■ フィレンツェ 2003 

フィレンツェ

 ミラノからユーロスターで約3時間、昼少し前にフィレンツェのサンタ・マリア・ノヴェッラ駅に到着した。予約してあるホテルはメディチ家礼拝堂のすぐ近く「ホテル・ロレーナ」だ。チェックインしながら、追加の予約も入れておいた。旅程を変更し、1週間先に泊まる予定だったミラノのホテルをキャンセルしたからだ。

 部屋は広く、大きなダブルベッドがデン。ベッド脇には珍しく扇風機がある。それも温泉の脱衣場か、コンクリートを乾かすために使うような作業現場によくあるタイプ。私が痩せていたら飛んで行ってしまいそうな大型だ。空調は暖房のみという建物ばかりのヨーロッパにおいて、なかなかサービスが良いではないか、と思っていたら、その理由がすぐに分かった。風を入れようと窓を開けたら、中央市場や駅へ向かう人々や車の喧噪がワンワンと凄いのだ。窓を開けられない代償だったのね…。広い部屋だが、置いてあるものが全て大きく、ちょっと圧迫感を感じてしまう。清潔で感じは良いけれど。シャワーの出もマル。

バール

  

 フィレンツェの楽しみの一つは気に入りのバール巡り。朝の散歩途中で立ち寄るバールで飲むカプチーノ、焼き立てのまだ温かいコルネット。毎日、老舗ジッリと菓子屋スクディエリという2店をハシゴする。どちらもドゥオモのすぐ近く。昼も夕方も、チョコチョコ寄っては立ち飲み立ち食い。いろいろな店を試し歩いたが、私にはこの2つがとてもおいしい。年に1〜2回のフィレンツェ滞在を繰り返すこと数年。いつ行っても同じバリスタと同じ味のカプチーノが楽しめる。日本では飲食関係者は同じ店にあまり長くいない傾向が強いと思うが、ヨーロッパでは違う。
 いつも同じであることをこよなく愛する私。1〜2ユーロで味わえる、小さいけれど大きな幸せである。

トラットリア2軒

 ミラノで食欲をなくしたことが嘘のように、フィレンツェでは元気に食べ歩きに精を出した。といっても、食事時間以外に食事したり、1日3食以上食べることは原則としてしないので、毎食毎食、頼んだ料理を残すことなくキッチリ食べるだけである。

●トラットリア・デル・カルミネ

  

 カルミネ教会に面した広場には、いくつかの気楽なトラットリアやピッツェリアが並んでいる。どの店も地元客で毎日混雑している。ズラリと並ぶメニューから私が選んだのは、ジェノバペーストであえたタリアテッレ、一口大に切った羊とポルチーニの煮込み、ルッコラのサラダ、レモンのムース。

 パスタはやや厚めだが、茹で加減もペーストのニンニクも程々でおいしい。煮込みの肉は柔らかく、トマトでまとめた穏やかな羊味。パンと一緒に食べるとよい。ルッコラは虫食いだらけだが、丼に山盛りである。添えられた赤ワイン酢とオリーブオイルで勝手に味付けして食べる。本当はレモンのクロスタータ(タルト)を食べたかったのだが、品切れだった。代わりに勧められたムースは中途半端な味で外れだった。

 値段も味もそこそこ。納得の会計を済ませながら、店内をしばし観察する。午後2時過ぎに席を埋めるのは観光客ではなく、地元客。窓際のテーブルではお年寄り3人組が誰かの誕生日なのか、大きな薔薇の花束を傍らに、スプマンテと料理を楽しんでいる。おじいさんが選んでいたのは「生ハムメロン」。大降りに切ったメロンに、それが隠れる程うず高く盛られた生ハム、という日本ではまず見られない代物である。メロン嫌いの私の咽がゴクリと鳴った。

●クアトロ・レオーニ

サント・スピリト地区にある人気のトラットリア。料理教室の生徒さんからおいしいと聞いていたので、入ってみた。店の外の小さな広場につくられた席に着き、藁半紙に印刷されたメニューから選ぶ。

@ 前菜は「生ハムメロン」
A プリモピアットには「トマトのパン粥」
B セコンドピアットには軽めに魚料理「マグロと白インゲン豆と玉葱」
 水はボトルよりも安いカラフに入ったガス入。


 「生ハムメロン」は期待を上回る盛りの良さにビックリ。大盛りだから、というわけではないが、やはり嬉しい。大きな3切のメロンに一口毎に1枚巻いても大丈夫な程の生ハム。イタリアのハム類のおいしさは素晴らしい。日本で売られている国産生ハムの大部分はこれとは違う。水っぽくて、熟成の旨味はほとんどなく、それを補うための調味料たっぷりだ。日本の食は貧しい。豊かなように見えるけど、それは勘違いと言うものである。

 「トマトのパン粥」はトスカーナの伝統料理である。塩の入らない現地のパンでなくてはできない食感。素朴だが味わい深い料理だ。残ったパンの有効利用とも考えられるこの料理、お店で食べるとちょっと高く感じる。

