■ イスタンブールの旅 〜甘い甘いトルコのお菓子〜


 トルコのお菓子は(料理も)日本ではあまり良く知られていない。当然私もよく知っている訳ではない。が、実際に目にし、食べてみると、料理同様、意外にも懐かしい味に思えるものが多かった。モチロン初めての味もたくさんあったが。

 菓子屋はパスターネかムハレビジュと呼ばれている。イスラムの教えに従って酒を飲む事は少ないらしいトルコでは、老若男女こぞって甘いモノ好き。菓子屋の数は多く、オヤジ率はここでも非常に高いのである。

●シロップ浸し系(バクラヴァ/カダイフ) 

 バクラヴァ=薄い生地を何層にも重ねて焼き上げたお菓子はアラブ圏の代表的なお菓子である。小麦粉に卵や水と少量の油を加えて練った生地を薄く薄くのばし、幾層にも重ねてナッツ類を挟んだり巻いたりして油を掛けて焼き上げ、蜂蜜やシロップを含ませた甘いモノ。アラブでは菓子だけではなく薄い小麦粉生地を使った料理もよく作られている。アラブ文化を柔軟に受け入れているフランス料理ではそれらを使うのはもうごく普通のことであり、日本でもパート・フィロやブリックという名で生地は売られている。ごく薄の春巻きの皮といった風。

 このような薄い生地を重ねたり巻いたりするお菓子はオーストリアやドイツにもよくある。シュトゥルーデルという菓子だ。地理も世界史も苦手な私であるが、一目見て、ひとくち食べてハッとする料理に出会う度に文化の伝播というのを身体で感じているのである。

 バクラヴァの形は様々で、味はナッツの種類や蜜の種類で微妙に異なる。パリのイスラム寺院モスケではモロッコやチュニジア等、北アフリカのアラブ料理や菓子が食べられる。見た目にはトルコもパリもそっくり。

 しかしトルコのバクラヴァの味はパリのそれとは違う。何が違うかと言うと油の味である。油、というより脂とした方が正しいだろう。トルコのバクラヴァを一口食べた瞬間気付いたのだが、その味はまさに「甘い羊」であったのだ!仕上げの脂として羊や山羊の脂を使っているのだと思う。または生地の中か層の間に脂かチーズを入れているのかもしれない。いずれにせよ、肉ではあまり感じなかった羊味を、甘い甘いバクラヴァで感じるとは…驚いた。

 最終的にはシロップ漬けにするのがバクラヴァ。シロップは焼き立ての熱いトコロにジュワッとかけるので濃く煮詰まっており、日本人の口にはかなり甘い。サラサラではなく、トロリとしている。虫歯の人は注意が必要だ。思い出すだけで奥歯が疼く。

 カダイフ=シロップ漬けにしたスポンジケーキはいろいろなタイプがあるようだが、私が食べたエキメク・カダイフは卵と粉と砂糖で作ったあまり膨らんでいないギッチリ詰まったコシの強いスポンジケーキをシロップ漬けしたものである。このシロップが思いっきり煮詰めてあり、あと少しでアメになるような濃度。これが全体にジットリ含まれている。大抵のモノは食べて来た私であるが、このカダイフだけを丸々一切れは絶対に食べられない。バクラヴァの3倍は甘い。そして人生最高の甘さである。

 が、この甘さはカイマク=凝乳(スコーンにつけるクロテッドクリームのようなもの)をのっけて食べると中和され、とても上品でおいしいお菓子となる。カイマクは羊や山羊のミルクを放置した際にできるクリーム部分。ほとんど脂肪分なので、生クリームと言うより水分を絞る前のバターと言った方が近い。この脂肪と砂糖の組み合わせは人間がとってもおいしく感じてしまうキケンな組み合わせなのだ。

●デンプン糊化系(米/鶏肉/ミルク/セモリナ粉)

 このグループはプリンと訳されていることが多いが、何かしらのデンプンの糊化を利用したお菓子。英語のプリンならこの訳で間違いはないが、これらは日本でイメージするプリンのように必ず卵で固めるものではないということは注意しておきたい。
 片栗粉や米粉を加熱して得られる固さなので、「ウイロウ」や「ゆべし」「くず餅・くずきり」また、ゆるめのモノは「くず湯」に近いと思う。甘さはバクラヴァ等にくらべると断然控え目で、丁度良く感じる。どこか懐かしく、また意外な味の組み合わせに出会えるのは嬉しい。

