欧州旅行記 スペイン旅行記


第一日目(成田〜アムステルダム〜マドリッド)
第ニ日目(マドリッド〜トレド〜マドリッド)
第三日目(マドリッド〜コルドバ〜セヴィーリャ)
第四日目(セヴィーリャ〜グラナダ)
第五日目(グラナダ)
第六日目(バルセロナ)
第七日目(バルセロナ)
第八日目(〜アムステルダム〜成田)


第一日目(成田〜アムステルダム〜マドリッド)

業旅行ということで、父親と一緒にスペインに行くことに相成りました。 …が、今回は出発前が本当に大変。何かというと、2004年3月に起きてしまった あのマドリッドの列車爆破テロです。出発の三日前にこんな凄惨なことが起きてしまったということで、 被害者そしてそのご家族の悲しみを思うと心が痛み、そして自分たちの身の安全に関し てかなり悩みもしました。結局、地下鉄には乗らず極力タクシーを使うということで、出発に踏み切ります。

マドリッドへは日本からの直行便がないため、飛行ルートはアムステルダム経由でした。成田〜 アムステルダムのJALの飛行機は、当然のごとく日本人でいっぱいでしたが、アムステルダム からマドリッドへ向かう飛行機は私たち以外日本人はゼロ(だったと思う)。JALのジャンボに比べて小さい機体 の飛行機でしたが、日本人より大柄なヨーロッパの人々 に合わせてでしょう、座席の幅が少し広めに作られていました。

マドリッドの空港からマドリッド市内のホテルまでは、タクシーを使います。 高速道路を使いましたが、どの車もすごいスピードで飛ばす、飛ばす。ヨーロッパでも 運転が特に荒い国だなぁという印象です。



第ニ日目(マドリッド〜トレド〜マドリッド)

テルで朝食をとり、いざマドリッドの街並みへと繰り出します。
そうそう、言い忘れましたが、スペインではヨーロッパの中でも特ににスリ・引ったくりが多い国。 対策として、パスポートなどの貴重品はホテルのセーフティボックスに預け、 予め用意しておいたパスポートのカラーコピーを肌身はなさず持っているようにしました。(因みに、 私たちが泊まったホテルのセーフティボックスは、クレジットカードを差し込んでロックするという 方式でした。)

まず、スペイン広場へ行ってドン・キホーテ&サンチョ・パンサ像を見たのち、国立ソフィア王 妃芸術センターへ行きます。ここは、あのピカソの「ゲルニカ」が 収蔵されているところ。実物を見るのは勿論初めてでありまして、迫りくるような おどろおどろしさ、特に、白黒(→註)の大胆なタッチで描かれた、虚空に伸びたる人の腕に、思わず 見入ってしまいました。(註:ゲルニカについて、意外と気づかれていないことだけど気づいている 人は気づいている、というようなことがあります。それが、ゲルニカは白黒で描かれている、という もの。テレビ東京で放映されている「美の巨人たち」という番組曰く、なぜ白黒かというと、白黒、 の新聞というメディアを通してゲルニカ爆撃をピカソが知 り、そして怒りに打ち震えたから、とのことです。ピカソの想いが、なんだかわかるような 気がしますね。)
このゲルニカのほかには、私の大好きなダリや、ミロの作品などがあります。ダリは期待通り のダリ・ワールドですごくエキサイティングでしたが、ミロは…些か私には抽象的過ぎるかなぁ という作品が多かったですね(汗)。
そういえば、このソフィア王妃芸術センターに、幼稚園児と思われる現地の子供たち が、保母さんの引率のもと、みんなで一緒に見学に来ていました。仲の良い男の子と女の子は 手を繋いだり していました。かわいいものです。 (*^^*) 芸術に触れられる、というか自然に溶け込 める土壌があるヨーロッパはやはり羨ましいなぁと感じました。

この後は、王宮やマヨール広場などを見て回ります。テロの直後なため、幅の広いメイン ストリートには100メートルおきくらいに警察官が立っているという状態(汗)。アトーチャ 駅(ここの近くであのテロが起きてしまった)そばのバスターミナルへタクシーで行き、 ターミナルの内部にあるファストフード店で軽く昼食を取ったのち、バスに乗って、 西ゴート王国の首都トレドへ出発!! 道はすいていたため、一時間ほどで到着しました。

