第6章      原状回復工事と敷金精算

(2006.6.10)

1項    原状回復費用の請求〜敷金精算

    原状回復費用については、金額確定後に元入居者(借主人)に請求することとなる。賃借人が法人の場合で、社会的・経済的信用力のある場合には、別途請求の手段でも構わないが、通常は預かり敷金(保証金)の返還の際に差引精算する(敷引の場合には敷引金から充当する)こととなる。
    預かり敷金は、建物の明け渡しをして、かつ、債務の不履行がないときに初めて借主が返還請求できるものと判例上も解されている。そこで契約書においても「敷金は、本契約が終了し、かつ、賃借人が本物件の明渡しその他この契約に基づく義務を履行した後において、賃借人が賃貸人に債務を負担している場合はこれに充当した上、敷金預り証と引換に、充当後の敷金を賃借人に返還します。」などという規定を設けるのである。つまり、明渡しと敷金返還とは同時履行の関係にはならないのであり、建物を実際に返還するまでに生じた一切のの滞納賃料、損害金(賃貸物の破損等の修繕費用など)すべてを敷金から差引相殺することが認められるのである。現実問題としても、明け渡しを受けてから初めて建物内部の修繕箇所や修繕費用が確定するのであって、それ以前に借主に返還することはできようがない。また、このような差引相殺の扱いが認められなければ、退去後に賃借人に請求してきちんと回収できるかどうかは相当のリスクを発生させることにもなるので、基本は預かり敷金からの差引相殺とし、不足分のみ別請求とするべきである。
    ただし、敷金の返還時期には注意が必要である。差引精算ができるために必要となる通常の期間を設けること(明渡後2週間以内に返還する、など)は構わないが、合理的な期間を超えて返還時期を延ばすことは望ましくない。原状回復工事に要する時間は建物や修繕の度合いによっても異なるが、通常の居住用住宅の賃貸借の場合には明渡から1ヶ月以上たっても敷金の返還をできないということはほとんどないというべきであり、余計なトラブルになる前にさっさと敷金(の残額)は返還するのが望ましい。

 同時履行
.    売買契約では、売主も買主もそれぞれ義務を負っている。売主は売買対象物を買主に引き渡す義務、買主は売買代金を支払う義務がある。通常はこのような場合には「物の引渡し」と「代金の支払い」は同時に行わなければならないとされており、もし引渡しをしてくれないならば代金を支払わないということができる。また、代金を支払わないことについて、債務不履行責任を問われることもなくなる。決済日=代金支払日が6月1日となっていても、売主が引渡しをしない以上、代金を支払う必要はなく、そのことで損害賠償請求を受けることもなくなる。これが同時履行または同時履行の抗弁権と言われるものである。
   同時履行は、売主・買主の双方がそれぞれ相手方に対して債務を負っていることから、公平の観点に従って定められているものである。しかし、当事者が合意によって別の定めをする、例えば代金の支払いを先払いとする、などを決めるのは自由であり、その場合は同時履行の利益を放棄したこととなる。

2項    原状回復対象の確認のための立ち会い

    原状回復工事の実施とその費用負担の関係では明渡し立ち会いが不可欠である。借主の建物明け渡あい時にはオーナーまたは管理会社の担当者が必ず明渡の立ち会いをしなければならない。立ち会いをしないままで後日修繕見積もりを借主に発送して費用請求すると、借主から「そんな修繕は認めない」と言われたときに対処できなくなってしまうからである。荷物が撤去されていることを確認して鍵を返却させるというお座なりな立ち会いでは後日トラブルになってしまうこと可能性がある。
    借主によっては、明渡日には都合が付かず同居者(家族)に立ち会いを任せると伝えてきたり、鍵は郵便受けに入れておくのであとは宜しく、などと連絡をしてくる人もいる。確かに借主とオーナー(管理会社)の都合を調整して立ち会いの日時を決めるのは面倒ではあるが、借主(契約者本人)不在での明渡しはトラブルの要員となる。立ち会いの重要性は借主にも理解させて実践させなければならないものである。また、荷物の撤去や鍵の返却は当然であるが、原状回復費用の関係では、その場で修繕箇所を確認し特定すること、原状回復(修繕)にかかる費用(見積もり)を賃借人に提示することが必要である。原状回復費用の支払いについてその場で借主の承諾を受けることが、原状回復費用をめぐるトラブルを回避するためには不可欠である。この点は管理会社が特に認識しておかなければならない事項である。
   原状回復費用を適切に借主に負担させるためには、明け渡し立ち会いを適切に実施すると共に、以下の事項をきちんと履践することが重要である。

