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◇◇◇ 詩の歴史 ◇◇◇

 

 言葉の誕生とともに、詩は生まれたのだと思います。ということは、人間の誕生とともに、詩は生まれたのかもしれません。

 そんな詩の歴史を、詩を書くものの立場から(研究者としてではなく、という意味です)追っかけてみることにしました。要するに、好きな詩を並べてみたい、ということです。

 形式はそのときの勢いに任せて変化して行くと思います。最初は適当に並べますが、そのうち体系化していこうと思ってます。

目次

紀元前の世界の詩

第1回 「謎の歌」 『リグ・ヴェーダ』より  (2000.2.11.)
第2回 「断片」 サッフォー          (2000.2.11.)

古代世界崩壊の時代の詩

第4回 「雑詩」 陶淵明           (2000.2.16.)

早過ぎる近代の詩

第5回 「ルバイヤート」 オマル・ハイヤーム (2000.2.24.)

「純粋な愛」の詩

第6回 16世紀トルコの詩人 ── フズリ (2000.3.12.)

残された詩の世界

第7回 「アメリカ・インディアンの詩」(2000.4.15.)

詩の黄金時代

第8回 「春の朝」ほか ロバート・ブラウニング(2001.3.20.)

日本の近代詩の始まり

第9回 「凱旋門」与謝野寛/「親の家」与謝野晶子(2002.2.22.)
第10回 「渓流」「夏日静閑」中原中也(2002.3.7.)

20世紀の詩

第3回 「ポエム」 ゼルマ・アイジンガー  (2000.2.12.)

 

1.紀元前の世界の詩

 言葉がいつからあったのか、それはもうわかりませんが、すでになにもなくなってしまった昔から、詩はあったに違いないと思います。ラスコー洞窟の壁画が書ける人たちに、詩の一つや二つ…もちろん、詩という意識などないでしょうけれど。

 文字が生まれるとすぐ、もう詩は書かれています。多くは叙事詩、あるいは宗教詩です。でも抒情詩もあります。はじめて「書く」ということをした人たちの、興奮が伝わってくるようです。

 今日はまず、古代インドの詩を。

 

   謎の歌                        

われ愚かにして知らざれば意(こころ)に問う、これら秘められたる神々の足跡を。
詩人たちは成長したる子牛に七条の綱をかけたり、織らんがために。

われ理解せざれば、理解せる詩人たちにここに問う、われ知らざれば、知らんがために。
これらの六空間を分かち支えたる不生者の形を取る、唯一物はそも何ぞ。

つれだつ友なる二羽の鷲は、同一の木を抱けり。
その一羽は甘き菩提樹の実を食らい、他の一羽は食らわずして注視す。

黒き道を、金色の鷲たちは水をまといて、天に向かって飛翔す。
彼らは天則の座より帰り来たれり。そのとき実に地はグリタ(雨)によってうるおさる。

(『リグ・ヴェーダ讃歌』岩波文庫、辻直四郎訳より)抜粋)

 

 これらの言葉にはそれぞれ深い意味があると言われています。しかし私にはその言葉の意味を考えるよりも、その言葉たちのもつ目のくらむようなイメージの方が大切であるように思われます。

 この時代、詩人たちは特権階級でした。(インドの最高位カーストであるバラモンは祭祀者であるが、彼らは同時に詩人でもあった。)言葉は、詩はなによりも大切だったのだと思います。

 

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