城塞都市トレドの一角を、観光バスから見る
トレド はよい街でした。道が複雑すぎて少し迷った けどね。(笑) こぢんまりとした、それでいて光るもの、語るものがある街 というか…、なかなか言葉では表しにくいものです。サント・トメ協会 で見た、エル・グレコの「オルガス伯の埋葬」は、非常にスケールの大きい絵でした。 何かを叫んでくるかのような雰囲気がある、という感じ。エル・グレコといえば トレドを愛したギリシャ生まれの画家で、「トレド風景」という、トレドの街並みを 左右逆転させて描いた作品が有名ですが、彼の傑作をまた一つこうして味わうことが出来て 本当によかったと思っています。
トレドにおいて、最後は、ソコ・トレンという、トレドの街の外周を一周する観光バ ス(因みに蒸気機関車の形をしている)に乗ります。街そのものが城塞というこのトレド ですが、確かにそのとおりなり。

さて、トレドからマドリッドへ戻るときが大変でした。大渋滞に巻き込まれてしまったのです。 行きが1時間だったのに帰りは2時間30分もかかるなんて…(汗)。
マドリッドに帰り着いたのは8時過ぎ。夕食は、日本食が食べたくなったので、「どん底」と いう日本料理屋に行きます。そこでバスターミナルからタクシーを拾ったのですが、この タクシーの運転手さんが大層気の荒いこと荒いこと(汗)。私たちにではなく、道を走る乗用車 やバスに「邪魔だ!どけ!」みたいな感じのこと(なのでしょう多分)をどなるのです…。イライラ の鉾先が乗客の我々に来たりしないことを心の中で祈っていました。祈りの甲斐あってか、一応 無事に「どん底」まで辿りつくことができました。

「どん底」で、まずキリン一番搾りを頼み(笑)、おつまみに野菜炒め・キムチ・ほうれん草の胡 麻あえ・あげだし豆腐を頼みます。いやはや、お国を離れて幾千里という異国の地で日本人の楽しみ を味わってしまいました。(^-^;) たまにはこういうのもいいかも。最後は焼肉定食でシメ、でした。



第三日目(マドリッド〜コルドバ〜セヴィーリャ)

ラド美術館へ行きます(実はここ、前日休みだったのでこの日を狙った というわけ)。以前プラドの作品群が日本に来たときに見たことがあるものもいくつかありましたが、 この日はそれらの作品と再会し、更にまだ見ぬ作品群とご対面することができました。
ゴヤの、「裸のマハ」「着衣のマハ」「巨人」は見慣れていたのですが、日本に来たときも その凄惨さに圧倒された「わが子を食らうサトゥルヌス」!! 何度見てもドキドキします。サト ゥルヌスのあのギョロッと剥いた目には、一生忘れられないようなインパクトがありますね。
そして、かねてからじっくり見てみたかった、ブリューゲルの「死の勝利」。そして、ヒエロニ ムス・ボスの「快楽の園」。この二つだけでももうおなかいっぱいという感じでありました。「死の 勝利」。死を前にして人間はみな平等というテーマをこれ以上強く描いた作品はおそらくな いでしょう。骸骨たちが無数の人間を狩り、捕らえ、連れ去っていくさまは、あまりに強烈に 我々の心にのしかかります。「快楽の園」。人間が純粋だった「過去」、人間が奢り高ぶって 快楽ばかり追い求めている「現在」、そしてそんな人間たちに待っているであろう破滅的な 「未来」が同時に描かれる。あまりにもシュールでかつ痛切な三部作といえましょう。

外から眺めたメスキータの大聖堂
プラドを堪能したあとは、スペイン新幹線AVEで、一路コルドバへ。コルドバは、後ウマイヤ朝 の首都だった古都で、最盛期には何と人口100万を数える巨大都市だったそうです。 しかし、到着してみると、聞いていたよりは意外とこぢんまりした街。古(いにしえ)の都、 といった風情でしょうか…。駅に到着して荷物をコインロッカーに預けたのち(このコインロッカ ー、お金を入れるとロックされると同時に、ロック解除のために必要な暗証番号を書いた紙が 出てくるという方式でした)、タクシーでメスキータ(巨大なモスク)のそばへ行き、 そして直射日光を遮った明るいパティオのあるレストランでゆったり昼食。日本における会社や学 校の昼休みとは違って、本当にゆったりのんびり、あたかも時間が遅く流れていくかのようです。

昼食後、メスキータに入ります。イスラム教とキリスト教が交じり合う この大建築、大聖堂のまわりの生い茂るやわらかな木々にも癒され、そして薄暗い大聖堂の 中にびっしりと立ち並ぶ柱、壁の装飾、草野心平の詩に出てくるようなサウンド・オヴ・サイ レンスの極みのような存在感といったものでありましょうか…。なかなか言葉では表しにくい。

