執行猶予
 
2002.5.27(2003.4.17)

   刑事裁判で有罪になった被告人でも、実刑処分ではなく社会内での更生を期待されて執行猶予が付けられることがあります。執行猶予がつこうと付くまいと有罪であり前科であることは変わりないのですが、刑務所に服役することと社会内で通常生活をできることには雲泥の差があります。そこで今回は執行猶予とは何なのかを見てみます。
その1  刑事裁判における刑罰の種類

  刑事裁判は、ある犯罪を犯した人に対して、その犯罪に対する罰を科することを目的としています。現在の刑法に規定されている刑罰の種類は刑罰の重い順に
・  死刑
・  無期懲役
・  (有期)懲役(1月〜15年、併合加重されて最大20年)
・  禁錮(1月〜15年、併合加重されて最大20年)
・  罰金(1万円以上)
・  拘留(1日〜30日)
・  科料(1000円〜1万円)
・  没収

となっています。なお、没収は附加刑と言って、没収だけで刑罰になるのではなく、懲役刑や罰金刑などと併せて課せられるものですから、本来の意味の刑罰とは多少異なるものです。
  死刑は正に命を奪うものですが、懲役刑(禁錮刑・拘留刑)は「自由刑」と言って、犯人の自由を剥奪する刑罰です。罰金や科料のような「経済刑」がお金を納めればその場限りで刑の執行を終えるのに対して、必然的に一定期間刑罰が執行されることとなります(なお、罰金刑の場合でも罰金を納付しない場合には労役場に留置されますので、その限りでは2次的に自由刑が控えているといえます−刑法18条)。
<刑罰の意味>
 
   「罪を憎んで人を憎まず」というのが現在の刑罰の基本的な考えです。一定の犯罪行為をした事に対して刑罰を課すのであり、「犯人」という人に対する罰ではないのです。そのため、犯罪と刑罰の間には均衡がとれていなければならないと言われていますし、刑罰は、法律によって定められた犯罪行為をした場合に限って課せられるということになっています。

<拘留と勾留>

   刑罰の一種類としてあがっているのは「拘留」です。これに対して「勾留」は同じ「こうりゅう」という呼び名であっても刑罰ではありません。勾留については知識箱の「保釈」を参考して頂ければ分かるとおもいますが、方や「刑罰」、方や「犯人ときまっていない段階での身柄拘束」でありその根本的な意味が違っています。勾留の場合には拘置所(あるいは代用監獄として警察署内の留置所)に行きますが、拘留の場合には拘留場に行くので、見た目はほとんど同じなのです。
   しかし、現実の社会においては、拘留であろうと勾留であろうと一般の人が思う印象は同じなのが現実です。刑事裁判で有罪と認定されるまでは犯人ではない(推定無罪の原則)があるのですが、警察に捕まって身柄を押さえられた、というだけで「=犯人」という印象を与えてしまうのです。これは警察機関と報道機関に責任の一端があると言えるのですが、逮捕されれば即犯人と確定している、という社会的なイメージが確立してしまっていることが原因といえます。このことが時として無実の被疑者が社会において回復困難な被害を受けてしまう結果を招来してしまうのです(松本サリン事件を思い出して頂ければ分かるでしょう)。ちなみに、ドイツの新聞記事などを見ていると、政治家などを除くと、事件が発生して容疑者が逮捕されても、記事の中では被疑者は「某」として氏名がでてないことがほとんどです。


<罰金の額>

   罰金の金額は様々です。最低で1万円ということは法律上もきまっているのですが(刑法15条)、最大でいくらなのかはきまっていませんよく起こる事件として業務上過失致死傷(交通事故で人を死亡させたり怪我を負わせたもの)は、5年以下の懲役かあるいは50万円の罰金となっています。暴行事件は2年以下の懲役か20万円以下の罰金となっています刑罰としては50万円以下の罰金刑がほとんどだといえます。ちなみに、現在規定されている犯罪の中で一番罰金の額が大きいものは、産廃法違反の1億円だと思います(廃棄物の処理及び清掃に関する法律32条)。こうなってくると、下手をすると罰金刑の方が懲役刑よりも事実上は重いという場合もでてきそうです。

