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Miwa's bicycle trip around Tibet & India

9 Jun 2002, Miwa started bicyle trip from japan to India via Yungnang,China, Tibet,Nepal. The trip is still going on! Please stop by Miwa's real time funky column! Origenal Blog from http://homepage1.nifty.com/ kunori/miwa.html

金曜日, 6月 02, 2006

「ビザ延長」

今中国ビザ再延長のために香港にいます。
普通ビザ取得のためには専用の紙にいろいろ記入して写真張って…と面倒なことこの上ないものですが、なぜか香港だとお金と写真一枚とパスポートをエージェントに渡すだけで翌日にはアッサリ長期ビザがとれてしまうのです。
なんだ、つまりは金がほしいだけのことかって気もしますがね。

ちなみに過去、ビザ・入国書類で「えっ?そんなこと書かせるの?!」って思わせたベスト(ワースト?)3は…

第3位:宗教を書け(1996年シリア 入国カード)
無難に「仏教」と書いておいたが、もし「ユダヤ教」と書いたら入国拒否か?!

第2位:瞳と肌の色を書け(2003年ビルマ ビザ申請)
「肌色」じゃ答えになってないし、さりとて「黄色」と書くのもなんか嫌だったので「茶色」と書いておいた。実際日焼けしていて真っ黒だったからね。

第1位:ここ3年納税している現地人2名の名前を記入し納税レシートを添付せよ(2004年バングラデシュ ビザ延長)
「ツーリストなのにそんな都合のいい知り合いがいるわけないでしょう!」と係官に文句を言うと「なら諦めな。それとも…」とワイロの請求。なんだ?ユスリのネタか?!無論拒否。クサレバングラ役人。

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.: posted by kazumoto 2:10 午後


月曜日, 11月 29, 2004

「白人旅行者のフシギ(1)」

多くの白人さん達も世界各地を旅しています。
現地人の生活風習を見るのも面白いですが、彼ら白人ツーリストの行動も私にとっては興味深い異文化の一つ。
そんな中で「??」と思ってしまう彼らの行動パターンをいくつか。

<その1.外で食うのが好き>
ここで言う「外」とはキャンプとか屋台の話ではありません。
れっきとしたレストランで「外」で食う話です。
たいてい白人が好む場所は、屋上レストランのある宿とか道に面したオープンテラスのあるレストランとか。
日光を浴びながらの食事は気持ちがいい、という気持ちは分からないでもないのでそこは百歩譲るとして、
問題は、本当にこの環境が気持ちいいのか?!と疑うような場所でも悠然と食っていること。
道路脇は埃っぽいし、車の排ガスモクモクだし、乞食が次々現れるし、牛はそこらじゅうにウンコしていくし。
屋上ならばどうかというと、日差しサンサンといってもチベットなんかでは日差しはジリジリと肌を焦がすようでとても快適とは言い難い。
もちろん賢明な地元民は屋内で食います。

ある時北パキスタンでフランス人グループと一緒に夕食を摂ることになりました。室内で食うとばかり思っていたら、彼らは従業員にテーブル・椅子をベランダにセットするよう指示し食事もそこに運ばせました。
季節は春でしたが標高3000m位の所なので夜はかなり冷えます。
「そこまでして外で食いたいかー!」とブルブル震えながら食べました。
(オゴってもらったので文句は言えない)

余談ですが、この時のフランス人がすごい訛りの強い英語を話す人らで「バッチパッチ」がどーのこーの、と初めは何のことかよく分からなかったのですが、どうやらこれは「Back Pack」のことを言っているらしい、と推測できるようになりました。
「ch」=「チ」というんだな、と分かると他の意味不明だった単語も理解できるようになります。
インド人も訛りの強い英語を話し、「R」を全部読んでしまうので「Brother」=「ブラザル」、「Four」=「フォル」になります。
バングラでは「Lunch」=「ランス」、「Visa」=「ビシャ」。

