とあるページより抜粋 (00/08/09)


    ● プチ家出をする少女たち
                        田口ランディ

    久しぶりにお昼のワイドショーを見た。岡山ので母親を撲殺した少年 が保護されたので、その後の取調べでわかった事実など知りたいなあ…… と思ったのだ。

     でも、新たにわかったのはバッグの中の所持品くらい。彼のバッグの中には 大量の「ポケモンカード」が入っていたそうだ。それが、コメンテーターの間で少し 話題になっていた。

     「やっぱり現実逃避でしょうね」と、市川森一さんという男性が言う。 「彼はきっと、現実はなんでリセットできないんだろうって、そう思っていたと思い ますよ」

     そんなこと思うかな〜、と考えながらも、ぼーっとテレビを見続けていたら、次の 特集が「急増、少女のプチ家出」というものだった。

     なんでも、少女達の間で「プチ家出」という、二泊三日くらいの親に内緒の外泊が 流行っているのだと言う。「へー」と思った。というのは、私が17歳の頃、私はこの 「プチ家出」の常習犯だったのである。

     本当によく外泊していた。それが学校の合宿所だったり、友達の家だったり、東京 だったり、いろいろだったけど私は外泊するのが好きだった。 これは性分というものだろう。なぜなら、私は今だに外泊主婦である。

     ええ年こいたオバサンになった今でも「プチ家出」を繰り返している。 つまり、好きなのである。他に理由は考えられない。家出って言っても「もう二度と 帰って来ないわよ」というような怒りにまかせた家出ではない。

     ぶらりと出かけたまま、戻らないのである。なぜ戻らないのかその理由が自分でも よくわからない。戻りたくないのである。出かけたらそのままずーーっと漂泊していた いという、妙な欲求が私の中にはある。

     「このまま、ずーっとさすらっているのもいいなあ」と思うのである。 17歳の頃もそうだった。

    ■プチ家出の快楽

     17歳の時、私は寺山修司という人と出会い、その後、東京に行くとよく寺山さんの 事務所に泊めてもらっていた。三田に「人力飛行機舎」という事務所があり、その二階 にHさんという女性が住んでいた。彼女は「人力飛行機舎」で寺山さんのアシスタント 兼秘書みたいな仕事をしているようだった。

     そのHさんの部屋に何度か泊めてもらった。部屋というか事務所というか、なんだか よくわからないごちゃごちゃした場所だった。

     Hさんは「私は以前はタイピストだったんだけどね〜、なんか向かないからやめちゃ ったんだよね」と言っていた。二人でそのごちゃごちゃした部屋に雑魚寝した。 ほんとに寝るためだけの場所である。昼間は東京の街をブラついていた。 アテもなければ友達もいない。でも楽しかった。

     「東京で遊ぶのなら『ぴあ』買ったらいいよ、便利だよ」とHさんが言う。 私が住んでいる茨城には『ぴあ』なんて売ってない。売ってたところで役に立たない ものなあ。生まれて初めて17歳の時に『ぴあ』を買って、すげーーと思った。

     東京っていろんなことやってる人がいるんだなあ、楽しそうだなあ、面白そうだなあ。 純粋にそう思ったね。そしたら茨城が本当につまんなく感じて「あんなとこに居たって ロクなもんじゃねえ、やっぱ東京だよ」と確信しちゃったんだよな。

     その『ぴあ』に「ミニコミ作ってます、スタッフ募集」と書いてあったので、なんとなく 友達が欲しくて電話してみた。ミニコミ誌って面白そうだなあと思った。「高校生なん ですけど」と言ったら、おもしろがって男の子が二人やって来た。

     二人とも大学生で、一人はもう大学を3つ変っているという変な人だった。 なんでも彼は「早稲田→明治→和光」と大学を変ったという。 なんでかってえと「大学がつまんないから」だそうだ。

     私はその後、本格的に東京に出て来て、彼らに言い尽くせぬほど世話になるのだが、 その話は長くなるのでまた今度にする。

     そんな訳で、私の高校時代はとにかくお金を貯めて、お金があれば東京に出て来て いた。「寺山さんとこに泊るから」と言って出て来た。もちろん私の母親は寺山修司な んて知らないのだけど、一度だけ寺山さんがテレビに出演していて、「ほら、この人が いつも親切にしてくれる寺山さんだよ」と言ったら「へーー」と感心していた。

     うちの親は原始人なのでテレビに出ている人はみんな「偉い人」だと思っていたし、 私は学校では生徒会の役員などしていて優等生であったので、親は私のやることに はほとんど干渉しなかった。それで、17歳の頃から、東京の繁華街をブラブラしていた。

     17歳の頃、東京の雑踏に紛れ込むだけで楽しかった。なんであんなことが楽しかった のか、今となっては気がしれないのだが楽しかった。なんていうかな、お祭りに来たみた いな気分だったんだ。日常じゃない。非日常の楽しさってのかな。

    ■どんな行動にもリスクはある

     だから、テレビで放送されてた「プチ家出」をする少女達の気持ちが とってもよくわかってしまう。そうそう、ほんと、楽しいのよね〜。 私なんか今だにプチ家出オバサンだもんね。

     私はいま、湯河原という片田舎に住んでいて、仕事のときに上京する。 なんで湯河原に住んでいるのかとよく聞かれるのだけど、それはきっと 家出をするためかもしれないと思う。