 刑法第18条(労役場留置)
罰金を完納することができない者は、一日以上二年以下の期間、労役場に留置する。
2 科料を完納することができない者は、一日以上三十日以下の期間、労役場に留置する。
3以下省略
 


その2  自由刑の重さ

    さて、懲役・禁錮・拘留は自由を剥奪する刑罰ですが、通常は懲役刑が中心となります。禁錮が課せられるのはいわゆる破廉恥罪ではない政治犯罪か累計的に軽いとされる犯罪に限られています(前者は騒乱罪や中立命令違反などの国家に対する犯罪であってほとんどお目にかかることはない。後者は、名誉毀損や業務上過失致死傷などですが、実際には禁錮刑が言い渡されることは余りない)。
   剥奪される自由は、好きなところで生活する自由、好きな仕事をする自由、好きな所に行く自由、好きなときに寝る自由・・・・・云々がすべて剥奪されます。刑務所の中に拘置され、規則正しい生活(?)を強要されます。また、家族や友達とも自由にはあうことができません。手紙を書いても検閲されます。勿論テレビを見ることも制限されます(大体1日30分〜1時間テレビを見ることができる時間が与えられますが、大部屋に集合して見ますし番組も制限されます)。
   わざわざこのようなことを書かなくても、刑務所の中に入ればどうなるのかはほとんどの皆さんはご存じでしょう。

   とにもかくにも、刑務所の中にはいるということは、苦痛な生活を強いられる(刑罰なので当然ですが)ものです。
   また、刑務所に入ったからといって、果たして常に必ず更生して出所するのかというと、現実はむしろ逆の場合が少なくないでしょう。刑務所に入れば必然的に犯罪者の集団の中で生活するのですから、組の人間と知り合いになったり、要らぬ知恵を入手したりということがあります。また、「刑務所にいた」というだけで出所後に雇ってくれる職場を探すのも大変でしょう。懲役刑になったということで妻からは離婚を求められ、子供とも会えなくなるとか、失うものが極めて大きいのは事実です。そして、妻子もいなくなり、まともな職にもつけなくなったら、出所した後の行き場所は特定の所に限られてしまい、再び犯罪を犯してしまうという結果にもなりかねません。1の注でも少し触れましたが、刑罰は「犯人」ではなく「犯罪」に対して課すものですから、刑罰を科したことでその人が生涯不利益を被るのは本来の刑罰の趣旨からは外れています。
<禁錮刑>
 
    禁錮刑と懲役刑の一番大きな違いは、「労役」を課せられるか否かです。懲役の場合には、刑務所(監獄)に拘置されるだけでなく、刑罰の一環として労役に服することとなります。労役に服することで社会復帰するまでに手に職を付けることができるという側面もありますから、労役は単純に苦役というのではなく更生のための措置という側面もあります。しかし、労役に服してもそれに対する対価(賃金)は事実上なきに等しいのですからやはり苦役という面が中心です。
   禁錮の場合には「労役」を課せられることはありませんから、刑務所の中に拘置されているだけです。適当に本を読んでいたっていけないわけではないのです。しかし、例えば禁錮5年となった場合に、なにもすることがないままただ拘置されているのは精神的に非常な苦痛となります。拘置されている以上、ゴロゴロ遊んでいればいいというわけではありませんし、刑務所の中で何ができるのかというと何もすることはないのです。終日部屋の中にいるような生活にはほとんどの受刑者は絶えられません。そのため、禁錮刑を言い渡された受刑者も志願して労役に服するのが実体です。しかも、一度労務に服する希望を出すと、途中で辞めることはできないらしく、結局は懲役刑を言い渡されたのと同じになるようです。


   

その3  社会内での更生 〜 執行猶予

    このように、刑務所に拘置されることは時として犯罪を犯した人の本来の更生には役立たないばかりか、余計に再犯への道を作ってしまう危険もあります。また実際に刑務所に行かさなくとも自立的に更生することが期待できる場合もあります。そこで、懲役刑を課するに際して、社会内での更正の機会を与えるのが執行猶予ということになります。

