かねてから行きたかった東ヨーロッパ、特に音楽の都ウィーンに、ついに行くことができました。(*^-^*) 近隣の東ヨーロッパの国を一通り回りましたが、ポーランドはあえてまたの機会(=ショパンコンクールの開催される時期)に、ということで。(笑)
第一日目 (成田〜フランクフルト〜プラハ)
第ニ日目 (プラハ)
第三日目 (ブダペスト)
第四日目 (ブラティスラヴァ〜ウィーン)
第五日目 (ウィーン)
第六日目 (ザルツブルク〜ミュンヒェン)
第七日目 (ミュンヒェン〜)
第八日目 (〜成田)
第一日目 (成田〜フランクフルト〜プラハ)
今回の旅の相棒は、会社の同期の友達。大学時代には山岳部にも所属した、健脚の持ち主です。というわけでか、今回の旅は結果的に、街歩きの多い旅となったのでありました。
プラハを歩きつくす日です。プラハは、大きな道路が比較的少なく、歩くのに適した街ですね☆
特急列車は、プラハを出て、ブルノを過ぎ、スロヴァキア領更にはハンガリー領に出ます。…が、プラハを出て間もないくらいだったでしょうか、夜中に、突如がくんという異音がして、列車が急に減速しました…。私はそのとき夢うつつだったのでよくわからなかったのですが、そのときハッキリ起きていた友達曰く、あれはきっと置き石だろうと。(汗) というわけで、このがくんを境に、列車は定刻より大幅に遅れることになります…。
移動が中心の日。ホテルで朝食をとりチェックアウト後、すぐに特急に乗り、ドナウ川にほぼ沿う形でスロヴァキアの首都ブラティスラヴァへ。国境を越えるときにはハンガリー人の車掌さん(男性一人)に、スロヴァキアに入るときにはスロヴァキア人の車掌さん(男女ペア)にパスポートを提示しました。因みに友達曰く、「やはりハンガリーの人ととスロヴァキアの人で顔つきが違うねぇ」。天気は曇りでしたが、車窓からの牧歌的な風景に本当に癒されます。(*^-^*) ちょうど菜の花のシーズンで、一面の菜の花畑が特に綺麗でしたね。
ウィーンを更にまわる日です。体中に鳴り響くのは、あの「第三の男」のテーマ♪
朝は早起き、ウィーン西駅から特急列車に乗って、一気にザルツブルクへ向かいます。(チケットは昨日ハイリゲンシュタットへ行く途中のウィーン西駅で買ってありました) 因みにこの日も天気は思わしくない…(悲)。ザルツブルク駅に到着したときはかなりの強い雨。
昨日の大量飲酒で二人とも随分腰が重く(笑)、10時くらいに漸くホテルをチェックアウト。市庁舎や、聖母教会の塔からのミュンヒェン市街などを軽く見て、13時くらいにはもうミュンヘン国際空港から帰路につきました。(ミュンヒェンから成田への直行便が実はあるのです) 因みに私は、先のテロ未遂事件の影響で液体の手荷物が禁止になっていたのをころっと忘れていて、ザルツブルクで買ったチョコレートリキュールを再び機内に預ける手続きをしなくてはならず、少し手間取ってしまいました…。
朝10時に成田着、帰ってすぐに寝ると時差ボケ解消が遅れそうと判断、19時ごろまで寝ずに頑張ってから寝ました。(笑) すると次の日意外と頭が冴えていて、これは的中かなと☆ 次からこうすることにしよう。
