見知らぬ文字と「明空」 大下さなえ
昨年秋にICCで開かれた「バベルの図書館」展に徐冰の「天書」が出品されていた。徐冰は一九五五年中国に生まれ、現在はアメリカで活動している。中国では漢字は天から与えられたものと考えられており、作品の題はそこに由来している。
「天書」は一九五一年の作品で、木活字による手刷りの大判の書物四冊という体裁をとっている。今回の展示では、電子版によって数ページを見ることができるが、見ても読むことはできない。刷られた文字が、すべて彼の作った偽の漢字だからである。偽の漢字は四千字以上あり、一字一字木に彫られ、いかにも書物のような体裁で印刷されている。読むことはできず、意味も持たない。
形を構成する要素やその組み合わせ方が漢字とよく似ているので、漢字を知らない人にはどうちがうのかわからないかもしれないが、漢字を使う者の目には不気味に映る。一般に、目の前に漢字に似た未知の形があるとき、それが漢字であるか非漢字であるか、わたしたち自身には決める権利がない。「天書」に接するとき、文字というもの、文字を使うということ自体の、奇妙さ、不安定さに引き合わせられる。
徐冰は作品の解説の中で、「中国語の学習ではこの「書」にかなりの重点が置かれ」、「教育の初期の段階では、何千という数の漢字を間違いなく覚えることに誰もが数年を費やさなくてはならず」、「それは漢字の書き取りのためばかりでなく、さらには教養の形成においても有用なのである」とした上で、それゆえ、「書き言葉を変えることは文化のまさに基盤にとっての打撃であって、言語の改革は人の思考プロセスの最も原理的な部分の改革なのである」と述べている。
漢字の改革は、中国の歴史の中で繰り返し行われている。それは統一を目指す権力と結びついている。秦の始皇帝によって、文字は秦篆に統一され、ひとつの文字はひとつの形をとるようになるが、それ以前は文字は完全に固着したひとつの形態を持っていなかった。白川静は、始皇帝による文字の統一を「機械的な方法」と述べ、それ以前の甲骨文・金文の時代が「文字がその成立した本来の形象と表記意識を失わずに伝承していた時期」であり、「字形の構造はかなり自由に筆記者によって変化を加えられているが、字形の示す本来の象形は的確に把握されており」、それは文字の「構造的意味が十分理解されていたことによる」としている。
白川静によれば、そもそも甲骨文の時代の文字は、「天地間の万象がみずからをあらわす姿」であり、「極めて体系的に組織され」、「それ自身が一つの世界観的な体系を持っている」とされている。また、「象形は絵画ではない。具象というより抽象に近いものであり、それゆえに象徴性をもつ」、すなわち「存在の自己表現の形式」、「ことばと同じ次元に立つところの、実在の概念化、客観化の方法」であり、「ことばと文字とは相互補完的に、また相互媒介的にはたらきながら、その自律的運動を展開する」。
その特性が今の漢字にも受け継がれているのだろう。日本語の場合も思考の中に漢字が組み込まれている。とはいえ和語では、もともとの日本の言葉に漢字を乗せているから、字形の系と音の系が必ずしも一致しない。日本語で書こうとするとき、頭の中に浮かんでいるのは声なのか文字なのか。そもそも二重になっているのかもしれない。日本の詩では、詩が音律から生まれると言い切ることができない。目で見る詩と耳で聞く詩という、ふたつの別の形が重なり合っている。
浮かんだ詩句を書き留めたとき、書き留められた文字から新しい詩句が浮かびあがることもある。浮かんでくるものを言葉にするのではなく、文字という形そのものが浮かんでくることもある。お互いがお互いの牽引力になるともいえるが、常に自分以外のものに引きずられて詩作している感が残る。詩を音読しようとするとき、その二重性に再び向き合わされることになる。
さて、始皇帝以後、政治から文字への介入を行った皇帝に則天武后がいる。これは統一ではなく新漢字の創作である。則天武后が作った文字は則天文字といわれ、十八文字(十九、二十とする説もある)あり、文字として使われたのは武后が在位していた十数年である。則天文字は、それまでの文字とは異質で目立つ形であり、蠱惑的な形も多い。
    則天文字(一部)
則天文字は、それまでの漢字に比べて画数も多く、簡略化のような実用的な意図は持たない。また、それまでの漢字とは異なる形成をされている。つまり世界観の体系から外れたところにある。則天文字が作られた意図は、そのことにあると考えられる。武后は文字に対して呪的な信仰を持っていたといわれており、新漢字に革新の野心を託したのであろう。
武后の名「照」は、「空」の上に「日」と「月」を並べた形に変えられた。「照」の光源は「火」であろうが、武后はそれを「日」と「月」に変え、かぎりなく広々とした情景を描き出した。この文字にどこか妖しさが漂うのは、文字の真ん中に「穴」があるからかもしれない。身体を思わせる。武后は、空でもあり自分の身体でもある文字を作り、空を自分の身体にしようと考えたのかもしれない。
漢字を作るとき、世界が掘り出される。白紙の上に新しい文字を刻むのは、おそろしいことである。では、詩はどうだろう。そもそも言葉で書くのだから、言葉がすでに持つ世界観に支配されている。しかし、どこかで、新しい文字を刻むようなおそろしいことをしなければ、詩にはならないのではないか。
漢字はひとりの人間の世界観だけで作られるものではない。則天文字は、武后の趣味であるとか、思いつきにすぎないとされることが多いが、この文字には引かれる。上下ふたつの漢字に分け、「めいくう」という読みを与える、「明空」というこの詩誌の名前の由来はそれである。
引用文献
『バベルの図書館』NTT出版
白川静『漢字百話』中公新書、『文字遊心』平凡社ライブラリー
明空2号
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