氏(名字)の変更
 
2001.10.9

     世の中には、変わった氏(名字)の方もいます。珍しい氏は時として由緒ある家の出を彷彿させたりもしますが(御手洗さん、勅使河原さん、冷泉さん、伊集院さんなど)、場合によっては日常生活で著しい不便さを覚えることもあるでしょう。あるいは、どうしても現在の氏を名乗ることが生活上不都合であるという人もいるかと思います。そこで、今回は、氏というものを変更する手続きや、どのような場合に氏の変更が認められるのかを見てみましょう。
その1  そもそも“氏(名字)”はなんのためにある

   氏(うじ)とは、「戸籍ごとの個人の姓(苗字)」のことを言います(有斐閣・新法律学事典)。世の中にいる人々を特定するの方法として、氏と名を組み合わせることで呼称とする方法が広く世界中で用いられていますが、氏というのは特定の関係にある人の集団の共通の呼び名として用いられるものであり、簡単に言えばどの家族に所属する人間なのか、を示すために用いられているのです。
   ご存じのように、前々の我が国では、法律上も家制度というものが存在しており、家長を頂点とする人間の集団が一つの家としてまとめられていました。その名残が現在にも引き継がれており、戸籍を編纂する場合にも「筆頭者」を頭に同じ苗字の家族が一つの戸籍にまとめられているのです。勿論、今の民法では、氏というのが「家」の呼称ではなくなり、氏がある家に属する集団の呼称であるという扱いはなくなっています。しかし、法律上はそうであっても、実社会においてはほとんど変わりがないと言えるでしょう。
   ちなみに、我が国に「氏」というのが現れるようになったのは、奈良平安時代と言われています。遣隋使として中国に派遣された大和人にはまだ氏がなく、官吏としての役職や出身地を頭に付けて名乗っていたようです。しかし、遣唐使が幾度も派遣されていく中で、中国にならって苗字と名前という氏名が我が国でも導入されるようになってきました。これが徐々に貴族階級だけでなく武士・農民などへも浸透して今日に至っているのです。ただし、一般市民が正式に苗字を持つようになったのは明治時代に入ってからです。それまでは地名や屋号などを苗字と同様に使っていたので、明確な「家」というものはまだ一部の武士・貴族階級に属した人のみにあったものと言われています。

   このように、氏が個々人の特定のためにあるのは言うまでもありません。
   そして、個々人の特定のためには我が国では「戸籍」という制度が設けられています。戸籍は旧来の家の扱いが強く残っている制度ですが、本籍地と氏、そして名前の3つで国は個々人を特定するのです。このような方法でなくてもいいではないかという議論は常に為されているのですが、日本人か否かの特定を戸籍地で行い、そして個人の特定を行うのは国にとっては便利である「らしい」です。なお、選択的夫婦別氏の考え方が近年議論されており、平成8年2月に法制審議会から法務大臣に答申された「民法の一部を改正する法律案要綱」では夫婦が、同氏を称するか又は別氏を称するかを選択することができる趣旨の考え方が示されました。この扱いが実現すると、旧来の家制度の名残である戸籍制度の扱いそのものも変わってくる可能性があります。ただし、夫婦別姓については現在もまだ実現していません。


その2  氏の変更は認められるのか

    それでは本題に入りますが、氏の変更というものはそもそも認められるのでしょうか。
    既に見たように、氏というのは名と併せて個人を特定するために付けられているものです。しかも、氏というのは戸籍を編纂する際の基礎となるものであって、これを簡単に認めてしまうと、個々人の同一性の特定が困難になってしまいます。そのため、現行法上はきわめて例外的な事由がある場合にしか氏の変更をみとめていないのです。
   氏の変更の規定は戸籍法にあります(戸籍法107条)。この規定を見ると 次のような場合には氏を変更することが認められるとなっています。

手続 変更の申立をできるのは戸籍の筆頭者かその配偶者
家庭裁判所の許可を得る(家事審判手続による(119条))
要件 「やむを得ない事由」があること

   手続については後述しますので、ここでは氏の変更が認められる実体的な要件である「やむを得ない事由」をみてみましょう。

   「やむを得ない事由」といえるためには、社会的客観的にみて、その氏を変更することが必要であるといえるだけの合理的な理由が必要であると言われています。名の変更(戸籍法107条の2)は「正当の事由」というものが認められれば人の名前を変更できるとしていますが、氏の場合には正当な事由だけではたりず、変更せざるを得ないだけの理由が必要になっているのです。

