Miwa's bicycle trip around Tibet & India
9 Jun 2002, Miwa started bicyle trip from japan to India via Yungnang,China,
Tibet,Nepal.
The trip is still going on!
Please stop by Miwa's real time funky column!
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月曜日, 11月 29, 2004
「白人旅行者のフシギ(1)」
多くの白人さん達も世界各地を旅しています。 現地人の生活風習を見るのも面白いですが、彼ら白人ツーリストの行動も私にとっては興味深い異文化の一つ。 そんな中で「??」と思ってしまう彼らの行動パターンをいくつか。
<その1.外で食うのが好き> ここで言う「外」とはキャンプとか屋台の話ではありません。 れっきとしたレストランで「外」で食う話です。 たいてい白人が好む場所は、屋上レストランのある宿とか道に面したオープンテラスのあるレストランとか。 日光を浴びながらの食事は気持ちがいい、という気持ちは分からないでもないのでそこは百歩譲るとして、 問題は、本当にこの環境が気持ちいいのか?!と疑うような場所でも悠然と食っていること。 道路脇は埃っぽいし、車の排ガスモクモクだし、乞食が次々現れるし、牛はそこらじゅうにウンコしていくし。 屋上ならばどうかというと、日差しサンサンといってもチベットなんかでは日差しはジリジリと肌を焦がすようでとても快適とは言い難い。 もちろん賢明な地元民は屋内で食います。
ある時北パキスタンでフランス人グループと一緒に夕食を摂ることになりました。室内で食うとばかり思っていたら、彼らは従業員にテーブル・椅子をベランダにセットするよう指示し食事もそこに運ばせました。 季節は春でしたが標高3000m位の所なので夜はかなり冷えます。 「そこまでして外で食いたいかー!」とブルブル震えながら食べました。 (オゴってもらったので文句は言えない)
余談ですが、この時のフランス人がすごい訛りの強い英語を話す人らで「バッチパッチ」がどーのこーの、と初めは何のことかよく分からなかったのですが、どうやらこれは「Back Pack」のことを言っているらしい、と推測できるようになりました。 「ch」=「チ」というんだな、と分かると他の意味不明だった単語も理解できるようになります。 インド人も訛りの強い英語を話し、「R」を全部読んでしまうので「Brother」=「ブラザル」、「Four」=「フォル」になります。 バングラでは「Lunch」=「ランス」、「Visa」=「ビシャ」。
余談の余談ですが「ザジズゼゾ」の発音を正確にできない国は結構多いようで「ジャジジュジェジョ」になってしまいます。 だから私の名前の「カズ」も「カジュ」に。 南アジア一帯では「カジュ」は「ナツメヤシ」を意味するようで覚えてもらいやすい。 で、ところ変わってアラビア語圏に入り自己紹介すると私の名前を聞いてクスクス笑う人がいるのです。 人の名を聞いておきながら笑うとは無礼千万な輩かな! と思ったのですが、どうやらアラビア語で「カジュ」は「ウンコ」のこと。 まあ確かにアメリカ人が 「ワタシノナマエハ『ウンコ・マクドナルド』デス」 などといったら笑えるわな。 名前がこうなんだから、私のコラムにウンコネタが多いのもこれで納得していただけたことでしょう。ラベル: インド, チベット, バングラデシュ, パキスタン, 中東, 旅行
.: posted by kazumoto 2:24 午後
月曜日, 5月 24, 2004
「パキスタン総括」
皆さんは「パキスタン」と聞いてどのようなイメージを抱きますか? インドとの領土紛争、核実験国、テロリスト支援国… マイナスイメージのほうが強いのではないでしょうか。 私もそうでした。
確かにそれは事実かもしれません。 でもそれだけが全てではありませんでした。
チベットへ向かうための通過点ぐらいにしか考えていなかったパキスタン。 しかしまた多くの人々から多くの親切を受けてしまいました。 私が感謝の意を述べると、彼らは決まってこう言いました。
