生没年記憶法

必殺!? 生没年記憶法―――私の場合

ドストエフスキーは1821〜1881。
トルストイは1828〜1911。
アレクサンドル・デュマは1802〜1870。
ロマン・ロランは1866〜1944。
ラフマニノフは1873〜1943。
フォン・ノイマンは1903〜1957。
アインシュタインは1879〜1955。
ウラディミール・ホロヴィッツとサルバドゥール・ダリは1904〜1989でいっしょ。
…いちお、暗譜で言えます。

そう、実は私、伝記のみならず歴史関係の本とかによって偉人の生没年をいつのまにか記憶してしまう習性が少し あるんですよ。(笑)
で、今回はそのメカニズムについて、ちょっぴり考察してみました。

どうやら私、人の生没年だけでなく享年まで覚える習性を持っているようです。 というか、生没年がテレビや本で出てくると、無意識のうちに享年を頭の中で計算しているよ うなのです(勿論、享年がテレビや本に表示されればそれを覚えますが)。こうして、生年、没年、 享年のみっつを覚えておくと、どれか一つがおぼろげになっても逆算が効くというわけ。ラフマ ニノフの場合、私は「彼が70歳で亡くなった」ことと「1943年に亡くなった」ことを覚えており、 生年はちょっと思い出せなかったのですが、1943から70を引いて即答できたのです。
この、享年まで覚えておくという手法は、人間の一生という大変短いスパン―――それだけに 「強い思い入れの余地を持つ」傾向にある概念―――と密接に関係していると思われます。例えば、 ディヌ・リパッティという若くして亡くなった鬼才ピアニストがいましたが、彼は「1917年に生まれ」、 「33歳の若さで」亡くなっています。生年と没年は忘れやすくても、人間の年齢という「自分が思い 入れを起こしやすい」―――例えば「なんてことだ、こんなに若くして亡くなるなんて」とか「おお、 長生きしたんだね、よかったよかった」などと―――数値は、一度覚えてしまうとなかなか忘れないものなのです。 というわけでリパッティは、1917年に生まれ、1917+33年すなわち1950年に(と暗算 する)、33歳の若さで亡くなった(原因は悪性のリンパ腫だった)、と完璧に答えられるのです。

こういう風に、「覚えやすい尺度を取り入れる」という覚え方は、意外と無意識にやっているよ うな気がします。つい最近の出来事を、自分の人生においても捉え、「その頃自分は何をしていたか」 という意識でもって概括する、ということ。有限の命なのだし、そういう自分なりの捉え方で長く 続きゆく世の中を掴むやり方もアリかもね。


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