| ■ 讃岐うどんの旅 |
このページを読んだ後、または読む前に「恐るべき讃岐うどん:新潮社OH文庫」を必ず御覧下さい。 |
2001年10月、忌わしいテロの影響もあり、予定していた2週間のブルターニュの旅を急きょ国内旅行に変更することになった。行き先は迷わず「京都」と「香川」。京都はとにかく好きなのでいつでも行きたいところ。そして香川は「讃岐うどん」を食べることにずっと憧れていたので即決まったということ。 もともと私にとっての「うどん」といえば関東タイプであり、比較的やわらかく醤油色の濃い出汁で食べるもの。コシが強いという場合もバキバキした粉っぽい感じで「?」というものや、煮込んで出汁が染み込み過ぎてしまったようなタイプ等が多く、実はあまり好きではないものの一つだった。 大学4年の夏休み、瀬戸大橋が完成したこともあり岡山から高松に渡り、市内の「川福」で初めてザルうどんを食べる。おいしかった。自分がそれまで知っていたものとは違って独特のコシの強さが新鮮だった。岡山の倉敷にある「ふるいち」も「ぶっかけうどん」がおいしくてよく食べたが、川福のコシと大変よく似ている麺だった。 岡山から「やわらかいうどん」処大阪を経て小田原に戻った時は「うどん」のこと等ほとんど忘れていた。大阪で付き合っていた彼はうどん好きな人であったが、それが私のキライなタイプの「やわらかうどん」なのは大きな問題だった。よく出かけた京都のうどんも初めて食べた時あまりの柔らかさに「離乳食」を連想してしまい、どうしても好きになれなかった。大阪も京都も出汁のおいしさは認めるが…。 そんなうどんへの特別な興味を持たない私だったが、「讃岐うどん」に関係する数冊の本に出会ってから変わった。「讃岐うどん」への憧れのようなものが生まれたのだ。 一つは村上春樹氏のエッセイ。私も前からテレビでその存在を知り、興味を持っていたが、彼等の『セルフのうどん』『製麺所のうどん』体験を読む程に気持ちはどんどん大きく膨らんでいく。私も自分で葱を刻んで「うどん」にのせてみたい…「うどん」はもちろんのこと、『セルフ』スタイルに憧れてしまったのだ。もちろん私が村上春樹氏が大好きということもあるが。 そしてもう一冊はこの気持ちを決定的に強いものとした。その本こそ「恐るべき讃岐うどん」である。 食に関する本は分野を問わずできるだけ読むようにしているが、「恐るべき讃岐うどん」は他の本とは違っていた。この本は単なる食べ歩きガイドのような「うどん店の紹介」だけに留まらず、もう何と言ったらいいか…独特の文章に何か通じるモノを感じ、いやもうとにかく素晴らしく、心から感動してしまった(本当に面白い!笑い過ぎるので電車では読めない程だ)。この本からは「うどん屋のスタイル」はもちろんのこと、『シュッとしたうどん』『エッジが立っている』『グミみたいやゾ』『歯にグイグイと…』等、心にグッと来る方言たっぷりの言葉により「うどんそのものの魅力」が伝わって来て、うどん自体に興味を抱くようになった。 不思議なもので私の姉夫婦も同じ頃にこの本を読んでいたらしく、彼等が先に「讃岐うどんを食べに行って来た」と聞いた時はちょっと悔しかった。それもうどん学校で「うどんを作った」…と。そして私も早く出掛けよう!と心に決めたのだった。 |
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時間の有効利用ということもあるが、高速バスは何と言っても安い!のである。横浜往復で¥19,000-弱。また月曜の夜発ということで乗客はたった7名であった。車内は広々としており快適であるが、足が浮腫んで夜中に起きてしまった。飛行機の浮腫よりひどいのはナゼだ?? 1日目:さか枝→讃岐平野→がもう →山下うどん→うどん棒 よく眠った。気付くともう鷲羽山近くを通っている。瀬戸大橋を渡る時はちょうど朝日が美しい頃で、気持ちよく目が覚めた。坂出から高松駅へ到着したのは午前7時。駅に隣接する全日空ホテルでひと休みし、宿泊先のホテル「東横イン」へ向かう。思ったよりも遠く20分近く歩いてようやく到着。荷物を預けておく。 @ さか枝