余談の余談ですが「ザジズゼゾ」の発音を正確にできない国は結構多いようで「ジャジジュジェジョ」になってしまいます。
だから私の名前の「カズ」も「カジュ」に。
南アジア一帯では「カジュ」は「ナツメヤシ」を意味するようで覚えてもらいやすい。
で、ところ変わってアラビア語圏に入り自己紹介すると私の名前を聞いてクスクス笑う人がいるのです。
人の名を聞いておきながら笑うとは無礼千万な輩かな!
と思ったのですが、どうやらアラビア語で「カジュ」は「ウンコ」のこと。
まあ確かにアメリカ人が
「ワタシノナマエハ『ウンコ・マクドナルド』デス」
などといったら笑えるわな。
名前がこうなんだから、私のコラムにウンコネタが多いのもこれで納得していただけたことでしょう。

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.: posted by kazumoto 2:24 午後


木曜日, 3月 11, 2004

「お前のものは俺のもの」

パキスタンとインドは北部カシミール地方の領有権を巡り現在も対立しています。
中国も含めこの3国間の国境線ははっきりしないところが多いです。

パキスタン発行の地図ではインド側にグワーとせり出しているし、インド発行の地図ではパキスタン側にグワーとせり出しています。
中国発行の地図にはインド北東部に、シッキム(首都ガントク)という小さな独立国が見られます。(この問題は去年の中印首脳会談で解決したか?)

この手の状況はほかの地域にも見られ、例えばシリア発行の地図には「イスラエル」という国は存在しません。
そこには「パレスチナ」という国があるからです。

またトルコ発行の地図には、キプロスが南北2つの国に分かれています。
北キプロスはトルコのみが認める国です。
戦前の日本のみが認めた満州国と似たような状況でしょうか。
しかし実際行ってみましたが、そこは明らかに2つの国が存在し、南北間には鉄条網の国境がしかれ、行き来するにはパスポートに判子を押す出入国審査が必要です。
通貨も南北で違います。

そうだ、もっと身近にありました。
おそらくロシア発行の地図には北方四島はロシア領になっているのでしょう。

果たしてこの世界には、何通りの世界地図が存在するのでしょうね。

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.: posted by kazumoto 5:32 午後


金曜日, 12月 26, 2003

「記念撮影」

「はい皆さ〜ん、ここで写真撮ってくださ〜い!」
ピラミッドをバックにパチリ!
ツアーにありがちな光景である。

しかしこういう写真は私は嫌いだ。
理由1.自分と背景どちらかにピントを合わせるとどちらかがピンボケする。
理由2.人間が邪魔で肝心の背景の一部が隠れてしまう。
理由3.何より自分が入ることでせっかくの美しい背景が台無しになる!

おそらく多くの人は、自分が○○に行ってきた、という証拠にしたいのだと思うけど、それは実際に行った自分自身が一番よくわかっている筈なのに??

それなのになぜ人々はこのような愚行を繰り返してしまうのか?
理由1.記憶喪失になってしまった時記憶を呼び起こすため。可能性は低いがないわけじゃないかも
理由2.人間に対する背景の大きさを記したい。そうならば自分が写るのは正しくない。ハイライトか霞ヶ関ビルでなければならない。

人々が己の過ちに気付いた時、ピラミッドの前にハイライトが並ぶ日が訪れる。

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.: posted by kazumoto 10:25 午後


水曜日, 10月 08, 2003

「技術大国」

イタリアのシチリア島からチュニジアに向かうフェリーを待っていた時のこと。

乗客の大半は出稼ぎ帰りのチュニジア人だった。
みんな久し振りに会える家族へのプレゼントを大量に持っている。
しかし乗り込む際、イタリア人係員から「一人荷物は2個まで!」という命令が。
せっかくの荷物も強引な係によりポイポイ投げ捨てられている。
あまりのそのやり方に第三者としても怒りを覚える。

そして自分も自転車とともに乗り込もうとしたところ
「これは二輪車だから別の切符が必要だ!」
先に乗り込んでいたチュニジア人からも
「可哀想に、あいつもつかまったか・・・」

