※以下雑記は整理のつき次第各所定の場所に移動しております
■白土文学の理解(070716)
一昨年、去年とタイ語版「サスケ」「忍者武芸帳」が刊行、日本では全集の刊行が終了し、未復刻作品の刊行期に入る。白土三平の集大成「カムイ伝第三部」発表までの予習復習ともなるのではないか。今、神話伝説シリーズ以降の白土作品を読み返している。これはそれまでの白土作品とは別の感覚で読んだほうが理解しやすい、完全に漫画の枠を意識しない方向に進んでいるからだ。例をあげると「サバンナ」。去年発表された夢枕獏氏との対談の中で白土氏はこの作品のラストについてこう語っている「最後に人間の目が開くシーンがありますが、私の持っている展望があんな感じだった。男とか女とか言ってられない、魚のなかにも困った時にメスがオスになったりするじゃないですか。そういうものを描いたんです。」。それと作品「ワタカ」発表時の言葉「私は、私の世界を描いた。ただそれだけです。」。こういう部分の評論が未だ出て来ていない時点でほとんど誰も理解して読んでいないということになる。これを答えとして「カムイ伝第二部」を読むと、個人の飛躍という観点から脱却し、集団、そしてそこから培われた技術や規則に目を向けた白土氏の作品の深部に気付くことが出来る。しかし私はまだこんなにも既出作品を理解出来ていない中で「カムイ伝第三部」を読むことが出来るのだろうか。
■飛礫 - つぶて(070522)
以下差別用語を含みます。かつて戦前の子供向け教育本に「いざりとめくら」という物語があった。めくら(目の不自由な人)といざり(足の不自由な人)が道で出会い、めくらがいざりを背負い歩くことで、目的の地へ歩み出せる、お互い短所があってもそれを補完し合って生きて行こう、という感動的な話だった。「助け合い」の精神を説いたこの話が日の目を浴びることはもう二度と無いだろう。高校生の時、白土作品「飛礫」を小学館文庫で初めて読んだ時、こんなセリフに引っかかった 「オッなんだ!!あやつは……?」「走ってる!!」。乞食が太郎を追いかける描写だ。当時の疑問、乞食が走って何を驚くんだ、と何度読み返しても理由が分からなかった。しかしこれは初出時、こんなセリフであった 「おっなんだ!あのいざり?」「はしってる?」。そしてその前頁、乞食が首から掛けた札の文字文頭にはこう入っていた 「めくらでいざりの」。つまりは火事場の馬鹿力、いや、乞食の生活の知恵をユーモア的に表現していたのだ。確かに初めこの乞食は手に草履を履いて移動しているが、目が見えないこととチャップリンの映画「街の灯」のような音(チャリーン)との掛け合いは消えてしまっている。もう少し分かりやすく作品の意図を残してくれても良かったのにと、大人になった今読み返して思う。この作品のコンセプトは終始「欠けに対する意識」であった。初期の名作である。
■作品2(070512)
「ざしきわらし」「目無し」「変身」「掟」、そして「カムイ伝」…。あるきっかけで思考が「自身」に向いた時、自分の属している体制への疑問が生まれた。もちろん個々の力は小さく、その体制の存在理由が大きいほど脱却は難しい。その方法と行動は個々に異なった。
「カムイは夢なんだ」と白土は言った。幼少期、父親の表現への体制の束縛を見てきている。仕事上では自分の表現を受け入れない世界に生きてきた。その脱却の一つが「ガロ」という表現の場を自分で作り出すことであった。そしてそれを続けることの苦労を身をもって知り、自身の体を蝕んだ。そこからの脱却が第一次産業に身を置くことであった。体力の快復。自然への更なる傾倒と、原点回帰。「カムイ伝第二部」は体制下に生きる人々への忠告であった。加速する格差社会。それに伴う体制内での自殺者の増大。それに対する白土の答えが「カムイ伝第三部」であろう。
最近「カムイ伝全集」内の「カムイ伝第二部」最終巻を繰り返し読み返すのだが、これは思っていたより様々なことが詰め込まれていることに気付く。この巻はラストの「希望」への伏線から始まる。内側からの律法の破綻。大人社会内のイジメ。相手が素直に謝ったことによる血気の収束。自然を犯し始めた野犬の群れと、自然の象徴である狼の群れの対決。大きなものの怒りと、残された希望。最後の名文は食物連鎖か輪廻か、それとも「群れ」の解釈から人間社会的なことなのか。理解の困難さでは影丸の最期の言葉と同様、同時に先への期待を増大させる。
■作品(070426)
