| 詩集『水の球』収録 |
へそ 大下さなえへそ。腹の真ん中にすっきりとくぼんだわたしのへそ。奥に奥にひだひだとそれはどこまでつづいているのでしょう。さかのぼっていく廊下のように。かつてここには外とつながる細い管がついていたらしいのです。管はいま、わたしが育った家のふだん開くことのない暗い押入の中でひからびているはずです。わたしの子どものころのアルバムなんかといっしょにだれの目にふれることもなく。 へその緒を断ち切って外に出てきたわたしの身体のなかにもう一度別のへその緒ができる。かつてわたしの外側にいた人よ、わたしはそのことを拒みつづけているのです。かつてあなたの身体のなかにわたしがいたように身体のなかに知らない生きものが宿るのを拒んでわたしはきょうも夜中のコンビニエンスストアのドアを開き無意味なコピーを重ねています。自分の身体のすみからすみまでコピー機の透き通った硝子のうえに乗せ自分の身体に知らない場所はないかと期待しながらコピー機のスイッチを押すのです。残念ながら身体の中まで写しとることはできません。なぜコンビニエンスストアにはレントゲンがないのでしょう。放射能が怖いからでしょうか。本当に残念です。 きょうもコピーします。顔をコピーしてそれをまたコピーしてとくりかえしているとびっくりするほど変な顔になりました。口のまわりに太い筋ができてそれが髭のように見えます。目張りもはいっています。顔に入れ墨をするアフリカの部族のようです。髭と目張りを修正液で消してみます。間抜けです。かつらをとった歌舞伎役者のようです。笑ってしまいました。 手のひらをコピーしてみるとそれはあなたの手のひらにそっくりです。似なくなるまでコピーしつづけます。縮小してみます。それを拡大します。縮小したり拡大したり何度もくりかえしているといつのまにか恐竜の足跡のようになってしまいました。その紙をつまみあげてざまあみろとつぶやくとつまみあげたその手が何よりもあなたの手に似ています。コピーより正確なのです。多分もっと奥の方までそっくりに写しとられているにちがいありません。だれかが勝手にあなたの身体のなかから剽窃したのです。だれかというのはだれでしょう。わかりません。いないのかもしれません。でもそういうものがどこにもいないとしたらわたしというのはそしてあなたというのはいったい何なのでしょう。 あなた自身も知らないあなたの内部がわたしが知らないわたしの内部へ。あなたもわたしも知らないうちに。こっそりと。そんなことだれもたのんでないのに。 帰れるというのは錯覚です。だまされているに決まっています。だまされているのがわかっていてだまされつづけるのが大人というものだとわたしはあなたから習ったような気がします。わたしだってそういう輪っかのなかに連なろうと思ったことがないわけではないのです。団地の中の小さな閉ざされた白い部屋のなかで空洞を抱きしめてみたこともありました。でもどんなに血を流してもいつも産まれてくるのは白い石ばかりでした。部屋のすみで腐ることもなくたまっていくのです。週に一度の燃やせないゴミの日にゴミ置き場に出します。なかを見られるのがいやなのでできるだけほかのゴミの陰に置きます。回収車が去ったあと何も残っていないのを見とどけるとほっと肩の荷がおりたものです。そうしてだれにも肩を叩かれないうちに逃げるように部屋に帰るのです。でももうそんなことはいやです。はしっこになるのです。コピーで増殖するのです。そうやってあなたを捨てることでしか生きられないのです。 許してください。 コピー機でコピーしたいのは何でしょう。わたしにもわかりません。そうでしょうあなたはそんなものはないのだときっと言いたいにちがいないのです。すべては羊水の中のできごとなのだと。白くにごってゆく羊水のしたたりの先端、あるいは石が投げこまれてできた水面の波紋のようなものなのだと言いたいのでしょう。 そうですたしかにものではないのかもしれません。ものというよりはものの影。動きというよりは動きの気配。わたしの目をぬすんですうっと動いて見えるのはいつも波紋だけです。でもわたしはそれを見たいのです。身体をねじるように眼球を裏返して自分のなかを直接見ることができたらいいと思います。だけど無理です。だからわたしは夜になるとここに来てコピーの光に身体をさらすのです。コピーして。知らない場所をすべて照らします。でもコピー機からはきだされる紙にうつったわたしはいつも平べったくかわいているのです。しかたがありません。コピーですから。湿った質感や立体感がなくなることぐらい我慢しなければなりません。大事なことはしたいことを忘れないことです。見たいという気もちを忘れないことです。うつらなくてもわたしの見たいものはぜったいにあるのだとうつらなくてもコピーのボタンをおしつづけるのだと。わたしの身体にあたためられてコピー機のガラスが白くくもっています。 きょうもうつりません。コピーした紙を全部丸めて捨てて外に出ます。二千円も使ってしまいました。でもまだ足りません。多分明日もまた来てしまうでしょう。うつらないのは紙が平面だからでしょうか。立体のコピーができたら使ってみようと思います。動かないのがいけないという考え方もあります。ためしにビデオで撮ってみようかとも思います。そうですね。きっとだめでしょう。レントゲンのあの強い光でもきっとうつらないのです。 だめだとわかっているからあなたはわたしをゆるしてくれるのでしょうか。今年の夏も帰れそうにありません。ごめんなさい。金魚は元気ですか。忘れていけたらきっと楽だと思います。 さかのぼってゆく廊下、洋梨に似た祈りの形を。 |