こうなったらコイツの鼻をあかしてやろう!
切符を買いに行くように見せかけ建物の影に隠れ自転車を輪行する。
他の荷物も全て輪行バッグに詰め込み1つにして再挑戦。

「どうだい?これなら二輪じゃないし、荷物も一つだぜ!」

係員は渋々通過を許可してくれた。
するとデッキから見ていたチュニジア人から一斉に「ウォー!!」の声。
中に入っていくと皆々から「さすが日本人!頭がいい!!」と賞賛の嵐。
船内のビデオでブルース・リーの映画をやっていて悪の白人をバタバタやっつけるのを見て(関係ないけど)ますます日本人の評判はアップしたのでした。

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.: posted by kazumoto 10:22 午後


木曜日, 9月 25, 2003

「脱プン!その5(トルコ編)」

トルコではガソリンスタンドによく泊まらせてもらっていた。
敷地の隅の方にマットだけ敷いて寝かせてください、と頼むと43発43中という驚異的な成功率でOKしてもらっていた。
こちらとしては寝かせてもらうだけで充分なんだけど、さすが親日的なトルコ人、それだけでは許してくれずメシになれば一緒に食おうと誘ってくれたり、観光に連れていってくれたり、家に招いてくれたりして
ありがたい限り。

トルコ中部、カッパドキアに近いガソリンスタンドに泊めてもらった時のことだ。
やはりここでも歓迎してくれ、メシに加え、ビール2本にスイカ半玉までいただいてしまった。
しかも外じゃ危ないから事務所の中で寝なさい、と部屋の中に入れてくれた。
夜、皆は各家に帰り、そこには私一人・・・

深夜、モーレツな尿意で目が覚めた。
寝る前しこたま水分摂ったので当然だろう。
トイレは外にあったので扉を開けて出ようとしたところ・・・
何と外から鍵がかけられている!
しかも窓は開かない!
これじゃ軟禁だ!!
すでに膀胱は危険度レベル4に達している!
(レベル5で核ミサイル発射)
2Hzの自家製コンピューターをフル稼働させ、はじき出された答えは
「金魚ばちにしろ」
しかし翌朝白い腹を浮かせ全滅していたらヤバイというので却下。
続いて出された答えは
「植木にしろ」
しかしこれも臭いでばれそうなので却下。
う、う、危険度レベル5は目前である!

しかし、節分には豆まきをするような信心深さが功を奏したのだろう。
神は我をお見捨てにはならなかった。
このとき部屋には自転車ごと入れてあったのだ!
素早くボトルの中身を捨て、そこにジョ〜。
フゥ〜、助かった〜

しかーし!ここで気を抜いたのはマズかった!
直後に今度はモーレツな便意が襲ってきたのだ!
しかも猶予許さぬ緊急非常事態宣言である。
またもやレベル5は目前に迫っていた!
しかししかし、お彼岸に墓参りをするような信心深さが功を奏したのだろう。
やっぱり神は我を見捨てることはなかった。
自転車の荷物の中にはビニール袋があったのだ!
ブリブリ...フゥ〜

翌朝、みんなが戻ってきたところで何食わぬ顔して裏の畑にまいておいた。
その年の畑は豊作だったという。

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.: posted by kazumoto 4:34 午後


水曜日, 9月 24, 2003

「脱プン!その4(シリア編)」

トルコ国境まであと数kmというシリアの片田舎で居候していた時のこと。
夕食に何か傷んでいたものがあったようで家の者の数人が下痢にみまわれてしまった。
みんな夜中も次々とトイレに駆け込む。
しかし田舎なので夜間は水道がストップ。
缶に汲み置きされた水がどんどん減ってゆき腹が痛いより、このままじゃ尻洗えなくなるのでは・・・の恐怖に襲われていた。

翌日、運悪くこの日がシリアビザの限界だったのでゲリゲリのまま出発しなければならなかった。
国境を越えトルコに入ったところでダウン。
その辺に野宿しようと準備していた。
すると農作業帰りのトルコ人が来て
「そんな所で寝ないでちょっとついて来な」
と誘ってくれた。
コンテナを改造した仮宿泊所へ。

深夜一人で寝ていたとき、それは襲ってきた。
ヤバイ!と立ち上がった瞬間、彼らは自由を求め旅立っていってしまった。
近くの川で蚊にボコボコに刺されながら体と服を洗ってコンテナの中も洗い流しておいた。
しかし翌朝やってきた人らが中に入るなりしかめっ面して洗浄を始めてしまった。
情けないやら申し訳ないやら・・・