 メインは「マグロと白インゲン豆と玉葱」という名の料理を選んだ。やってきたのは大きな皿に油漬けのマグロと豆・玉葱・トマトが並び、赤ワイン酢とオリーブオイル、塩が添えられているだけのモノ。が、食べてみるとどれも良い味ある。マグロは大きな切り身がしっとりと油で煮てあり、塩加減も良い。缶詰めじゃないのだ。玉葱はトスカーナ特産の肉厚で甘い紫玉葱。インゲンはプリプリとして、トマトも味が濃くておいしい。簡単な料理を頼んでしまったことを一瞬後悔したが、素材の味が良くわかる素敵なひと皿であった。

 おいしい料理に大満足。担当の給仕を呼んで会計をする。しかし、渡された紙には計算とは違う額が記されていた。文句を言っても彼は困ったような顔をするだけ。話が通じないので、レジへ行き、端からチェックしてもらった。すると席料も2倍、メインの料理も違うものが記録されているではないか。ヒドイ!と文句を言うと、レジの主人も給仕を呼んで「またお前か!」と。どうやら給仕は計算や物事の記憶・記録が上手くできないようである。殴らんばかりの勢いで給仕を叱る主人。接客にそんな人間を雇う方にも問題があると思うのだけど…何にしても私へのキチンとしたサービスは出来なかったのだから、料理の代金だけ支払い、サービス料は無しにしてもらった。当然である。最終的にはかなり得をしたことになるが、気分はあまり良くない。
 

 
ジェラート

 フィレンツェでのジェラートはヴィヴォリという店に決めている。ヴォヴォリのピスタッキオ(ピスタチオ)は絶品である。いつも必ず食べるのだが、トラットリアで見かけた生ハムメロンが頭にこびり着いていたので、今回はメロンに挑戦してみた。結果は良好。メロンが苦手な私なのに、お代りしたいおいしさだ。メロンに開眼したユ03の夏であった。

中央市場

 駅からもドゥオモからも近い中央市場は、フィレンツェきっての名所である(と思う)。美術館巡りも良いけれど、花の都フィレンツェの胃袋を見逃す手は無い。緑の屋根の巨大な体育館風の建物がそれだ。回りは革製品や土産物を扱う露店がグルリと囲んでおり、それを潜って歩くのは一苦労だが、怪しい日本語で話し掛けられたくなければ店の裏を歩くようにすると良い。

 市場の入り口は数カ所ある。有料だがトイレもあるので、街歩きで困った時の立ち寄り場にも良い。お金を取るだけあって、まあまあ綺麗である。1階は肉や魚・乳製品、2階は野菜や果物、という構成。臓物料理で名高いフィレンツェらしく専門店も随所にあり、見て歩くだけでも面白い。バールや簡単なレストラン(といっても味は素晴らしい)があり、街中より安上がりなカッフェや食事が楽しめるのもいい。旅行中はどうしても野菜不足になるので、トマトやリンゴを買ってはホテルで齧る。日本のようにどこでもコンビニ、とはいかないイタリアでは貴重な食糧補給所なのだ。ほとんどの食品は量り売り。リンゴ1コでも買うことができるのが嬉しい。

 地元の客だけで無く、観光客も多いこの市場では土産物の販売も積極的である。気前良く試食させてくれる店も多い。おかしいのは、日本人と見るや「シンクウパックOK!」と声を掛けてくること。チーズや豚の加工品、またポルチーニを扱う店はたいてい真空パックが可能である。ここでは「真空パック」という日本語が「こんにちは」や「ありがとうございます」と同じくらいポピュラーなのだ。店によっては日本人の店員さえいる。まるでブランドショップの様に。

 ズラリとぶら下がった生ハムが目印の豚加工品を扱う店ではパンも置いてあり、客の注文に合わせてサンドウィッチ(パニーノ)を作ってくれる。ハムは日本のそれとは全く別物。おいしくて安い。食べたいパンを指定して、適当に切ってもらい、好きなハムやチーズをその場で挟んでもらえば、素敵に贅沢なお昼御飯の出来上がり。食べる場所は無いので、歩きながらか、外で適当座って食べる。乾燥しているので、飲み物も買っておかないと少々咽が詰まる。

 大きなトスカーナパン「パーネ・トスカーノ」を分厚く切ってトスカーナの生ハムを挟んだサンドウィッチは、決して日本では食べることが出来ない。たった3〜4ユーロでイタリアのハイレベルな日常食の素晴らしさを味わうことができるのだ。

 1週間でも1ヶ月でも旅というものは短い。当然食事回数も限られてくる。その貴重な機会をどう使うかは人の自由だが、ガイドブックに載っている商魂たくましいレストランを必死に探すよりも、ごく普通の食材や料理が楽しめる市場の食事を選びたい。





■ La Bonne Table
■ たびたびの旅