   執行猶予とは、「刑の言渡しはするが、情状によって刑の執行を一定期間猶予し、猶予期間を無事経過したときは刑罰権を消滅させることとする制度。」と言われています(有斐閣法律学小辞典)。懲役3年を判決で宣告しても、例えば被告人を今後きちんと監督する人がいるとか、既に社会的制裁を受けており十分な応報を受けているとか、などの諸事情を考慮して、刑務所への留置を一定期間猶予するのです。そして、執行猶予の期間の間に再び何らかの犯罪を犯すなどせず、無事に期間を満了したときには刑務所への服役をしなくてよいとするのです(その限りで判決による刑の言い渡しの効果は消滅します)。
   執行猶予は、あくまで判決で刑罰を言い渡しても、その刑罰の執行を猶予するだけです。ですから、判決の宣告それ自体を猶予するもの(宣告猶予)ではないので、有罪として刑が宣告されたという事実を消してしまうわけではありません。
   執行猶予付きの判決を言い渡せる場合というのは、法律で決まっており(刑法25条)、@以前にに禁錮以上の刑に処せられたことがないか,処せられてもその執行終了後又は執行の免除を受けた後5年経過しても禁錮以上の刑に処せられたことがない者が3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金に処せられたとき,A以前に禁錮以上の刑に処せられその執行猶予中の者で保護観察中でない者が1年以下の懲役又は禁錮の言渡しを受け、情状が特に軽いとき、という2つの条件が認められる場合には、裁判所が裁量で1年以上5年以下の期間執行を猶予できるとされています。
   なにやら分かりにくい条件ですが、一般的な場合で考えれば、過去に懲役・禁錮の刑罰を受けていない場合で、言い渡される刑罰が懲役3年以下の場合には、情状に応じて執行猶予が付くと考えてもらえば大体は足りるでしょう。

   執行猶予が付いた場合でも、裁判所は「保護観察」を付ける場合があります。被告人の家族や会社などに被告人を今後監督するのに適切な人が見あたらないとか、自力更正させるには若干不安が残る場合には、保護司に指導監督を委ねる条件を付けて執行猶予の宣言をするのです。保護観察が付いた場合には、執行猶予期間内は定期的に保護司に近況報告をしに言ったり、保護司の指示に従って生活をしなければならず、これに違反すると執行猶予が取り消されて刑務所に留置されます。

   なお、執行猶予は1年〜5年と法律上きまっています。そこで、懲役3年執行猶予5年、という組み合わせが法律上の最大限の場合といえます。
   実際には、宣告された懲役刑の倍の年数程度が執行猶予期間になることが多いです。懲役1年なら執行猶予を2年付けるとかです。ただ、犯罪の態様や被告人の生活環境などによっては、懲役1年執行猶予4年というのがあったりもします。これは裁判所としては執行猶予を付けるかどうかを最後の最後まで決めかねていた場合でしょう。
<宣告猶予>
 
  被告人に対して、一定の期間の間、有罪宣告又は刑の宣告を言い渡さないままで判決の宣言を留保し、その期間が無事経過したときには、刑事責任から放免する制度を宣言猶予といいます。英米法の刑事制度で生まれ育った制度で、その後ドイツなどの大陸法刑法で「執行猶予」という制度に形を変えて登場した制度です。現在の我が国は執行猶予という制度を採用しており、判決の宣告自体を留保する宣告猶予は採用していません。

<保護観察>

   保護観察は少年事件の処分の一つとしてもありますが、一般の刑事事件においては、執行猶予を言い渡された者を対象として、主として地域の篤志家から選ばれて法務大臣から保護司に選任された者が執行猶予期間内の管理監督をする制度です。保護司は、犯罪者の改善・更生を助けることを主な使命としていますが、一般市民の中から選ばれており、特別な資格を持っているわけでもありません。従って、保護司毎の能力の違いや、管理監督の限界も指摘されていますが、社会的にはそれなりの機能を果たしているのは否定できません。現在全国には約5万人の保護司がいますが、一種のボランティアであって、国家からは何らの報酬の支給もありません(一定の場合の実費弁償はある)。
【執行猶予だと前科ではない】
 