  これまでの裁判例において氏の変更を認めるだけの「やむを得ない事由」というのをどのように判断しているのかをみてみましょう。一般論としてやむを得ない事由を判断したと考えられるケースは、大阪高等裁判所判決(昭和30年10月15日)だといわれています。この裁判例では、「人の氏はその人の血族姻族関係のつながりを示すを常とし、またその名と相まつてその人と他とを識別するものとして我が国民の社会生活上極めて重要なもので、新憲法並びに民法の改正によつて家の制度が廃止され、氏が家を示す名称でなくなつたけれども、唯その本人のためのみのものではなく、同時に社会のためのものである。それ故氏がみだりに変更されるときは社会一般人にも多大の影響を及ぼすものであるから軽々にその変更を許すべきでないことは当然である。しかしそうだからと言つて当人に社会生活上氏を変更することが真に止むを得ない事情があり、且つ社会的客観的に見ても納得のいく事情が認められる場合には、氏の変更を許すべきものとしなければならない。戸籍法第107条の法意もここにあるのであつて、同条に「やむを得ない事由」と言うのは、当人にとつて社会生活上氏を変更しなければならない真に止むを得ない事情があると共にその事情が社会的客観的にみても是認せられるものでなければならない場合を言うものと解すべきである。」と述べています。
   また、札幌高等裁判所決定(昭和41年10月18日)では、なぜ氏の変更がきわめて限定的な場合に限られるのかの説明として「氏は旧法下におけるような『家名としての氏』ではないけれども、氏の表象するものは単なる個人ではなくして何らかの親族関係であり、氏の変更は原則として身分関係の変動に伴ってのみ生ずるものである。すなわち身分行為が伴わない場合にたやすく改氏ができるとすれば、戸籍の秩序または一般の権利義務に関する法的秩序に混乱が生ずるから〜(中略)〜呼称秩序の不変性確保に重きを置いている」と説明し、やむを得ない事由の判断については「氏の変更を許容すべき「やむを得ない事由」とは、通姓に対する愛着や内縁関係の暴露を嫌うというような主観的事情を意味するのではなく、呼称秩序の不変性確保という国家的・社会的利益を犠牲にするに値する程の高度の客観的必要性を意味すると解すべきで」であると判断しています。

【氏は個人のものなのに、なぜ戸籍の秩序や法的秩序から変更を制限するのか】
 
   氏の変更がきわめて限定的な場合にしか認められないとしている背景には、既に述べた家制度の名残もあるのでしょう。また、戸籍法というのが、本籍地と氏をもって一つの家族を登録していることからも、氏そのものが変わるとある家庭の同一性の識別が非常に困難になるというお国の側からの理由がきわめて大きい要素であると考えられます。
   このような政策的な立法事実が果たして現在の社会においても合理的な妥当性を有しているのかは疑問がなくもありません。近年は憲法13条による人格権・幸福追及権に基づく新しい人権が広く認められるようになってきています。例えば肖像権や環境権は判例上もその権利性が認められるようになって久しいですし、最近ではreproduction(子孫を残すか否か)という権利も憲法上の人権であると主張する学者もいます。加えて、主として在日朝鮮人(韓国人)によって「名称の呼び名」を日本語読みにされたことは憲法上の人格権を侵害しているという裁判も提起されました。そうすると、自分の氏についてもその個人の自由に定め、変更することができるという氏名変更権というようなものも憲法上の人権といえるのではないだろうかということも考えられます。
    確かに、なぜ戸籍の秩序という国の都合で個人の氏名変更の自由を制限されるのかということには疑問があります。戸籍の秩序維持のためであれば、厳格な届出形式を定めることによって手続上のミスをなくして住民票から社会保険までもれなく変更手続きができるようにすれば足りるのですし、それができないというお役所(国・地方公共団体)の体制の不備を個人のツケにするのはおかしいといえます。そもそも、何故戸籍によって国民を管理する必要があるのか、という根本的な疑問もでてきます。
   現在はこのような視点を正面にたてて裁判で争われたようなものは見あたりませんが、近い内に氏の変更についてもより個人の自由となる時代になるのではないかと思われます。
 戸籍法107条(氏の変更)
 