強烈な思い出から始まったトルコ初日であった。

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.: posted by kazumoto 4:12 午後


火曜日, 9月 23, 2003

「宗教冒とく」

初めてのイスラム国訪問であったエジプトにて。

日本では感じることの出来ないイスラムの神秘性に酔いしれていた。
そんな中、町外れの小さなモスクに行ったところちょうどお祈りの時間。
外から中の様子をうかがっていると、それに気付いた導師さんがやってきて話し掛けてくる。

「日本人か?」
「イエス!」
「エジプトは楽しいか?」
「イエ〜ス!」
「イスラム教徒になりたいか?」
「イエ〜〜ス!!」

勢いで言ってしまった。

「それでは『ムニャムニャ(本当はもっと長い)』と2回唱えなさい。」
「ムニャムニャ、ムニャムニャ」
「よろしい、これで君はイスラム教徒だ。これからは『ムハンマド』と名乗るがよい」

ムハンマドになってしまった。

その後イスラムの基本である「五行六信」の教えを受け、礼拝前の身の清め方を習い、ペコペコやる礼拝法も伝授された。
いっぱしのエセイスラム教徒である。

しかしここでイスラム教徒になったことによるパワーは想像を超える絶大なものであったのだ。
旅の途中で会った人に宗教を聞かれ、イスラムと答えるとまるで旧知の友を迎え入れるかのような歓迎を受けてしまう。
それが楽しくて頻繁に使ってしまった。
場面に応じて「キリスト教」「仏教」も使い分けていたのだが・・・

ある時茶店で皆でワイワイやっていた時、やはり宗教を問われその時は「仏教」と答えた。
するとさっきまで楽しく話していた中の一人が突然
「この異教徒め!汚らわしい!出て行け!」
と怒り出したのだ。
周りの人が静めようとするもその怒りは収まらず、私はスゴスゴと退散した。

その時思ったのだ。神聖なる宗教を私のように遊び半分で使うものではない、と。
それ以来「イスラム教」は封印し、無難に「仏教徒」ということにしておいた。

時は流れ一年後、モロッコのカサブランカにいた。
そこには近代建築術の推移を集めた豪華絢爛の巨大モスクがある。
異教徒も観光は出来るのだが、その時は運悪く金曜昼の礼拝の時間で観光客の入場は禁じられていた。
私はまもなくカサブランカを去らねばならなかった。
しかしどうしてもこのモスクの中を見てみたい!
そして思わずしばらく封印しておいたあの禁断の技を使ってしまったのだ!!

入り口に近づくとやはり警備の人が「外人は入れません」と言ってくる。
私は言った。しかも既に身につけていたインチキ臭いアラビア語で。
「私は日本からのイスラム教徒です。このモスクで祈るためはるばる遠くからやって来ました。中に入って皆と一緒に『ムニャムニャ』と唱えたいのです!」
すると警備の人はちょっと待て、と言い残し偉い導師様を連れてきた。
その導師に同じことを繰り返すと、導師はニコヤカに
「遠いところよく来てくれました。さあ中へどうぞ」と。

中は想像を遥かに超えていた。
数千人のイスラム教徒がいっせいにしゃがんだりペコペコする様は巨大な波が揺れているようでもあった。
すがすがしい気分でカサブランカをあとに出来そうだ・・・

しかしやはり神の天罰が下ったようだ。
その日乗ることになっていたバスは、荷物だけ載せて私をおいて行ってしまった。
翌日荷物は返ってきたもののやはり神聖なる宗教を冒涜するべきではなかったのだ。
それ以来「イスラム教」は封印されたままである。

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.: posted by kazumoto 11:18 午前


日曜日, 9月 21, 2003

「海水浴」

ヨルダンとイスラエルの間に「死海」はある。
海抜マイナス394m、地表で世界一低いところにあり、年中暑くて乾燥している上、流れ出す川がないので
塩分がどんどん濃縮され、普通の海よりはるかに浮力を生む。
新聞読みながらプカプカ浮いている写真を見た人も多いだろう。