初のセルフ体験に緊張しつつも喜びは隠せず、揚げカスがやや多めに入ったうどんは柔らかい中にもモチモチとコシがあり、粘りを感じる食感であった。出汁は澄んでいるものの醤油が効いた味だ。150円。 A 讃岐平野
どうやら讃岐うどんは「どの店もおいしい訳ではない」らしい。 B がもう
この環境で食べるおいしいうどんは100円、テンプラは70円、合計170円だった。 C 山下うどん
入り口左のテーブルと右手のテーブル、そして正面にはオ タコ天は飯蛸より大きい蛸が丸ごとテンプラになっており、形も味もとてもよい。ちょっと硬いけど…。そして麺は細めで柔らかめではあるものの、角も立って例のネッチリモチモチの腰もある。つまり「みずみずしい中にコシが程よくあるタイプ」。また、出汁は醤油がかっており、色も黒い。味も田舎のおばあちゃん風の濃さであるが、スッキリとキレがあっておいしい。窓にはネコが座っていたり、おばあちゃん達はなぜか帽子をかぶって仕事をしており、とてもイイ気分になれるのが良いのである。
D うどん棒
初日5店というのは多いのだろうか?それとも少ないのだろうか…ま、ハッキリ言えることは食べ過ぎ!ということですナ。 |
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2日目:山下うどん→山越
EF 山下うどん
うどん2玉で240円、エビのかき揚げが130円、計370円である。このまま店を出るのは余りにも惜しく、おばあちゃんにお願いして釜の写真を撮らせてもらった。…朝でも客は次々とやってくるのだ。それもお年寄りを含めた家族連れ多し。 G 山越 鴨川9:49発の電車で高松に戻る。すぐその足で琴電に乗り換え、羽床(はゆか)という駅に向かう。ものすごく小さくボロッちい駅だ。駅というよりレールの側にちょっとした囲いと屋根を付けただけ、というもの。電車はノロノロと走るので40分近くかかるのだが、片道510円もする。私鉄も高い。
大行列でも流れるように進み、私が注文する番になった。「釜玉の小」「温いの」を頼む。そう、この店は「釜玉」が名物なのである。熱々の麺に生卵をかけ、半熟になるのを食べる、というのだ。オプションも並んでいるが、ここはグッと我慢して釜玉そのものの味を確かめるべく、追加はしなかった。手渡された「釜玉」の卵は部分的に固まりかけていたものの、全体がカルボナーラ状になる程熱くはない。そしてテーブルの「つけだし」を少しかけて食べるのだ。麺のコシもあり、それなりにおいしいが、歩いて歩いてコレ、というのはちょっと物足りないのが正直な感想。 |
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最終日。といってもバスは夜9時発なので丸々1日ゆっくりできる。荷物を預け、目的地へ向かう。 H 赤坂製麺所
店内に椅子はなく、外の椅子で壁を背もたれに食べるのだが、雨が降ったらどうなるのか…と心配になってしまった(幸い晴れていましたが)。肝心の味だが、麺は柔らかめでコシも弱い。醤油も甘く感じた。正直「コレは!」という味ではないのだが、やはりおばちゃんの個性が強烈でスゴイ!その意味では思い出深い味わいである。食べ終わってから丼を戻し店の中に戻ると「小田原から来よったんな。本で見てくれたん?」と話し掛けられた。テレビ局からのプレゼントという「うどん王」と記された段ボールの冠を取り出し、「遠くから来たんじゃろ。記念に良かったら撮ってあげる」と半ば無理矢理に外で記念撮影されてしまった。ムム…間抜けな私の姿はおばちゃんのアルバムに飾られているはずだ。注)写真は私ではなく、赤坂のおばちゃんです。 I 宮武
時間は9時30分。琴平駅から1時間程歩いたことになる。うどんは「ひやあつ」を。この店は麺と出汁の温度を自由に組み合わせて注文するシステムなのだ。「ひやあつ」とは「麺が冷たくて出汁が熱い」を意味する(予習済)。オプションのテンプラ類は店の入り口に段ボールの中入っている。自分で勝手に取りに行くのだ。3日間野菜不足なのでカボチャのテンプラを小皿に。うどんは店員さんが運んで来てくれた。 階段の所々に籠屋さんがいるものの、利用者はおらず、お年寄りも元気に歩いていた。参道にズラリと並ぶ店を眺めながら歩くのはナカナカ楽しい。大門をくぐると「五人百姓」という名の飴屋が傘を広げている。帰りに買うことにして本殿を目指す。本殿は船や旗が奉納されており、「金比羅ふねふね…」という歌を思い出した。思ったよりも簡単に歩けたので奥社まで行くことにした。