     東京に住んでいたら、タクシーでも家に帰れるし、これじゃあ家出に ならないものなあ。でも、湯河原だと、最終を逃した時点から私の「プ チ家出」が始まるのである。

    「ぎゃあ、最終が行ってしまった!」。ここから私は考える。これから 朝までどうしよう。そして一人で繁華街の雑踏に佇み、自分が17歳に 戻ったような不思議な錯覚に捕われる。あの頃の私と、今の私となーん も変ってないじゃん、って思う。

     そういう時、ああ、私は私なんだなあ、って妙に安心する。あたしは ずううっとあたしだったんだな、って。綿々とこのあたしで生きてきた んだな、って。

     あるときは新宿で、あるときは渋谷で、あるときは六本木で、私は夜 を明かす。場末のバーのカウンターの椅子に寝ているときもあるし、知 らない夫婦のマンションの一室で目が覚めることもあるし、歌舞伎町の お好み焼き屋で酔っ払っていることもあるし、女性サウナの仮眠室でマ グロのような女の裸体に挟まれているときもあるし、高層ホテルの一室 で優雅にルームサービスをとることもある。恵比寿の屋台で出勤するサ ラリーマンを見ながら朝になっても飲み続けていることもあるし、ゲー センで知りあった女の子の部屋でレディスコミックを読んでいることも ある。

     どうでもいいし、なんでもいいのだけど、それはそのとき、その場限 りのことで、永遠じゃない。その永遠じゃないところが、すごく好きな のだ。これっきりだから。これっきりのことをやってるとき、ああ、生 きていて楽しいなあ、とズキズキと実感したりする。

     そんなことして危険じゃないのか?とよく聞かれるのだけれど、知ら ない人の家に泊って犯されそうになったり、怖い目に会ったことは今ま でに一度もない。たったの一度もない。単にラッキーだったのだろうか。

     私の放浪癖は17歳に始まるから筋金入りである。でも、ヤバいこと は一度もなかった。だいたいヤバい人にはついて行かない。私は不良 じゃない。どちらかといえば真面目な女である。単に放浪癖があるだ けなのだ。さすがに行きずりの男の部屋に泊ることはない。それはリ スクが高すぎる。

     リスクについての認識を、私は年若くに持った。それは放浪するため の自衛手段だったからだ。どんな行動もリスクを伴う。そのリスクを認 識して、見合うか見合わないかを判断する。それを日常的にやっている。 この「リスクを負う」という発想は、生きる上でとても役に立った。

     どんな行動にも「リスク」は生じる。それが大前提だと思うことが自 律的に生きるための第一歩だった。そして私はどちらかと言えば「手堅 くリスク回避」するほうである。大胆だけど慎重なのだ。

    ■書を捨てよ、街へ出よう

     ワイドショーのスタジオでは、司会の大和田漠さんが「私にも娘がい るんですけどね、こういうこと(プチ家出)は許しませんよ。まったく 親は何を考えているんでしょうねえ」と怒っていた。

     家出は18歳までしかできない。高校を卒業したら、家に帰らなくても それは家出じゃない。それは自立って言うんだろう。

     18歳で本当に家を出てしまった私は、その後、結婚して子供ができる まで「家出」ができなかった。今また主婦になり母になり「家に納まっ た」ので家出ができる。嬉しい。かつて出たかった家を、また結婚して 持ってしまった。矛盾している。そしてまたプチ家出してる。

     家がないとできないのが家出なのである。

     人間ってのはきっと、恒に「今の状態を維持しようとする力」と、 「変ろうとする力」の二つに嘖まれて生きているんじゃないかと思う。 少なくとも私はそうだ。

     「変ろうとする力」が強くなると、身体は微熱を帯びて熱くなる。熱 くなると、心は柔軟になり変容しやすくなる。そういう時期は変化のと きだけど、でも、自分がぐらぐらしていて危ない時期でもある。

     この危ない時期を通り越すと、また「今の状態を維持しようとする力」 によって安定がもたらされる。そのうちまた「変化の兆し」が現れて、 熱が上がってくる。

     こんなことの繰り返しだったように思う。「恒常」と「変化」のサイ クルは年をとるほど長くなってくる。でも、この永遠のサイクルを生き ることが私は楽しい。

     だから私は「プチ家出少女」をとがめる気にはどうしてもなれない。 プチ家出は「小さな旅」なんだと思う。そういう「小さな旅」には出な いより出たほうがいいように私には思える。「旅」なんだから危険だっ てあるけど、それを避けて生きるよりはちょっとくらい危険だって「旅」 に出たほうがいいじゃないか、って思う。

     きっと身体が熱を帯びて、変化を求めてるんだ。そう感じる。

     爆発的に変化しようとしている思春期に子供を恒常性に閉じこめるな んて、これこそ犯罪じゃないかと思える。

     危うい変化の時期を経験して、私は少しずつ「自我」という自分の殻 を固めていった。まるで、海老が脱皮するみたいに。

     海老は成長するために脱皮する。新しい海老の殻はぐにゃぐにゃに柔 らかい。固い殻で身体を守っている海老が、成長のために危険を犯して 柔らかい殻を身にまとう。きっと海老の内部も「恒常」と「変化」がせ めぎあい、海老は成長のために微熱を帯びてるんじゃないかと想像して しまう。

     成長するってことは、危険を伴うんだよ。成長は変化で、変化っての は恒常性を壊すものだ。変化している子供を、大人は「変った」と言っ て非難する。それはあんまりだ。人は死ぬまで変る。変らないほうが長 い目で見たら不運だ。

     そしてその変化のために「家出」は必要な儀式なんじゃないか、って 思えるのだ。



私は一人暮らしになってからのほうがよく家出(とは言わない?)してました。
ああ、家賃がもったいなかったなあ。

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いろいろ