「お礼なんていいんだ。その代わり日本に帰ったら皆に伝えてくれ。世界中の人達はアメリカのプロパガンダのせいでパキスタンが危険な国だと誤解してしまっている。本当のパキスタンは美しい自然と優しい心を持った人々の住む素晴しい国なのだ、と」
<パキスタンデータ> ○滞在日:74日 うち変り所として‥ ・キャンプ(首都のど真ん中)12泊 ・民泊 12泊 ・ドライブイン(激安宿泊施設)2泊 ・病院(入院した訳じゃなくて宿を聞いたら紹介された)1泊 ・警察(逮捕された訳じゃない)1泊 ・建築中の家(侵入した訳じゃない)1泊
○自転車移動日:28日 ○移動距離:2865km(102km/日) ○出費:28500円(380円/日)ラベル: パキスタン
.: posted by kazumoto 7:08 午後
「みなしごハッチ」
パキスタンの小さな村の小さな宿でのこと。
夜も更け、そろそろ寝ようと蒲団をかけたところ、突然足に刺すような強烈な痛みが! ビックリして蒲団を跳ね除けると、そこに居たのはミツバチハッチどころか毒々しい黄と黒の大きなスズメバチ!! スズメバチに二度刺されるとショック死すると聞いたことがあるのでかなりビビリながら何とか追っ払ったものの、刺されたところがジンジン痛い。
ここは定石通り自家製の聖水をふりかけてみたりしたが(太腿なのでかけるのは楽)ほとんど焼け石に水といった感じで、足はパンパンに腫れ、翌日からはモーレツな痒みが10日間も続いた。 とほほ、、
それにしても、安宿でダニや南京虫に刺された人はこの世にゴマンといるだろうがハチに刺された(しかも野山ではなくベッドで)人はそんなにいないだろう。 またまた体験をしてしまった次第である。ラベル: パキスタン
.: posted by kazumoto 7:07 午後
「クンジャラブ峠にて」
パキスタンと中国の国境、クンジャラブ峠(4730m)。 峠までの道は急坂なくダラダラ登って行くので3000mから出発して気が付いたら峠に着いちゃいました。 高度順応の常識は無視してしまいましたが別段問題なし。
峠といってもなだらかな丘になっていて、まだ辺りは一面の雪原(道だけ除雪)。 日差しがメチャ強いのでTシャツ短パンでも暑い(熱い)くらいですが風が吹いたり日陰に入るとメチャ寒いです。 でもやっぱり高所なので空気薄く、タバコの火が自然に消えてしまう。 (しけていたせいもある)
そこへパキスタン人ファミリー(金持ち)の峠往復ツアージープがやって来て降車するなり、一人がハシ○をプカァ。 鍛え方が違う…
ちなみに峠から中国のイミグレのある町まで120kmはバス強制移動。 自転車はダメ!!ラベル: パキスタン, 中国
.: posted by kazumoto 7:06 午後
「ユパ様」
北パキスタンにあるフンザは「風の谷のナウシカ」のモデルといわれる風光明媚な村です。 さすがそう言われるだけあって、オウムの大群が押し寄せて村を破壊していったりします。 布教活動をしているオウムもいます(現アレフ)。ラベル: パキスタン
.: posted by kazumoto 7:04 午後
「ワンペン!」
以下のことの原因は全て自分も含めた外国人ツーリストのせいなので書かないでおこうと思ったが、ネタが出来てしまったのでやっぱり書く。
パキスタン北部、カラコラムハイウェイ(KKH)上の子供らの 「ワンペン(ペンくれ)!ワンダラー(1ドルくれ)!」 の多さはひどすぎる。 パキスタンでもここだけだ。 会う子供の8割は言ってくる。 しかも無視して通り過ぎると後ろから石が飛んでくる。 子供の投げる石でも当たると結構痛い。
小学校の下校時間に出くわした時にゃ戦慄が走る。 津波のような「ワンペン!」 雨アラレの投石。
一度運悪く後頭部に命中。 頭にきてガキの一匹を捕まえ、先生の前まで引きずっていき 「パキスタンの学校では外人に石を投げるよう指導しているのか!!」 と言うと、先生も驚き謝罪し、そのガキの頭が外れちゃうんじゃないか、と思うくらいビンタをかまし続けた。 ガキ大泣き。
さすがに私も「ちょっと大人げなかったかな」と思い直し、以降は・・・
・「ワンペン」は「ハロー」の現地語であると解釈しこちらも元気良く「ワンペン!」と返事する。 ・「ワンダラー」と言われたら「1ドルが何ルピーか知っていたらくれてやる」と返す。(正答率0%) ・「アッサラームアレイコム(こんにちは)」と先制攻撃を仕掛け「ワレイコムサラーム(こんにちはの返事)」と言わせる。それをひたすら繰り返し「ワンペン」と言うスキを与えないようにする。(ちなみにこれに返事をしないことは最大級の敵意表現とみなされる) ・「ペンどころか金が無くてパンも買えないんだ。1ルピー(2円)くれ」と悲壮感漂う顔で詰め寄る。(あまりに真剣にやりすぎて家から余りパンを持ってきてくれた子供がいた。以降封印)
