孔 雀 屋

創業2000年3月28日

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本体最終更新日 08/08/16



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不定期トップ連載   5月更新 第四回(05月31日)(06月01日若干修正)


「君か。裁くことから逃げ出した臆病者は」
 すれ違いざまに嫌味を言われることは数多くあるが、面と向かって因縁をつけられるのは数年ぶりのことのような気がする。翡翠は小さく首を傾げて、とりあえず返事に困ってみた。何しろ、相手は法服を着ているので『法廷』関係者だということはわかるのだが、まったくの初対面だ。売られた喧嘩はとりあえず買う主義だが、買い物の前に、先に相手の素性を知りたいと思うのもまた人情だろう。
「失礼ですが、どちらさまでしょうか」
「三年前の司法修習で君のいた班の指導担当をした松葉だ。今度、審判『法廷』部長として赴任することになった」
「・・・その節はお世話になりました」
 初対面ではなかった上に指導担当『判事』だった人間に対する態度としては、本当に失礼だった。さすがに翡翠は神妙に頭を下げた。
「ふん、世話になったという割には治安『法廷』などというふざけた部署に居るな」
「私は真剣に考えて治安『法廷』入りを希望したのです」
「治安『判事』など、人殺しの世話役ではないか。君は修習が済めばすぐにでも『大法廷』入り出来ると見込んだほどの逸材だと思っていたのだがな」
 いくら法律大学を出たからといって、すぐに『大法廷』に入ることが出来る人間などいない。だが、それはあくまでも「まだいない」だけであって、翡翠はその「出来るはずがないことをやってのけた最初の人物」になるべく、周囲からの期待を一身に集めていたのだ。
 だが、当人はあっさりと「私の希望は他にありますので」とその期待を見事に蹴散らしてのけた。『大法廷』入りの辞退だけならまだしも、審判『法廷』の誘いすら蹴り、さっさと治安『判事』の椅子に納まってしまった。
「君はなぜ『判事』の道を選んだ?人を罰することが恐ろしくなったか?罪を裁くことが恐ろしいか」

 審判『法廷』の仕事は、実に過酷だ。
 当然のようにウソを吐く被告人、大げさに被害を申し立てる被害者、そして「真相」はどこに隠れているのかを探し出し、有罪か無罪かを決め、その量刑も決める。その一連の作業だけでも大変なストレスだというのに、ベータ・ゾーンで開かれる審判『法廷』の開廷数は平均で民事裁判よりも上回る。
 後から後から案件に追い回され、そして何より、「人が人を裁く」ことのストレスで心身ともに疲弊してしまう『判事』が多い。
「・・・お言葉ですが、私は『裁く』ことから逃げているつもりはありません」
「ほう?『ガーディアン』という、あの汚らわしい犬どもを使って掃除をしている気分に浸っているというわけか」
「『ガーディアン』が処理する案件は、ランキング会議で『特級』認定された犯罪者だということはご存知だと思いますが」
「もちろん知っている」
「最終的に認定するのは『大法廷』を頂点とした委員会ですが」
 翡翠は手に持っていた薄い、黒いファイルを指差した。
「『特級』認定の申請を受けた時点でその犯罪者はほぼ百パーセント、認定されます。その申請者は、ほとんどが治安『判事』である、この私なのです」
 白い肌に浮かんだ淡い笑み。
「『警察庁』が集めた証拠と、治安『判事』の判断だけで犯罪者は処刑宣告を受けるのです。比べるつもりはありませんが、審判『法廷』よりも判断の責任の重さは『判事』一人にかかってきます」
「審判『法廷』よりも治安『法廷』の方が重要だと言いたいのか」
「重要か否かではなく、治安『法廷』には独自の役割があると申し上げたいだけです。では失礼します、これから『ガーディアン』たちに指令を出さねばなりません」
 翡翠の手の中にある黒いファイルにリストアップされた犯罪者たちは、遅くとも三日以内には「処理」されてしまうだろう。

 今回の「処理」人数は、十五人。
 審判『法廷』の扱う一週間分の凶悪強力犯罪案件処理数とほぼ同じだ。だが、治安『法廷』の「処理」は即ち「処刑」を意味している。扱う事件の性質が若干違うとはいえ、この数字に躊躇を感じない人間は、誰一人としていない。
 申請者である、治安『判事』翡翠を除いては。


 だが、翡翠が全く何も感じていないと、どうして言い切れるのか・・・?


「・・・松葉『判事』が審判『法廷』部長か。ちょっと面倒くさいな」
 執務室に戻った翡翠は小さく呟いた。
 決して悪い人間ではない、むしろ正義感の強い、高潔な人物だ。だからこそ、『法廷』組織の中の暗部ともいえる治安『法廷』の存在を疎ましく感じるのだろう。いやしくも『判事』たるもの、治安『法廷』の存在意義を諸手を挙げて肯定するようでは勤まらない。
 これからは、申請が認可されるのが遅くなる、あるいは一部が認められずに却下されてくる可能性もある。ランキング会議には当然、審判『法廷』部長も出席するからだ。だが、その慎重かつ正義感にあふれた態度が、被害者の数を増やすことにもなるのだが・・・。

「・・・孔雀?」
「なんだ」
 さも当然のように治安『法廷』備品のトースターでクッキーを焼いている孔雀の姿に疑問を抱かなくなった『判事』も終わりだよな・・・と思いつつ、翡翠は孔雀の髪を覆っている布巾を眺めながら、呟いた。
「君は、僕が誰かに殺されたら困るかい?」
「ああ、困る」
「どうして?」
「お前は俺が殺してから食べる予定だから」
「・・・僕は死んでも君にたかられるわけか?」

 このハゲタカめ。
 いいや、そんな言葉はハゲタカに失礼だ。

「この、ハゲタカも裸足で逃げ出すどケチ殺人鬼め」
「ハゲタカは靴履いてねーんじゃね?」
 そして、トレーから摘み上げたクッキーを小皿にとり、翡翠の前にえらそうな態度で置きながら、言った。
「それに、ハゲタカはクッキーも焼かないし、お前に分けてやることもない」
「・・・ありがとう・・・」
 まだ熱いクッキーを口に運びながら、翡翠は考えた。
 治安『法廷』独自商品として、「ハゲタカクッキー」という名称で売り出してみたらどうかな、案外美味しいしな、と。


(当然若葉にも春菜にも「『法廷』内でぼったくり商売をするなんてとんでもない!」と激怒されたのは、三十分後のことである)

<終>



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