下りは足とお尻がイタイ。参道では「灸まん本店」にて名物「灸まん」を。要は灸を象ったまんじゅうだが、何のことはない。構造はヒヨコまんじゅうと同じであった…ガッカリ。口直し、とすぐ近くの醤油屋にて「しょうゆソフト」にトライ。色はいかにも醤油が入っている!のであるが、味は…名前を見て買っているので醤油が入っているかもしれないな…というだけのもの。特に甘辛い醤油味があるわけではなく、これまたガッカリ。目をつぶって食べたら何の味か分らないでしょう。 丸亀に行く目的はただ一つ。鶏料理店「一鶴」の「骨付き鶏」を食べること。今回の旅のバイブル「恐るべき讃岐うどん」にてその存在を知り、「かみしめがあります」というキャッチコピーにもなっている歯応えを試したかったのだ。ということでヒナ鶏よりも「親鶏」を。ニンニクと胡椒と油の焦げた臭いがプンプンとする鶏モモ焼きなのだが、ムム…調味料の味が強く、鶏の味が薄い。歯応えはそれなりにあるが…添えのキャベツも少ないし…どうやら期待し過ぎたようだ。930円。値段だけはゴージャスな昼食となった。
午後5時。まだまだ時間はある。しかしお腹は一杯なので、腹ごなしの散歩。高松港へ向かう。10年(以上)前とは全く違い、開発が進みオシャレな感じになっていた。埠頭には赤灯台があり、ナカナカ素敵だ。デートスポットには最適であろう。本州や島々との連絡船の発着所でもあり、船が行き交うのも良い眺め。「うどん」目的の私も、ちょっとだけそれを忘れ、ボンヤリと黄昏に浸るのであった。再び街へ戻る。 今回の旅の最終目的地は「鶴丸」。夜しか営業しないうどん店だ。のれんが出るのも待ち切れず、開店時刻午後7時に入店。大鍋には湯気がモウモウと立ち、麺が勢い良く茹でられているのが分る。おやつの大円の「ぶっかけ」があまりにおいしかったので、またまた「ぶっかけ」「冷」を注文。 丼が運ばれてきた。大円を上回るコシの強さとなめらかさ。量もたっぷりだ。麺そのものの素晴らしいバランスに驚いた。山下うどんのようなおばあちゃんの柔らかめの「みずみずしい」おいしさも良いが、それとは全く違って「職人の味」とでも言うのか、総じて男性が打つ麺はコシが強く、エッジの鋭さとキレが良いようである。 「美味しんぼ」にあった「おばあちゃんが打つうどん」の件を思い出した。力のある者は水分が少なくてもうどんを打てる。力のない者が打つうどんは水分が多く入る、というような内容だった。美味しんぼでは後者を素晴らしいと決めていたが、私にとっては「どちらが優れている」ではなく「どちらも」素晴らしいのであった。 この技術で500円。スゴイ! |
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「うどん」はそれぞれが「うどんとしておいしい」だけではなく、独特ののんびりムードの中で食べることで素敵な気分も味わえる。讃岐の食文化の豊かさと生活のリズムに羨ましさを覚えるのであった。適当に食べて会計は自己申告。他の土地ででそんなことしたら…人間関係が希薄な昨今、身近な友人達にさえナカナカ心を許せぬ自分だが、讃岐の人々の大らかさには考えさせられた。 憧れていたとはいえ、粉と水と塩でつくる「うどん」に、そして「讃岐うどん」という文化にここまで感動するとは…予測しなかった事態である。まさに「恐るべき讃岐うどん」なのだ。しかし、もうそんじょそこらのうどん屋には入れない、という「おまけ」付きだけど…ネ。 攻略本は購入したものの、やはり「恐るべき〜」の『分かりにくい地図』を頼りにあたりをつけて行くのがイイ。全くの情報なし・行き当たりばったりというのも時には良いのかもしれないが、多少の予習は旅をグンと楽しくする、と思う。ただ、あまりにも親切すぎるマニュアルも要らないとも思う。大概にして日本は不要なことにまで親切なのだ(そして肝心なことが抜けていることが多い)。必要最低限の情報があればそれで何とかなるものだし、自分の力で何とかすることこそが楽しみなのだ。 |
| ■ La Bonne
Table ■ たびたびの旅 |