 ロクム=砂糖と水をコーンスターチで固めた菓子は別名ターキッシュ・デライト(トルコの喜び?)とも呼ばれるトルコを代表するお菓子。土産物でも良く見かける。大抵はバラの花の強い香りで、やわらかめのウイロウか「ゆべし」といった食感。色はピンクや緑と華やかであるが、表面は切り分ける際にまぶすコーンスターチで覆われているので白い粉を吹いた状態。ナッツ入のモノも多い。

 花の香りは芳香剤や洗剤類によく使用されるので、はじめてこの種の香りを着けた菓子を食べた時は「ガラスクリーナーみたいだ!」と思ってしまった。しかし慣れる程においしく感じるようになり、今ではアラブという言葉を聞くだけで花の香りを連想するようになってしまった。パリのモスケのロクム(北アフリカ風)はオレンジの花の香りで、もっともっと大きい。こちらもおいしい。

 シュトラッチ=米のプリンは米をミルクとで煮てトロミをつけ、砂糖オーブンで焼き上げたもの。甘さは穏やかで、食べやすい。米をミルクで煮るという行為は私達日本人には奇妙に映るものだが、世界の多くの国々ではごく当たり前の事。米を甘く煮ない国の方が少ないのでは無いか?と思うこともある程、今までも様々な国で見て来た。「おはぎ」が苦手な私がこんなことを言うのも何ですが。

 タブックギョウシュ=鶏肉入りプリンはその名の通り鶏の胸肉を茹でて細かくほぐしたものが入ったお菓子。牛乳で煮て、ジャガ芋デンプンと米粉でトロミをつけ、冷やし固めて折り畳んだもの。これを焼いてから切り分け、折り畳んだものをカザンディビという。これはトルコに出掛ける前の下調べ時に最も興味を持ったものだ。現地では決して珍しいものではないらしく、菓子屋の店頭には大抵並んでおり、探さなくとも簡単に食べられる。味は…鶏の味は確かにする。そして細かくほぐした繊維はちょっと魚のデンブのホロホロした細さに似ているが、米粉のサラリとした程よいトロミとモチモチした弾力と絶妙の組み合わせ。正直言ってこんなにおいしいとは思わなかった。

 私はサライという老舗パスターネでこの鶏肉プリンの焼いたもの・焼かないものと両方を並べて食べた(実は違うお菓子かと思って頼んでしまったのだが)。焼くと仕上げのシナモンが多いこともあって香ばしさもプラスされ、味わいは微妙に違ってくる。どちらもそれぞれおいしい。甘い鶏肉と言うのも想像だけではゲゲーと思うかもしれないが、これは食べてみないと分からないおいしさ。あの繊維感とモッチリ感は必ずまた食べたい味である。


 ムハレビ=米粉で糊化させたミルク菓子はデンプンでトロミ付けした菓子の総称でもある。先に説明したように、プリンと訳される事が多いが、こういう菓子を扱う店を「ムハレビジュ=ムハレビ屋」と呼んでいる。老舗ムハレビジュのサライではシンプルな「スゥ(水)ムハレビ」というムハレビを試してみた。このトルコの代表的なムハレビはバラの花の香りのシロップを掛けて食べるスタイルで、スッキリした食感と香りは良いものである。でもこの香り、人によっては苦手かもしれない。シロップが甘いのに、更に粉砂糖がテンコ盛りだったのはやはり激甘文化の表れだろうか?

