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<ルノートルへの道>
ルノートルとのやり取りは主にメールとFAX。まずは学校に希望の講座を伝え、登録を済ませる(履歴書を添えねばならない)。受講料はカード払いが最も確実で簡単だ。学校にカード番号を知らせればOK。しかし、早々と登録を完了し、航空券もホテルも全て手配を済ませたものの、学校からの連絡は2ヶ月以上なかった。年末の休暇もあろうに…もしや手配ミス?と心配していたところ出発1週間前の12月28日に返事が届き、一応安心してパリへと向かった。 土曜日に到着し、翌日の日曜日の午後はルノートルへの下見を決行。ルノートルのあるプレジールへは国鉄の利用や郊外線でヴェルサイユを経由する等いくつかの方法があるのだが、私の常宿:16区のパッシーホームからはメトロで5分、終点のブローニュから発着するバスに乗るのが最も便利。ということでメトロに乗った。しかし、案内に記載されていたブローニュのバス乗り場はどこにもなく、人に聞こうにも誰1人歩いていない。下見は失敗に終わった。フランスもイタリアも日曜はバスや電車が激減…ならまだ良いが「運休」になることも多いので仕方ない。きっと月曜になれば分かるはず、と考えるしかなかった。
月曜は早めにブローニュへ向かう。1月は夜明けが遅く、朝7:00は真っ暗だ。メトロの終点周辺はロータリーになっており、大きな4本の道が伸びている。そして厄介なことにその道全てにバス停があるのだ。どっちがパリだ?それすら分からない。グルグルと全てを確認して回るがプレジール行きの27-15番という案内表示も何もない。その辺の出勤途中のサラリーマンやOL、オバチャン、タバコ屋…いろいろな人に聞いて回ったが、誰も知らないと言う。30分近く聞き回ったが何も得られず、パリに戻ってモンパルナスから行くしか無いのか…遅刻だな…と諦めかけた時、さっきまでは無かったバスがロータリーの一角に停まっていた。道を2本渡ってバスに乗り込み、運転手に確認したところバス番号は27-15だった。心からホッとする。
このバス、郊外線なので平日の7:25発の1本しかないとのこと。普通の路線バスは行き先が車体に記されているか、バス停とその案内表示もあるのだが、この郊外バスは違う。行き先はB5サイズの画用紙に小さく(一応読める程度)27-15と書いてフロントガラスの右端に置いてあるだけだった。何も置いていない日もあった。プレジールは工業地帯で、その通勤者の為のバスなのだ。帰りはもう少し便数は増えるが、いずれにせよ乗り損ねたり降り間違えるとと大変だ。初日はバス停を運転手に確認していたので到着を知らせてくれた。何も聞かずにいたらどこまで行っていたか分からない。
フランスやイタリアでは日本と同じ感覚で過ごしてはいけないのだ。
<ルノートルの朝>
高速を30分ほど走り、いくつもの大きな工場を経由しルノートルに到着。学校は工場の右手にある。入口で名前の確認とロッカーの鍵を受け取り、用意された朝食を食べながら入校式の始まりを待つ。
初日は8:30〜9:00集合、以降は8:00。最寄り駅(といっても凄く遠い)のヴェルサイユ、サン・カンタン、プレジールからのバスは割と頻繁にあるようだが、ブローニュからは上記の通り1本。到着は毎日8:00ギリギリだった。偶然にもクラスメイトのほとんどがブローニュからのバス利用者。一緒なのは心強いのだが、ずっと大声でしゃべっているのでウルサイ。通勤客はさぞ迷惑していることだろう。皆、学校に着いてからは慌てる風もなく、着替えを済ませてのんびりと朝食をとる。シェフもバスが限られていることを承知しているので怒ることもなく、私達のクラスはいつも8:30頃から始まるのだった。
以前学んだパリのフェランディでも朝食が用意されていた。授業や仕事が朝早くから始まるからなのか、それとも料理学校だからかは不明だが、良いシステムである。早起きして疲れた身体にパンとカフェ、紅茶、ショコラ(飲み物はたいていマズい)は嬉しいことだ。クロワッサンやパン・オ・ショコラ等、数種類のパンが山盛りになってテーブルに置かれている。フェランディでは焼き立てだったし、ルノートルは小振りなパンではあるが種類が多く、田舎パン等も充実してよりゴージャスであった。毎日新しいビン入りのジャムやバターも用意されている。