昔漫画の中で、白土三平作品ほど研究しやすいものは無い。それは、作品素材の入手しやすさにある。他の多くの漫画家の作品では、ある程度の価格のものを求めなければ、研究は成立しない。白土三平作品は、150という作品数の少なさと、作品はほぼ全て安価な小学館文庫で現在発売されているという分かりやすさがある。「よくある質問」頁に書いたが、重複しないでほぼ全作品を読む手段も用意されている。とここまで書いて何が言いたいかというと、「白土作品に対する評論のバリエーションがあまりにも貧しい。」ということだ。私も白土作品に対するそういったものを書きたい願望はあるのだが、とりあえず、「あとがき」の掲載など、作品以外のソースの提供に徹してきた。それにしても作品とは全く関係の無い「唯物史観」や史実に忠実か右だ左だアカだ…ということでしか作品が語られない現状は異常だ。また作品に対するそういった批評の仕方が何十年も前から変わらず続いていることにも違和感がある。作品論は元ソースの研究だけではない。時代・神話伝説などの題材紹介的に「これを持ってきている」という作品の語り方ではなく、作品自体への感慨も主であらなければならない(他の作家では当たり前なのだが…)。なぜ作品が読まれるのか、それは「面白いから」である。「自分はどうしてこのキャラクターが好きなのか」そういったところからの声がなかなか聞こえてこないのは、誰の責任ということではなく、そういったところからの発言数の少なさにあるのだろう。作品を好きな人数と関係なしに発言者が少ないのは、「語るのは難しい」といった虚構にとらわれてしまっている間違った心理に原因がある。
※補足:現在代表作とほぼ全ての作品が文庫で発刊されている作家はとても珍しいほうに入る。特にメディア利用・関連書籍の少ない作家のものでは他に類をみないほどだ。これは小学館の白土に対する執着であり、売り上げは二の次での発行だとみている。
■電文指摘2(070224)
「小山春夫」の間違った解釈による肥大化について。1964年から1973年の「赤目プロ」において、小山春夫の存在は重要である。しかしそれはペン入れ・背景など仕上げの部分でである。この時代の作画は「カムイ伝」前期の小島剛夕、それ以外の作品は白土三平と岡本鉄二が行っている。つまり当たり前だが白土作品上に「小山春夫のキャラクタ」は存在しない。それがここまで「小山春夫」が作画の面で持ち上げられているのは、誤解によるものが大きいのだと私は思う。たしかに背景や主要でない人物においては小山らしさがうかがわれる部分が多分にある。劇画調になる以前の白土作品に見られるキャラクタの艶っぽさ、それは小山春夫のペンで描かれた線による助長もあるだろう。しかしその描写は全て白土・鉄二・剛夕によるものなのだ。
■電文指摘1(050123)
ネット上の間違った情報として、三町半左(さんちょ・はんざ)氏が白土氏と同一人物、というものがある。漫画に於いて「弱者の抵抗」を描いたのは白土氏よりも三町氏の方が先な為、そう思われているのだろう。追記:三町氏の検証サイトを見付け、氏が所沢市で現在もご健在なことを知る。(050306)
■なぜカムイは天才忍者に成り得たか(041225)
追われる人間は常に休むことが出来ない。刹那休む気持ちを持ったとしよう。しかし気が付くとやはり体は焦りに沿った行動を起こしているものだ。追う側の忍者達も死をかけた任務ではあるのだが、常にそれを身に迫った感覚として持ち行動することは難しい。つまりカムイは忍者社会を抜けることによって天才忍者と成り得た。皮肉な結果である。いや、抜けた者はもう忍者ではないのか?
■無い筈の四肢(040826)
「カムイ伝第二部」において赤目が生きていることをにおわせる言葉があった(ゴールデンコミックス第13巻P185)。「カムイ伝」(第一部)ラスト、海中で絶命した赤目の死体には、無い筈の右手が付いている、これは意図的か否か(以下全ての記述は「カムイ伝」(第一部)のもの)。「カムイ伝」キャラクターには片輪者が多いのだが、白土氏はほとんどミスを犯さず描いている。小学館文庫第6巻P402のクシロには無い筈の左手があるが、ここではちゃんと連載時、白土氏が次号の「ガロ」(「カムイ伝」は白土氏病気の為休載)誌上において「製作上の手違いであった」と自発的に謝罪している。小学館文庫第13巻P392では右近の無い筈の左足が逆になっているが、これは単行本化の際の製本ミスで、一頁丸々原稿が反転してしまっているだけである。あとはダンズリが自ら落とした左手指、竜之進の左手指であるが、竜之進のものは小学館文庫第13巻P323の大ゴマでは明らかに間違って描かれているが、それ以外の小ゴマではほとんど意識して無くしている。小さなミスはやはりミスなのだろう。しかし、赤目の死体の右手は三コマに渡り強調するように描かれているのだ。はたして…。
■くぐつ返し(040812)
