児童文学家・今江祥智

児童文学家・今江祥智

今江祥智(いまえ・よしとも)。今回はこの人について書いてみます。

今江祥智(1932〜)とは、児童文学および翻訳を本職としている人で、最近は英語の絵本などの 翻訳を主にしていらっしゃるようです。ですが、私が思うにこの人の真骨頂は、 絶妙の諧謔と悲哀と感傷を秘めたる奇抜な著作―――児童文学―――だ と思っております。知名度がものすごくあるというわけではないけれど、 その独特の風味は今も、私を大いに唸らせ、感動させ続けております。

思えば中学三年のころ、私はいわゆる図書館小僧でして(笑)、一人でいるときの暇つぶし といったら必ず、図書館でいろいろな本や資料を見ることでした。そんな中図書館にて ふと出会ったのが、「今江祥智の本全22巻」(実際はもっとある) という、本棚にずらりと並んだハードカバーだったのです。
あっこの人、名前は聞いた事あるぞ、と思いました。中学受験のころ、過去問で この人の文章を読んだことがあったのです。なんだったかなあの人の文章…そうだ、 「ぼんぼん」というタイトルだったぞ!!

こうして、私と今江祥智全集とのお付き合いが始まりました。処女作である「山の向こう は青い海だった」、異色作「水と光とそしてわたし」、どきどきわくわくが続く「海賊のうたが 聞こえる」、などなど、その多くが「児童文学」の名のとおり小学生あたり向けの本なのですが、 主人公の子供たちが非常に生き生きと、子供なりに行動し、考え、悩み、そしてそれに 打ち克つ姿が、強く私の心を打ちました。そして、その中に、 「子供の冒険、成長、そしてそのけなげさ」という深遠なテーマが浮き彫りにされて くるのです。確かに名前は「児童」文学だけれど、大人でも楽しめるような 深みを持った素晴らしさが、ここにあるといえましょう。

そしていろいろ読み進めるうちついに、前述の「僅かに読んだことがあった」作品、「ぼんぼん」 を読むことになったのですが、 これは六部作の第一部であるということを知って改めて驚きました。小学生のころ わけもわからず一部だけ読んだ文章の冒頭が、実はこんなに壮大な児童文学の扉に 繋がっていたなんて!! 人生の奇跡、ただ一度の不可思議な邂逅。私は背中がぞくぞく してくるのを感じていました…。

私はもう無我夢中で、「ぼんぼん」「兄貴」「おれたちのおふくろ」「牧歌」という 四部作を読み、引き続いて「優しさごっこ」「冬の光」という二部作を読みました。 (世間一般では、前者四つと後者二つはベツモノという評価がなされているようですが、 本当は、六つすべてが繋がったストーリーを形成していると考えるべきでしょう。)
そしてその後も私は彼の著作を、短編・長編の区別なく読み通し、結果、 人生で初めて、「一人の人が書いたものを(ほぼ)すべて読み通す」ということを達成し たのでした。

すべての作品に関するレヴューを書いていたらスペースが足りないので割愛いたしますが、 ともあれ彼の作品の素晴らしさは、生き生きとした子供の成長を、時には おもしろおかしく、時にはしみじみと、描き出している点であると思います。
みなさんに推薦するならば、やはり彼の持ち味が一番出ているものとして前述の 六部作、その中で一つを挙げるとするならば「優しさごっこ」でしょうか。是非一度 お試しあれ!!

P.S.
「優しさごっこ」のストーリーをちょっとだけネタ晴らししてしまいましょう。
この作品は、離婚によって父子家庭となった父(今江祥智自身がモデル) と娘(彼の娘さん(今江冬子さん)がモデル。小学校二年だったかな?) の間の、ほのぼの&しみじみ とした話が中心となっています。小学校二年の女の子には離婚という重いものが まだわかりにくいのだけれど、次第に彼女は自分なりにそれを理解し、そして父も そんな娘のことを理解し、二人ともまだまだ不器用ながらお互いに優しく接し合って 一生懸命生きてゆく……そんなストーリーです。
優しさ「ごっこ」というのは奇異なタイトルに感じられるかもしれませんが、 「まだまだ不器用だけどお互いの優しさを感じて生きてゆく」、「"優しさ"というには まだ不器用な"優しさごっこ"」とまぁそういうことなのです。 このタイトルのセンスにも私は感心しています。
(因みに、この優しさごっこには続編があります。「冬の光」と、「紙のお月さま」 の二冊。こちらもぜひお試しあれ!!)


戯言だらだらに戻る?

このページに関するご意見・ご批判等は、

かっちゃんzhuangzhou@nifty.com
までお願いします