被告という呼び名 〜あまり嬉しくない呼び名 
 
2001.3.11

       依頼者などから、「あいつは裁判を起こして俺を『被告』呼ばわりした、何も悪いことしとらんのにけしからん!」というようなことを言われることが結構あります。確かに、テレビや新聞などを見ていても刑事裁判などのニュースで「被告」という呼び名を用いているので、民事裁判でも訴えられた人が「被告」呼ばわりされるのはあまり気持ちのいいことではないかもしれません。ただ、被告という用語それ自体には別に悪意があるわけではありません。そこで、裁判における当事者の呼び名というものをみてみましょう。
今回の事案
   自動車事故を起こしてしまった中島さん、怪我をした相手方の大塚さんから損害賠償の訴えを起こされてしまいました。裁判所から送られてきた「訴状」を見て、自分が「被告」とされていることを知りました。「大塚はおれのことを『被告』呼ばわりした。事故はおこしたけど、元はといえば大塚が急に道路に飛び出してきたんじゃないか。しかも怪我といっても打撲くらいじゃないか!」、とカンカンになって彦一弁護士のところにやってきました。
   


 

その1  被告という呼び名

 中島さんは彦一弁護士に会うと開口一番「事故を起こしたのは悪いと思うが、なんで俺のことを『被告』扱いするんだ! 人のことを犯罪者扱いして侮辱もいいところだ、けしからん。名誉毀損で訴えてくれ」と言いました。彦一弁護士は「やれやれ、またか・・・」と内心思いながら中島さんを諭しました。「『被告』といっても犯罪者にされている訳ではなくて、『裁判を起こした場合の相手方』のことを被告というだけなんですよ」と説明をしています。
   裁判においては、通常は訴えをした人間、訴えられた人間とがいます。中には裁判を提起する人がいるだけで相手方のいないものもありますが、多くの場合は当事者が2人いることになります。
   裁判、と言っても、日常用語で用いられている裁判というのは「裁判所で行われる何らかの手続き」という漠然とした定義で使われていることが多いようです。日常会話で裁判といっていても「調停」「審判」というものも含まれているようです。
  さて、「被告」(Beklagter/defendant)というのは法律上「裁判」手続きとされる訴訟手続きにおいて、訴えられた側の当事者の呼び名です。より厳密に定義付けるならば「民事訴訟・行政訴訟の第1審訴訟における受動的当事者(訴えられた側の当事者)の名称」ということになります。つまり、「民事訴訟か行政訴訟」という裁判手続きにおいてのみ登場する当事者で、「第1審(通常は地方裁判所における裁判)」に限って使われる用語ということになります。

  では、なぜ中島さんは「被告」と呼ばれて怒っているのでしょうか?


その2  被告と被告人

  ニュースや新聞を見てみると、「○○被告、殺意を否認」などという文章がでてきます。刑事事件の犯人が起訴された場合であっても「被告」という呼び名を使っているのです。しかも、最近でも芸能誌などでは起訴されていない犯人(被疑者)のことまで「被告」と間違って呼んでいることすらあります。しかも、ニュースになるのは民事訴訟や行政訴訟よりも刑事裁判の方が遙かに多いですから、「被告」という言葉が出てくる場合にはたいがい刑事裁判の場合なのです。
   そこで、中島さんは訴状で自分が「被告」とされていることから、自分が犯罪を犯した人間のように扱われたと誤解してしまったのです。

   上記のように、「被告」というのは「民事訴訟・行政訴訟」に限って使われる用語です。刑事裁判では「被告人」(Angeklagter/defendant)というのが正式な名称なのです。例えば法律の中の法である「憲法」では
第37条(刑事被告人の諸権利)
すべて刑事事件においては、被告人は、公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利を有する

 となっていますし、刑事裁判の手続きを定めている「刑事訴訟法」では
第256条(起訴状、訴因、罰条)
公訴の提起は、起訴状を提出してこれをしなければならない。
2項起訴状には、左の事項を記載しなければならない。
一 
被告人の氏名その他被告人を特定するに足りる事項
二 公訴事実
三 罪名

と記載されています。税金に関する法律や政党資金規制法なども含めて、およそ刑事裁判に関係する内容がある法律については、どこをみても「被告」とは記載されておらず「被告人」と記載されているのです。
 なぜ、刑事裁判にもかかわらず、「被告」という呼び方を報道で行うのかは様々ないきさつがありますが、各種報道機関の諸規定や内部規律では、刑事事件においても「被告」という用語を使って構わないという扱いになっているようです。一時期弁護士会などが「正確な法律用語を用いて欲しい」旨を申し入れたこともあったのですが、「被告」という呼び名については改善されないまま現在に至っています。個人的には、報道機関のこのような扱いはきわめて不満のあるところなのですが、現実問題としてはなかなか直らないようです(「大学」でも「大学校」でも同じでしょ、と言ってきちんと使い分けをしないことが許されるのか?というのと同じだと思いますが、どうでしょうか?)。
   もっとも、「被告」と「被告人」の元々の語源であるドイツ語においても「Anklagter」「Angeklagter」と使い分けがされているものの基本的には同類の言葉になっていますし、英語においてはどちらも「defender」と一緒になっています。欧米と我が国の文化の違いというものがあるのではないかと思われるところですが、日本の文化では「お上に裁かれる」ことは不名誉極まりないことという感覚が根強いのではないでしょうか。英米では「訴えたのが一般市民であろうと検察官であろうと、訴えられたことは同じ」とある意味割り切る感覚があるのかもしれません。この文化・風俗の違いから「被告」という呼び名そのものを倦厭する感覚が日本にはあるのかもしれません。