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朝8時に成田集合、いきなりですがこれがなかなかきつい。私は横浜市の自宅から向かうのですが、朝4時起きです。まぁ成田エクスプレスを直前に予約しようとしたが満席で、エアポート快速に乗る羽目になったからなんだけど…。(汗) というわけで成田着、友達と合流してチェックインを済ませ、9時55分成田発ルフトハンザ航空でフランクフルトへ。因みに、ゴールデンウィークのなかばだったとはいえ飛行機は満席で、そのためか、友達と隣同士の席にしてもらえずばらばらの席でした…。あと、日本上空の気流がかなり乱れており、少しだけジェットコースター状態(汗)。
フランクフルト着、約1時間半の乗り換え時間で、すぐにプラハへ向かいます。12時間も乗っていると、フランクフルト〜プラハの1時間なんてほんとあっという間に感じてしまいます。
プラハ着、まだ夕方17時です。(日本ではもう夜中か…) タクシーは料金トラブルが多くて厄介ということを聞いていたので、バスで市街まで行くことに決めてありました。バスの終着駅からトラム(市電)に乗り換えるのですが、この市電網の複雑さに少し驚きました。今まで訪れた都市の中で一番本数が多い&複雑かも?? 2位はアムステルダムかな。そして、今までの旅行でも殆ど見たことがなかったトロリーバスがたくさん走っています。旧東側諸国だと結構多いと聞いたことがあったのですが早速見ることができました。
こうして市電に乗り、直接ホテルまで行ってチェックイン、わりとすぐに就寝。
第ニ日目 (プラハ)
天気は雲ひとつなく晴れ。まずプラハ本駅まで歩いて行き、荷物をコインロッカーに預けてから歩き始めます。新市街のヴァーツラフ広場を横切り、火薬塔をくぐり、旧市街広場へ。残念ながら広場のヤン・フス像は工事中でしたが、天文時計の塔にのぼり、プラハ市街を眺めました。これがまた格別で、赤い屋根がこれほど向こうまで乱れず続くさまは、他の欧州の都市でもなかなかないように思えます。フィレンツェやヴェネチアも赤い屋根がずっと向こうまで続く美しい景観でしたが、これほどではなかったかも? あ、あと天文時計の豪華絢爛なさまはきいていたのですが、きりの悪い時間帯だったので残念ながら動くところは見ることができませんでした。でも、時計の下に並んで写真をとる観光客たちは相当多かったです。
この後、ユダヤ人がかつて多く住み、シナゴーグなども残っているユダヤ人街を通り、ヴルダヴァ(日本人にとっては「モルダウ」のほうが馴染み深いかな)の畔に出ます。ヴルダヴァ川は、思ったよりちょっと濁っていました…(汗)。
ひとまずヴルダヴァを渡って向こう側に行き、かの有名なカレル橋に行きます。(のちにこのカレル橋を渡ってこちら側に戻ってきます。) 予想通り、たくさんの観光客でごった返していました…。橋の両脇の銅像群、これも様々な姿勢と表情をしていて面白いです。そしてやはりいました、路上演奏者☆ 乾いた蒼穹の下(もと)で、トランペット・サクソフォン・マンドリン・コントラバスという異色のアンサンブルに、私たちを含めた観光客たちは聴き入ったのです。
カレル橋を渡って東側の岸辺へ引き返し、そして昼食のひととき。地元でも有名というチェコ料理屋にいきます。いただいての感想は…まず、肉が中心で塩辛く、量が多いこと。クネドリーキという蒸しパンのようなものを、ディッシュで残った塩辛い肉汁につけて食べる、これが何とも美味。チェコのずっしり重いビールによく合うのです!!