 ムハレビはアラブ菓子であり、他の中東諸国や北アフリカ等でも同じようなモノがある。以前レバノン料理を食べた時にはじめて見る名前の菓子「ムハラビ」を試し、オレンジ花水の香りに驚いて以来、私はムハレビにウルサイのだ。アラブではバラやオレンジ等、花の香りをつける菓子が多い。慣れない頃は奇妙に感じたオレンジの花の香りも食べ重ねる程に忘れられない香りとなってしまい、今では積極的に食べるし、パリに出掛けた時にはオレンジ花水だけは買ってくる程である。(バラやオレンジの花水は日本でも探せば手に入る)

 トルコではいつもバラの花。一度もオレンジの花の香りに出会わなかったな。

 ケシュキュル=アーモンドクリームはアーモンドをミルク(とココナッツミルク)で煮出し、米粉でトロミをつけたもの。フランスのブランマンジェか、イタリアのビアンコマンジャーレ、または同様のモノはスペインにもイギリスにもある。今はどれもがゼラチンで固められるようだが、昔は何かしらのデンプンを利用していたのだ。よってこれらもムハレビの一種。そして私はアラブの菓子がヨーロッパに伝わったのだと前から信じていた。料理を勉強していると自然といろいろな事がつながってくのだ。

 私が食べたクリームは少し黄色かったが、特に卵味ではなかった。使っていたとしてもごく少量だと思う。かといってスパイシーでもない…あの色は何なのだろう?甘さは程よく、トロリとなめらかなクリームはスイスイ食べられるのだった。


 アシュレ=何種類ものドライフルーツやナッツをシロップで煮てデンプンでトロミをつけたお菓子は別名ノアの方舟プディングと呼ばれる。イスラム教暦の中の聖なる月「ムハレム月」10日目に食べる習慣があるとか。子供のある女性が作るお菓子なので、本来は家庭で作るモノなのだそうだ。イスタンブール新旧市街とも、菓子屋はたくさんあるが、このアシュレを置く店も多かった。私は新市街にある老舗ムハレビジュ:タクシム・スティシで試したのだが、ウインドウで物色した時にパッと目に入ったのはザクロの美しさである。トルコの菓子屋はウインドウで実演や商品をディスプレイしている店が多いので入りやすい。

 美しい色合いで並んだザクロやピスタチオ・レーズン・干しアンズ・ココナッツ・の下にはトロリとしたシロップに小麦や白インゲン・干しイチジク・松の実・クルミがたっぷりと入っている。少しシナモンの香りも。とてもリッチで素敵なお菓子だ。まるでナッツ&ドライフルーツの店がありったけの商品を全て放り込んだようでもある。甘さは程よく、具それぞれの食感もおいしい。これを食べれば糖分とミネラル補給はバッチリである。


 
イルミック・ヘルヴァス=セモリナ粉のケーキはバターやマーガリンで炒めたセモリナ粉と松の実に熱いシロップを注いでゆっくりと煮た後、冷まして固めたもの。大きく削るようにして盛り付けてある。粉を炒めた香ばしさも程よい甘さもなんだか懐かしさを感じる味でおいしかった。

 セモリナ粉はパスタの材料として知られる硬質小麦。蛋白質の多さからその粒は粗いのが特徴である。トルコだけではなく、イタリアでもフランスでも、そしてアラブ諸国全体においてこの粉を使ったお菓子は幾つもある。フランスでモロッコ風のプリンというとこのセモリナを使ったモノだし、イタリアで食べたセモリナのブディーノはミルクと砂糖でゆっくり煮て冷やし固めたモノである。味は少しずつ違うものの、どの菓子もモロモロした独特の食感はセモリナならでは。トルコでは最初に炒めるので全体的に香ばしく、ちょっと色付いているのが特徴か。地味な姿ではあるが、食べてみたかったものの一つであり、予想通りの味だった。

 インドのお菓子にもハロワという良く似た名の菓子がある。これも材料はセモリナ粉を油脂(インドだからギー)で炒めて…全く同じ作り方だ!(ただし、インドではスパイスが入る)。ハロワとはシロップとデンプンを煮詰めて固めるお菓子の総称のようである。トルコとインド…やはり西だけでなく、東からの影響も強いのだ。

●ドンドルマ

 ドンドルマ=トルコ名物伸びるアイスクリームはサーレップ(蘭の一種)の根からとったデンプンが入っている不思議なお菓子。ちょうどモチのような伸び方をするのが特徴。夏場はスタンドでパフォーマンスを繰り広げながら楽しむそうであるが、冬だったのでどこにもそんな店は無かった。

