第二話 野球帝国の凱旋

野球帝国の凱旋

私の名は「奉牟 蘭(ほうむ らん)」。41歳。高校生になる一児の母であり、弁護士の夫を持つ主婦だが、仕事もやっている。職場は東京ドームであり、毎日観客にビールやピーナッツを売る、いわゆる「売り子」である。この仕事を始めてもう十年以上が過ぎ去ろうとしている―――しかし!! 平凡な生活を送っていた私、いや我々の中にかねてから煮えたぎっていた「野球熱」を強烈に呼び覚ました十数年前のあの「革命」は、今でも私の脳裏に深く残っているのだ、その印象が薄れてしまうことはない……。今現在が西暦2014年だから、あれは14年も前になるのか。忘れもしない西暦2000年のある日のこと。

―――号外!! 号外!!

買い物のため渋谷に来ていた私は、号外の鋭い声を耳にし、何があったのかと思った。今までの号外のような、ありふれたものではなかったような気がしたのだ。そう、それは、日本というこの国において、「最も起こるはずのないはずだった」大事件だったのである。号外の記事には、次のような文字が大きく書き綴られていた。

「日本野球連盟が武装蜂起!!!」「それに呼応しプロ野球12球団の本拠地をはじめ日本各地で一斉に膨大な野球ファンたちの暴動!!!」「星陵高校、PL学園、仙台育英高校、天理高校など高校生ら、徒党を組み各地方都市へ進撃」「国会議事堂、野球義勇軍により占拠さる!!!」「臨時政府樹立宣言」「巨人軍戦車部隊とヤクルト爆撃飛行隊の暗躍」「関西では、メガホンを手にとる阪神歩兵機動部隊、そしてオリックス・近鉄連合艦隊の大阪湾からの砲撃」「福岡では、韓国球団による軍事介入も?」「第一次野球連立政権の発足か」

当初は、全く信じられなかった。世界で一番クーデターなど起こるはずもないような国で、よりによってクーデターが起きてしまったのである。しかも、クーデターの主体は何と野球選手(!!!)なのだ。

だが、号外の記事から目をあげた私の視界に、途轍もないものが飛び込んできたのだった。

雷のような地鳴りとともに、渋谷の道玄坂を、巨人軍の「ジャビットくん」の旗を翻した戦車部隊が長い列をなしグングン進んでくる!! そして戦車のコックピットから顔を出して双眼鏡で遠くを見渡している人々……それは巨人軍の選手だ!!! 松井がいる、高橋がいる、上原がいる……しかも全員迷彩服でなくいつもとかわらぬユニフォームを着ている!!! もはや疑いの余地はない。日本野球革命が勃発した!!

かくして、私達は、全国民が原則として野球に関わる仕事に従事する、「野球国家日本」の臣民となったのだ。

しかし当初は、野球政府にも至らないところがあったかもしれない。たとえば、息子が幼かった当時のこと。革命の反動を恐れた野球政府は、野球以外のスポーツ全般に対し、「政府打倒の意気を促す危険思想」として徹底的な取り締まりを敢行したのだ。これのおかげで、サッカーや相撲やバスケなど野球以外のあらゆるスポーツは全面的に禁止、それに関連する雑誌や本などのメディアも発禁処分となり、街角で子供が相撲をとったりサッカーのリフティングをしていたりしようものなら、政府おかかえの特高警察隊が飛んで来てだれかれかまわず連行してしまうのである。こんなこともあった。私が目をはなした隙に、息子である允(いん)がいつのまにか庭でビーチボールで遊んでいたのだ!!

―――こらっ、いけませんっ!!

私はすぐさまビーチボールを取り上げると、押し入れの奥深くに隠してしまったのだった。

しかし、この苛酷な取り締まりにはさすがに反対の意見が多く、翌年の国会でこの恐ろしき「治安維持法」は撤廃されたのだった。それ以後は、野球政府もなかなか穏健化し、翌々年に「日本野球憲法」という平和憲法の発布&施行をするなどのこともあり、国民全体からおおいに支持を得る結果となったのである。

そして、今に至る。

私の一日は、朝一杯の牛乳、いや、オロナミンCと、スポーツ新聞、そして息子の寝ぼけ眼から始まる。

―――かあさん、弁当、弁当は!!

―――何いってるの、今日は土曜日じゃない。

―――あっ、そうだったっ。

―――今日の授業は何?

―――ええと、一時間目が野球史だろ、二時間目は変化球解析数学、三時間目は……野球実習、で四時間目が現代国語。今週刊ベースボールの記事についての感想文の宿題が出てるんだ。

―――大変ねぇ。じゃ、今日もがんばってね。いってらっしゃい。

―――いってきまーす!!

元気な息子の笑顔は、私の心をなごませてくれるものだ。

私の夫で弁護士である月(げつ)は、今仕事のため家を離れている。今ごろは、数年前誤審容疑で逮捕された審判に関する裁判で、野球のルールブック片手に法廷で熱弁を振るっていることだろう。

そして私は、今夜開かれる東京ドームの試合に向けて、家でじっくりと休養するのだ。目を閉じれば、いつでも、あの野球ファンたちの大歓声が聞こえてくる……。


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