カラオーラの塔から眺めたコルドバ風景
メスキータの後は、グアダルキヴィル川を渡り、カラオーラの塔とよばれる、コルドバを 見渡せる展望台に行きます。実はこの展望台、博物館でもありまして、ヘッドホンによる英語の 解説や、精巧につくられた都市の模型や人形など、かなり大したもの(イヴン・シーナーなど、 イスラム世界で活躍した学者たちの像が特に面白かった)。そして、展望台から 見下ろすコルドバの町並みは秀逸。グアダルキヴィル川がちょっと濁った色だったのが 気になりましたが…。(そういえば初めての海外旅行で立ち寄ったローマで見た、テヴェレ川も、 これと同じように結構濁っていたのですが、大丈夫なのかな…。)

カラオーラの塔のあとは、花の小道と呼ばれる、複雑に入り組んだユダヤ人街 に足を踏み入れます。メスキータのそばから小道に入ると、待っていたのは、白い壁の 両側に咲き乱れたカラフルな花たち。なんともかわいらしいものです。そして小道の向こう に聳え立つメスキータがなんともいい味を出していました。更にこの後、かつては カトリック両王の居城でもあったという、アルカサルという城の庭園にも行き、引き続いて 花を観賞。(笑) 美しい噴水と花壇を見ていると、F.Lisztの「エステ荘の噴水」が 聴こえてくるかのようでした。こんなところで一度昼寝をしてみたいものです…。

こうしてコルドバを見回ったのち、再びスペイン新幹線AVEに乗り、「カルメン」でも おなじみのセヴィーリャに到着。コルドバとは逆に、思ったよりも大きいと感じられた都市 でした。駅からホテルへタクシーで向かいます。(そういえば、タクシーの運ちゃん(若いお兄 さん)の運転がめちゃくちゃうまくて、びっくりしました。(笑)) 



第四日目(セヴィーリャ〜グラナダ)

ラメンコ発祥の地、セヴィーリャを見て回りました(フラメンコは いけなかったけど…)。コルドバを流れていたあのグアダルキヴィル川の ほとりを歩き、クーバ広場、マリア・ルイサ公園、そしてセヴィーリャ大学に行きます。 セヴィーリャ大学法学部の建物はその昔タバコ工場であり、ビゼーの「カルメン」において カルメンとホセがはじめて出会った場所です。カルメンやホセの姿が、 行き来する法学部の学生たちの姿にかぶって見えました。

ヒラルダの塔からセヴィーリャの街を見下ろす
一段落したのち、セヴィーリャの全景を見るべく、ヒラルダの塔と呼ばれる塔にのぼります。 「ヒラルダ」とは風見鶏の意味だそうで、塔のてっぺんに飾られた女性の像が風向きによって くるくる向きを変えることからこの塔の名前になったとのこと。慶長遣欧使節として1614年に スペインを訪れた支倉常長(支倉は「はせくら」と読みます)も、この塔からセヴィーリャの 眺めを見たというから、遠い歴史の息遣いを感じさせる塔です。

塔からおりて、暫くはお土産タイムにしようかなと思っていたのですが、 危うくシエスタの時間帯とぶつかって何も買えないところでした(汗)。そう、シエスタ の時間帯は、ほとんどの店が遠慮なしに閉まるのです。毎日毎日このシエスタが あるというのもちょっとどうかな…と一瞬思ってしまいましたが、そういう日本人も、 いささか忙しすぎるのかもしれませんね。

昼食は、イカリングと、牛の尾のステーキ。これがすごくおいしかったんです!!  どうやったらこのやわらかくコクのある味が出るんだろう?? こんないいものを毎日食べられる スペインの人たちがうらやましくなってきました…。

こうしてセヴィーリャをみまわったのち、鈍行列車でグラナダを目指します。昨日乗ったAVEに比べれば もちろんスピードは遅いものの、鈍行にしては思ったより速いなぁと感じました。アルメリア行きの 鈍行列車だったのですが、念のため同乗している若い女性に英語で「グラナダまで行きたいんだけど この電車で大丈夫?」と(英語で)聞いてみました。すると彼女は笑って「ええ、行きますよ」と(英語で(※))言 ってくれ、更に、小さな折畳式の時刻表までくれました。曰く、最果てのアルメリアまで行くそうで、 大きなリュックを持っており、ひょっとするとこちらでいう18切符erみたいな人だったのかもしれ ません。
車窓から見える景色は、ひたすら、オリーヴやオレンジの木。山らしい山が見えず、ずっと向こうまで そのオリーヴやオレンジの木でびっしり埋まった丘が続いています。そんな、まるで日本では考えられないような 景色の中を、電車は走りつづけました。やがて太陽が傾いてきます…。
3時間ほど走り、グラナダに到着。18切符erの女性にお礼を言い、電車を降ります。

