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シエナ料理学院は都内高田馬場にある「文流」(リストランテ文流であり、出版社文流でもある)によるイタリア料理学校である。経営は同社とANSPIというイタリアのカトリック団体。日本人向けのプログラムが充実しているが、正直、日本人だけの企画、それも女性がほとんどというのは抵抗があった(自分も女性だが)。しかし、文流によるイタリア料理の本は以前から愛読していたし、検討資料として取り寄せたメニューの充実度高いことも気に入ったので、参加を決めた。
●場所
学校はシエナから車で30分程のチェンニーナというところにある。近くの街はサンタ・コロンバ。
チェンニーナの学校は敷地内にあるホテルを除けば、周りには何も無く、静かである。とても良い環境だが、ちょっと何か買いにそこまで、というのは出来ない。まあイタリアの田舎というのはこういうモノだ。週に数回はスクールバスでシエナの街に出たり、午後のプログラムに出かけるので、それ程不自由ではなかった。空気は綺麗だし景色も美しい。1ヶ月の滞在は私には快適であった。
午後、校外研修やイタリア語の授業がない時はブラブラと散歩をして過ごす。オリーブ畑や栗の木がたくさん。松は大きく、その松毬も巨大なのである。頭上注意!意外だったのは柿の木が多いこと。赤く実った柿をジッと見ていると日本にいるような気さえしてくる。点在する家々には人や羊等の気配はするものの、散歩している人は私以外だれもおらず、時折車が通るだけ。こんな山の中車でさらわれたり、猪に襲われるのもイヤなのでいつも後ろを気にしながら15分くらい歩いたら戻るというコースで、あまり遠出はしなかった。
●宿舎
古い建物を改造したドッシリした落ち着いた造りの宿舎は清潔で、広さも充分だった。電話もTVも付いているし、機能的。何より「イタリアなのに」熱い湯がたくさん出るシャワーは嬉しかった。部屋によっては大雨の後洪水が起きていたらしいが。
水はミネラルウォーターがたくさん用意されており、とても安心。いつも海外では水を買うのが重くて一苦労なのだ。ここ、チェンニーナではガス入もガス無しも飲み放題。空気は日本よりも乾燥しているので、毎日たくさん飲んでいた。私はガス入り派。
洗濯は洗濯場でしなくてはならない。古い建物は水道管を無理矢理つなげているために直ぐに詰まってしまうそうだ。しかし、設置してある洗濯機は高温洗濯ができるのでキレイになるものの、2時間半もかかるのが厄介だった。洗い上がりは部屋の中に干していたが、乾くのはとても遅かった。ベッドメーキングや掃除は日曜日を除いた毎日、カリメーラおばさんが来てくれる。床掃除等はあまりしていなくて、ちょっと雑である。
●研修生 この短期留学プログラムは今年からは募集の規制が無くなり「女性のための」という文字が消えていた。それでも女性限定だった名残りからか、参加者16名の内男性は2名のみという状況だった。参加にあたり特に資格はいらないので、全国各地から集まった料理愛好家からプロの調理師、私のような料理教室主宰等、職業も年齢も様々。16名は4つのグループに分けられ、週毎の当番につく。料理もこの班で仕事が割り当てられるのだ。
勉強する料理は主に家庭料理や素朴な郷土料理。時々ホテルや高級リストランテのシェフが登場するが、そういう時はたいていフランス料理の洗練された感じがチョイと入るのみ。全体的には特に難しいことはない。にも関わらず皆の動きは意外にも鈍く、最後まで器具の在り処を理解しなかったり片付けもしないままの人が多いのは悲しかった。初心者や愛好家レベルの方々には何も要求しないが、自分と同じ仕事にある人はせめて片付けや準備を率先して欲しい。言葉が分からなくても料理を仕事にする以上はある程度シェフ達の行動は予測できるはずである。そして短いとは言え、一応は勉強のための共同生活なのだ。年輩の同業者(とは絶対に呼びたくない)には正直、心底がっかりさせられたが、若手の女の子達はクルクルとよく動き、皆素直で良いコ達で救われた。人間、年齢ではないですね。