   そもそも「前科」というのは法律用語ではないです。一般には、以前に刑罰に課せられたことがあるとか、以前に犯罪を犯したことがある、というニュアンスで用いられており、多少正確にまとめると、確定判決をへて刑の言い渡しを受けたことをいうとされます。前科については、裁判所と市町村役場の犯罪人名簿に記載されており、資格制限に結びつくことがあります(例えば国家公務員になれないとか)。
 さて懲役刑が言い渡されても執行猶予がつけばそれによって刑務所へ留置されることはなくなります。無事に執行猶予期間が満了してしまえば判決の言渡の効力は失われますから、判決がだされたという事実自体がないものとされます。しかし、執行猶予付きの判決であっても有罪判決として出されたことには間違い有りませんし、執行猶予付きの判決を受けていれば再度の執行猶予が付けないとか(※執行猶予期間中に犯罪を犯した場合です(刑法25条)。執行猶予期間を無事に満了した場合には法律上は執行猶予を付けることに制限はなく、「再度の」執行猶予ではありません。ただし、現実の裁判では、執行猶予期間を無事に満了している場合であっても、ほぼ前科と同様に「裁判官」は判断します。そのため、「今度は実刑」という判断につながる材料となってしまうことがあるのです)、再犯として重い刑罰を科せられるなどの扱いもされます。そのため、裁判において提出される前科照会においては執行猶予付きの判決も当然に記載されます。その意味では、執行猶予が付いた場合であっても前科には変わりないものです。
 刑法第25条(執行猶予)

 
次に掲げる者が三年以下の懲役若しくは禁錮又は五十万円以下の罰金の言渡しを受けたときは、情状により、裁判が確定した日から一年以上五年以下の期間、その執行を猶予することができる。
一 前に禁錮以上の刑に処せられたことがない者
二 前に禁錮以上の刑に処せられたことがあっても、その執行を終わった日又はその執行の免除を得た日から五年以内に禁錮以上の刑に処せられたことがない者
2   前に禁錮以上の刑に処せられたことがあってもその執行を猶予された者が一年以下の懲役又は禁錮の言渡しを受け、情状に特に酌量すべきものがあるときも、前項と同様とする。ただし、次条第一項の規定により保護観察に付せられ、その期間内に更に罪を犯した者については、この限りでない。


 刑法第27条(猶予期間経過の効果)

刑の執行猶予の言渡しを取り消されることなく猶予の期間を経過したときは、刑の言渡しは、効力を失う。
 


その4  執行猶予がつくのかいなか

   我々が刑事弁護人になった際に、時として頭を痛める(胃を痛くする)のが、この執行猶予をとれるかどうかです。上記の要件は、これがそろったら執行猶予を付けても良い、というものにすぎず、最終的には裁判所が執行猶予をつけるかどうかを決めます。弁護士は、刑務所にはいることで犯罪者としてのレッテルを貼られてしまって生涯まっとうな生活に戻れない危険があることをよく知っています。ですから、犯罪の種類や被告人の為人によっては、できることなら執行猶予をつけて欲しいと考えることがあります。