お次はお待ちかねのドヴォルジャーク博物館というわけで、市電に乗り、行ってみたのですが…何と昼休みとのこと。(汗) 仕方がないので先にプラハ城を見ることにします。
市電でとって返す形で、プラハ城の最寄り駅まで行き、城内まで徒歩ですぐ。城はかなり広かったですが、見所はわりと集中していて、数多くの観光客で賑わっていました。特に高いところへは登らず、ひととおり歩き回って、最後は人通りで混雑している長い石段を降りて終了。高い石段からのプラハ市街の眺めはまた格別ですが、ひとつだけ大きいクレーン車があって気になったのが少し残念…。(仕方ないか)
そして、先ほど昼休みのため入れなかったドヴォルジャーク博物館へ、市電で引き返しました。比較的小さな家の1階・2階からなり、彼の生涯を綴った説明書き(あとで係員に返却する)を片手に彼のゆかりの品を見て回ります。思ったよりも入場している人が少なかったけど、彼の使ったピアノやヴィオラ、鞄やコートなども展示されており、昨年のグリーグに引き続いたひとつの巡礼をした気分。(*^-^*)
お次は、日本でも名の知れた画家ミュシャの美術館に行きます。いわゆるミュシャっぽい絵ももちろんたくさん見ることができましたが、チェコの民族衣装を描いた作品など、日本でのミュシャのイメージとはちょっと異なる作風の絵も初めて見ることができてよかった☆
この後カフェに入って少し休憩してから、待望のコンサート探しに出かけます。(*^-^*) プラハは、毎日そこここの教会などでコンサートが行われる街でありまして、是非行こう!ということにあいなったのでした。で、チケットセンターに行き、受付のお姉さんと英語で話し、「今から場所的に・時間的に間に合うコンサートはあります?」というすごい質問をして(笑)、決定。…しかしここからがちょっとハプニング。コンサートの場所は「聖ニコラス教会」というところなのですが、いざ行ってみると全然そんなコンサートをやっている様子は見られず…。私も友達もちょっと慌てました。(汗) チケットセンターへ引き返して先のお姉さんと問答しているうちに…やっと真相がわかりました。聖ニコラス教会というのは実は二つあって、コンサートをやっている聖ニコラス教会というのはもっとずっと遠いほうの教会だったのです。間に合うはずのないコンサートを紹介してしまったということで、お姉さんは sorry, it's my mistake とおっしゃり、同金額の別のコンサートを紹介してくれました。これにて円満解決。
新たに紹介してもらったコンサートは20時開始で、まだ少し時間があるので、おみやげタイム&夕食にしました。で、この夕食がすごかった。ラグビーボールくらいの大きさの肉の塊です!!! いやほんと。驚きです。(@o@) 結局全部食べたけどね…。(笑)
教会コンサートは、ヴァイオリン・オルガン・ソプラノによるものでした。バッハのトッカータとフーガニ短調(鼻から牛乳ですね(笑))、シューベルトのアヴェ・マリアなど、わかりやすくて馴染みの深い曲が多いのもよかったし、そして教会の敬虔なたたずまいに音色が溶けあって何とも神秘的でしたね。貴重な体験。通常のコンサートと異なる点は、演奏者は聴衆の前には立たず、聴衆の背後の高いところにいて演奏することと、聴衆がよく大学の教室にあるような固定の机に座って聴くことかな?
コンサートが終わるとあたりはもう真っ暗。徒歩でプラハ中央駅まで行き、夜行列車に乗ってブダペストを目指します。因みに駅の発車メロディはスメタナのモルダウでした。
そういえば駅の行き先表示パネルに、モスクワ行きの特急列車とかが載っていましたが、日本じゃ考えられないようなスケールの大きさですね…。丸2日くらい走り続けるのでしょうね。
第三日目 (ブダペスト)
ブダペスト到着は7時53分の予定だったのですが、何と遅れに遅れて11時頃着でした。(T_T) まぁ、これも旅さ!