   

その3  様々な当事者の呼び名

    裁判手続きでは、「被告」という以外にもいろいろな呼び名が使われています。ここでちょっとまとめてみましょう。
<民事訴訟・行政訴訟>
原告(Klagar/plaintiff)−被告
    いわゆる裁判の場合には、訴えた人を原告といい、訴えられた人を被告といいます。
控訴人−被控訴人
    第1審の裁判に不服な原告または被告が高等裁判所に控訴すると、
    控訴した人が控訴人、控訴された人が被控訴人となります。
    原告が控訴すれば原告が控訴人となり、被告が控訴すれば被告が控訴人となります。
上告人−被上告人
    第2審の裁判に不服がある控訴人また被控訴人が最高裁に上告すると上告人
    となり、上告された人は被上告人となります。
<調停>
申立人相手方
     簡易裁判所や家庭裁判所でよく行われる調停(家事調停・民事調停)においては
     申立をした人を申立人といい、相手は相手方といいます。
<保全・執行>
債権者債務者
     判決を取って強制執行をする場合や、仮処分などの保全処分をする場合には、
     申立をした人を債権者といい、相手は債務者といいます。
     なお、執行の場合に申立人−被申立人、と呼ぶ場合もあります。
<刑事裁判>
検察官?−被告人
     刑事裁判の場合には、申立人という概念がどうもないようです。
     検察官がすべての起訴を行うので民事とは構造も違います。

   一言で裁判手続きと言ってもいろいろな種類があります。そしてそれぞれに当事者の呼び名があるのです。


その4  それにしても「被告」とは

   彦一弁護士から裁判の当事者の呼び名を説明してもらった中島さん、ようやく「被告」という呼び名に納得はしました。しかし、依然として憮然とした表情のままです。「大塚に悪気がなかったのはわかったけど、そうはいっても知人に話をするときに『被告』になったというと、悪いことした人間みたいじゃないですか。なんとかならないんですかねぇ」、と中島さん。「第一、この訴状と一緒に送られてきた裁判所からの書面だけど『いついつ出頭するように』って、まるで警察に呼ばれているような言い方じゃないですか。けしからん!」と続きます。
   元はといえば、ニュースやドラマで刑事裁判の被告人を被告と呼んでいるのが元凶なのでしょうが、さすがにこればかりはどうもできません。実は、平成10年に全面改正された民事訴訟法の改正を検討していた法制審議会などでも、「被告」という呼び名を変えられないかという意見が出たようなのですが、深い議論も特になく変更なしで収まったそうです。明治時代から100年に亘って使われてきた「被告」という用語を今更変更することは裁判実務における大きな混乱を招くということと、現実問題として「被告」に変わる適切な呼び名が思いつかないという事情があったようです。債権者とか申立人とかは既に使われていますし。結局、ニュースやドラマがきちんと「被告」「被告人」を使い分けることと、「被告」と「被告人」の違いを一般市民にもきちんと徹底させればいいということのようです。「一体誰が周知徹底させるのか?」と突っ込みたくもなりますが・・・

   では「出頭」というのはどうでしょうか。実はこれも「被告」という呼び名と同じで、法律上「出頭」という用語が用いられていることから、裁判所が作成する公文書としては法律の記載通りに使うほか無いということのようです。法律の文言を見てみると
民紙訴訟規則第224条(当事者本人の出頭命令)
      裁判所は、訴訟代理人が選任されている場合であっても、当事者本人又はその法定代理人の出頭を命ずることができる。
民事調停規則第8条(本人の出頭義務)
      調停委員会の呼出を受けた当事者は、みずから出頭しなければならない。但し、やむを得ない事由があるときは、代理人を出頭させ、又は補佐人とともに出頭することができる。
と、「出頭」という用語が使われています。裁判所は「司法」の場なので法律に従わなければならない、というのは建前としてはそのとおりなのでしょうから仕方ないとしかいいようがありません。もっとも、かつては「出頭せよ」という記載がされていたのですが最近は「出頭してください」と表現方法は丁寧に変わっているようです。


その5  じゃ、仕方ないか

   中島さんはこれらの説明を彦一弁護士から受けて(憮然とはしながらも)納得したようです。「さて、交通事故の裁判の方ですが・・・」と彦一弁護士に言われ「はっ、そういえばそっちが本題だった・・・」。


その6  最後に 

   裁判手続きにおいては、様々な独特の名称などが出てきます。100年以上も使われている名称を変更するのは難しいのが事実でしょう。とはいっても、なるべく分かりやすい裁判手続きを、という市民からの要請は真摯に受け入れる必要があるとは思います。