陽炎     大下さなえ



  

空中に、
たくさんの糸がもつれている、
草たちが波打ち、
林檎の木がふるえ続けていた、
ほつほつと鍋が噴きこぼれ、
静かに浮かび上がる陽炎、
なまあたたかい息が、
裏庭の土に熟睡する、
窓枠をまとわされ、
破けてゆく静脈、
ひらがなの「な」の字のように、
だれかにすがって泣いている、
糸がうすく透け、
かたむいたあなたが沈んでゆく、
夢はまっさおに透きとおり、
打ち寄せる骨のかけら、
ほつれた見知らぬ目、
浮かびたいと思うのに、
何度でも底にからめられてしまう、
爪を切る音がする、
だれもいない廊下をさまよい、
影が蛇口みたいにひねられる、
汗の匂いが広がり、
ガラスの向こうの瞳のなかで、
目を開くことができない、
無数の管になり、
部屋のなかに詰まっている、
うすむらさきの空、
記憶はいつもうしろから奪われ、
声も身体もなくなってゆく、
どこにも、いることはできない。
また木の葉を吹いている、
神経の張り巡らされた雲、
隙間から陽炎がしみ出してくる、
遠く知らない入り江で、
わたしの鏡は揺れてやすらいでいるのか。
窓枠は失われ、
まっしろに浮き上がる、
肉のようにあわあわと光り、
ふるえている、





詩集『夢網』収録




きゅぴ島mol