How I live in Japan, out of my diary
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証詞(あかし)とは、一般の信徒が、神様からいただいたと感じる恵みや導きを語ることで、神様の存在や今も見守られていることなどを証言するこです。 『インドで示された道』2002.04.07 日本バプテスト同盟小牧味岡キリスト教会にて
簡単な自己紹介と証詞の要点紹介本日はおまねきいただき、ありがとうございます。証詞をさせていただく機会を作って下さったことを神様に、また味岡教会の皆さんに感謝します。 今日の証詞は神様が私を導いて下さっているという確信を持った体験をお話ししたい。お話しするのは、1996年から97年にかけての冬休み、仕事や人間関係のつらさから逃げ出すためにいったインドでの体験と、それによって得られたことです。失意の旅と思われた旅が、神様の導きと守りを確信する旅となったのです。 でも、まずはじめに、簡単に自己紹介をいたします。今日は珍しくネクタイを締めておりますが、実は失業中の身であります。昨年6月に約10年間勤めた食品企業を退職し、現在中小企業診断士という経営コンサルタントの国家資格をとるために勉強中です。この資格をとったうえで、次の10年の人生のテーマ、『海外と関わる日本の、あるいは日本と関わる海外の企業や団体のお手伝いをしたい』という目標を具体化していきたいのです。 楽しかった会社生活・苦しかった会社生活インドにいった頃の仕事は、自分の強みを生かせていたという意味で私にとっては結構楽しい仕事でした。どんな仕事かというと、海外から自社で使う農産物や農産加工品の輸入です。例えば真冬の中国(河北省・河南省・山東省・福健省)の農村へ、凍えそうになりながらにんじんを買い付けの出張にいったり---ニンジン求めて三千里出張---あるいは同じく中国は新疆ウィグル自治区に毎年夏の1か月くらい、トマトの加工工場で加工の現場で監視していました。 当時の仕事での私の強みは、一つめは技術者としての知識と経験です。そこの職場に移る前にすでに工場でそれらの原材料を使う技術者---あるいはユーザーといってもいいかもしれませんが---として働いていましたので、品質管理・食品加工技術といったことは、同僚---半数以上は営業畑の出身か、工場経験がほとんどない人でしたから---と比べて少しは知識や経験が豊富だったはずです。 もうひとつの強みは、語学がまぁまぁできたこと。今では随分忘れてしまいましたけれど、語学留学したり、自己流の勉強をしたりで、英語と中国語は日常会話レベルはなんとか当時はこなせたんです。 ところが、実は肉体的にも精神的にも、この時期は今振り返っても一番ひどい時期でもありました。 インドへそういった苦しい状態から逃げるため、11月のある日、私は突然冬休みをインドで過ごすことにしたのです。なぜインドだったかといってそれほど深い理由があったわけではありません。滞在費が安く住むとか、中国と並び立つ国といえばインドだとか、そういう軽い気持ちで選んだのだと思います---当時好きだった人がインドと関わりを持っていて、インドへ行くことでその人の気をひこうとしたという面もあるかもしれません。 ところでインドでは、マザー・テレサのところでボランティア体験をしてみることにしました。ガイドブックをめくっていると、カルカッタ---現在の名称はコルカタだそうですが---で、マザーテレサが活動をしていることで有名だと紹介がありました。わずか1行程度の紹介であり、ビジターでも手伝わせてくれるとほんのひとこと書いてあっただけだったのですが、なぜかいってみようという気持ちになり、日程に組み込んでおきました。インドには2週間の滞在予定でしたが、失意の旅でしたから、目的地も予定もホテルも現地で適当に決めていこうと、半分投げ遺りな気持ちで旅立ちました。唯一、ボランティア活動だけが計画といえば計画でした。 ところが、実際にカルカッタの地にいってみてはたと困ってしまいました。どこにいったらいいのか、情報が無いのです。なにしろガイドブックにはマザーの事務所の場所だとか、どこにいったらボランティアができるのかといったことは全く書かれていなかったので、とりあえず宿を決めた後は、街に出て観光案内所にいって訪ねたりしたのですが、そこでもさっぱり情報が得られませんでした。カルカッタの街は地下鉄も通っているぐらいでして、名古屋と同じくらいの広さがあるのです。現地にいったらどうにかなるだろうなどという考えは無謀でした。 それに、街を歩き回ること自体、大変疲れることでもありました。15分おきくらいにちかよってくる物売り・物乞い・人力車・・・そういう人とのコミュニケーションに加えて、泊まった安宿街の前の通りは、麻薬を売り付けにくる人がうろうろするようなスリリングな場所でもありましたから。 