しかし何をやっても結局石が飛んでくる。 何かいい方法はないかなあ。ラベル: パキスタン
.: posted by kazumoto 7:03 午後
月曜日, 4月 19, 2004
「裏技」
カラコラムハイウェイは急な山の斜面に無理矢理道を切ってあるので雨が降ると土砂崩れを起こしやすいそうである。 しかしある時雨が降ったわけでもないのに上からバラバラ石が降ってくる。 見上げれば50mくらい上から子供たちが私めがけ楽しそうに石を投げてくるではないか!! おそらく子供たちは、あの外国人を殺してやろう、と思っている訳ではなく、犬に石をぶつける感覚だと思うのだが、コブシ大の石がすごいスピードで降ってくるので直撃すれば即死ものである。 しかしその子供たちの純真無垢で無邪気な笑顔を見ていると思わず心和んでしまう、というような仏の心はあいにく持ち合わせていないので、とっつかまえて横っ面に2・3発ビンタを食らわせてやりたいところだったがそんなに上に居ては手も足も出ない。
ここは落ち着いて昔ファミコンで鍛えた腕を生かし、降り注ぐ隕石群を巧みにかわして進んでいく。 3回当たるとゲームオーバーだが、上上下下左右左右BAで最強装備に成れるので安心である。 ただしレーザーは自分でつけてね。ラベル: パキスタン
.: posted by kazumoto 1:44 午前
「シュート!!」
近いうちにこの日が来るとは思っていた。 撃ちました、鉄砲。 前に部族のおかしらの家で銃を見てビックリした話は書いたが、その後泊まる家泊まる家、そこそこお金がある家ならこの辺りでは銃や用心棒は常識なようだ。
ドギューン!! 中国製ライフル、1丁26000円なり。 かなり反動が強くて肩に痣が出来てしまった。
教訓 「ライフルは射撃の基本。脇を絞めえぐり込むように撃つべし撃つべし。」ラベル: パキスタン
.: posted by kazumoto 12:30 午前
水曜日, 4月 07, 2004
「敵情視察」
日本で注目している人は3人もいないと思いますが、今イスラマバードでは南アジアスポーツ大会が行われています。
陸上競技を見てきました。 私は純粋に競技を見たくて行きましたが、これを見に来ているパキスタン人の9割9分9厘は女子選手の短パン姿が目的だと推測されます。(ちなみにパキスタンの女子選手だけはロングスパッツだった)
この調子で女子競泳も見に行きました。 なんてったってインド人やパキスタン人の水着姿が見れるなんて金輪際ない、あ、いやいや、純粋に競技が見たくて行ったのですが、何と男性の入場は禁止!! プールは秘密の花園でした。
まあ、パキスタン男性にとってこれは国立ストリップ劇場(しかも無料)みたいなものだから、開放すれば全男性人口の9割9分9厘が押し寄せ、競技どころではなくなりそうなので賢明な措置かも。
先日はサッカーの決勝が行われました。 パキスタンの人気スポーツといえば、クリケットとタコ上げくらいで、サッカーの立場は日本のセパタクロー程度のものなのでそんなに期待していませんでした。 しかしそのカードは、開催国パキスタンvs宿敵インド。 これで盛り上がらないはずはありません。 5万人収容の大スタジアムに2万の観衆が集まり、そのうち9割9分9厘は男というムサイ空間で試合は行われました。
試合そのものよりパキスタン人の熱狂ぶりの方が遥かに面白く、結局1-0でパキスタンが勝ち大狂乱の事態になりました。 ゲームセットの瞬間、選手の半分くらいが西の方角に膝まづき額を地面に付け祈り始めたのが印象的。 神は偉大なり。
今度のワールドカップ1次予選で、日本はインドと戦いますよね。 5番のオーバーラップに気をつけろ、とジーコに伝えておいてください。ラベル: パキスタン
.: posted by kazumoto 8:04 午後
月曜日, 4月 05, 2004
「そこのけそこのけ自動小銃が通る(その3)」
寝る前おかしらは言った。 「一人で寝るか?それともこの辺りは危険だから一緒に寝てやろうか?」 私のホモ感知センサーは瞬時にレッドゾーンを振り切った。 「一人で寝ます。」
