2002/10/31(THU) 晴れ時々曇り
知人宅2軒を回り,インターネット接続環境の設定。1軒は無線LAN環境の設定,1軒は支払い方法の設定なども。午後,こどもたちと遊ぶ。
引き続き組織開発の教科書的文書の翻訳。
今日から岐阜大学の学祭。誘われてもいることだし,せっかく近いのだから,明日見に行こうと思っている。
2002/10/30(WED) 組織開発の教科書を翻訳中
知人のブロードバンド環境+無線LAN環境導入のため,明日は名古屋出張。ざっと無線LANの設定項目などを調べた。
引き続き組織開発の教科書的文書の翻訳。
2002/10/29(TUE) アラスカへ旅立つI君
昨日,この冬初めての関ヶ原からの雪雲がやってきた。今日も太陽が出ている間は暖かいものの、朝晩は冷え込む。つい先日までなかなか涼しくならないと思っていたが、なんだかいきなり冬に近付いたようである。季節のめぐりは早いものだ。
夜半、姫路の知人に電話。まもなくアラスカに出発とのことで、激励。彼の場合はCPA資格取得を目指しており、その経歴も一風変わっている。もともとは教会関係の知り合いなのだが、共通の知人がいた(彼の学生時代の知人が私の元の勤め先の同期)という偶然の一致もあった。
何はともあれ、I兄の健闘を祈る。
2002/10/28(MON) 統一補選終了
昨日コメントし忘れたのだが,統一補選が終了した。結果は民主惨敗,与党圧勝。恐るべし,創価学会の組織力,恐るべし,20%台をきる投票率。案の定今日の市場は下落で始まった。下落の理由は与党が勝てば抵抗勢力が勢いを得て竹中プランが更に遅れるか骨抜きにされるとの読みだろう。一方,もし野党側が勝っていたとしても与党が小泉首相との対立を激化させていただろうから,これも市場下落の要因。
職務経歴書の作成完了。ちょっと早めだが市民税を納付。さて,バイト先を探さなければ。
2002/10/27(SUN) TOEIC受験
本日TOEIC受験。終了時間を勘違いしていたため,最後の10問に取り組めなかった。これは前回の得点には到底およびもつかないかも。発表は約2週間後。
帰宅後,職務経歴書作成。
2002/10/26(SAT) 久しぶりに中国餃子
お昼過ぎ,知人の中国人留学生から電話がある。日本舞踊の発表会に父親を連れていってくれないかという頼み。市民会館に同行。日本語は読むことはできるが話すことはできないとかねて聞いていたのでできるだけ中国語を使うようにしたが,あまりすらすらとでてこず,あせって文法がめちゃくちゃになる。まぁゆっくり落ち着いて話しなさいと慰められる。使わないと本当に語学力はさびつくものである。
発表会の冒頭,自民党の国会議員が二人も舞台挨拶。一人はこの発表会を主催した会の後援会みたいなことをやっているらしい。この会は土産物付きで催されている。こんなことだから政治に金がかかるのだろうし,政策の勉強の時間がないという泣き言も漏れるのだろう。
発表会そのものは最後の演目がちょっと面白かった---というのは,鏡文字を書いたり,口で書いたりといった意外な書を見せてくれた--ことを除いては,日本舞踊方面の知識に疎い私にとってはうまいのか,まずいのか,さっぱり分からない。これが文楽だとか,能・狂言であればもう少し評する言葉も出てくるのだが。
ともかくも会の終了後,招きに応じて留学生宅にてご夫妻と3人で夕食。ご母堂の手作り餃子をごちそうになる。本当に久しぶりに本物の中国餃子を食べた。かの留学生がいつも,母親の作る餃子はおいしいといっていたが,確かにおいしい。そうこうするうちに本人もアルバイト先から戻り,4人でしばし歓談。おだやかな家庭の雰囲気を味わうことができ,なるほどこの夫婦にしてこの娘かと納得。10時過ぎ,辞す。
2002/10/24(THU) もうすぐTOEIC
明後日にTOEICを11年ぶりに受験。前回はたしか630点くらいだったので,せめてそれくらいはとりたいです。でも英語を使う仕事からは随分遠ざかっているからなぁ。それにいいかげん,アルバイトもはじめなければ。診断士試験の発表が12月なので,あと1か月くらい。でもこんなに短期のバイトってあるだろうか。肉体労働系や長時間のものは体力的に対応できないしなぁ。診断士事務所めぐりでもしていたほうがいいんだろうか。