(1) 入居時の物件状況確認リストと現況の照らしあわせをして修繕箇所を特定する
(2) 修繕必要箇所については、その場ですべてリストアップし賃借人に確認させる
(3) 問題箇所はすべて写真におさめておく
(4) その場で借主から原状回復費用(修繕費用)についての了解をもらう
3項    原状回復箇所の確認作業

   原状回復の対象となる修繕箇所についてはそれが自然損耗・経年劣化なのかを含めてきちんと確認をする必要があある。原状回復特約がない、あるいは特約の範囲外である破損・汚損については、自然損耗・経年劣化であれば借主に費用負担をすることができないが、借主の故意・過失によるものであれば修繕費用を請求できる。これらについてもよく見極めたうえで修繕箇所の特定とその内容の確認(どのような破損・汚損なのか。修理で足りるのか交換が必要なのか)をきちんと行うことが極めて重要な作業となる。
    具体的にどのような確認作業をするのかについては、基本は建物の内部をすべて目視することとなるが、破損や汚損箇所が発見されたときには、必ず借主に対してもその箇所を見せて破損・汚損があることを確認させることを実践しなければならない。借主によってはその際に「もともとあった」とか「そもそも傷や汚れではない」ということもあるので、必ず現場を写真にとるなどして記録を残すことになる。また、「入居時・退去時の物権状況確認一覧表」などを用意しておいて、借主の入居時点における建物の状況をきちんとチェックしておくことも検討するべきである(下記図参照)。

<入居時・退去時の物件状況確認一覧表の例>

    このような一覧表は入居時にもチェックリストとして作成しておき、明渡し時の立ち会いの際に入居時との相違点が明確になるよう、つまり入居者によって発生した修繕箇所を明らかにするために活用することとなる。最近は消費者側も原状回復問題についての認識が強くなっているため、それ相応の客観的な証拠を持ち出さないと原状回復費用の支払いを拒否するケースも見られるようになってきている。また、悪意をもって「元々あった破損だ」と言い逃れをするような賃借人も希ではあるが存在する。借主に負担させるべきではない費用は請求するべきではないが、借主が負担するべき費用についてはきちんと支払わせるべきであり、そのためにも入居時の一覧表ときちんと見比べて修繕するべき箇所を適切に特定するようにすることが有用である。

4項    原状回復費用の負担に対する個別の承諾

   明渡し立ち会いの際には、その場で修繕箇所を特定し、同時に修繕にかかる費用(見積もり)を借主に提示することが必要となる。これは、明渡立ち会いの場で修繕箇所を現実に見せながら、この修理にいくらかかるのかを指摘していくことで、賃借人に納得させるという意味があるとともに、具体的な承諾をその場で得ることによって後日の敷金からの差引に異議を述べさせないためでもある。
   契約書においていかに適切な原状回復特約を定めたとしても、それだけでは具体的な費用の支払いについての了解があったとされるのかに疑義が残ってしまう場合がある。借主が争ってきて裁判になったときでも確実に修繕費用の請求を認めさせるためには、具体的な修繕箇所とその費用についての借主の承諾を受けておくことが費用に重要なものとなるからである(下図参照)。
   そこで、明渡し立ち会いの際には修繕工事をさせる業者も同行させて借主に修繕費用を負担するべき場所を確認させたら、速やかに業者に修繕費用の見積書を出させるようにする。そして、その見積書の金額についても必ずその場で借主に了解させるという手順を踏むことが有用である。