30分後静かに部屋の扉が開いた。 おかしらだった。 おかしらは私の布団の横にドッカリと座る。 「自転車で疲れているだろう。マッサージしてやろう」
この手のシチュエーションには以前中東の旅でも何度か遭遇している。 もはや驚くことではなく、対処の仕方も熟知していた。 しかしそれらの時と今と決定的に違うのは、おかしらの腰元にはトカレフが巻かれているのである! 下手に怒らせたりするととんでもないことになりそうなので慎重に様子を伺うことにする。
おかしらはまず私の両足をマッサージし始めた。 そしてさりげなく私のMrニョロニョロに触ってくる。 それが意外にいい感じで、危うくMrスナフキンになってしまいそうになったので慌てて手で押しのけた。 するとその押しのけた手をとって今度は腕をマッサージし始める。 そしてその腕をおかしらの股間にグイグイ押し付けてくるのだ。 手の甲に当たる感触から、おかしらの自家製トカレフは既に対戦車用バズーカと化しているのがわかってしまう。 そしてついに私の掌でその砲身を握らせようとした。
「おー、ストップストップ!もう寝るよ!勘弁して!」 するとおかしらは意外にあっさりと諦めて、とても残念そうな顔をして部屋を出て行った。 しかしその後もまたいつ現れるかと気が気じゃなくて安眠どころではない。
翌朝・・・ おかしらは何事も無かったかのように元の紳士に戻っていた。 そして領内のドライブに連れて行ってくれた。 もちろんおかしらは自分で運転などせず、用心棒2人と自動小銃2丁を連れてのことである。
別れ際、「もしこの先困るようなことがあれば私の名前を出すがよい」といって見送ってくれた。 幸い困るようなことは起こらず、会う人会う人、皆暖かく親切でそして誇り高き部族達であった。ラベル: パキスタン
.: posted by kazumoto 7:52 午後
「そこのけそこのけ自動小銃が通る(その2)」
家(城)には数え切れないくらいの部屋があった。 「何人住んでいるのか?」と聞いても、人によって「50人以上」「たくさん」とはっきりせず、平均で80人くらいらしい。 鳥小屋があってそれは私の家より大きかった。 そして家にはモスクがあった。 部屋の一つがお祈りスペースになっているのではない。 庭にモスクそのものが建っているのだ。 プライベートモスク・・・。
しかしこのオッサンはただの金持ちではない。 日本の居間に今日の朝刊が置いてあるかのようにロシア製自動小銃やピストルがその辺に置いてあるのだ。 食後にはみんなでハシ○をプカプカ。 目つきのメチャメチャ鋭い用心棒風の男がハ○シを仕込んでいる姿は失禁ものである。
もちろん私は誘拐されたわけじゃなく、おかしらのゲストとして迎えられているのでこの家を訪れる人はおかしらの次に私に挨拶しに来る。 NO.2である。 この気持ちよさといったら戦車に乗ったどころの比ではない。
夜もふけてきた。 20畳くらいのゲストルームの床に布団を敷いて寝る部族式である。 このままならばいつもの地元民宅お泊りのちょっと変わったパターンで終わるところだった。 しかし話はまだまだ続くのだ・・・ラベル: パキスタン
.: posted by kazumoto 7:51 午後
「そこのけそこのけ自動小銃が通る(その1)」
パキスタンの危険地帯といえば北部インド国境付近のカシミール地方が有名であるが、それ以外にアフガニスタン国境付近のトライバルエリア(部族エリア)がある。 ここはパターン人という世界最大の部族の土地。 パターン人というのは大小様々な部族の総称であり、この地域には国の法律が及ばず自治が任されている。 麻薬・武器・酒が公然と売買され、外国人が誘拐されたりするおっそろしい地域である。
もちろんこの情報は前もって知っていて、今回の中部パキスタンツーリングのルートはこのトライバルエリアを大きく外した道を行った。 しかし一般パキスタン人に言わせるとその道でも誘拐があるので危ない、という。 必ずメインの国道を行くように忠告され、それに従ってさらに大きく迂回するルートをとった。
その国道上のドライブインで夕飯を食っていた時のこと。 一人の身なりのしっかりした紳士がやって来て 「この辺りも危険地帯なので私の家に泊まりに来た方がいい」 という。 その人の元には辺りの人がわざわざ挨拶に来るような 信用できそうな人だったのでついていくことにした。