2002/10/23(WED) インドのこどもたちの思い出
今日,NHKで新垣勉氏の出演する番組を見,懐かしい思いでその歌声を聞いた。新垣氏は生後すぐに助産婦のミスで失明,父母の離婚,育ての親の祖母との死別,自殺未遂を経て,讃美歌との出会い,牧師との出会い,ボイストレーナーの師との出会いを経験,歌うことに生きる意味を見いだし,人々を励ますメッセージを送り続けるテノール歌手である。何度か直接その歌声を聞く。
私の場合,生きる意味を見いだした経験は何だろうか。いろいろなことの積み重ねであって劇的なものではないかもしれないけれど,あえて一つ選ぶとすればインドの鉄道の車中で3人のこどもたちと出会ったことだろう。もう何を話したか,記憶もかすかになってきたけれど,インドの将来のことや日本の折り紙の紹介をしたりして楽しい車中の時間を過ごしたこと,少女の髪を隠すベールが話に熱が入るにつれて次第に落ちていったこと,このことは忘れられない。いつかまたきちんと書き残しておきたい。
2002/10/22(TUE) ソリューションとしてのバザー
今日はのぞみ園で打ち合わせをし,こどもたちと遊んできた。いつも思うのだけれど,この園の職員の先生たちはこどもの思いを受け止めるということをごく自然にやっている。翻って自分を鑑みるに,子ども好きというだけで学生の頃から子どもたちや年下の少年たちの相手をしてきたけれど,必要以上に随分厳しい接し方をしていただろうと思う。ことに指導者をしていたころのスカウトの諸君には怒鳴ったことも多かったし,どちらかというと自分の価値観を伝えたいという思いが強かった。現役時代の団委員長だったK牧師が,君は教えることがうまいとほめてくれたことがあったけれど,教育・教術や人の心というものに興味を持って調べ,実地応用しはじめたのはおそらくあのことばがきっかけだったろう。まわりの人との関わりをすべて怖がって頑なだった私に対して,ほめられることでやる気が引き出されて変わっていくということを実例で教え示してくれた,懐かしい人である。
まもなく文化の日,そしてバザーがやってくる。教会・のぞみ園ではK姉や園児の父母,職員を中心に着々と準備が進んでいる。
日本はものがあふれる豊かな社会になってしまった。使わなくなったけれど捨てるには惜しいものをゆずりあうというバザーも,なかなか成立しにくくなっているといわれている。一方で,のぞみ園のバザーは卒園児やその父母と職員の再会の場であり,近所の人の楽しみであり,近隣のお店や施設の売り込みの場所であり,現園児やその父母の力の見せ所としてその魅力はいまも輝いている。経済学や会社の世界では,ものが豊かな時代にあって売るのは製品ではなく,ソリューション(ひとびとに役立つもの/考え方/仕組み)だと言われて久しい。のぞみ園のバザーも,単に不要品を交換する場というのではなく,出会いの場,表現の場,自己実現の場として存分に活用できているだろうか。
2002/10/19(SAT) 安倍氏はマヌケな官房副長官
安倍官房副長官が,拉致事件に関連して民主党の菅直人前幹事長、社民党の土井党首を名指しで批判して「極めてマヌケな議員」といったそうである。拉致事件の実行犯の一人とされる辛光洙容疑者が韓国で政治犯として収監されていたのだが、「(辛容疑者を含む政治犯の)釈放運動を起こし,盧泰愚政権に要望書を出した人たちがいる。それが土井たか子あるいは菅直人だ」とのたまったとのこと。「この二人はスパイで原さんを拉致した犯人を無罪放免にしろといって要望書を出したという極めてマヌケな議員なんです」,「昔から(拉致問題に)取り組んでいたかのように小泉さんの決断を批判する。私はちゃんちゃらおかしいと思う。彼らはまず、それを反省するべきではないか」といったというのだ。
ちゃんちゃらおかしいのはあんたのいっているロジックじゃぁないか。
