『蔵部』 

(日経新聞5/19夕刊より)

日本を教わる

セーラ・マリ・カミングスというアメリカ人女性から長野県の酒蔵の看板や のれん、酒瓶やラベルのデザインを頼まれた。この人は利き酒師の資格を 持っていて、この酒蔵を仕切っている。

長野県の小布施町に彼女がやってきたのはオリンピックがきっかけだった そうだ。オリンピック関係の仕事に従事した後、民間の仕事にもついて みたいという彼女の希望を、栗(くり)菓子や葛飾北斎のコレクションで 有名なO堂が受け入れ、彼女に様々なプロジェクトを任せた。

その一つが敷地内に古くからある酒蔵の再生計画である。杜氏(とじ)が やってきて酒を仕込むという古式にのっとった酒造りは変わらないが、 この一角を改装して酒の販売店舗と料理店を新設した。その料理店は板場が 客席に向かって全開している。板場には大きなかまどが二つ。立派な飯炊き がまがその上に鎮座しており、その風情がこの施設の心意気を象徴している。 蔵の風習か、板場も配膳(はいぜん)もすべて男性。そろいの法被に鉢巻姿。 客の視線から逃げられない板場にはとまどったそうだが、徐々に堂にいった 動きになった。一つの器を両手で持つのはひ弱な印象を与えるので必ず片手に 一つずつ。これはカミングス流の指導。彼女は器の模様などへの目配りも 鋭く、たこ唐草なら小さめに密度濃く入れた方が男の手にしっくりくると 有田に特注して作らせた。

蔵の改造や内装は香港在住のジョン・モーフォード氏の手による。新宿の ホテル・パークハイアットの内装の出来ばえに着目したカミングスさんが、 その設計者を探した結果、香港にたどり着いた。

そんな国際色豊かなプロジェクトチームが生み出す空間は、何とも背筋の ぴしっと通った日本流で気持ちがい。誠実に仕上げられた和の空間は 時間の経過とともに味わいを増している。そこに働く人々が生み出すきびきび した空気もすばらしい。かつて北斎の才能を見いだし援助したO堂の面目躍如 というところか、また一つ新しい創造性を手中にしている。

「日本の文化を分かっていない日本人が多い」と、カミングスさんは言う。 確かに、異国人という意外性を差し引いてもこの人の日本の文物への 造詣(ぞうけい)は深い。物だけではなく人をしつけて場に品位を生み出す 手腕もすごい。 そういう所からのデザインの依頼は一大事である。しかられないように、 しっかり意識を正して日本と向き合わなくては。

原研哉(グラフィックデザイナー)

偶然にもお店でモーフォードさんとカミングスさんを目撃。
エルトン・ジョンとルーシー・ブラックマンさん似のおふたりでした。


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