ルノートル自慢の小ぶりのクロワッサンは好みのタイプだったが、皆が好きだというブリオシュのようなスカスカした卵味のパンはマズかった。ショソンやパン・オ・レザンはナカナカ。自分で好きなだけ切るようにナイフとともに置かれたパン・ド・ミ−やバゲットは香ばしくとてもおいしい。中でもライ麦パンは最高においしかった。バターをたっぷりとのせ、カフェオレと一緒に頬張る幸せ…今までこの組み合わせを知らなかったことを残念に思う程。ルノートルが気に入った理由の一つにはこの素敵な朝食も含まれている。
同じクラスのアメリカ人:アビバはお節介でイヤなタイプ。私が毎朝嬉しそうにアレコレとパンを食べるのを軽蔑したように見ながら、自分は電子レンジで温めてもらった持参のオートミールと果物を食べている。写真を撮っていると「なんで毎日写真を撮るのか」と「毎日」聞いてくる。何かと指図をしてくるがそのウルサイこと…好みと考え方が違うだけなんだから放っておいてヨ。
<ルノートルの昼食>
昼食は学生も工場で働く人々も同じ食堂でとる。カフェテリアスタイルでトレーを持って横にどんどん進むスタイルだ。焼き立ての(でも余りっぽいものも紛れている)パン、サラダ、アイスクリームやヨーグルトとデザート、日替わりの料理2種と付け合わせ3〜4種、チーズ、オリーブ等、豊富に用意されている。 大抵はクラスの仲間でまとまって食べる。なんだか小学校みたいだけど、フランスではこうなのですね。話題は食べ物のことが多く、皆はこの昼食はまずいと文句ばかり言っていた。食堂のシェフにオーガニックをとり入れるよう無理なリクエストもしていた。
5日という短い期間であったからだと思うが、私にはカフェテリアが嬉しかったし、実際に料理はおいしかった。(大学の学食は戦後の貧しさをそのまま引きずったような酷いものだった上、会社勤めもしたことがない。どんな料理であってもカフェテリアには強い憧れがあるのだ) 煮込みやロースト等の料理は脂っこくなく、野菜もたっぷり添えられ、味付けもナカナカ。チーズもパンもおいしかった。私が想像していた社員食堂の味を遥かに超えていた。「さすがルノートル」と思っていたが、あまり感心すると変人扱いが激化すると思われたのでそれは黙っていた。でも朝食も昼食も毎日とても楽しみだったのはホント。何よりフランスの日常食を食べているというのが嬉しいのだった。ただ、皆が食べていたアイスクリームはいかにもクリスマスの残り物風(だってどう見てもあれはビュッシュ・ド・ノエルの切り口だもの)だったのでどうしても食べられなかった。コチコチに固まったアイスクリームはキライなのだ。
フランスに来てまでアメリカのスタイルを通すアビバは毎日自己流混ぜこぜサラダと果物、そしてヨーグルトを食べている。茹で卵なんて卵黄を捨てて卵白だけ食べているのだ。ボリュームたっぷりの料理やチーズを楽しむ私の横でカロリーやコレステロールの話を毎日のようにするのだった。ハイハイ。痩せたいフーリアナは毎日ケーキとアイスクリームだけ食べている。ヨルダンはオリーブテンコ盛りのサラダを作って…驚いたのは食事中にコーラを飲む学生が多いこと。まあ、他人のコトですが。
<クラスの仲間>
仲間と呼べるほど仲良くはならなかった。が、一応1週間は同じクラスだったので仲間にしておこう。6ヶ月コースの慣れた人たちは皆、テキトーな名前(出身地名)を付けて呼び合っていた。私は、というと「SHIZUKO」はフランス語の読み方で「シジュコ」。フランス人をはじめ、外国人には読みにくいのでちょっと短くして「シズ(ゥ)」にしておいてもらう(ヨルダンは勝手にズーコと呼んでいた)。
キンさん:神戸に住む韓国人女性。皆にキンキンと呼ばれていた。大阪のエコールキュリネールやリッツで勉強したとのこと。ルノートルは半年コース。2人のお子さんを連れてパリに滞在し、菓子の勉強をしているそうだ。いずれは韓国か日本で店を出す予定とか。気取った雰囲気は全くないが、何だか凄くお金持ちそうであった。
ダラス(アビバ):アメリカはダラス出身なので皆にダラスと呼ばれている。うるさいだけで何も出来ないお節介。日本人をはじめとした外国人をバカにしている。英語で話すのをよしとする。私のノートのとり方にまで文句(自分と同じようにするように指図してきた)をつけてきたので、「私のスタイルだから関係ないでしょ!黙ってて!」と言ってやった。全てにおいて「アメリカでは」で始まる絵に描いたようなイヤなタイプ。やはり6ヶ月コース。長くいる人は皆態度がデカイ。