因みに東欧諸国は、シェンゲン協定に加盟していない国が多いため、国境を越えるたびにパスポートの提示が必要になります(注:2007年5月時点でのことです)。というわけで、チェコ〜スロヴァキア間、スロヴァキア〜ハンガリー間で二度パスポートを車掌さんに提示。本当なら国境を越える二回とも夜中だったはずなのですが、列車が遅れたため両方とも朝になってからでした。
ブダペストKELETI駅に到着。まず、駅で次の日の特急チケットを買ってから、ホテルに行き、チェックインします。ホテルに行くとき地下鉄に乗ったのですが、この地下鉄がかなり汚かった。(汗) というか、古ぼけていました。外部は錆びとよごれがひどいし、内部は薄暗いし、がくんがくん揺れは激しいしと、日本の地下鉄に慣れてしまった身としては正直不満もあったのですが、現地の人たちはまるで平気な顔をして乗っています。
チェックインして再び行動開始したのは12時過ぎ。まずはゲッレールトの丘という、ブダペスト市内を一望できる丘を目指しました。地下鉄でドナウ川の近くまで行き、あとは歩きです。ドナウを渡る橋が見えてきたあたりで、遅い昼食。ハンガリー料理もやはり肉が中心で塩辛くて何とも美味、フォークが進みます☆
橋を渡ってゲッレールトの丘に登りました。かなり長い登り道をずっと歩かねばならなかったのですが、そこは二人とも健脚の持ち主、特に苦もなく登れました☆ 天気は曇りだったけど、ドナウの両岸ブダとペストの街並みは私たちに微笑んでくれたのでした。
そして丘を降りて、今度は丘の北にある王宮を歩いて目指します。ここでも二人は健脚の持ち主、ケーブルカーでも登れたのですが歩いて王宮まで登ってしまいました。(笑) 王宮内も、有名な「漁夫の砦」も、ドナウを挟むブダペストの街並みをひとめ見ようと、たくさんの観光客でごった返していました。
この後は、ブダペストの象徴のひとつであるくさり橋(ここも観光客がよく写真を撮っている)を渡ってホテルに帰り、ゆっくり休みます。列車が遅れたため観光の時間が随分少なくなってしまったものの、ブダペストをひたすら歩きまわった日、これもまた一興。(*^-^*) 今度行くときは、リスト音楽院およびリストの家に行ってみたいものです。
第四日目 (ブラティスラヴァ〜ウィーン)
スロヴァキアの首都ブラティスラヴァに到着。駅前からの印象は、自動車やトロリーバスが行き交う、なかなか忙しそうな街といったところ。駅から南へと歩き、ドナウのほとりにある水中翼船の乗り場を目指します。大通りを南下する途中、スロヴァキア大統領官邸があったので二人で記念写真も撮りました☆ ホワイトハウスっぽさのある建築。
ブラティスラヴァ城の麓の細い歩道(車道に面していてちょっと危なかった)を通り、大きな教会の敷地内を突っ切り、公園の中を通って漸くドナウのほとりに出ました。今度はドナウに沿って歩き、埠頭に到着しました…が、ここからがちょっとハプニング。埠頭についたつもりだったのですが、どうやらブラティスラヴァとウィーンを結ぶ便の会社は2つあって、この埠頭から出る便は我々が予約していたのと別のほうの便とのこと。船の出発時間まであまり余裕がないので、正しい場所をすぐに聞いてそこへ向かってはや歩き。最後のほうはちょっと走ったかな…。で、何とか無事間に合いました、よかった〜。
船は水中翼船で、以前乗った「ビートル号」(博多〜釜山)をもっと大きくしたような感じ。で、いざ出航するとグァーンという轟音を立てて驀進、残念ながら「美しき青きドナウ」の雰囲気とは言えないのですが(汗)、まぁこういうのもいいでしょう!(*^-^*) 船はすぐにオーストリア領に入り、鬱蒼とした深い森、山の上にそびえ立つ古城などを岸辺に見ながら走り続けます。さらばブラティスラヴァ、1時間半という短い滞在だったけど楽しかったよ!(^-^)/~~
走ること2時間弱、船はやがてウィーンの市街に入りました。かねてから訪れたかった、音楽の都ウィーン! ドナウのほとりでの入国審査を済ませ、桟橋に足を踏み降ろしたあの瞬間は何とも言えず感慨深いものでした。
地下鉄でホテルへ行きチェックイン。(ホテルの場所がなかなか見つからずちょっと苦労しました) そして、まずはウィーンの象徴と言われるシュテファン寺院へ行きます。なるほど他の建造物に比べて明らかに年季の入った外観。人通りの多いウィーンの中でも特に混雑しており、寺院の中は観光客だらけの状態でした。