   一般的には執行猶予がつきそうかどうかは経験によってある程度予測できます。
   例えば傷害事件などでは、被害者に被害弁償(治療費・休業損害)をして示談が成立していること、前科がない(あっても交通事犯だけであるとか)、障害の程度が重くはない(全治1月以内)、などだったりすると執行猶予が付く可能性は高いと推測します。あるいは、そもそも身柄事件ではない(在宅事件・逮捕されても警察署などに勾留されなかった)とか、容易に保釈がとれた場合には執行猶予が付く可能性が高いと推測します。例えば薬物事犯では、最近は初犯であっても実刑が科せられて執行猶予が付かない場合もあります。取り扱った薬物が覚せい剤であって、しかもその量が1g以上になってくると、自己使用だけなのか疑わしくなってきます。とくに被告人がその筋の人間と関係があったりすると、裁判所は実刑の言い渡しに傾いてきます。
   しかし、これまでの経験からしても微妙な場合というのは少なくありません。傷害事件で、被害弁償はしているが示談までは成立していないとか、窃盗事件で被害弁償も示談も成立しているが、過去に同種の前科・前歴があるとかになってくると、裁判官のさじ加減で執行猶予が付いたり付かなかったりしてきます。こうなってくると弁護士も胃が痛いです。最初から駄目ならばあきらめも尽きますが、微妙なところで執行猶予が付かなかったりすると、被告人(やその家族)はがっくりしますし、時には「お前が無能だからだ!」と文句まで言われたりします。

  執行猶予を付けるためには、犯罪の程度や種類、被害の程度や前科などの、弁護人では動かし難い事実も影響しますが、@被害弁償と示談の成立、A被告人の今後の監督、B定職の確保(被告人が無職の場合)、など、弁護人の努力によって有る程度はなんとかできる事情も影響してきます。特に重要なのは被害者がいる犯罪の場合の示談と、被告人の監督者の確保であり、これは必須の条件と言っていいでしょう(示談の重要性についてはよもやま話の「示談」参照)。
   弁護士としては、弁護人になったからには、最低限示談や監督者の確保などには努めて弁護活動をしているのです。
   
【なんでも執行猶予がつけばいいのか?】
 
  よく現役の裁判官が「弁護士っていうのは、なんでもかんでも執行猶予を付けさせろと言う」と不満げな話をします。確かに犯罪の性質や被告人の生活状況などを全く考えずに、とにかく執行猶予を、というのはどうかと思います。しかし、弁護士も、何でもかんでも執行猶予を付けろといっている訳ではありません。刑務所に留置されることの弊害やその後の生活に対する危険を考えてもなお、実刑で良いのではないかと本音では思うこともあるのです。
   執行猶予がついてしまったら、かなりの蓋然性で再犯を犯すであろうとか、執行猶予を付けても適切な監視監督者がいない。あるいは、このような事件を犯したのに執行猶予では被害者や社会が黙っていないだろうなどの場合には、書面では「寛大な処分を(=執行猶予を)」と言いながらも、文書の端々で「執行猶予がつかなくても仕方ない」というニュアンスを出していることもあります。執行猶予が付く方がよいのか、そうでない方が良いのか、弁護士としても悩ましい場合もたまにはあるのです。
 
 


その5  執行猶予がついた後の注意

   さて、執行猶予期間中に懲役刑に処せられると、これは必然的に以前の執行猶予の取消し事由となります(刑法26条)。そこで、以前懲役2年執行猶予4年であった者が、今度は懲役1年に処せられると、その時点で以前の執行猶予が取り消されて、2年+1年=3年間刑務所に留置されます。また、執行猶予期間内の懲役刑(禁錮刑)にも再度の執行猶予がつくことはほとんどありません。極端な話、懲役3年執行猶予5年に処せられた人が、4年11ヶ月のところで別の犯罪で懲役1月に処せられたとします。この場合、その時点で3年1月の間の懲役に服することになります。執行猶予には減価償却もありませんから、たとえ残り1日しかなくても、取り消されたら振出にもどって全期間の懲役刑と新しい懲役刑の合計期間刑務所に留置されるのです。

