| 詩集『夢網』収録 |
凧 大下さなえ雲が、 ちぎれた血のように群れつながって、 遠く、ということがわからない、 白く泡立つ海、 胸の中の凧がいくつも汗ばみ、 空に染みが浮き上がる、 置いてきてしまった身体があかるく輝いて、 砕けて窓からあふれてゆく、 あれもこれもわたしではなく、 顔を失って泣いている、 くり返される日々の中で、 凧だったことが忘れられない、 もつれた白い糸の中に、 浮子がいくつもまわっている、 宙に萌える、 やわらかく赤い草原にもぐりながら、 だれの身体だったかわからなくなる、 この椅子に座って、 底のない床に足を下ろしてゆく、 眠り、 縫われている、 わたしは細かく割け、 愛という文字に触れていた、 身体のあちこちが鳥になって飛び去り、 また置いていかれる、 壁に刃を刺して、 だれかの息になって染み出していきたい、 あっち、という声がする、 崖の向こうに、 波打つ草の海が広がっているのだろうか、 両手にいくつも凧を抱え、 駆け抜けて、 叫んでいる、 つかのま、 電線たちが透きとおり、 真っ青に死ぬ、 どこかでわっと泣く声が響き、 息の列車に乗せられ、 わたしたちは運ばれてゆく、 |