 ドンドルマ専門店としてはマドという店が有名らしいのでこの店で試してみる。小さいカップで1,200,000トルコリラ。1ドル弱といった値段。食べてみると確かにモチモチ感があるが、思った程ではない(いつものように想像&期待過剰)。本や写真で見たように伸びるとは信じられないが、それでも独特の食感は楽しめた。サーレップ自体はデンプンなので特に味はなく、普通のアイスクリームショプのようなフレーバーが並ぶ。このサーレップはドンドルマだけでなく、他にもいろいろと利用されている。その名もまさにサーレップという飲み物は甘いミルクをこれで糊化させたものだし、ケバブの付け合わせのマッシュポテトも何だか似たようなモチモチ感があった。

 日本にあるトルコ料理屋でも食べられるようだ。でも、夏のトルコでスタンドのドンドルマを試してみたい。ドンドルマは東部アナトリアの名物とのこと。やはり本場は伸びが違う!と滞在中、TVで特集していた。

●プロフィトロール

 プロフィトロール=小さいシューを重ねてチョコレートをかけたお菓子は一体どこの国を発祥とするのだろうか?イタリアでもフランスでも同名で同様のお菓子がある。そしてここトルコでもかなりハバをきかせているようだった。

 インジというプロフィトロールの有名店(他にはクッキーしかない)で食べたのは凄かった。大胆に円錐状に積み上げられたシューに真っ黒いチョコレートソースがダーッとかかっているのだ。ホイップクリームの飾り(そう呼んで良いのか?)もニョロニョロとスゴイの一言。直径35B以上はあると思う。そのまま持ち帰る人もいるようだが、その場で食べる人のために店員のおじさんが黒い山を崩してはセッセと小皿に取り分け、クラシックなガラスケースの上に並べている。次々と入ってくる客は奥にあるこれまた年代物のレジでお金を払い(1皿2,500,000トルコリラ。)、好きなのをひと皿持って自分の好きな椅子に腰掛けて食べる。

 黒いソースは光沢があり、おいしそうだ。ちょっとドキドキしながらなめてみる。…が、全然チョコレートの味はせず、ただ甘くネトネトした物体。ハーシーチョコシロップの方がよっぽどチョコレートらしい味である。そして中のシューを一口。シュー生地自体は卵の味もするごく普通のやわらかめに焼いたものであるが、クリームはカスタードとは呼べない程白く、卵を入れ忘れたのか?という味。香りは少しバニラエッセンスが入っている程度。この味を何かに例えるとしたら、スーパーで売っている安い安いシュークリームの皮に、袋入りのクリームパンの糊っぽいクリームを白くして詰めたモノ、となる。
 回りくどいがつまりは「あまりおいしくはない」ということだ。でも食べられない程ではないかな。今でこそオイシイモノを知ってしまった身ではあるが、子供の頃は今程モノはなかった。大きく膨れたエクレアやフニャフニャしたシュークリームを食べて育ったのだから、好き嫌いは別にして、このプロフィトロールも何だか懐かしい味にも感じられた。トルコ人には人気で、私が一つを持て余している数分間にも客は入れ替わり立ち替わりの大賑わい。他のお菓子の相場は1,500,000トルコリラだから、かなり高いお菓子である。

 後で調べて分かったのは、プロフィトロールはフランス語で、これを直訳すると「利益を出す」という意味になること。ここでいう利益とは焼いている間に膨れるシュー生地や菓子パン生地の事を意味しているとか。小さく絞ったシュー本体も、またそれらを重ねてチョコレートをかけゴージャスに見せたものも、両方ともプロフィトロールと呼ぶらしい。ウウム。結局はフランス菓子であったか。でもそうなると、本当の大モトはイタリアになるのかな?ではどうしてあんなに堂々とした姿でトルコの菓子屋のウィンドウに並んでいるのか?謎は残る。誰か知っている人がいたら教えてもらいたい。

 しかし、あの豪快な姿。何かに似ている…と考えながら帰路のガラタ橋を渡る時、ハッと気付いた。目の前にあるジャミイ(モスク)の姿そのものではないか!トルコのプロフィトロールはモスクなの?。謎は更に深まるのであった。

 



イスタンブールふたたび



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