
県立高校将来構想素案に書いてあることからすると、共学にするのが不可欠であるかのようですが、本当にそうでしょうか?
現状で、男子高・女子高と共学との間に優劣はない
男子高・女子高と、共学との間に現状では優劣は付けられません。(というか、優劣が付けられると考える方が変じゃないですか?)
公立高校は戦後すぐに共学になった県と、宮城のように男子高・女子高を残した県とで、男女共同参画の状況に違いは見られませんし、男子高・女子高出身者と共学校出身者との間にも意識の差はありません。男子高・女子高出身者の夫婦でも、某サイトのジェンダーチェックでは理想的なジェンダーフリー家庭といわれました。
アメリカでも、共学一辺倒からの見直しが始まっています。
男子高も、女子高も、共学校もあり、その中から生きたいところを選択できる今の状況は理想的だと思いませんか?
理想のジェンダーフリー教育を考えたときでも、共学だけが選択肢ではない
共学が理想だという考えの方もいらっしゃいます。一つの方法論としては正しいかもしれません。 「男女が共に過ごし、共に理解を深める教育を行う」べきであるという考え方に立てばそのような結論しか出てこないでしょう。
しかし、男子高では男子高のやり方で、女子高では女子高のやり方で、より上位の目的である「男女が共に理解しあい、差別が無い社会を築く」ということが実現できればそれでいいわけです。
男女に限らず、常に一緒にいるのがいいとは限りません。ある期間距離を置くのがいいという考え方もあるでしょう。教育を受ける期間16年間のうち3年間は同性のみの学校で過ごすというのもの異性の理解にプラスに働くかもしれません。
少なくとも、共学が唯一の正解ではありません。
高校は義務教育ではない
高校は、義務教育ではありません。まだ未成年とはいえ、必要不可欠な教育は既に満了し、社会で必要とされるジェンダーフリー教育は既に終わっている生徒それぞれが、自分の進路、指向、嗜好にあわせて行きたい学校を選択して進学するものです。
自治体としては、多種多様な進路、指向、嗜好にあった学校を準備するべきではないでしょうか。
仮に共学が理想だとして、「まず共学化」がいいのか
今存在する男子高・女子高を、「理想の共学」の状態に持っていく手順とし
ては
(1) 共学化 → 理想の共学の実現
(2) 他の共学校での「理想の共学」の具現化 → 共学化
という2つの手順が考えられます。今宮城県教育委員会が進めようとしているのは(1)だと思います。
(教育委員会に共学化以降の考えがあるかどうかは別として)しかし、現実の共学を見たとき、(1)の方法を採ると、一時的には単に
男子高・女子高のメリットを潰すだけになりかねません。
(2)の方法を採り、男子高・女子高のメリットも温存しつつ「理想の共学」
が見えてきた時点で共学化するという方がいいという考え方も出来ます。まず共学化ありきという考え方自体も一度見直すべきではないかと思います。
共学校、男子高・女子高それぞれが問題に取り組み、どちらが優位かが明確に
なった時点で共学化なり、男子高・女子高化なりの判断をすればいいと思います。
現状で、男子高・女子高を全て共学化しなければならない根拠は何もありません。
男子高・女子高でも男女共同参画社会の実現に向かっていけるはずです。