やむを得ない事由によつて氏を変更しようとするときは、戸籍の筆頭に記載した者及びその配偶者は、家庭裁判所の許可を得て、その旨を届け出なければならない。
2  外国人と婚姻をした者がその氏を配偶者の称している氏に変更しようとするときは、その者は、その婚姻の日から六箇月以内に限り、家庭裁判所の許可を得ないで、その旨を届け出ることができる。
3  前項の規定によつて氏を変更した者が離婚、婚姻の取消し又は配偶者の死亡の日以後にその氏を変更の際に称していた氏に変更しようとするときは、その者は、その日から三箇月以内に限り、家庭裁判所の許可を得ないで、その旨を届け出ることができる。
4  第一項の規定は、父又は母が外国人である者(戸籍の筆頭に記載した者又はその配偶者を除く。)でその氏をその父又は母の称している氏に変更しようとするものに準用する。
 戸籍法107条の2(名の変更)
正当な事由によつて名を変更しようとする者は、家庭裁判所の許可を得て、その旨を届け出なければならない。
 


   

その3  過去の事案から見る氏の変更が認められる場合

    さて、一般論として氏の変更はきわめて限定的にしか認められるものではないということは既に見たとおりです。そこで、これまでの裁判例などから、具体的にどのような場合であれば氏の変更が認められるのかをみてみましょう。氏の変更としては広義では離婚・離縁に伴うもの(下記の(1)の場合)もありますが、戸籍法107条の想定している狭義の氏の変更は、下記の(2)〜(4)の3種類に分類できると言えます。

(1)  まず、婚姻・縁組に伴って氏が変わる(変えなければならない)のと関連して、離婚、離縁に伴って氏を変更することができますが、これは今回の戸籍法107条のものとは直接には関係ありませんので割愛します。なお、外国人と婚姻した場合の氏の変更については戸籍法107条の規定するものですが、これも今回扱っているやむこと得ざる事由による変更とは性質を異にしますので同じく割愛します。
(2)  狭義の氏の変更で多いものの一つは「永年使用」の場合です。つまり、戸籍上の氏とは異なる氏を長年に渡って使い続け、また今後もそうするために、戸籍上の氏を通称の氏に変更したいというものです。これは比較的認められる場合の多いものと思われます。
(3)  狭義の氏の変更で最もよくある(目立つ)のは、氏が珍奇であったり難読である場合に、これを変更するというものです。社会一般人がおよそ読めないような氏であるとか、現在では使われていない難解な漢字を用いているために、読むことが難しいというものです。これについても、比較的よく認められているようです。
(4)  最後は、今の氏を使用していくことで社会生活において著しい不都合を負っており、今後もこの氏を使うことで実生活に深刻な影響を受ける場合です。これについては、一番問題となるものといえます。