   そこで、執行猶予が付いた場合、弁護士が(少なくとも私は)口を酸っぱくして何度も何度も言うのが「交通事故に気を付けるように」ということです。
   執行猶予は、猶予期間内に犯罪を犯さなければ社会内で無事に更生できたと判断して刑の言い渡しを失効させるものです。執行猶予付きの判決をもらった本人は、当然にこのことを分かっていますから、執行猶予期間中に再び何か犯罪をすることはしまい、と決意しているでしょう。執行猶予期間中に泥棒をしたり誰かを殴ったり、ということは普通はしないでしょう。しかし、自分の交際関係に犯罪予備軍がいたりすると、ついついそのつきあいの中で犯罪に荷担してしまうことがあります。特に薬物事犯の場合には、執行猶予判決が言い渡された直後に「快気祝いだ、さぁ」と言って渡された薬を使ってしまう人もいます。弁護士としてはとてもじゃないですがつきあい切れません(私は、基本的には同じ人の2度目の刑事事件は受けない方針です。1回弁護活動をしたのにまた繰り返しているようでは弁護する気力も失せますし、裁判所で弁護士としてのメンツが有りません)。
   ただ、本人の意思とか生活環境に関係なく、不幸にも執行猶予が取り消される事態に陥ることはあります。それが交通事故です。交通事故は、そのほとんどが過失犯です。自分で事故を起こそうと思っていたわけではなく、不注意から事故を起こしてしまうものです。交通事故の大半は行政罰だけで処理される(過料や免停)ものですが、誰かを巻き込んで怪我を負わせてしまうと、これは立派な刑事犯罪です。自動車で人をはねとばしてしまえば業務上過失致傷で5年以下の懲役あるいは50万円以下の罰金に処せられます。怪我の態様が重かったりして、懲役刑になれば、執行猶予は必然的に取り消されます。仮に罰金刑で済んだとしても、罰金刑に処せられたことが執行猶予を取り消すことができる事由とされていますから(刑法26条の2)、裁判所が執行猶予を取り消す場合もあります。
   そこで、私は、「執行猶予期間内は交通事故には特に気を付ける」「できれば自動車は使わない」「もし万が一交通事故を起こしてしまったら、起訴されないで済むように直ちに弁護士に相談するように」と伝えています(もっとも、実際に交通事故を起こした場合に再び私が受任するかは別問題ですが)。交通事故を起こして人に怪我を負わせてしまっても、早期に適切な対応を取り、被害者の人に被害弁償をして示談をしてもらえれば、不起訴処分になる可能性がないわけでもありません。また、起訴されても略式起訴で済めば、罰金刑ですから執行猶予が取り消されない可能性も残ります。
  たかが交通事故、されど交通事故。執行猶予期間内は交通事故に特に注意しなければならないのです。
 刑法第26条(執行猶予の必要的取消し)
 次に掲げる場合においては、刑の執行猶予の言渡しを取り消さなければならない。ただし、第三号の場合において、猶予の言渡しを受けた者が第二十五条第一項第二号に掲げる者であるとき、又は次条第三号に該当するときは、この限りでない。
一 猶予の期間内に更に罪を犯して禁錮以上の刑に処せられ、その刑について執行猶予の言渡しがないとき。
二 猶予の言渡し前に犯した他の罪について禁錮以上の刑に処せられ、その刑について執行猶予の言渡しがないとき。
三 猶予の言渡し前に他の罪について禁錮以上の刑に処せられたことが発覚したとき。

 第26条の2(執行猶予の裁量的取消し)

次に掲げる場合においては、刑の執行猶予の言渡しを取り消すことができる。
一 猶予の期間内に更に罪を犯し、罰金に処せられたとき。
二 第二十五条の二第一項の規定により保護観察に付せられた者が遵守すべき事項を遵守せず、その情状が重いとき。
三 猶予の言渡し前に他の罪について禁錮以上の刑に処せられ、その執行を猶予されたことが発覚したとき。
 


その6  最後に 

    犯罪は処罰されなければならない、これは当然のことです。しかし、犯罪者が刑務所に留置されることで常に必ず適切な処分といえるのか、むしろ社会の中で周囲の監視監督の下で自律更生するのがよいのではないか、という場合もあります。執行猶予を得ても犯罪者としての過去は背負ったままですから、むしろ厳しい現実が待ちかまえているかも知れません。それでも、社会の中にいることができるというだけで更生のためには役立つ場合が多いのではないかと思います。


 


自分に執行猶予がつくのか、現在裁判にかかっている自分の家族や知人に執行猶予がつく可能性はあるのか、などは、依頼している弁護士に聞いて下さい。