夕食はパエリアを頼みましたが、これが1時間以上待たされてしまいました。(汗) 長い道中、 たまにはこういうこともあるのでしょう…。

(※ あくまで私の個人的な経験なのですが、ヨーロッパにおける英語の「通じる度」について。
ドイツでは、子供以外はまず通じると思ってよい、と思います。フランスも、ほぼ同じくらい。因み に、「フランス の人と英語で話そうとするとイヤな顔をされる」とはよく言われることですが、個人的には、その テのことは経験したことがありません。普通に英語でしゃべってくれると思います。多分。(笑)
スイスもまぁまぁ通じます。イタリアは、北イタリアは大体大丈夫なのですが、ローマ・ナポリ といった南イタリアでは大人相手でも通じないことが多かったです。そしてここスペインは…全然 通じません。(汗) 今まで訪れた中で一番通じない国でした。若い人でも、通じないことのほうが多か ったように思います。この18切符erらしき女性は寧ろ例外というわけでした。)



第五日目(グラナダ)

アルハンブラ宮殿から見たアルバイシン地区
ルハンブラ宮殿に行きます。外から見るととにかく広く、壮麗でしたが、 中に入って、更にその真価を見ることができました。壁の細かいアラベスクは、近寄ってつぶ さに見てみると本当にオドロキ。こんなに細かい模様を 彫るには膨大な時間と手間がかかったのでしょう…。まさに人類の叡智というべきものでしょうね。 (昔はこれに更に色がついていたというからなぁ…見てみたかった。)
中を見たあとはまた外へ出、宮殿の中にある展望台のようなところから、グラナダに残る「坂の 多い街並み」として有名なアルバイシン地区と呼ばれる地区を俯瞰します。あいにく曇り空だったの ですが、なるほど坂が多い綺麗な街並みです。お次はこのアルバイシン地区まで歩いていってみよ う。

まずアルバイシン地区のふもとまで行き、屋外にて昼食。イカリングがこうも柔らかくておいしいのは なぜだろう…。オリーヴの実がふんだんに入ったサラダも素晴らしい。ますますスペインの人たちが 羨ましくなってきたというものです。(笑)

そしてアルバイシン地区の頂上を目指します。このころからだんだん雲が晴れて日が差してきて、 アンダルシア地方特有の "灼熱の太陽" といった雰囲気になってきました。竹 之内豊がやっていたFinepix(富士写真フイルムのデジタルカメラ)のCMで出てきた ような白壁の中を、汗を拭きつつひたすら歩きます。そういえば 途中、お婆さんに(英語で)道をきいたのですが、そのお婆さんは(英語がわからなかったため)返事は すべてスペイン語で、その中で "アルバイン" と言っていました。 バにアクセントがあるものかなと無意識に思っていたのですが、それはあくまで日本人の勘に過ぎない ようで、どうやらシにアクセントがあるようです。結局身振り手振りで意思疎通し、自分たちの道が 合っていることを確認したのち、お礼を言い、再び歩き出します。

頂上付近のサン・ニコラス協会のそばにある広場に到着。先程とは逆に、アルバイシンから、アルハン ブラ宮殿を眺めます。そしてその右手に広がるはグラナダの全景。広場には、ギターのケースを 足元に置きつつフラメンコ・ギターを奏でる若者、日差しを手でよけつつベンチに寝転がる 女性、犬をはべらせている髭もじゃの男性…思い思いの昼下がり、です。のんびり、ゆったり…。アルベニ スの「アルバイシン」も、こんな風景を思い浮かべながら作曲されたのかも。

グラナダ駅を出発する前の寝台特急
こうして アルバイシンを見たのち、ふもとまで下り、アラビア的な雰囲気 の店が多い界隈でお土産タイム。このあたりは、アルハンブラの壮麗さとか アルバイシンの神秘的な雰囲気とかとは違い、行き交う人々の足取りも軽い、活 気溢れる街並みでした。あの推進力ある3拍子が心地よい、アウグスティン・ララ の「グラナダ」という歌が醸し出す雰囲気そのもの、といったところですね。この 旅をきっかけに私はララの「グラナダ」が改めて好きになったし、また、この 歌を口ずさむたびに、今でもグラナダの街並みを思い出します。