そして夕食。シュテファン寺院からほど近い、ビール醸造所の直営というビア・レストランで乾杯です☆ ここで呑んだビールがまたおいしかった! 無濾過で白濁している、酵母の生きたビールで、クリーミーな泡の口ざわりもGood。
店を出るともう夕暮れ時。この後は王宮やオペラ座といった名所をひととおり歩いて見、モーツァルト像の前で写真を撮ったりしながらホテルへ帰ったのでした。
第五日目 (ウィーン)
まずはシェーンブルン宮殿、あのオーストリア・ハプスブルグ家の離宮に行きます。残念ながら天気は雨模様…。傘をさしつつ地下鉄の駅へ歩いていきます。地下鉄を乗り継いで最寄駅に到着、我々を待ちしは雨と霧に包まれたシェーンブルン宮殿…、これもなかなか乙なものと開き直る二人なのでした。(笑)
宮殿内部に入り、音声ガイド(やはり日本語があった)を聞きながらハプスブルグ家の人々の生活を肌で感じます。この音声ガイドがなかなか詳しくて、時間はかかりましたがよかったですね☆ 宮殿内部を切り上げたのち、相変わらず降り続く雨の中もめげず、庭園を歩き回ってみます。その中に、「巨大迷路」というものがあって面白そうだったので行ってみました。何だか懐かしい響きです。(こんなこと書くと年がばれますね。(笑)) 行ってみるとそのまんま、緑の垣根で作られた迷路。二人で協力して方向を推理し、わりとすんなりとゴールにたどり着けました。因みにこのゴールは高台になっていて、迷路でまさに今まよっている人のさまがまる分かりになってしまうのであります…。(汗)
迷路を切り上げてから、更に庭園を歩き続け、宮殿と庭園全体を見渡せる高台にある「グロリエッテ」に到達。相変わらず雨と霧に包まれた宮殿ではありましたが、高いところへ登ってきた心地よい疲れのもと、二人は爽快な気持ちで暫しの休息。
シェーンブルンの次は、ウィーンの北の郊外にある「ベートーヴェンの小道」へ、地下鉄を乗り継いで行きます。かの有名なハイリゲンシュタットの遺書ゆかりの地ですね。大学の頃ロマン・ロランの「ジャン・クリストフ」「ベートーヴェンの生涯」を読んでいたので、是非行きたかったし、行けてよかった。因みに地下鉄の最寄駅もそのまんま「ハイリゲンシュタット」でした。
ハイリゲンシュタット駅に到着したくらいから、やっと雨があがり、太陽が再び顔を出してくれました。よかった〜。昼食をとってから、まずハイリゲンシュタットの遺書の家へ行きます。人通りの少ない静かな住宅地の途中に、さりげなく立っている感じの小さな家でした。入ってみると観光客の姿は一人もなく、係りのおじさまが親切に応対してくれました。「あなたたち日本人だよね。これをどうぞ。帰る時返却してね」…渡されたのは、ハイリゲンシュタットの遺書全文の各国語版。難聴をはじめとする数々の逆境に屈する寸前だった、楽聖ベートーヴェンの人間くささが伺い知れます…。これまで彼の曲から感じてきたとおりのものでした。そして彼は乗り越える。
この後は、多々あるベートーヴェンの家のうちもうひとつの方に行き、彼の自筆譜やピアノなどを見て回ります。因みに多々あるのはなぜかというと、近隣住民とのトラブルが絶えず頻繁に引越しをしたためらしく、何と彼は生涯に渡って約70回も引越しをしたそうです。ハイリゲンシュタット近隣だけで、もしかすると5〜6個くらいベートーヴェンの家があるかもしれません。
そしてこの家を切り上げたあと、小川に沿った「ベートーヴェンの小道」を歩きました。ベートーヴェンはよくこの小道を歩きながら、曲の構想を練ったと言われており、時を超えてこの地を肌で感じることができて幸せです。(T-T) そして楽聖ベートーヴェンへの感謝の気持ちが、改めて胸の中にじんと湧いてきました…。ありがとう。
この後はトラムに乗ってウィーン中心部まで一気に引き返し、フォティーフ教会やウィーン大学などを軽く見て回ります。因みにウィーン大学の構内には勝手に入ってしまいました。(^-^;) 以前スペインのセヴィーリャを訪れたときセヴィーリャ大学(メリメ著「カルメン」におけるたばこ工場のモデルで有名)の構内にも勝手に入ってしまったので、これで2回目だな。(汗)
ウィーンを歩き尽くした体を、ホテルでゆっくり休めます。明日はまた移動日!
