Miwa's bicycle trip around Tibet & India
9 Jun 2002, Miwa started bicyle trip from japan to India via Yungnang,China,
Tibet,Nepal.
The trip is still going on!
Please stop by Miwa's real time funky column!
Origenal Blog from http://homepage1.nifty.com/
kunori/miwa.html
月曜日, 12月 01, 2003
「恥部」
先にも記したが中国の便所は扉はないので丸見え。 確かに最初は恥ずかしいんだけど、これは慣れの問題であり周りも全部そうなんだから、と吹っ切ってしまえば気にならなくなるものだ。
ただ一つ、とても恥ずかしくて人に見られたくないことがあった。 中国は紙拭き文化なんだけど、私は旅中一貫して水手洗いで通してきた。 便所に行くときは500ccのペットボトル持参なのだ。 しかしその扉無し便所で尻を洗っているところを中国人に見つかると 「ウワ〜!こいつ尻を手で洗ってやがる〜!!」 と変な目で見られてしまうのだ。 それがとても恥ずかしくて、洗う時は人がいなくなってからじゃないと洗えなかった。
おー、紙よ!我を救い給え!ラベル: 中国, 脱プン
.: posted by kazumoto 2:54 午後
「脱プン!その7(チベット編)」
中国の一般的公衆便所には扉が無いことを御存知の方も多かろう。 これがチベットのド田舎なんて行くと、掘建て小屋のような建物で、大きな穴の上に丸太が渡してあってその数ヶ所開いた隙間にする、なんて所もある。 さすがに男女は分かれているけどお隣でキバっているオッサンの姿は丸見えなのだ。
そんな公衆便所が一つだけあるチベットの小さな村にいた時のこと。 その村で私は体調を崩して寝込んでいた。 腹の調子悪くその公衆便所に駆け込んだ。 すると既に先客のオッサンがキバっている。 そんなの気にする余裕無く私はゲリった。 ゲリりながらもオッサンには挨拶し自己紹介もしておいた。
翌日、まだ体調は思わしくない。 再び便所に駆け込むとなんとまた昨日のオッサンがいるではないか。 オッサンは私のくだり便を見て「まだ調子悪いようじゃのう」と声をかけてくれた。
それから2-3日調子は戻らなかった。 そして、なぜか、なぜか、便所に行く度にそのオッサンに会ってしまうのだ。 その度にオッサンは私のことを気遣ってくれるのだ。 私は涙した。
そして数日後、体が軽い!これなら!と便所に行くと、いうまでもなく今日もオッサンがキバっていた。 そして私の見事な一本グソを見て「おお!今日はいい感じじゃないか!」と。 「そうなんですよ!今日は調子いいからやっと出発できます!お世話になりました!」
我々は固い握手を交わした。 もちろん、洗っていない手で。ラベル: チベット, 脱プン
.: posted by kazumoto 2:51 午後
「脱プン!その6(ネパール編)」
ネパールで、山の斜面に建つ眺めよい宿に泊まっていた時のこと。 その宿には共同のトイレが一つしかなかった。 朝食後お腹もいい調子に動いてきてトイレに入ろうとしたら既に先客が頑張っていた。
しばらく発って再び行くがまだ頑張っている。 ヤバイ・・・ 危険度レベルは3→4にアップした・・・
またしばらくして行ってみるがまだ頑張っているではないか!! うわー!もう耐えられん!! ついにレベル5到達!!
やむを得ず室内でビニール袋に脱プン。 その袋は・・・・・・・・・窓からポイ。 ネパールの山々がとっても綺麗に見えました。ラベル: ネパール, 脱プン
.: posted by kazumoto 2:49 午後
木曜日, 9月 25, 2003
「脱プン!その5(トルコ編)」
トルコではガソリンスタンドによく泊まらせてもらっていた。 敷地の隅の方にマットだけ敷いて寝かせてください、と頼むと43発43中という驚異的な成功率でOKしてもらっていた。 こちらとしては寝かせてもらうだけで充分なんだけど、さすが親日的なトルコ人、それだけでは許してくれずメシになれば一緒に食おうと誘ってくれたり、観光に連れていってくれたり、家に招いてくれたりして ありがたい限り。
トルコ中部、カッパドキアに近いガソリンスタンドに泊めてもらった時のことだ。 やはりここでも歓迎してくれ、メシに加え、ビール2本にスイカ半玉までいただいてしまった。 しかも外じゃ危ないから事務所の中で寝なさい、と部屋の中に入れてくれた。 夜、皆は各家に帰り、そこには私一人・・・
深夜、モーレツな尿意で目が覚めた。 寝る前しこたま水分摂ったので当然だろう。 トイレは外にあったので扉を開けて出ようとしたところ・・・ 何と外から鍵がかけられている! しかも窓は開かない! これじゃ軟禁だ!! すでに膀胱は危険度レベル4に達している! (レベル5で核ミサイル発射) 2Hzの自家製コンピューターをフル稼働させ、はじき出された答えは 「金魚ばちにしろ」 しかし翌朝白い腹を浮かせ全滅していたらヤバイというので却下。 続いて出された答えは 「植木にしろ」 しかしこれも臭いでばれそうなので却下。 う、う、危険度レベル5は目前である!
しかし、節分には豆まきをするような信心深さが功を奏したのだろう。 神は我をお見捨てにはならなかった。 このとき部屋には自転車ごと入れてあったのだ! 素早くボトルの中身を捨て、そこにジョ〜。 フゥ〜、助かった〜
しかーし!ここで気を抜いたのはマズかった! 直後に今度はモーレツな便意が襲ってきたのだ! しかも猶予許さぬ緊急非常事態宣言である。 またもやレベル5は目前に迫っていた! しかししかし、お彼岸に墓参りをするような信心深さが功を奏したのだろう。 やっぱり神は我を見捨てることはなかった。 自転車の荷物の中にはビニール袋があったのだ! ブリブリ...フゥ〜
翌朝、みんなが戻ってきたところで何食わぬ顔して裏の畑にまいておいた。 その年の畑は豊作だったという。ラベル: 中東, 脱プン
.: posted by kazumoto 4:34 午後
水曜日, 9月 24, 2003
「脱プン!その4(シリア編)」
トルコ国境まであと数kmというシリアの片田舎で居候していた時のこと。 夕食に何か傷んでいたものがあったようで家の者の数人が下痢にみまわれてしまった。 みんな夜中も次々とトイレに駆け込む。 しかし田舎なので夜間は水道がストップ。 缶に汲み置きされた水がどんどん減ってゆき腹が痛いより、このままじゃ尻洗えなくなるのでは・・・の恐怖に襲われていた。
翌日、運悪くこの日がシリアビザの限界だったのでゲリゲリのまま出発しなければならなかった。 国境を越えトルコに入ったところでダウン。 その辺に野宿しようと準備していた。 すると農作業帰りのトルコ人が来て 「そんな所で寝ないでちょっとついて来な」 と誘ってくれた。 コンテナを改造した仮宿泊所へ。
深夜一人で寝ていたとき、それは襲ってきた。 ヤバイ!と立ち上がった瞬間、彼らは自由を求め旅立っていってしまった。 近くの川で蚊にボコボコに刺されながら体と服を洗ってコンテナの中も洗い流しておいた。 しかし翌朝やってきた人らが中に入るなりしかめっ面して洗浄を始めてしまった。 情けないやら申し訳ないやら・・・
強烈な思い出から始まったトルコ初日であった。ラベル: 中東, 脱プン
.: posted by kazumoto 4:12 午後
|