 賃借人自らが内装業者などの立ち会いを求めてきた場合の対処方法
.   適法適切な原状回復特約があり(あるいは借主の故意・過失によって発生した破損・汚損で)修繕箇所についても借主が意義を述べていない場合であっても、最後に「金額」をめぐって借主が争ってくることがある。これは、オーナー側が提示した金額について「高すぎる」というクレームとなって現れる場合によく見られる。賃借人によっては、インターネットの情報などから工事費用の見積額を独自に算出してきたり(この手の金額は得てして賃借人に都合の良い安い価格になっていることが多い)、工事業者が不動産屋のお抱え業者だから信用できない、つまり費用をふっかけていると不信感を抱くというものである。
   その結果として、賃借人が、自ら業者を引き出してきて合い見積もりを提示してくる、あるいは業者を連れてくるなどといった場合も想定される。借主が別業者に合い見積もりを出させる、借主が依頼した業者を立ち会わせる、などについては、借主がきちんとした人である場合(難癖をつけて減額させようとしているような人ではない場合)にはこれを受け入れた方がよい場合もある。借主が依頼した業者の見積もり額とオーナーが提示した見積額が大差なければ、借主は「暴利だ」などと主張することができず、逆に借主を説得する材料となるからである。借主側の業者がより安い見積を出してきたならば、それに併せて工事代金の減額をオーナー側の業者に迫ればよいのである。
    もっとも、余りに金額に違いがある場合には、借主が当て馬として合理性のない安い見積を自らの業者に作成させている可能性もあるので、借主が連れてきた業者に「その金額で工事をしろ。その変わり間違っても手抜き工事をしたらその分賠償請求することは覚悟の上で引き受けろ」と開き直ってみることも一つの選択肢ではある。いい加減に安い見積を出してきた業者であれば、本当にその金額で受注をすれば赤字の仕事となるのでいろいろと理由をつけて逃げるであろう。
    とはいえなるべく自前の業者に工事をさせるのがベターなのは言うまでもない。借主が自分で手配した業者に工事をさせると手抜き工事でもされたり、駆体に影響が及ぶような作業をされてしまい収拾がつかなくなる危険があるからである。長年にわたって修繕を任せている業者であるからこそ信頼して発注できるのであり、オーナーの建物の修繕に慣れているのですから工事ミスをするような危険も少ないからである。

5項    敷金からの差し引き清算の実行

    以上見てきた手順を追えば、あと敷金から原状回復費用(修繕費用)を差引精算して借主に返還するだけとなる。オーナーが返還しなければならない預かり敷金の金額から、借主が負担する原状回復費用(修繕費用)を差し引きする。法律的にはオーナーの返す債務(敷金返還債務)と借主の支払う債務(原状回復費用支払い債務)とをオーナーが相殺して、残りの債務だけを返還するというものである。
    借主は既に転居してしまっているので、借主に事前に届出をしてもらった銀行口座に振込送金をして支払うことが多いが、ここで細かいトラブルにならないように配慮しなければならないこともある。振込送金を希望してきた借主に対しては、振込手数料(実費)を借主の負担とすることについても了解をもらっておくことを忘れてはならない。勝手に振込手数料を差し引いたために「全額の返還になっていない」などとクレームを付けられるのは馬鹿らしい。このような余計なトラブルを避けるために借主に対しては、解約通知書などで「返還敷金の振込先口座」を書かせるようにするのが良い。こうすれば、電話口で聞き間違えて関係のない人に送金してしまうようなトラブルは避けられるとともに、振込手数料などの負担についても書面できちんと残ることになる。
   なお、当然であるが預かり敷金では足りないときには借主に不足額の支払いを請求することになる。

第5章  原状回復の対象とその範囲
第7章  (補追)原状回復をめぐる最近の判例
オーナー・管理会社のための原状回復と敷金返還