   では、(2)〜(4)について、それぞれ裁判(審判)になった事案をいくつかみてみましょう。
分類 肯否定 審判 概要
1 永年使用その他 肯定例 1 東京高裁
s57.8.24
他人の子として出生届・認知が出されて以来長年に渡って使われてきた氏について、認知向こうの裁判を経て戸籍が訂正された後に、本来の氏ではなくこれまで使われてきた氏への変更を認めた
2 札幌高裁
s61.11.19
離婚に際して婚姻中の氏を称することとしていたが、その後わずか8月で再婚し、更に離婚した場合に、本来復氏するべき婚姻中の氏ではなく、もともとの旧姓(前婚以前の氏)への変更を認めた
3 盛岡家裁
s44.4.8
約21年間の婚姻中も特殊学校の教員として勤務しており、現在も卒業生の就職・補導・生活相談を受けることが多いいたため、離婚によって旧姓に戻ることは勤務上も不都合であり、また教員の立場上好ましくないとして婚姻中の氏の使用を離婚後も認めた
※教員の立場上好ましくないという理由は変更の理由にはなっていないと考えるべきである
4 名古屋家裁
s39.6.4
日展に4会、院展に1会入選し、後援会も組織し画会も催すなどしていた日本画家について、離婚によって旧姓になることは長年の画業を継続することに著しく支障を来すとして婚姻中の氏に変更を認めた
※昭和51年の民法等改正によって、離婚後3月以内に届け出ることで婚姻中の氏を称することができるようになっているので、現在では上記4、5のような場合に107条による審判を求める必要はなくなっている。
否定例 1 京都家裁
s44.3.31
祭祀家名を継続するために離婚後も婚姻中の氏を称しており、それについて同家の親族からの承諾があったからといって、それだけでは「やむを得ない事由」には該当しないとして否定してた
2 大阪家裁
s57.5.21
離婚の事実が職場や知人に知られるのが嫌であるとして、離婚後数ヶ月して勝手に通称として婚姻中の氏を使用していた場合に、本来離婚に際して旧姓への復氏か婚姻中の氏の継続かを選択でき(昭和51年の改正後の案件)、しかもそのための熟慮期間も3ヶ月設けられているのに、一旦旧姓への復氏を選択肢ながら、その後の本人の都合では婚姻中の氏への変更は認められない
2 珍奇・難解その他 肯定例 1 岐阜家裁高山支部
s42.8.7
「大Z」という氏の文字それ自体は滑稽でも珍奇でもないが、読み方が「おおなら」であり、「オナラ」に通ずるから、読み方が滑稽であるとして、変更を認めた
2 神戸家裁
s57.11.8
ベトナム人が帰化するに際して、帰化の許可が得られないことをおそれて不本意ながら日本風の氏で帰化した(カタカナによる氏の受付に難色を示された)が、帰化に際しては「随意にその氏を設定し得る」とした民事局長通達(対象14年1月28日付第1062号)にも合致せず、カタカナによる氏であっても認められるべきとして、ベトナム読みのカタカナへの氏の変更を認めた
3 長崎家裁
a61.7.17
「肴屋」という氏は「魚屋」を連想させ、本人が肴を扱う仕事をしているために取引先からもその氏が本当の氏であると信用されず、子供も名前を呼ばれると笑いの対象となっているという場合に、「肴屋」という氏は客観的に見ても不利益が考えられ、いじめにもつながっていることは子供の信条も著しく害するとして、氏の変更を認めた
否定例 1 富山家裁
s63.2.24
戸籍上の記載がもともと誤字であり、あるいは俗字(康煕字典にも載っていない漢字)を用いていたものが、過去のある時点で正字に改められている場合には、それを元の文字に改めるのは本人の主観的な利益にとどまるとして変更を認めなかった
3 実生活への不利益 肯定例 1 岡山家裁高梁支部
s41.11.1
申立人は、商売にも励み公職にも推選されるようになるほど努力を重ねてきたものの、その氏から部落出身者とみられ言われなき差別を受け、申立人の居住する地域は保守的色彩と閉鎖性が強いことから、今後も根強い差別意識にさらされるとして、氏の変更を認めた
2 東京家裁
s43.8.17
申立人の氏が「猿橋」であることから、幼少時より「サル」と呼ばれ嘲笑侮蔑を受けてきたが、近く第1子が産まれるにあたって、子には自分が受けたような不愉快を受けさせたくないという主観的感情があり、客観的にも「猿橋」という氏が社会生活上の不利益を受けることが考えられるとして氏の変更を認めた
3 札幌家裁
s56.5.12
申立人は離婚に際して婚姻中の氏の継続の届出をしていたが、その後も前夫から単に不当な行為であるとは看過できない異常な嫌がらせを受けたため、日常生活に与える影響も甚大であり、また前夫のそのような嫌がらせは離婚時に想像し得なかったとして氏の変更を認めた
4 宮崎家裁
h8.8.5
元暴力団員としてその氏が周知されており、そのために社会生活上支障や不利益があるとともに、暴力団関係者との関わりを持つ契機を少しでも減らしたいという真摯な更生意欲から、氏の変更を認めた
5 大阪家裁
h9.4.1
戸籍上の氏名の使用が、幼少時に受けた性的虐待の加害者である近親者及び加害者を想起させ、強い精神的苦痛を与えていることから、この氏名を使用することが社会生活上の支障を来し、社会的に見ても不当であるとして氏の変更を認めた
否定例 1 東京家裁
s41.7.18
前科の汚名を受けた氏から解放されて心機一転して更生したいというだけでは、氏の変更を認める「やむことを得ない事由」とは認められないた
2 大阪高裁
s59.7.12
廃絶した家の復活や、祖先の氏に復することのみを目的とする場合には、たとえ家督相続の経緯や祭祀承継があったとしても、やむを得ない事由があるとは認められない