で、実際入ってみると本当にプカプカ浮いてしまうのだ!
でもあんまり安定していないので疲れるし、オマケのクロスワードを解きながら「母さんお茶」なんて言うことも出来ないので注意しよう。

また浮力が強すぎるのでうつ伏せで泳ごうとすると尻が浮いてしまい顔がドボッと水に沈む。
口に入れば辛いを通り越して苦いし、目に入ろうものなら激痛が走る。
傷口もヤバイし、痔もヤバイ。
ホモの人はもっとヤバイ。
小さく波も立っていて、波打ち際で遊んでいた子供に波がかかると大変!
アッチコッチからビエービエー泣き叫ぶ声が聞こえてくる。

でもここはアンマンから多くの海水浴客が来ていて(他にヨルダンの海は最南端がちょっと紅海に面しているだけ)ビキニパンツのおとっつぁんと真っ黒なチャドルのおっかさんが仲良くスワンボートを漕いでいたり、チャドルのまま泳いでいる女の人がいたりして面白いです。

多分対岸ではイスラエル人がトップレスで日光浴したりしてるんだろうなあ。(想像)

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.: posted by kazumoto 1:03 午前


木曜日, 9月 18, 2003

「インディージョーンズ」

ヨルダンの観光のハイライトはなんと言っても「ぺトラ」。
「インディージョーンズ3」のロケにも使われた巨大な遺跡です。
しかし入場料が30$くらいして高い!
できることなら安く入りたい。
そういう情報はまことしやかに旅行者の間を駈け抜けます。

方法はこう。
ぺトラ近くのある宿の主人は、ぺトラ入場券のモギリもやっているので、その宿に泊まってちょっとニギらせれば1/20の現地人料金で入れてもらえる、というもの。
私もその宿に泊まって早速オヤジに話を持ちかけてみました。
しかし返ってきた答えは
「わりい、オレ明日非番なんだよ。その代りいい方法を教えてやろう。」

翌日、オヤジに教わった方法で入場を試みます。
その方法とは単純なもので、夜暗いうちに出て、入場ゲートに続く道に沿って流れる川(今は乾季で枯れている)を通ってゲートをパスせよ、というもの。
ライト片手に歩いて行くとゲートの横で犬がガウガウ吠えていてちょっとビビリましたが、何の問題もなくクリア。

その先には幅5m、高さ100mくらいの岩の隙間がクネクネ続いています。
トコトコ行き、やがて空も白み始めた頃、その隙間の向こうにぼんやりと朝日に浮かび上がる巨大な遺跡が!!
この人類の遺産が今目の前に!!
しかもたった一人、私だけが見ている!!
ピラミッドに続き再び立ち尽くしてしまいました。

前回のピラミッドもここもその後普通に見物もしたのですが、一般の時間だと観光客もウジャウジャいるし、それにたかる土産物屋もうるさくていまいち。
それどころか、旅の初めにあまりにも衝撃的なこの2つを見てしまったためその後見た数々の遺跡が全て大した物に思えなくなってしまいました。

そのくらいスゴイのだよ、夜のピラミッドと朝のぺトラは。

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.: posted by kazumoto 11:46 午前


火曜日, 9月 16, 2003

「ワレ登頂セリ」

エジプト、カイロでのこと。
エジプトと言えばピラミッド。
ピラミッドと言えば登りたい。
というわけで登りに行きました。

しかし昔登ろうとして落っこちて死んだ人がいたらしく、法律でピラミッドの登頂は禁止されています。
だから夜中にゲリラ的に登るのです。

宿にお金パスポート時計などは全て置いておき、身元不明にしてわずかなお金だけを持って深夜、カイロから10km離れたギザへ向かいます。
タクシーはピラミッド入り口のちょっと手前で下り、塀を乗り越えて、隣接するゴルフ場をルパン3世のように走り抜けると砂丘にぶつかります。
その丘を越えていたとき同行していた人が「アッ!」と叫びました。
何かと思ってそちらを見てみると・・・
そこには月夜に浮かび上がる巨大な三角形のシルエットが!!
立ち尽くす、というのはこういうことを言うのでしょう。
しばし呆然。

ふと我に返り、いよいよ登頂開始。
辺の中央部は石の角が削れて危ないので四隅から登りましょう。
一つの石は高さ1mくらい。
階段状になっているので登るのは簡単です。
ウンショ、ウンショと頑張りつづけて140m、ヤッター!頂上にたどり着いたぞー!!