「くぐつ返し」(1962.11.17脱稿)、この短編作品には「カムイ外伝(第一部)」暗鬼(1965.12.3脱稿)や「ワタリ」第二部(1966.3.8〜1966.10.15脱稿)の前身ととれる疑心暗鬼の要素がある。「観世音」とは、「世の苦しみの声を聞く(と、ただちに救済の手を差し伸べる)」という意味だ。少女の名前は「音」であるのでそれだけでは「苦しみの声を発する」意、つまり自ら苦しみを与え、それを自ら救うという意味を表した忍名なのである。0の忍者の正体は術であり、人ではない。赤目の観世音というのも麻薬(ケシ)の代名詞であり、術者は誰でも(子供でも)よい事となっている。忍者とは術なのである。よってつまるところ忍者に正体など無い。戦争もまた然り。「知識」を多く持っているというだけではまだ術者ではない。術を利用した「経験」を経て初めて術者とよばれて良い事となる。術者になりたければ時・場合・場所・自然・人・言霊、そういった周りのものを常にどんな時でも巧く利用できる知恵を備え、準備をしておくことである。そして自分を意識せず、決まった型も無く、その場所、無意識のまま自身を未曾有に変化させることが出来る様になって初めて、術が生きるのだ。人ではなく術(「以外」)が主なのである。
■脱稿日考察(040310)
白土氏が作品を仕上げた日「脱稿日」。初期のものでなければほとんどの自分の作品に白土氏はこの日付を作品の終わり部分に付加している。しかし、出版された形態によって誤った日付が付されている場合がある。現在発売中の小学館文庫版でも同様である。このHPでは出来るだけ正しい脱稿日をと心掛けている。小学館文庫などのものと見比べるとそれらのいい加減さに気付く事もあるかもしれない。例えば初期作品では出版日を作品完成日付としている場合や何も考えずにその前年の日付にしている場合が多々ある。ひとつ例を挙げるとこの忍法秘話に収められている「子啄木鳥(こげら)」という作品、小学館文庫では「1966年9月作品」と書かれてるが、これは初出時「1963年9月15日」となっていた。ではなぜ日付が間違われ付記されたか、理由は単純である。「1963」の数字「3」の上の部分が消えパッと見「6」に見えた。それ故再版本に「6」と書いてしまった…。さて、完成日、発表日を出来るだけ正しく、と書いたが、もちろん今のこのHPも完全ではなく、気付く度に訂正を続けてきた。しかしどんな最新の白土三平資料にも簡単にこの間違いを見付けられるのに気付き、とてもくだらないことの様に思えてきた。私よりもたくさん一次資料に触れているはずの人達から間違ったデータを与えられる、するとその資料のデータ全てを疑ってしまう。しかし現在手に入る全てのデータ資料に何かしら間違いを見出すことが出来たので、何も信じられなくなってしまった。「日付」を調べることの最終がこの空しさだとは、当初考えもつかなかった。「白土劇画のはじまり」「白土三平論」や現代漫画図書館の資料。いい加減なことや間違った資料に基づいた解説や自分勝手な論文ばかりの世界であるここの唯一の希望は、作品を読んで個人が素直に感じた事、だけであると感じる。
■風景=時間=心情の技法(030730)
物語の始まりや展開が変わる時は風景から入る、と言っていた白土氏の技法(今では当たり前となってますが)が一番感情移入し易いと思います。白土作品の様に複雑な漫画はそれによって見易くなっているのだと知り、今では漫画に映像の技法を本当に“巧く”取り入れたのは手塚氏ではなく白土氏だな・・と勝手に思い込んでおります。(笑)
■座敷童(020819)
「ざしきわらし」は東北で存在が信じられている旧家の家霊であった。居る、という基で生活しているのだから、見た見ていないは二の次だ。様々な精霊が回りに居るということを心に取入れ生きていくことによって、自分の行ないを常に外から見つめることが出来た。それが昔の人の生活の上で、心の豊かさに繋がっていたのだろう。作法やしつけもまたそういった処のもので、人を押えつけ新しい変化を許さないものではない。「民話」が童話としてそれが子供に心の豊かさを与え、この世を彼にとって住みやすいものとするために、語り伝えていく言葉は大切なものなのである。様々に変化していく現代の中で、そういうものもそれに合わせて常に変化させていくことが、一番良い結果を生むのだろうと思う。今までの古い思想を切り捨て全く新しいものを取入れるよりは、古い思想をどうやって今の形に合ったものに変化させていくかが問われるのである。言葉は同じでも、言葉の意味は常に変化しているのだから。
■原稿革命(020000)
もともとは原稿買取制だったため、漫画家が原稿を渡して稿料をもらい、一回印刷して発行してしまえば原稿は編集部がまとめてダンボールで捨てていた。または切り取って読者に配ったりしていた。手塚治虫の原稿も同様である。初期の雑誌ガロにも水木しげるや諏訪栄の原稿あげますという広告が載っている。白土三平はそれをおかしいといい、「原稿を大事にしておけば再版される。」とやめさせた。作品の最後に制作年月日を入れろと最初に言いだしたのも白土だった。