   以上のようなものが過去に審判・裁判にでてきています。これらを見てみると、永続使用の場合には、使用しなければならないという現実的な必要性があることと、それが個人的な意向の問題ではなく社会的にも是認されるようなものであれば認められるといえそうです。また、珍奇・難解な氏については、それを敢えて好む人もいるでしょうが(例えば「御手洗(みたらい)」という氏は名家の出自を示す有名な氏です)、日常生活においていじめに遭うとか仕事に差し支えるような事情があると変更が認められるようです。
   これに対して、この氏を使っていることそれ自体が実生活において不利益になる(上記の(3)の類型)については、よほどのことがないと認められていないようです。上記の各例は肯定例の方が多く挙がっていますが、これは肯定されることが珍しいからそれだけ記録に残っているものと推測されます。つまり、大多数のものは否定されており、上記の5つのように相当な不利益があるものが認められているに過ぎないと考えるべきでしょう。
【どのような氏に変更できるのですか】
 
   氏の変更の場合、変更するためのやむを得ない事由があるとしても、無制限にどのような氏に変更することも許されるのではありません。具体的に何という氏に変更するのかも裁判所が許可をするからです。なお、申立の際に、申立書にはどのような氏に変更するのかも記載することとなっています(「申立人の氏「蛇袈多」を「竹田」に変更することの許可を求める」などのように記載する)。
   裁判所が一番よく認めるのは、自分自身の旧姓、親族の氏と同じ氏への変更でしょう。全く無関係なのではなく、旧姓や親族の氏というのは、その本人にとっても縁のある氏ですし、そのような氏に変更することは申立人にとっても最も利になると考えられるからです。これに対して、全く関係のない氏への変更が認められないということはありませんが、きわめて慎重に裁判所は判断すると思われます。ただしこのあたりはまさに事案ごとの個別具体的な判断となり、また裁判官の見識如何にもよることとなるでしょう。
 


その4  今後想定される変更事案

    さて、今後想定される氏の変更の問題事案としては、犯罪被害者などからの申立や、犯罪者の子女からの申立が考えられます。勿論、その他についても色々考えられるのですが、あえてこの2点を上げてみたのは、今日のマスコミ社会においては、犯罪者はもちろんのこと犯罪の被害者についても(本人の意思にかかわらず)広く世間一般に周知されてしまうという問題意識が高まっていることと、ストーカー被害者などは氏名を変えでもしない限りは執拗な被害に遭う危険があるという問題意識があるからです。

   犯罪者の子女が独立した場合に、自分とは全く関係のない親のために自分の将来がなくなってしまうというのは現代に限らず昔からある話です。しかし、現在においては、マスコミによって大きく報道されてしまったような犯罪については、日本中どこへ行っても「犯罪者の一族である」というレッテルから解放されることがないという点がより深刻な問題となっているといえます。特に贈収賄で話題となった公務員の場合には、そして苗字が「鈴木」「佐藤」のようにありふれたものではない場合には、日本中どこへ行ってもこのレッテルから逃れることはできなくなってしまっているでしょう。犯罪を犯した本人はともかく、他の家族、特に子供がこれによっていじめにあうなどは問題が大きいといえます。このような場合には、上記の3(実生活への不利益)の事案の肯定例4と同様に氏の変更は認められるべきでしょうが、問題となるのは戸籍法上、申立をできるのは「戸籍の筆頭者及びその配偶者」(戸籍法107条1項)に限られていることです。
   犯罪者の子女は、独立して婚姻し、自ら新戸籍を編纂しない限りは、その氏の変更ができないということになるのです。子女の代わりに筆頭者が申立をしてくれればいいでしょうが、筆頭者(及びその配偶者)は申立をする意思がない、あるいは筆頭者の申立は認容されず、一括して子女についても認容されない可能性もある、という問題があるのです。
    この点については、筆頭者あるいはその配偶者が自分自身ではなくその子女だけの変更を申立ることができるのか(戸籍については、1つの戸籍について全員の氏を同一としているのだから、筆頭者の戸籍にいる者の一部だけを切り離して氏の変更を認めることはしないと思われる)、筆頭者あるいはその配偶者が自分の子女のために自分の氏の変更を申立てできるのか(こちらについては、上記の2の肯定例3、3の肯定例2に類似するとして認められる可能性がある)という視点での検討が必要になるとおもいます。簡単に結論が出せるものとは思われませんが、結論としては肯定的な判断をすることは十分可能だと考えます。

