの売買をすると、大概は売買契約書を作成します。また、契約をしてからしばらくすると司法書士から移転登記が完了したという連絡とともに登記済権利証(俗に「権利証」と呼ばれているもの)というものが送られてきます。たまに、契約書や権利証を無くしてしまう人もいますが、そうするといろいろと面倒なことになります。今回は、契約書と権利証の意味・役割について簡単に説明してみます。
  中島さんの事案をもとに、契約書とはどういうものなのか、権利証とは何のためにあるのかを見てみましょう。


その2  契約書と権利証の違い

   中島さんは、彦一弁護士に「そもそも契約書とか権利証とは何なんですか?」と尋ねました。彦一弁護士は、契約書と権利証ではその意味も役割も違うということを言って、契約書と権利証が何のためにあるのかを説明してみました。

   契約書を作成するようにという話は「契約書作成のすすめ」でもしていますが、もういちど簡単に説明してみます。契約自体は口頭でも成立しますが、本当に契約をしたのかどうかを形にするために契約書を作成します。これによって、後日のトラブルを防止できるという側面もあります。では、契約書は何を証明するものなのかというと、契約をした事実の証拠です。今回のような売買では、中島さんが大塚不動産から家を買ったという事実を証明するものなのです。
   これに対して権利証というものは、全く別の意味を持っています。権利証は、登記原因を証する書面(今回ですと、売買契約書)又は登記申請書の副本に、登記の申請受付年月日・受付番号などを記載の上、登記済みの記載と登記所の印を押してして登記権利者に戻されてきた書面のことをいいます。そこでまずは誰がつくる書面なのかという違いがあります。契約書は中島さんと大塚さんとが作成したものですが、登記済権利証は登記官が不動産登記を完了したときに交付する証明書なので、登記官(国の機関)が作成したものなのです。余談ですが、契約書を偽造すると(有印)私文書偽造となり、登記済権利証を偽造すると公文書偽造となります。
   さて、登記済権利証は何を証明するのかというと、登記された事実を証明しています。しかし、実際には登記所に行って登記簿をみれば登記された事実は確認できますし、登記された事実をいちいち権利証で確認することは通常行われませんので、それだけであれば余り意味はないとも言えます。ただ、不動産取引においては売主が買主に対して権利証を交付することが売買契約履行の慣行となっています。つまり、売買の時点で売主が確かに不動産の所有者であることを示すとともに、その所有権を買主に移転するための行為として登記済権利証の交付が必要となってくるのです。売主が持っている契約書を見れば、その売主が誰からから不動産を買ったという事実は明らかになります。しかし、一旦買った後で他の誰かに売ってしまっているかもしれませんし、それは契約書だけでは判りません。しかし、その不動産を売っていれば登記済権利証を買主に交付しているはずですから、登記済権利証を持っていると言うことは今現在その不動産の所有者であるという事実を証明する一つの手段なのです。
   つまり、売買契約書は「売った」「買った」という「行為」を証明するもので、権利証は「所有している」という「状態」を証明するものなのです。
         


   

その3  契約書を無くしてしまった

   さて、中島さんは彦一弁護士から契約書と権利証の基本的な説明をうけたところで「じゃあ、契約書を無くしてしまうとどういう不都合があるんですか?誰かが勝手にこの契約書を使って私の家を売ってしまうとかになると本当に困るんですが・・・」と聞きました。彦一弁護士は、中島さんに対して、契約書それ自体は仮に紛失してしまっても重大な事態を生ずることはないでしょうと説明しました。中島さんはすでに銀行ローンも組んでおり、大塚さんには売買代金も(銀行から)支払われているということでした。また、登記手続も完了しているので、これから契約書が必要となることはあまりないだろうというのが、彦一弁護士の説明でした。また、他人が中島さんの契約書を持っていても、登記もされているし代金も支払ずみの状態では、特段悪さをされる心配もないでしょう。契約書をもっているだけでは中島さんの家を売ることも出来ないですし、と彦一弁護士は付け加えました。