車に乗って田舎道を行く。 「あれは私の家だ」 しかし車は通り過ぎてしまった。 「あれも私の家だ」 やっぱり車は止まらない。 そんなのが数回続いて 「あれが私のメインの家だ」 しかしそれはもはや「家」と呼べるような代物ではなかった。 砦、要塞、城・・・
もうここまで読まれた方はお気づきだろう。 そう、この男こそ、この地方最大の部族、6万人を率いる部族のおかしらなのであった。
これを日本に例えるなら、 神戸辺りのコンビニで肉マンをかじっていたら通りがかったオッサンに 「この辺りはヤクザの抗争があって危ないからうちに来なさい」 と言われ、行ってみたらその人は山口組の組長だった、 といったところである。ラベル: パキスタン
.: posted by kazumoto 7:49 午後
「パキスタニーレディース」
パキスタンの女性は皆気絶しそうなほど美人である。 しかし都会を除けばその顔を見ることができるのはまれだ。 黒いブルカ(顔を隠す布)をかぶっていて目しか見えない。 しかし更に田舎に行くとその目すらも見えなくなる。 顔全体をスッポリ覆ってしまうのだ。 パキスタンではイランなどでも見られるこの黒いブルカの他に白いタイプのものもある。 それは頭から足までスッポリかぶるポンチョのようで、顔の前は格子状の網になっていて中身を想像することは全く不可能。 頭の先っぽがピョッコリ出ていて、まるで歩く哺乳瓶(コンドーム?) 「そんな人が5人も集まっていたら、子供はどれが自分のお母さんかわからなくなるのでは?」と聞いたら、やっぱりわからないらしい。
写真でお見せできれば皆さんにもよく理解してもらえるだろうけど勝手に写真を撮るなど言語道断。 「写真を撮っていいですか?」と聞くのも、日本人に「風呂に入っているとこを覗いていいですか?」と聞くくらい勇気が要る。 どうせ答えは「NO」に決まっているし。
誰かさんちにお世話になっても姿を見せるのは男ばかりで奥さんや娘が出てきたことは一度もない。 扉の向こうで料理しているのに。 初めの家が特別なのかと思ったらその後どの家でも同じであった。
だからパキスタンにいる今まで1ヶ月の間に女性と話したのは7歳ぐらいのチビッコに「ハロー」といわれた1回コッキリ。 この子は将来大物になろう。
来んな厳しい男女関係の国なので、結婚前に付き合うなんてありえない。 「パキスタンにはホモが多い」とよく言われるが半分は正しいが半分は間違っている。 「メチャメチャ女好きだがその環境がないので男同士で我慢している」 というのが正しい。
だからいざ結婚するとマシンと化してしまい、速攻で10人のパパである。 もはや「子供は10人」と聞いても驚かなくなってしまった。 逆に「2人」とか言われると 「どこかお体の調子でも悪いんですか?」 と心配になってしまう。
最高24人の子持ちの人がいて(妻は3人)、 「子供の名前をちゃんと覚えられるのか?」と聞くと、やっぱり覚えられないらしい。
パキスタンに「スエ男」や「トメ子」は存在しないとみた!ラベル: パキスタン
.: posted by kazumoto 6:48 午後
「バングラデシュ・パキスタン比較概論第一」
1971年の独立以前バングラデシュはパキスタンであった。 元々は一つであったこの両国を比較する。
まずバングラデシュにおいて(以下は大いにインドも同様)、役所・銀行・郵便局などに勤めるものは、無能・有象無象・人の形をした虫ケラの集団である。 彼らの主な業務は、いばること、ワイロを請求すること、できるだけゆっくり仕事をすること、である。 彼らに関わらねばならなかった後は火炎放射器で全員を焼き殺したい衝動にかられる。
特に警察はひどいようで、まず警察になるためにはコネと多額のワイロが要求される。 いざ警官になるとその金を回収するために、適当に因縁をつけ罪のない市民を逮捕しワイロを請求し私腹を肥やす。 以前警察署内で外人女性がレイプされる事件もあったらしい。 メチャクチャである。 「バングラで一番の悪党は警察だ」と警官の息子が言っていたので間違いなかろう。
してパキスタン。 どうせ似たようなものだと思っていた。 しかし全然違った。 どの役人もやたら丁寧で親切でそれなりにテキパキ仕事をするのである。(地元民には厳しいらしい)
道を走っていると検問やパトカーにしょっちゅう止められる。 パキスタン国内を自転車で旅することは自由なので別に恐れる必要はないのだが、やっぱり嫌なものだ。 止まるとひと通り質問される(どこから来た、とか)。 しかしそれは尋問というよりは好奇心から出る普通のオッサンの質問と同じである。 そして質問の後には必ずチャイやジュースの接待付き。 別れ際には「腹減ったら食べなさい」とお菓子や果物を買って持たせてくれたり、「困ったら電話しなさい」と携帯番号をくれたり。 パキスタンでは警官にお世話になりっぱなしだった。
