明空1号収録 

連なる「たま」    大下さなえ




 連句をはじめたのは、詩を書きはじめたのと同じころのことだ。松尾芭蕉の「猿蓑」を読んで以来、連句という形態の奇妙さがずっと心に引っかかっていて、村野夏生氏に師事することになった。
 連句にはいろいろな形式のものがあるけれども、複数の人が集って、五七五と七七を交互につなげる、というのが基本である。何句目で月を詠まなければならないとか、花を詠まなければならないとかいう決まりもあるのだが、わたしが関心を持ったのは、つながり方である。
 ひとつひとつは独立した句として成り立っていなければならないが、前の句とは何か関連がなければならない。あるときは前に唱和する句を作り、あるときは揶揄、批判した句を作る。とはいえ、趣向が似すぎると、つきすぎている、と言って嫌われる。
 連句にはさらに、前の句とはつくけれども、前々句とはもっともはなれなければならない、という掟がある。一句をはさんで、前の句と後ろの句は、あらゆる意味で似てはいけない。内容も、語も、響きも。それと、全体を通して、できるだけ同じ言葉は使わないようにすることになっている。
 となり同士の響き合いがあるだけで、全体として統一したテーマがないから、できあがった作品はどうやって読めばいいのかわからないものになってしまう、というのはよく言われることだ。

 村野さんの連句の会で、沼尻巳津子さんという俳人と出会った。沼尻さんは、わたしの母より少し上くらいの年齢で、「菜殻火」、「草苑」を経て、昭和五十一年産経学園俳句教室にて高柳重信の講座を受講、第一句集『華彌撒』を編んだ。そのとき、高柳重信に出会う前の句はすべて捨ててしまったという。
 この句集のなかに、「声あげて水中をゆく強き水」という句がある。声、水中をゆく水、強き水。強いという言葉は「水」にかかると同時に、はなれた場所に置かれた「声」にもかかり、句のはじめから終わりまで、強い糸が張られている。
 和田悟朗氏は、沼尻さんの句について、「自己から完全に独立した対象というものはありえず、作者独特の照明により照らし出された対象だけが捉えられる」(『沼尻巳津子句集』解説「魂を祀る」)と述べている。
 この句の水は、実際の水であると同時に、沼尻さん自身でもあるのだろう。作者が水を見つめる。作者が主体で、水が対象であるかのように思える。でも、句を詠む瞬間、作者は水になって流れ出している、とも見える。
 この句集を上梓してまもなく高柳重信が亡くなり、沼尻さんは数年後、追悼句集というべき『背守紋』を出版し、現代俳句協会賞を受賞した。そのなかの「わが骨の髄はくれない夕月夜」という句は、重信(山川蝉夫)の「わが肉よ恐らくはいま錆朱色」に呼応してできたものなのかもしれない。連句の席で、沼尻さんはよく、「言葉が言葉を呼ぶ」と言っていた。
 でも、同じように自分の肉体と向き合っていても、重信の句にはたしかな肉体の場所が感じられるのに、沼尻さんの身体の在処は漠然としている。
 重信の句では、作者の精神は肉体からはっきりと独立しているように感じられる。肉体が切り開かれ、その切り口から物体のような精神が立ち上がる。
 沼尻さんの句では、肉体から精神が分離して現れたとたん、夕月夜という空間に溶け込んでゆく。それを溶かし込む夕月夜の方に真の身体があるような気がしてくる。

 胎内の闇を馴らしぬ流氷期
 いづかたも秋や言葉の我れ無数

 句を詠む作者が、入れ子のように重なったり、無数に増えたりする。作者が本来の身体の外に現われたり、ほかの物質に宿る様子は、古くから、たとえば和泉式部の「ものおもへば沢のほたるもわが身よりあくがれいづるたまかとぞ見る」にも詠まれている。わたしがわたしの内にもいて、外にもいる状態。外をふらふらと飛び回っている「たま」。
 沼尻さんは、我というものを身体に宿ったものとして見ていないのだろう。宿っているというと、我というのが身体とは別のひとつのものみたいだが、沼尻さんの我は、そのときどきに身体からあふれたもの。だからそのときによって形が変わる。
 我というものがある、ということではなくて、身体から我がはみ出したり、戻ったりするその働き自体にひかれているといった方がいいだろう。だからひとつの句の中で、我のいる位置がいくつもに分散する。

 大枯野むかしの我は疾走す
 火柱の火こそ火花開耶姫

 前の句が句集『華彌撒』の巻末の句、後の句が句集『背守紋』の巻末の句。どちらも、沼尻さんに句を作らせているものについて書きながら、それは新しく現れた沼尻さん自身でもあり、沼尻さんが書こうとするものでもある。


 さて、連句では、ほかの人の句につけるとき、その句に、作者とはちがった読み方を与えることになる。わざと誤読するときもある。句をひとつひとつの言葉に分解してしまうこともある。そして、そのひとつひとつのパーツについて考える。その言葉がこの句以外のところでどんなものの部品になるか想像し、別の世界を作り上げる。
 句が多様でなければならないのと同じように、付け方も多様でなければならない。句に詠まれている、人、もの、場所、時間、などの拡大、縮小、ずらし、対称、対立、深化、あるいは間喩、イメージの照応など、一行と一行の、できる限り多くの関連性を試すことが目指される。

 腕内に大き冬瓜を抱きゐて     さなえ
  風が誘う嬰児の睡りを      那智

 那智というのは、連句での沼尻さんの名前である。このふたつの句は、とてもよくついていると思う。どうついているのか、と問えば、まず、このふたつの状況が同じ場に置かれている、ということが可能である。だれかが冬瓜を抱いている横に、赤ん坊が眠っている、というふうに。
 だが、こうとも言える。腕のなかに大きな冬瓜を抱いているという句には、妊娠の匂いがある。そのことを念頭に置いて作ったわけでもないが、腕、丸い実、抱く、という言葉に、すでにそれが宿っている。宿っていると気づかずに詠んだのに、次の句によって暴かれてしまっている。
 人の句につけるとき、人の皮のなかにはいり込んでいくような気がする。自分ではないものの皮にはいり込んで、別の生きものとして生まれ変わり、新しい生きものの皮にまた別の人がはいってくる。もちろん、連句全体としては、言葉の歴史的な奥行きや広がり、あるいは駄じゃれなどによるつけあいの方が主なのだろうけれど、それがわたしにとっての連句の楽しさだった。
 けれども、最近、わたしはずいぶん連句から遠ざかってしまった。自分以外のものの皮だと思っていたものが、よく見ると、やはり自分の皮だったように思えるようになってしまったからだ。連句がわたしにとって、前の句の中に自分を見い出していくという行為なのだとしたら、それは対話に見えて、ほんとうは閉じている。外を見ようとして、中を見ていたということになる。
 逆に、自分の言葉を探そうとするとき、どこかから「たま」の方がわたしのところへ流れ込んでくることがある。わたしの方が皮になる。今わたしはそのことにひかれている。





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