   契約書は、中島さんが大塚さんから家を買ったという事実を証明しているだけなので、実際に中島さんが家を所有してしまっている今ではあまり重要性はありません。契約書が意味を持つのは、銀行からローンを組むときに契約書を出すように言われることや、登記手続をする際に契約書を添付する場合があること(契約書でなくても登記は出来る)、代金の支払などでトラブルが起きたときに解決の指針となること、でしょう。ですから、これらの手続などが完了していれば、契約書それ自体が絶対に必要となるということはあまりないのです。
   ただ、将来その不動産を売るときには、税金の関係で契約書が必要となることがあります。不動産を売却すると譲渡所得税が課算されます。購入価格が3000万円で、売った価格が2500万円というような場合で有れば500万円の赤字といえますので税金もかかりません。しかし、売却時には価格が5000万円になっていたとすると2000万円の譲渡所得が発生することになるので、この部分に税金がかかってくることがあるのです(なお、実際には税金の計算は単純なものではありませんので、税理士に相談することをお勧めします)。この譲渡所得の発生を算出するのに、税務署から契約書を出すように言われることがあります。契約書には当然売買価格が記載されていますから、買ったときの契約書と売ったときの契約書をあわせて見れば譲渡所得がいくらになるのかが判明するのです。
   しかし、これも契約書が有ればそれで十分という話であって、契約書でなければならないというものではありません。例えば売主からの代金受領の領収書があるとか、銀行ローンの申込み明細があるとか、なんらかの形で購入価格が明らかになればいいのですから、契約書を無くしてしまっていてもなんとかなる話です。心配で有れば、大塚さんに頼んで、大塚さんの契約書をコピーさせてもらってそれを持っていれば税金の関係についても問題はなくなると思いますとアドバイスしました。


その4  権利証を無くしてしまった

    契約書を無くしてしまっても、なんとかなりそうだということで一安心した中島さんですが、「権利証も無くなっているんです・・・・」という質問に彦一弁護士を頭を抱えてしまいました。権利証を持っているとその人が所有者であるという一つの証拠になります。ですから、誰かが中島さんになりすまして中島さんの家を売るということも出来なくはないから、これはちょっと問題だと彦一弁護士は中島さんに伝えました。バブル景気のころには悪質な地上げ屋や不動産屋が、違法に入手した権利証を使って本人の身代わりに契約をさせたという事件もあったくらいですから、権利証が無くなるというのは困った問題なのだと説明しました。
   かつては、権利証が無くても、何かしらの登記をしたことのある成人2人が例えば「この人が所有者に間違い有りません」という保証書をその人の印鑑証明を添えて提出することで登記することはできましたが、不動産登記法の改正で現在は保証書による登記はできなくなっています。勿論ですが登記済権利証は再交付もできないため、何らかの対抗策を講ずるというのが非常に難しいものだという説明を聞いて中島さんは血の気が引く思いになりました「念願のマイホームが・・・・」。

   権利証を持っていると、その人が不動産の所有者であるということが推測できます。登記名義も権利証を持っている人と同じで有れば、まず通常はその人が不動産の所有者だと考えていいでしょう(勿論、売買契約をしたけれど、所有権の移転手続を終えていない段階では、元所有者が登記簿上も所有者になっており権利証も持っているということはありますし、「権利証の所持人=所有者」という訳でもありませんから、きちんと確認をする必要はあります)。簡単に言えば、権利証を持っていると言うことはその不動産を持っていることとイコールに近いといえるのです。そこで、誰か他人の権利証を持っていると、その人になりすまして家を売り払うということも事実上できない話ではないのです。そのようなことが違法行為であることは言うまでもありませんが、そのような被害に遭った人からすると、損害の回復は極めて困難になることがしばしばです。
   権利証を万が一紛失したような場合には、それ以上の被害を拡大させないために、少なくとも印鑑証明書の管理はきちんとしておくべきでしょう。また、売主や仲介に入った不動産業者に対して連絡をするというのも一つの手段です。不動産業者は業界内での横の繋がりがありますので、売買物件などの情報が頻繁に交換されています。その中に、権利証が無くなっていると聞いたはずの物件が動いている、という情報が有れば、仲介に入っている別の不動産業者などに連絡するということはある程度期待できます。
    また、権利証が無くなった場合にはとりあえず弁護士に相談して、具体的なアドバイスを受けるようにして下さい。ケースバイケースでいろいろ有りますが、それなりの措置を講ずることも出来るようになることがあります。
     
   なお、中島さんは後日自分の自動車のダッシュボードの中に契約書も権利証もすべてしまってあることを発見し、今度はきちんと保管するようにしています。


その5  最後に

   家などを買った事実を明らかにするのが契約書、その家が今自分の持ち物であることを証明する一つの書類が権利証です。いずれも重要な書類ではありますが、特に権利証は契約書よりも(取引慣行上)重要な書類ですので、場合によっては貸金庫に保管するなりして、紛失盗難に遭わないようにする心がけが必要です。
   平成16年の不動産登記法の改正によって、権利証(登記済み権利証)の発行は必要なくなりましたが、現在でも希望すれば権利証が交付されます。実際の取引の現場では、未だにほぼ100%の人が権利証の交付を受けています。なにやらよく分からない登記手続完了の「番号」だけが印刷されたはがき1枚をもらっても不安で仕方ないというところだからでしょう。不動産登記法改正後も、まだしばらくはこのトピックにあるような話しが出てくるのでしょう。