   次に、より問題となるのは、ストーカーの被害者などの場合です。ストーカーについては防止法が成立されて、新聞でもあるように立件された事案も数が多くなってきました。しかし、警察の捜査にも限界がありますので、すべての被害者が被害から解放されているとはとても言えないでしょう。そして、ストーカーにおいて特に問題とされるのは、通常の犯罪被害者とは違って、まさにその人のみがターゲットとなり、しかも執拗に、被害にあうということです。そのため、引越をしても住民票をとったりするなどして新しい住所までついてくる、会社を変えてもいつのまにか知られてしまう、という犯罪形態が多いので防止のための措置が真剣に考えられ場ならないのです。 ここで「氏の変更」が一つの手段として浮かび上がってくるのです。氏も名も変更してしまえば、引越をしても名前から居場所が判別する危険は少なくなります。
   では、ストーカー被害からの解放のために氏の変更がみとめられるのでしょうか。
   結論から言って、今の我が国の戸籍法に立脚した扱いでは、非常に厳しいと思います。また、ストーカー被害を理由として氏の変更を申立てることは容易に考えつくものであるにもかかわらず、そのような申立が認められたという資料もないことから、現実には裁判所が氏の変更を認めていないのだと推測されます。
   おそらく裁判所が考えるのは「ストーカー犯罪防止法があり、警察力というより直接的な強力な手段によって犯罪を阻止できる」「氏の変更によって本当に被害を回避できるのかには疑問がある」という点だと思います。また、実際にストーカーからどのような被害に遭っているのかも問題となるでしょう。上記の裁判例などをみても(特に3の肯定例3が類似する)、よほどの被害を被っていないと真剣にはとらえないような予測がつきます。所詮裁判官にとっては他人事なので(まさにこの感覚が裁判所が国民からの信頼を失っている根元なのだと思うのですが)、連日いたずら電話が来るという程度では「実社会における不利益が社会的に是認される程度とはいえない」という判断をしそうです。
   ただ、ストーカー犯罪の特殊性(※ストーカー犯罪にも5〜7種類があるとされ、その各類型によって多種多様なのでひとくくりにするつもりはありませんが)というものが社会的にもクローズアップされてきているので、近い内に裁判所もストーカー被害者からの申立を認めるようになるかもしれません。


その5  氏の変更のための手続

   氏の変更のための手続きについては、まず家庭裁判所に「氏の変更の許可申立書」を提出します。   この時の注意事項ですが、下記のとおりとなっています。
申立てることができる人 戸籍の筆頭者及びその配偶者であること
申立てる裁判所 申立てる人の住所(住民票上の住所)を管轄している家庭裁判所
申立費用 収入印紙(申立書に貼附する)を600円、郵券(郵便切手)を大体400円程度、現物で持参する
申立書と併せて提出する書類 申立人の戸籍謄本、氏の変更の理由があることを証明する書面(陳述書)、同一戸籍内に15歳以上の者がいる場合には、その者が署名押印した氏の変更についての「同意書」
同一戸籍内に15歳以上の者がいる場合 同意書を提出しますが、家庭裁判所では同一戸籍内の15歳以上の者と直接面接を行い、その意思確認を行うこととなっています(特家審規5条)。

  さて、無事に家庭裁判所から氏の変更の許可の審判が出て、誰からも即時抗告が出ずに確定したとします。次に行うのは氏の変更届です。家庭裁判所は「許可する」だけであって、変更をするのは申立てた本人なのです。そこで、住所地の地町村役場に行き「戸籍係(課)」で「氏の変更届」を提出します。書類は役所の窓口で係りの人にいえばもらえます。この氏の変更届に必要な事項を記載して、先に家庭裁判所で出た許可の審判書(謄本)と、その確定証明書を添付して提出すれば氏の変更が実現します。


その6  最後に 

    現実に氏の変更をしようとすると、なかなか容易には認められないようです。 
    しかし、そもそも原点に返って、なんで自分の氏名なのに裁判所の「許可」がいるのかという疑問もありまる(この点については、上記2(氏の変更は認められるのか)のトピックスでも述べましたが)。よくよく考えてみると戸籍制度というのはよく分からないものです。どうも旧法時代の家制度と、「家」を管理することで国民全員を管理できるという官僚的発想の遺物なのではないかという気がしないでもありません。また、氏の変更を制限することは憲法上の人格権にも反する、という時代が遅かれ早かれやってくるのではないかとも勝手に考えています。