ヨルダン=ジョーダン:ヨルダンのチョコレート屋の息子。実はヨルダンがどこの国かすぐに頭に浮かばなかった…。彼はアビバと親子のようにベッタリで、2人揃うと大変に騒がしいのだった。口癖はキンさんに向かって「キンキン、クイックリー!」ホント、うるさい。菓子屋の息子なので手つきは悪くないが、ラデュレよりおいしく作れる、と自慢げに作ったマカロンは見事に失敗していた。訛った英語とフランス語が聞き取りにくいが、彼1人の時は普通にしゃべることができる。ヨルダンの雑誌を見せてもらったが、リッチな中東の国の1つらしいことは分かった。彼の携帯電話は「アラブの宮殿」を連想させるキンキラした感じの着信メロディである。彼も6ヶ月コース。
フーリアナ=ジュリアナ:メキシコ人の女の子。横にも縦にも大柄だ。実は始めは名前が聞き取れず、皆が呼んでいた「チカ」という名だと思っていた。「チカ」とはスペイン語で若い女の子のことらしい。チョコレートが大好きとのことでキッシュ講座はあまり参加したくなかったようだ。料理はほとんど初心者。メキシコでママとジュースショップを開いているとか。他の料理学校で学ぶことも検討中らしく、特にルノートルに興味があるようではなかった。
ベネズエラ:コスタリカ人。彼は英語とフランス語とスペイン語ができるので皆にいいよう通訳に使われていた。しかし、言葉だけではなく、料理やパンもできる実力のあるとても良い人。クラスの中で最も信頼できるのは彼だった。髪が薄いので年上に見えたが、実はまだ若いらしい。菓子コースにいるカワイイ奥さんも感じが良く、彼等を見ていると心が和む。彼も6ヶ月コース。
グロリア(ママ):コスタリカ人。ベネズエラ君の姑。つまり、彼女の娘とベネズエラ君は夫婦である。その娘、パリのコルドンやリッツ、そしてルノートルと全ての料理学校で勉強中。ママのグローリアは料理学校は初めてで何も分からず大変そうだった。スペイン語と英語しか分からないとのことでシェフの言葉を娘婿に通訳してもらっていた。娘婿同様、静かで感じの良い人。毎朝バゲットの端をカリカリと食べながら少しの英語で話すのは楽しかった。帰国後、一家はコスタリカにカフェを開くそうだ。しかし…コスタリカってどこだっけ?
<言葉・国>
なぜか我々のクラスにはいなかったが、在学生の半分以上はフランス人。また、半分以上が男性で年令はバラバラ。日本人は私の他にスキンヘッドの男のコが1人いたが、時々挨拶する程度で名前は忘れてしまった。日本の神戸屋で働いていたそうで、退職してこの学校の6ヶ月コースに入学したと話していた。 学生が集まるところや食事中はほとんどが英語英語英語…耳が疲れた。フランス人は静かに話しているのに、英語を話す人々はなぜか声が大きい。私は英語の聞き取りはなんとかできるが、自分から話すのは苦手(フランス語も同じ程度だが)。どちらももう少し上手であればあのアビバ&ヨルダンを黙らせてやったのに…。スペイン語を話す学生も多く、勢いのあるラテン語はやはり目立つ。巻舌に圧倒されてしまう。 それにしても世界は広い。学生時代は留学生のチューターだったので外国人と接することも多く、自分の中では外国に対する知識は多少なりとも備わっていると思っていた。しかし、今回は国名を聞いてもどこにあるのか分からなかったり、その国の言葉が一体何なのかも分からないことがあった。世界地図もめったに見なくなった自分が恥ずかしい。そして言葉も勉強やコミュニケーションの為にはやはり必要だと改めて感じるのだった。
ルノートルの学校案内にある英語通訳が付くというのはどうやらウソで(だっていなかったモン!)、授業にはやはりフランス語が必要である。私のようなかなりアヤシイフランス語でも英語よりは通じたし、ゼロの状態よりはマシだった。何よりシェフと直接話すことができるのは強みである。通訳を通すと通訳の勝手な解釈になってしまうこともよくあるのだ。
しかし、「言葉が通じたこと」が海外研修の充実感の一部であるのは勉強不足の表れとも言えるけれど。
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