土井・菅両氏は韓国に多数の政治犯が収監されていることが問題だと考え,その釈放嘆願をした(事実)。当時,辛容疑者が,(拉致事件とは別件の)政治犯として収監されていた(事実)。辛容疑者は拉致事件の実行犯とされる容疑者だ(推定事実)。政治犯の釈放嘆願をしたというのは辛容疑者という特定個人の釈放嘆願をしたのと等価だ(一般論と個別論のすりかえ)。だから土井・菅両氏は拉致事件容疑者をかばったも同じだ(詭弁から導いた歪んだ結論)。
こんな詭弁を平然と弄して国民をだませたと思っていたりするのは,まぁ愚民政策を続ける自民党の政治家らしいといってしまえばそれまでだけれど,随分国民をばかにした話である。
2002/10/14(MON) 風邪で寝込む
この3日間,風邪で引きこもっていた。仕事をしないで好きなことばかりやっていてもひくときはひくらしい。毎年2ー3回は寝込んでいた頃から比べたら随分な進歩ではあるけれど。
南京でおこった毒物混入事件の犯人とされる人物に,今日死刑が執行されたとのことである。風化しないうちに,情報をまとめておこうと思っている。
2002/10/06(SUN) 二次試験終わる
診断士試験の二次試験が今日終わりました。感想/状況報告を少々。
昨晩は緊張からかあまりよく寝た実感はありませんでしたが,とにかく予定時刻どおり起きだし,会場には見込みより少し早めの9時前に着くことができました。開場直後の教室は気温が高く,これで空調でも入れられたら体調が狂うなぁと心配していましたが,幸い窓が開いて暫くしたら涼しくなり,曇っていたこともあってこの面は杞憂でした。
中小企業診断士試験は「中小企業支援法」第12条に基づく国家試験です。二次試験は「経営革新・改善・安定」,「新規事業開発」について,組織(人事を含む)を中心とした経営戦略に関する事例,マーケティング・流通を中心とした経営戦略に関する事例,生産・技術を中心とした経営戦略に関する事例,財務(ファイナンス)を中心とした経営戦略に関する事例,その他経営に関する事例から出る4つの事例問題をそれぞれ80分かけて解きます。
事例Iは組織に関する事例でした。経営環境に関する記述が少なく,特に第4問がとっつきにくい問題でした。書き終わるとほぼ同時に試験終了時刻になり,これは厳しいなと緊張しました。マーケティング・流通に関わる事例IIは一番分かりやすく,唯一回答をまるごと控えることができました。しかし企業と個人の協力に「戦略的提携」というキーワードを使った---アドバイザー契約などの方が良かったか?---ことなど目立つミスもありました。生産・技術については本来私の専門分野のはずなのですが,該当する事例IIIは書き終わった後で見返すといろいろあらの見える内容になりましたが,時間切れで推敲までにはいたらず。特に第2問の設問3は,設問で問われた改善「手順」を書かないという致命的なミスを犯しました(キーワードの見逃し)。事例IVは財務(ファイナンス)分野の問題でしたが,できたようなできなかったような,よくわからない手応えでした。この事例は数字での回答が多く,回答指定字数も少なめで一番自己採点しやすい事例だと思うのですがいかんせん時間切れで回答を丸ごと控えるあたわず。
というわけで全体としては合否は五分五分くらいかなと思っています。
今は一日字を書きどおしでなんだかぐったりしています。でも大きな山を一つ越えたので少しばかり気が楽になりました。記述主体の二次試験では自己採点で精度の高い合否予想というわけにもいかないでしょうから,12月の発表まで何かと予定を入れて忙しくしているつもりです。早速2週間後には久しぶりにTOEICの受験でもうしばらく受験生生活が続きます。求職戦略も作って実行していかないといけないので,やることには事欠かないです。
家に戻ってきたらすぐに外は嵐になってしまいました。帰途立ち寄った杁中の三洋堂を早めに切り上げて正解でした。
最後になりましたが,支援・応援して下さった方に心よりお礼申し上げます。また一緒に受験した皆さん,お疲れ様でした。
2002/10/03(THU) 衝撃続く
横田めぐみさんらの情報が新たにもたらされた。あまりに悲惨な知らせに言葉を失う。ご家族の心痛,察するに余りある。