●朝食 朝食は当番が用意する。メニューは毎日決まっており、コーヒーを沸かし、パンや牛乳を温め、果物やヨーグルト等を出す程度。皆勝手に好きなものを食べる。私は毎朝甘いものがないとイヤなので、フィレンツェから買ってきたビスコッティを持参。それが無くなると、自分で作った。これは皆にも好評だった。作り方をしつこく聞かれたが、口ばかりで作りそうもない人達にはヒミツなのだ。
●普段の昼食と夕食 昼食は授業で作った料理を延々と2時間以上かけて食べる。大抵は夜に1〜2品回すのだが、時々作ったもの全てが並ぶこともあり、背中まで食べ物が詰まってしまうかと思う程だった。 皆でワイワイと食べる料理は多少失敗していてもおいしく、大皿を回しておかわりを奪い合ったりと楽しい一時。盛り付けられた料理を皆に行き渡るように計算しながら取り分けることは、実はとても大切で難しいこと。おしゃべりは子育て論や人生論・健康論等、結構普通のオバちゃん系の話が多かったが、黙って食べるよりはマシだ。席は毎回くじ引きで決める。日が経つにつれて皆の性格が明らかになっているので誰の近くになるかはその日の吉凶を決める重要事項だ。たとえ気に入らない人と近くになっても我慢しなくてはならない。そういう時は障りのない話を必死になって探してその場を過ごす。こうして忍耐をはじめとしたいろいろなことが自然に学べ、参加して良かったなあと心から思う。文句は多いけど本当です。 土曜日以外の夕食は主任教授のジャンルーカが作ってくれた。当番が決まっていたが興味のある人(もちろん私も)は毎日手伝っていた。彼の住むルッカの普段の料理が習えるからだ。シンプルだがとてもおいしい料理は、自分がいつも目指しているもの。残り物を上手に使うのもまた勉強になった(ルッカ人ってケチだなーとも思ったけど)。昼に食べ過ぎた日は軽めにしたり、良い材料があればそれを出してくれたり、なんだか家族になったような気分で嬉しいのだった。 昼も夜も当番は片付けながらの食事になって落ち着かない。ワインで酔っぱらっているのか、ただおしゃべりが好きだからか分からないが、当番であっても全然動かない(動けないのか?)人も多く、結局いつも洗い物に走り、残るのは私であった。決して洗い物が好きな訳ではない。できることはしないと気が済まない性分なだけだ。一応イヤミのつもり、そしてちょっと意地になっていたこともあって、最後までこれは続いた。こうして過ごしていると一日はアッという間に終わる。夜はメールのチェックをしたら直ぐに眠る毎日だった。海外でのメールのやりとりはとても嬉しいもの。オオッ日本ではもう雪かー、なんて。
●土曜の夕食 土曜日はジャンルーカの料理ではなく、当番の班が作ることになっている。なぜか作るのは皆和食だ。イタリアで和食…海外で和食を食べようとは一度も思ったことがない。でも何だか慣例の様なので仕方がない。私達の班も牛丼と茶わん蒸しを作ってしまった。牛丼なんて、今までの人生の中で1回、それも20年くらい前に食べただけなのに、こんなイタリアの山奥で作ることになるなんて!実はかなりショックであった。 私は子供の頃から「本だし」が大の苦手。これを使う段からまず匂いで具合が悪くなり、口に入れるともういけない。ここ、チェンニーナではなぜか皆ごく当然のように使っていたのが不思議である。皆、日本でも使っているのだろうか。という訳で土曜の夕食は自分が作る番も含めて3回とも苦痛の一言だった。カレーもインスタントのルウを使ったのはダメで、これまた野菜だけひろって食べる。一番おいしかったのは食後のリンゴ。皆には悪いけど、本当に辛かったのだ!研修中、食欲が無くなったのはこの時だけである。