ひとつめの確信そんなこんなで一日中街を歩き回った後どっと疲れが出て宿で自分のベッドに辿り着き、もうやめようかと思っていたんです。もうあきらめきって、ベッドでぼーっとしていたところ、突然、マザーがうんぬんという声が聞こえました。 安宿に泊まったと申し上げたのですが、実はそこはボランティアたちが長期滞在するたまり場だったのです。最初、彼等は英語で話していました。韓国からきた女性と、日本から来た男女数人がちょっとたどたどしい英語で話していて、そのうち、日本人同士、日本語で喋りだしたんです。あーあ、また日本人かと、内心うんざりしていたところにちらっとボランティアとか、マザーのうんぬんという言葉が耳に飛び込んできて、えっと思いました。 自分ではコントロールできない世界におかれた恐怖と、無力感、そんななかにあって、突然進むべき道が準備されているからそこに進みなさいという声が聞こえたような気がするのです。この瞬間、あぁ自分は、神様に導かれているのだと思いました。これがインドで得られた一つめの確信です。 そのあとの2日間は、すばらしい体験でした。そして、さまざまなことも学びました。そのひとつはやはり日本人が豊かであるということです。頭で理解していたことが、現実に目の前につきつけられ、毎日自分に迫ってくる感じでした。 二つめの確信ところが、インドで得られたのはこの臨在の確信だけではありませんでした。『世の中には自分のような者でも助け手として必要としている人がいるのだ』ということです。これが2つめの確信でした。 実は、日本人ボランティアの中には、結構私の様に何かを求めてやってきたという人が多かったようです。クリスチャンでも無いのに、『朝御飯を食べさせてくれるから』と言い訳しながらミショナリーの行う毎朝のミサに参加していたボランティアたち。言い訳といいましたけれど、そういう人たちは自身でも、何かを求めているとは思っていないことでしょう。私には、そういうポランティア達の無意識の渇望感が見える気がしました。何しろ自分自身が、今の今までこんなところまでやってくるのに何かを求めているとは思っていなかったのですから。 従前より私は自己評価が低い方でしたから、他人を助けるなど、自分にはとてもできない、できるなどと考えるのは、ごう慢な態度だと思っていました。しかし、自分が足りないことがあるからこそ、気付くことができ、ともに考えることができるのだと確信したのです。そして、そういう、本人が気付いていない何かに気付き、その解決策をともに考え、ともに解決することができれば、なんてすばらしいことだろうとそのとき思ったのです。 使命を使命としてとらえられたこうして私は、二つの確信を持って帰国しました。『自分が神に守られ、そしてその神から進むべき道が与えられている』ということ、そしてもう一つは『こんな自分でも、必要とされる場合があるのだ』という確信です。 そしてそれは、同時に、自分の人生におけるテーマを、もっと中心にした生き方をしていこうという決心にもつながったのです。 私の人生の関心事とは、『海外』というキーワードと、『助け手となること』、この二つだと前々から思っていました。しかしそれまでは、これらは、自分の生涯の関心の対象ではあっても、指針とはなしえていませんでした。助け手になるのは勇気のいることです。自分によほど自信か、支えが無ければ、他人のことを助けることなどできるわけもありません。 でも、神に守られているなら、たとえ自分にどんなに欠けている点、足りない点があろうと安心して助け手になれるではないか、この確信がわたしがインドで示された神様からの贈り物でした。 現在進んでいる道は、こういうことです。
この道は自分が持つ強みを、今の社会環境に生かすためにはどうすればよいかを考えた結果、選んだ道です。しかし、このインド旅行で得られた確信、神様の守りの確信をもとにしたものですから、神が導いて下さった使命を生かすために選ばされた道といいなおしたほうがよいものです。 冒頭にお読み頂いた聖句『世の富を持ちながら、兄弟が必要な物に事欠くのを見て同情しない者があれば、どうして神の愛がそのような者の内にとどまるでしょう。』、わたしは最初、クリスチャンへの倫理的生活の勧めというつもりでこの聖句を読んでいました。 しかし、いまは、神の愛があるからこそ、他を慮り、具体的に働きかけることができるのだという意味に読むようになりました。 神に感謝し、その感謝のしるしとして、与えられた使命を果たそうとする人生を捧げていきたいと思います。 以上 (2002.05.22 編集) |
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Original:1-OCT-1998;Copyright(C)1998--2005 by Kentaro Uono;All rights reserved. |
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