ユリイカ
 2001年1月号  

世界がジェットコースターに轢かれてゆく     大下さなえ




となりにねそべっているこのなまなましい生きものが、わたしのなかでしゃべりはじめる。いつのまにかわたしは、月極有料駐車場と書かれた看板の前に立っている。金網の向こう。アスファルトの道がいくつにも分岐する。や、やわ。いつのまにかわたしは坂をのぼっている。やわらかい。いつのまにかわたしは消防署の前にいる。墓場の前のタバコ屋では、小さな墓のような生きものが売られている。いつのまにかわたしは券売機に吸い込まれている。やわらかい。踏み切りの音がする。壁にやわらかい亀裂がはいり、こんなのは言葉じゃない、と言った。

ええ、小さいのがたくさんいますよ、この部屋のなかにも。流しの縁とかテレビの裏とかね。どこかからやってきて、それらは家のなかに住みついているらしい。あと電話ボックスのなかですね。ええ、ええ、電話ボックスが部屋のなかにあるわけないでしょう。だまされませんよ。わたしは電話なんかじゃない。頭のうえからみんな糸のようなものを出して、どこかから吊り下げられている。滴っていくんです、流れ込んでいくんです、管を伝って。ほら、空に糸ばかりが飛んでいる。

世界がジェットコースターに轢かれてゆく。夢が逆流してアスファルトの上を漂っている。いつのまにかわたしはこぼれていて、こちらからは読めなかった。だれもが透明な箱のなかから、首を拾い出している。電話が鳴る。ブロックに分解された風景が網のなかにまき散らされる。だれもが透明な箱のなかから、首を拾い出している。指を、目玉を、唇を。拡散してゆく息、足の指の爪、または娘や孫。細胞がはいりこんでくる。床や谷、皮膚やこめかみといった襞のなかに。アスファルトの下の細胞。産毛が生えてくる。ばらばらのブロックがつなぎ合わされて街になる。

寒天のような、やわらかな塊。殻も皮もなく、みっちりとなかまで均質なようでいて、それは穴だらけなのだ。いつもほんの小さな隙間から、糸は流れ出してくる。わたしが糸にからめられて行ってしまう。いつのまにかわたしは大きなガラス張りの建物の前にいる。大きな耳がいくつも、ガラスの向こうで音を立てながら震えている。空にはもっと大きな耳があるのだろうが、どんなに大きくても、耳には聞くことしかできない。あちこちから混線したもやしが生えてくる。それが神というものかもしれない。ええ、小さいのがたくさんいますよ、あなたの部屋の中にも、身体の中にも。

家というものがそれらが作っている幻だと気づいてから、細胞は壊れはじめた。みんな配列のことしか考えていないのだ。ごく小さな、人間のような形の罅があちこちにあいて、そこから世界が逆流してくるのです。筋のようにやわらかい「ゆ」や「め」。細く、長く、からまって。鎖が、わたしたちにからみついてくる。その呪霊は、人の睡眠中に夢魔となって心を乱すもので、夢はそのような呪霊のなすわざとされた*。身体はほどけて、わたしたちはもういない。眼も風景も失われ、響きだけが空気に閉じ込められる。

ぐるぐる回る。わたしたちは回されている。子どもだったころ、たぶんジェットコースターに乗った。だがあのジェットコースターじゃない。でもどのジェットコースターだったか思い出せない。乗ったと思っただけで乗ったことなんてなかったのかもしれない。ジェットコースターという名前に乗って、ベッドの縁をぐるぐる回った。あのときもそいつらはいたんだろうか。そいつらってだれだ? あのときなんてあったんだろうか。いや、あのときはあっただろう。重要なのは、そのときにわたしがいたかどうかだ。わたしはいつも逆流している。ぐるぐる回る。そいつらってだれだ? もう何も瞼のなかにはしまっておけないのだ。ジェットコースターも、ベッドも、月極駐車場の看板も、わたし自身さえも。わたしにとって重要なのは、いつもそのことだけだったのだ。

開いた地図のようだ。比喩につける絆創膏はなかった。罅は増えていく一方で、逆流は止まらなかった。世界は網になって広がっていた。一瞬前のことをすぐに忘れてしまいなさい。祈っても、接木しても、平べったい鏡からは出られないのだから。夢はつるつるの獣。外にいるのか中にいるのかわからなくなる。電話に除草剤は効かない。わたしじゃない、とあなたは言った。アルファベットになろうと、数字になろうと。何を言っても無駄だった。そんなことを言っても、しょせんあなたでしかなかったのだ。どんなにたくさん隙間があっても、あなたが隙間になれるわけじゃない。流れ出していくのを窓のように眺めているだけだった。

画面に文字が吐き出される。文字の上に寝そべることはできても、しょせんそれは文字にすぎない。鳥かごのように変形したりはしないのだ。規則正しく並んで、ひとつの文字にしか見えないが、ほんとうはそこにおびただしい文字が潜んでいる。何だっていいのだ。はみ出すことだけが許されない。なななななな正確であればあるほど必ず「な」が出てくることに怒りを禁じ得ない。文なんて書きたくない。なななななな意味があるものも意味がないものもみんな欺瞞だと思いますななななな65@いくつあったって、それは「な」にすぎない。蛇のように卵から生まれたりはしないのだ。

となりにねそべっているこのなまなましい生きものが、わたしのなかでしゃべりはじめる。二〇〇一年一月一日というある日付のうえに片足の爪先をつけて、轢かれていったいくつものわたしたちが、真っ白い野原に広がってゆく。部屋の窓から、繰り返し繰り返し、ジェットコースターの細いレールを、人々を乗せた車がゆっくりとのぼっていくのが見える。ごおーっと落ちる。向こう側に積み重なって埋められている。歳終に堂贈という大儀を行い、夢送りの行事をして年間の悪夢を祓った*。世界がジェットコースターに轢かれてゆく。色とりどりのモザイクになって、世界は忘れてゆく。追い越せないまま送られる。あれもそれもこれも。わたしたちに世界をください。糸のように揺れる身体が、いくつも時間のように点滅する。



*はすべて『字通』(白川静著 平凡社)「夢」の項より引用





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