そしてこの両国を比較すると一番の特徴は一般市民は皆この上なく親切である、という点でまったく同じであるということだ。ラベル: バングラデシュ, パキスタン
.: posted by kazumoto 6:44 午後
土曜日, 3月 27, 2004
「原っぱ」
インダス川中流からやや東に「ハラッパ」というインダス文明の遺跡があります。 世界史の授業の1回目か2回目をちゃんと起きていた人なら、モヘンジョダロとともに名前ぐらいは聞いたことがあるのではないでしょうか。
でもここのレンガを持ち出して、近くの鉄道建設に使っちゃって今はほとんど何も残っていない「原っぱ」と化していることは教科書にも載っていない事実です。 また入場チケットには「尊敬すべき外国人旅行者用」と銘打って現地人の20倍もふんだくっていることも教科書には載っていません。
結論「インダス文明を見たけりゃモヘンジョダロに行け」ラベル: パキスタン
.: posted by kazumoto 1:02 午前
木曜日, 3月 18, 2004
「そこのけそこのけ戦車が通る」
トラックストップで一休みしていた時のこと。 もうもうと砂煙を上げながら数十台の巨大なトレーラーが入ってきた。 各トレーラーには戦車を載せている。 パキスタン陸軍の演習帰りで、トレーラーの一台がパンクし修理のため止まったようだ。 直している間ボスを中心に兵士たちは私の周りに集まり話に花が咲く。 充分打ち解けたと見計らったところで言ってみた。
私:戦車に乗ってみたいなあ。 ボス:ばかなこと言っちゃいかんよ、それは無理だ。 私:はは、冗談ですよ。
となるはずだったのだが、なんと、、、
ボス:いいよ。
戦車のコックピットは狭かった。 ちょっと前進と後退もさせてもらった。 砲身旋回して2時の方向にぶっ放したかったが代わりにボスが屁をぶっ放した。
話ついでに基地までヒッチさせてもらうことになった。 後ろに戦車30台を引き連れてのドライブは気持ちいいものである。 しかしまた別のトレーラーがパンクし大ストップ。 結局自転車で行くのと大差なかった。
それにしてもこんなにパンクばかりしていて有事の際大丈夫なのだろうか?! いや、それ以前に国家の重要機密であるはずの兵器にどこの馬の骨ともわからん奴を乗せちゃっていいのだろうか?!
こんなオチャラケたことしてるからいつもインド軍にケチョンケチョンにされちゃうんである。 パキスタン兵士の皆さん、次の印パ戦争では頑張ってくださいよ!!ラベル: パキスタン
.: posted by kazumoto 1:08 午前
木曜日, 3月 11, 2004
「お前のものは俺のもの」
パキスタンとインドは北部カシミール地方の領有権を巡り現在も対立しています。 中国も含めこの3国間の国境線ははっきりしないところが多いです。
パキスタン発行の地図ではインド側にグワーとせり出しているし、インド発行の地図ではパキスタン側にグワーとせり出しています。 中国発行の地図にはインド北東部に、シッキム(首都ガントク)という小さな独立国が見られます。(この問題は去年の中印首脳会談で解決したか?)
この手の状況はほかの地域にも見られ、例えばシリア発行の地図には「イスラエル」という国は存在しません。 そこには「パレスチナ」という国があるからです。
またトルコ発行の地図には、キプロスが南北2つの国に分かれています。 北キプロスはトルコのみが認める国です。 戦前の日本のみが認めた満州国と似たような状況でしょうか。 しかし実際行ってみましたが、そこは明らかに2つの国が存在し、南北間には鉄条網の国境がしかれ、行き来するにはパスポートに判子を押す出入国審査が必要です。 通貨も南北で違います。
そうだ、もっと身近にありました。 おそらくロシア発行の地図には北方四島はロシア領になっているのでしょう。
果たしてこの世界には、何通りの世界地図が存在するのでしょうね。ラベル: インド, パキスタン, 中東, 日本
.: posted by kazumoto 5:32 午後
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