第六日目 (ザルツブルク〜ミュンヒェン)
それでもめげずにザルツブルクの街へ繰り出します。ザルツブルク市内の観光名所がこれ一枚でほとんど全部見られるという、「ザルツブルクカード」を駅構内で発行してもらってから、バスに乗って市街地へ向かいました。まず行ったのは、「サウンド・オヴ・ミュージック」にも出てくるミラベル庭園。雨の中ではありましたが、芝生の上にカラフルに咲き乱れる花と、遠くに望むホーエンザルツブルク城塞(あとで訪れます)とが同居した、素晴らしい景観。絵本に出てきそう☆
次に、最近復元が完了したという、モーツァルトの住家(Mozart Wohnhaus)に行きました。ここも先のシェーンブルン宮殿と同じように音声ガイドがかなり詳しく、少し時間はかかったけど非常に楽しめました。演奏旅行でヨーロッパ中を馬車で駆けめぐった足跡をたどる地図(LEDつき)など、モーツァルトの大活躍ぶりを示す展示が数多かったですね。やはり「18世紀のビートルズ」でしょうか? (*^-^*)
この後は、降りしきる雨で増水した川を渡り(汗)、旧市街へ足を踏み入れます。まずはモーツァルトの生家へ行ったのですがこれがかなり混雑。音声ガイドがなかったこともあり、わりと早めに見終わってしまいました。そして2つの塔を持つ大聖堂や、サンクト・ペーター寺院、その裏にあるカタコンベと見て回り、最後の仕上げとして先述のホーエンザルツブルク城塞にケーブルカーで登ります。残念ながらまだまだ雨は降っており、遠くの景色も霧がかかった状態ではありましたが、ここも音声ガイドが非常に充実しており、城塞内の展示物(城塞の建築過程や歴代城主のプロフィールなど)をじっくり見られてとても満足。
ケーブルカーで城塞を降りたところでおみやげを買い、そして市電でザルツブルク駅まで戻りました。ここから更にカールスルーエ行き特急に乗り、ミュンヒェンへ向かうのです。因みに特急のチケット販売機がオーストリア用とドイツ用両方があって、なるほど国境の街と納得。
5年ぶりのミュンヒェン、やはり大都会ですね。そして5年ぶりの巨大ビア・ホール「ホーフブロイハウス」、ホテルに荷物預けた後直行してしまいました。(笑) 5年前にも2日連続で行ったことがあり、人生3日目。相変わらずその雰囲気はすさまじいものがあり、友達も結構驚いていたようです。力強いブラスバンド演奏も健在。バイエルン人はほんとビール呑んでどんちゃん騒ぎというのが大好きなようで、毎日これなんだからオクトーバーフェストのときとかどれくらいすごいんだろう? 我々もロシア人夫婦や中国人旅行者たちと相席になり、あっという間に仲良くなり乾杯!! これが最終日、ぱーっと行こう!ということで二人合わせて6リットルくらいは呑んだかな…? ホテルに帰ってばたんきゅう、ぐっすり。
第七日目 (ミュンヒェン〜)
飛行機の中では例のごとくぐっすり。
第八日目 (〜成田)
ここまで読んでくださったかた、ありがとうございます m(..)m