●イタリア語 シェフ達は皆イタリア人なので料理の授業はイタリア語だ。ただし、素晴らしい通訳のモリタさんが細部に渡って分かりやすく訳&説明して下さるのでイタリア語ができなくても問題ない(問題なのは日本語すら理解できない一部の研修生だ)。自分なりに訳した不確かな部分を、モリタさんは確実なものにして下さるので、これは大変勉強になった。(他の学校では通訳だけしか出来ない通訳さんを何人も見てきたが、モリタさんは全然違うのだ。) でも、ほとんどの人は最初からイタリア語を聞こうとせず、直接日本語を聞こうとしていた。イタリアに来た以上はイタリア語は使うべきである。不得意ながらも自分の聞きたいことは少ない語彙ではあるがなんとか伝え、その答えを直接聞くように心掛けた。多少分からなくても、まずは自分の耳でイタリア語を聞くのだ。こういうのって大事だと思うんだけどなあ…なんで私がイタリア語を理解できるのか、皆は不思議がっていたが、こういうことの積み重ねで結構分かるようになるものなのだ。フランス語もこうしておぼえた。
料理とは別に週2回、イタリア語の授業も用意されている。講師はフィレンツェの語学学校リンガビーバから派遣されたグラマラスなセレナと巻き毛のサミュエル。8回の授業はまずクラス分けから始められた。簡単なイタリア語によるインタビューで、研修生の語学力が基礎か上級かを判断するのだ。 イタリア語の勉強をキチンとしている数名を除き、他の皆はゼロに近い状態だ。私は出発直前のラジオイタリア語講座のCDが良かったのかなぜか上級クラスに入ってしまう。フランス語とイタリア語は同じでは無いが、かなり似た部分があり、聞き取りや読むことは少しできるのだ。でも話すのはやっぱり難しい。 セレナ達の授業はとても面白かった。あまりにも「面白すぎて」彼等のゼスチャーで全てが理解できてしまう「言葉がいらない授業」なのであった。内容は料理用語主体であり、分かりやすい資料も配付され、なかなか良い経験になる。語学って面白い。 NHKのラジオ講座はオススメである。TVではなくラジオ講座。
●校外研修 平日の午後はほとんど毎日何かしらの予定が組まれていた。近くの山で栗拾いやキノコ狩りをしたり、またある午後はオリーブ摘み。近郊の街へ見学や、シエナの街に出掛けたり。個人ではなかなか出来ないことも体験できて良かったと思う。ハイライトはやはり蒸気機関車の旅だろうか。 ただ、街に出ると帰り道にあるコープ(スーパーマーケット)で皆の買い物に付き合わねばならず、1時間も待たされるのには参った。バスでの団体移動なので仕方が無いのだ。集合時間はキチンと決めておくのにそれを守らない人も多くてイヤだった。結局は買い物ツアーの延長なのか?と疑う程。遅れたらウソでもいいから走ってこい!!後半はこれがストレスとなってしまったので、何回かはキャンセルして宿舎に残ったり、違う場所でバスを降りて帰りに合流する手段をとった。私は買い物に来た訳では無いのだ。
●終わってみれば…
たった4週間の研修であったが、最後の夜は皆泣いていた(私もジャンルーカに会えなくなるのが悲しくてちょっと涙)。一生の別れのような気分になっているようであるが、人間、気持ちがあればいつまでも付き合いは続けられるのだ。そう思う私はあまり人との物理的な別れを悲しく思わない。同邦人同士ならなおさらだ。それよりたとえ近くにいても気持ちが分かれてしまったり、通じない方が辛い。
学校のプログラムや施設設備に何の問題も無い。むしろあの研修費で間に合うのか心配になる程だった。料理も自分が求めるものが学べたので、スケジュールをやりくりしてまた行きたいと考えている。本当に充実していた。 が、参加者の意識やレベルがバラバラ「過ぎる」のがちょっと困る。そしてその甘い参加者を更に甘やかしてしまうところ…問題はその2点だ。今思うと料理の勉強そのものには大した支障のない小さい問題だけど、滞在中は結構ストレスのモトになったのは事実。多分主催側も大変だったと思う。皆のワガママなんかもっと放っておけば良いのに。 文流の皆様お疲れ様でした。
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