満天の星空の元、日の出を待ちます。
一番高いクフ王のピラミッドの頂上は石がなくなっていて10m四方くらい平らになっています。
石に彫られた落書きには数百年前のがあったりして長い登頂の歴史を感じさせます。

しかしとにかく寒い!
ただでさえ砂漠の夜は冷える上、風が吹きっさらしなので寒くてたまらない!
岩陰に身を寄せて風をしのごうとしても、なぜかそこにウ○コがあったりして臭い。

やがて東の空が白みがかるころ、カイロの町からうねりのようにアザーン(朝のお祈りのお知らせ)が聞こえてきて荘厳さはピークを迎えます。

さて日の出を見終わったところで下山。
しかしここからが本当の試練なのです。
下るのは簡単。
問題は下で警官がニコニコしながら我々の下山を待っているのです。
もちろん我々を捕まえるためです。

「コラコラキミタチ、ココニ登ッチャダメダヨ。」
「言葉わかりません」
「悪イコトシタラ牢屋ニ入ル、コレエジプトノオキテ。」
「そうだ皆さんにプレゼントがあるんですよ。」

こうして来る時ちょっとだけ持ってきた小銭(10円くらい)を渡せば無罪放免。
警官は毎日のようにやって来る登山客からお小遣いをもらえるし、我々は憧れのピラミッドに登れるし、両者利害一致し皆ハッピー。

でもこれは7年前の話です。
最近は登ると本当に牢屋に入れられちゃうらしいので登るならそのつもりでどうぞ。

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.: posted by kazumoto 2:24 午後


金曜日, 9月 12, 2003

「人口爆発大国PART2」

ご存知の通り現在中国では一人っ子政策実施中。
といっても誰も彼もが子供は一人!というわけじゃなくて省ごとにルールが違います。
厳格に「一人だけ」と決まっているのは東海岸を中心とした都市周辺。
人手を必要とする農家や少数民族には適用されません。

またこの定めは何十項目にもわたる長い規則で、それがかかれた大判のポスターが人の集まるところ(食堂など)に張ってあります。
読んでみると「結婚は男23歳以上女20歳以上」とか「もし第一子が障害者だった場合4年後以降に第二子をもうけてよい」とか。

それでいてもやはりできてしまうと巨額の罰金を払わなければならないので戸籍のない子供がたくさんいるらしい。
そういう子はもちろん学校には行けません。
中国の人口は公称12億、実際は15億人とか。

インドも人口は増加の一途をたどっています。
政府は産児制限を呼びかけているけど強制力がないので,そんなの俺の知ったことか!とみんなポコポコ産んでしまいます。
ヒンズー教徒に聞くと「イスラム教の奴らが嫁を何人ももらって10人も20人も子供を産むから悪いんだ!」と言います。
人口で劣るムスリムが挽回しようと頑張っているんですかねえ。

現在人口10億のインド、このままだと50年後には20億人に達するとか。

トルコでのこと。
子供が10人いる家に居候していました。
その家は農家ではなく人手を必要としているわけでもないし、お金持ちというわけでもないので「10人もいたらお金がかかって大変ではないのか?」と聞くと「たくさん子供を作って、その中に一人でも優秀な人間ができればそれで家族全員を養うことができるからそれでいいのだ!」と・・・

「下手な鉄砲・・・」の原理ですね。

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.: posted by kazumoto 1:34 午後


水曜日, 6月 11, 2003

「刺線な視線」

まだまだバングラデシュには外国人旅行者が少ないので、どこに行っても好奇の目で見られます。
しかもその見方というのがチラチラ見るとかじゃなくて、一心不乱に凝視してくるのです。
食堂にでも入れば従業員・客の全員から大注目を浴びるのは必至。
別にガンを飛ばしているわけじゃなくて気になるから見ているわけで、こっちから笑いかければ向こうもニコッ。

