植木等―――昭和の寵児

モーレツ昭和時代の幻影―――植木等

私がこの植木等の映画シリーズに興味を持ったのは、確か大学に入って間もないころ。
しかしいろいろ事情がわかってくるにつれ、この底抜けに明るいような所謂「時代の寵児」の背後には、 さまざまな幻影が隠されていることを見出したのです。今回は、そんな話を少しだけ。

植木等(1926〜)とは、人気ジャズバンドであるクレージー・キャッツのメンバーで、 1960年代に「日本一シリーズ」などの映画で名を馳せた俳優です。実際にそれら映画の雰囲気を見 てみればわかりますが、時は1960年代、池田勇人のいう高度経済成長の大波に日本中が湧きかえり、 誰も彼も必死で働いていた時代でした。そんな中、映画において植木等が立ち回る役というのは 実に軽妙。「とかくこの世は無責任、こつこつやる奴ぁご苦労さんっ」と言ってのける 大胆さと要領のよさ、立ち回りのうまさでもって、戸惑う真面目一徹な人々を尻目にトントン拍子 で出世していくというストーリーが多数を占めています。(「ニッポン無責任時代」、 「日本一のホラ吹き男」、「日本一のゴマすり男」など。因みに「日本一の色男」は少し特殊です。 詳しくは実際に見て下さいな♪)

こうして映画全体に漂う、上下関係への風刺などといった概念。それを一手に背負い、 スクリーン上をところ狭しと活躍する植木等演じる若き怪傑サラリーマン。
しかしそれは同時に、時代という生命体の慟哭でもあるのではなかろうか、と私は思うのです。

時代は変わっても、相も変らぬ年功序列の世界。出世も望めず、家族を養えるだけの賃金も貰えず、 上役に叱られ続ける中年たちの、魂の叫び。いくら頑張っても結果が出ず、慰めてくれる恋人もいず、 青年は今宵も独り呻吟する。
こういった悲しさが、明るく歌って踊る植木等の背後に、たえず揺れ蠢いているかのようです。そこが、 人々の憧憬を呼んだ。そして彼は一躍スターとなった―――時代の陰翳を伴って。

植木等(らクレージー・キャッツ)が歌う歌とは、さまざまあるもののおおまかには二種類に分類 されます。 所謂「愚痴系・ひどい目にあっちゃった系」、そしてもう一つ、 「世の中をのんでかかる・元気が出る明るい系(だがある意味投げやり的なところもある) の二つです。
前者の代表格ともいえるのが、「スーダラ節」「ハイそれまでョ」、 後者のそれは「だまって俺について来い」「無責任数え唄」といったところでしょう。
参考として、思いつくままに分類してみますと…

愚痴系のうた元気が出る明るい系のうたどちらにも属しないうた(→註1)
スーダラ節
ハイそれまでョ
こりゃシャクだった
悲しきわがこころ
これが男の生きる道
遺憾に存じます
それはないでショ
万葉集
やせがまん節
馬鹿は死んでも直らない
ショボクレ人生
だまって俺について来い
無責任数え唄
ゴマスリ行進曲
ドント節
だめでもともと
今日もやるぞやりぬくぞ
ホラ吹き節
どうしてこんなにもてるんだろう
ハッスルホイ
デタトコ勝負
ホンダラ行進曲
ウンジャラゲ
無責任一代男
ダイナ
どこまでも空(三州瓦のCMソング)
笑えピエロ
花と小父さん(→註2)
チビ

愚痴系の歌が、疲れきった人々の心を捉える。更に、底抜けに明るい歌が、 ただそれだけで終わらず心に残りやすいのは、蓋し 人々の「そうあって欲しい」といった幻影の裏返しでもあるからなのでしょう。 「世の中なんてのんでかかれ、ホラ吹いて、ゴマ擂って、ずばずば生きよう!!」というようなことば が、語りかけるような七五調でもってそんな幻影をかきたてていたのでしょう。
そしてそれを支える植木等の骨太な歌唱力(→註3)、作詞者青島幸雄(が多いのです)による絶妙な リズム感を秘めたる歌詞、ジャズという混成音楽の醸し出す隠然たるポテンシャル。
あらゆるエッセンスの、劇的な邂逅。―――こうして、植木等とクレージー・キャッツは、「神」となったのです。

「ハイそれまでョ」。
ブルース調の切ない雰囲気で始まり、突如、会場全体を震撼させるような強烈 なクレッシェンドでもって時空を切り裂く、“テナコトイワレテソノキニナッテ!!”(→註4)というセリフ。 静寂の帳を覆して盛大に鳴り響くトランペットと歌声。「泣〜け〜て〜く〜る〜」を高らかに 歌い上げ、再び無へ回帰する精緻なダイナミクス。
クレージー・キャッツの真髄は、この「ハイそれまでョ」に、 大いに凝縮されているといっても過言ではないでしょう。 「どんなバンドなの?」とおっしゃるかたは、まずオススメかもしれません。

(註1:
とても感傷的な歌が多いと思います。 初めて聴いたとき思わず涙が止まらなかった曲というのもあります…。)

(註2:
題名は、「伯父さん(父母の兄)」でも「叔父さん(父母の弟)」でもなく、「小父さん(よその男の人)」の意味。
花を見つけて愛でる心優しい男の歌ですが…物悲しい歌です。)

(註3:
実は植木等、お寺に生まれた人なのです。(幼いころは住職を目指していた。)
彼の類まれなる歌唱力は、お経で培ったものだという説もありますが、真相や如何に?(笑)
(そういえば、「デタトコ勝負」という歌でも、第二主題がお経チックですが、 やはり意識しているのかもしれませんね。))

(註4:
後になって再録音された版には、セリフの後にピアノの盛大なグリッサンドがあります。 これがなかなか痛快なの。)


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