そのグラナダの、最後のひととき。デパートへ行き、ファストフード店で軽い夕食をとっ てから、人生初の寝台列車に乗るための準備として、ビールとミネラルウォーターとバナナを買い込み ます。(ミネラルウォーターが、2リットルで0.5ユーロ以下という異例の安さでオドロキ。)
グラナダ駅から乗るのは、グラナダ発バルセロナ行きの寝台特急。先程買ったビールを、 日本から持ってきた羊羹および柿の種をおつまみにして呑みます。そのうまいことうまいこと!! マ ドリッドの日本料理屋のくだりでも書いたことですが、遠い異国の地でもこういうことが できるというのは嬉しいものです。(あと、日本からおつまみを持ってくるというのは 今回が初めてではなく、狙ってやっています。(笑))

イベリア半島を駈ける、12時間の夜汽車。小刻みに揺れる客車の中で、私もいつしか夢の中です。



第六日目(バルセロナ)

いにバルセロナ到着。ありがとう寝台列車、さらば!! また会う日まで!!

バルセロナは、ここであえて書くほどのことでもない巨大都市でありますが、ふと、ドラクエ6で出てきた架空の 都市である「カルベローナ」のアナグラム(アルファベットを意図的に入れ替えて別の言葉に してしまうこと)であると気づきました。BarcelonaをCarbelonaというふうに、です。うー む、だとしたら、ドラクエ6でほかにもいっぱい出てくる都市名のモトネタは同じように 説明できるのでしょうか? サンマリーノとかシエーナとかは実在する都市だけど、ロンガデゼオ とかガンディーノとかのモトネタはどうなんでしょう?? 気が向いたときに一度考えてみたいとは 思っていますが、多分向かないかも(笑)。

閑話休題。バルセロナでは、まずホテルに荷物を置いたのち、モンジュイックの丘へ行きました。ここは、1992年に開催 されたバルセロナオリンピックの中心となった広場で、ロープウェイもあり、だだっ広い展望台 もあり、軍事博物館もありと、かなり盛りだくさんな広場です。前日のグラナダに似て少し霞が かかっている天候ではありましたが、高台からバルセロナの町全体を俯瞰するとはるか向こうに ハッキリとサグダラ・ファミリア教会が見え、反対側にはひたすら地中海が広がっていました。(マヨルカ 島はさすがにどんなに晴れていても見えないみたいね。)

丘をある程度徒歩で降りてからタクシーをつかまえ、またしても日本料理が恋しくなったので 日本料理屋の「小雪」という店を目指します。途中、道路工事の影響から大通りが 大渋滞となり、私たちの乗っていたタクシーを含め、車という車がクラクションを鳴らしまくる という光景が見られました。日本ではまずお目(耳)にかかれない光景ですね。そしてこの渋滞での 時間ロスにより、タクシー代はちょっぴり高くついてしまいました。(スペインのタクシー は、日本のタクシーよりも、料金の上がり方がこまめです。0.02ユーロや0.05ユーロ単位で、 10数秒ごとに上がっていきます。停車中もそうであるため、高くついていくさまが手にとるように わかってしまうわけですね。(汗))
やっとたどり着いた「小雪」ですが、なんと予約席だらけで入れず。(これほど超人気店だったとは 知りませんでした。) 結局日本食へのこだわりは捨てず、小雪のすぐ近くにある「天ぷら屋」という店で 牛肉の入った煮込み饂飩を食べます。肉質および椎茸の食感が日本における煮込み饂飩と全然 違いました。特に肉質は、日本のものより歯ごたえが過度にあるような感じ。素材そのものの違い というより調理法の違いに起因するもののような気もしますが、そのへんはどうなのでしょうね?

