2000年5月6日  
 読売新聞夕刊

まいまいず井戸     大下さなえ




 朝、薬缶に水をいれようとして、まいまいず井戸という言葉が浮かんできた。小学校の遠足で行ったところだ。手元にあった本を見ると、羽村にあると書かれている。とくに用事もないので、井戸を見に行くことにした。
 駅を出てすぐ、五ノ神熊神社の境内に、まいまいず井戸はあった。伝説によると、井戸が作られたのは西暦八百年ごろ、昭和三十五年に町営水道が完成するまで井戸として使用され続けてきた、と説明板に書かれている。
 地面にあいた穴は、大きな耳みたいだ。すり鉢の直径は十数メートル、螺旋状に下に降りる道がついている。この道の形から、まいまいず井戸と呼ばれているらしい。武蔵野の表面は火山灰で覆われていて、地下水脈が深い。砂礫で土質がもろいので、垂直に穴を掘ろうとしても崩れてしまう。当時の技術では、すり鉢型に掘るしかなかったらしい。粘土層が出てから、垂直に井戸を掘る。
 まいまいず井戸というのは固有名詞ではなく、武蔵野に特有の井戸の掘り方で、狭山の掘兼之井、七曲井も同じ作りだという記述を本のなかに見つけて、不安になる。むかし遠足で行った井戸は、この羽村のまいまいず井戸なのだろうか。それともほかのものだったのだろうか。これだった気もするが、学校から遠すぎるような気もしてくる。
 井戸は、下に降りられるように整備されていた。螺旋状の道を降りてゆく。どこを掘っても水が出るわけではない、水の道があるのだ、と本に書かれている。広い流れではなく、血管のような細かい筋が張り巡らされているらしい。人間が作った水道はどこをどう走っているかわかるが、地下にある水の道を見ることはできない。
 ぐるぐるまわりながら、下へ下へ歩いてゆく。遠足のときも、みんなで縦に並んで、こんなふうに道を降りていったような気がする。斜面がしだいに高くなり、さっきまで立っていた井戸の縁が遠くなる。子どものころ蟻地獄の話を聞いて、砂のすり鉢のなかに落ちてゆく虫になったような気になって、こわくてたまらなくなったことを思い出す。まわりの建物は見えなくなり、縁に囲まれて空が青い。沖縄では、井戸が他界の入り口で、地底を通って海に続いていると考えられていた、という話を思い出す。
 すり鉢の底にたどりつく。井戸穴には、格子がかぶせられている。隙間からのぞくと下の方に小さな光が揺れている。水面だ。まだ水は枯れていないらしい。光のなかに小さな黒いものが動き、よく見ると人の顔だった。数メートル下の水面をはさんで、さらに同じ距離だけ向こうから、わたしがこちらを見ている。遠すぎて自分だと思えない。井戸の向こうの世界が、現在と同じ時間であるのかどうかもあやしくなってくる。
 外に出ると景色がいやにくっきり見える。むかしはこんな穴があちこちにあいていたのか、と思いながら、駅の方に歩いていった。





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