さすがにこういう露骨な見方をするのは男性だけであり、女性の方はもう少し遠慮気味。
ある時下校する女学生の群れに会いました。
やはり皆私の方を見ています。
そこでこっちもそちらの方に顔を向けると全員がぱっと顔を背ける。
また別の方に顔を向けるとそちらもぱっと顔を背ける。
まるで回遊している魚が一斉に向きを変える様を見ているようでした。

このような注目度は中東の方でも体験したことがあり、始めの頃はそのジロジロ感がとても気になったのですが、目の前に珍しいもの(私のこと)があるから見たいと思っているのなら、私にとっても珍しいもの(アラブ人)があったら見ても構わないんだ、と思えたら気が楽になりました。

ある時トルコで眉毛のつながった人がいました。
アラブ人トルコ人は毛深い人が多いので眉毛のつながったのは珍しくないんですが、何とその人の眉毛は横真一文字につながっていたのです!
これはじっくり見とかなきゃ損だ、とジロジロ見続けていたら、しばらくしてその人は嫌そうな顔をしてどっか行ってしまいました。
「勝った!」と思った瞬間でした。

そして時は過ぎ長い旅から日本に帰った時。
成田から都心に向かう電車の中に女子高生が乗ってきました。
久し振りに見るミニスカート・ナマ足・ルーズソックス!
その珍しさに思わずクセでジロジロ凝視してしまいました。
やがてその子は「何よこの変態!」って顔で別の車両に移ってしまいました。
「負けた・・・」と思った瞬間でした。

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.: posted by kazumoto 5:55 午後


「文化の境界」

インドにおいてうなずきの仕草は首を横に振ります。
バングラデシュ人は縦に振ったり横に振ったりとあいまい。
お隣のビルマではどうかな?
もし縦振りだったらバングラデシュが境界ということになりますね。

他の例として5本の指先をくっつけて手をすぼめる形はエジプト・ヨルダンあたりでは「止まれ」を意味するのですが、トルコにおいては「ベリーグッド!」を意味するのです。
間のシリア北部の人たちは両方の意味で使っていてややこしかった。

また中国において「ありがとう」の言葉は、
普通話では「謝謝(シェイシェイ)」、
広東話では「多謝(ドーチェ)」。
ちょうどその境界あたりの山間の村では「ドーシェイ」と言っていました。

こうなるとサリー着用の境界、手掴み食いの境界、尻水洗いの境界も気になるところですね。

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.: posted by kazumoto 5:53 午後


日曜日, 5月 04, 2003

「超犯罪都市」

人通りの少ない路地裏を歩いていた時のこと。
一人の男が話し掛けてきた。

「私はガイドではなくただあなたと話がしたい。」
典型的なガイド勧誘パターンなのでムゲなく断るとその男はアッサリと引き下がっていった。
妙に弱気だな?と不思議に思って再び歩き出したその直後にまた別の男が寄ってきて話し掛けてきた。

「俺はポリスだ。お前は今アイツと何を話していたのだ?
お前をボディチェックする必要がある!」
その男はどう見ても普通のそこら辺にいるインド人オッサンだったので、こりゃニセ者だな、とすぐピンと来た。

「だったらポリスの証明書を見せてくれよ。」
「い、いや、今はないが私はポリスである!」
「だったらこんな路地裏じゃなくてポリスステーションでならボディーチェックを受けますよ」
そう言って逆にオッサンの腕をつかんで大通りの方へ引きずり出そうとしたら腕を振り払って逃げていった。

ニセポリスに逢ったのはこれで2度目だ。
1度目はトルコのイスタンブールでのこと。
道を歩いていたら横に車が停まって、中の男が
「私はポリスだ。ボディチェックする!」ときた。
「手帳を見せろ」というと、その男はちゃんと手帳を持っていた。
でもその手帳の表紙にはトルコ語で「POLIS」と書くところ、ワザワザ英語で「POLICE」と書いてあったオモチャの様な手帳だったので素早くその手帳を奪って道の向こうに放り投げてダッシュで逃げた。

長らくこの町に居たせいで、やや危険に対する警戒が薄れていたところだったので気を引き締め直す丁度いいきっかけになりました。

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.: posted by kazumoto 2:50 午後