偉大なるサグダラ・ファミリア教会
昼 食後。待ちに待ったるバルセロナの象徴「サグダラ・ファミリア教会」を目指します。鬼才ガウ ディの創りしこの教会、今もなお建築中で、完成のめどは正確にはたっていない(100年後とも200年後 ともいわれる)というから、そのスケールには圧倒されますね。カサ・ミラ邸(これもガウデ ィがつくった曲線的な建築)の前を足早に通り過ぎ、見え始めた尖塔へ向けて急ぎます。

到着してみると、思ったよりも大きいのと、思ったよりもクレーン車があからさまに工事を していることにびっくり。(笑) エレベーターを使ってのぼります。因みに、螺旋階段を歩いてのぼる という選択肢もあり、そこを歩くと教会内の複雑な仕組みが手にとるようにわかってすごく面白い と聞きました。しかし今回は混雑状況により残念ながらパス。
のぼってみて初めてわかったこととして、尖塔の数の違いがありました。正面から見ると一 見4本しかないように見えるこの尖塔ですが、実は8本あります。ガウディは、キリスト の十二使徒を表すために12本の尖塔を作ろうとしており、しかもそれら を、「キリストの誕生の門」「キリストの受難の門」「キ リストの栄光の門」という、教会の持つ3つの門にそれぞれ4本ずつ配置させるつもりだったよう です。現在、誕生の門の4本と受難の門の4本、合計8本が建設済み、というわけ でした。
また、塔の随所に見られる、ごつごつした装飾や、インパクトある色合いは、まさに現 代建築といったところ。特に赤のカラフルネスは、眼下に広がるバルセロナの街並みを 象徴しているかのようでした。

こうしてサグダラ・ファミリア教会を見たのち、今度はタクシーでグエル公園へ。あの有名な カメレオンや、斜めになった支柱を見て回ります。公園自体がかなり高台にあるので、サグダ ラ・ファミリアを絶妙の角度で見られるかなと思いきや、公園中、どうにもそういう場所が 見つからなくて困ってしまいました。サグダラ・ファミリアを見ようとすると、どうして も、木やレンガなどが視界を邪魔してしまい、ハッキリ見える場所がないのです。ひょっと するとガウディは、わざとそういうふうに公園を設計したのかな?(笑) …そんなことを 考えつつグエルを散歩しているうちに、だんだん日が西に落ちてきました。

夕食は、タコ・イカのフライと、ステーキ。サラダはいつもどおりの、オリーヴの実が たくさん入ったものでした。



第七日目(バルセロナ)

ルセロナ2日目。そして、長かった旅も今日でおしまいという ことになります。本当に、旅行中というのは一日一日が長く感じられますね。

この日は、時間が許す限りひたすら観光スポットを次々とまわっていきます。まず、ピカ ソ美術館へ行きました。すでに見たことがある絵もわりと多かったも のの、あまり見たことがなかった点描法による絵を見られてよかったです。特 に、「マルゴット」の熱い視線が忘れられないですね。
グエル邸は、中には入らなかったものの、概観を見ました。カタルーニャ音楽堂には、 中に入ってみると、ポリーニやらヴォロドスやらといった大物のコンサート案内が 掲げられていました。時間があれば是非とも聴きにいきたいものです…。そして、かねて から行きたかった、アルベニスのピアノやカザルスのチェロが展示されているという 音楽博物館!!…は、行ってみたところメンテナンス中で、あと数ヶ月の間 は休館する予定とのこと。(悲) 次にバルセロナに来たときは絶対に行く!!と心の中で 誓うのでした。

お土産タイムののち、タクシーでバルセロナの空港へ。私は心の中でこう唱えていま した。「スペイン。また来るからね!!」

帰りは、行きと同じようにアムステルダム経由なのですが、バルセロナ〜アムステル ダムで乗った飛行機が大変でした。濃い霧の中、吹きつける強風にあおられ、機体はぐ らぐら揺れて、さすがに心配になってきました。やがて雨の降りしきるアムステルダム空港 が見え、大きな衝撃こそしましたが何とか無事着地!! 乗客たちは万雷の拍手をしました。
アムステルダムから成田までの飛行機は、うってかわって、ゆったりとした優雅な 空の旅といったところ。



第八日目(〜アムステルダム〜成田)

行機の中で、アイルランド人一家を描いた心温まる映 画、「三つのお願い」をみました。ちょっと泣きました…。黒人マテオ の、「おれはエイリアンだ」というくだりが忘れられません。黒人に冷たい社会 というか、もっといえば、浮世の世知辛さというものを小さな少女に諭し、そして 貧しい家族のために出産費をすべて払ってくれて、死んでいったマテオ。強 く印象に残った、切なく、そして心温まる映画でした。莫大な 制作費を投入して派手さをウリにするアクション映画ももちろんいいけど、こうい う、質素で、語るものがあるような映画のよさも、大切にしていきたいですね。

最後の最後で旅の話からそれましたが(笑)、私の3回目のヨーロッパ体験、スペイン旅行 はこうして幕を閉じたのでした。
さて、4回目はどこにしよう??


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