米蘭の後悔
ある工場の検査員の米蘭は影で“恋愛好き”とあだ名され、“高慢ちきな女”とも言われていた。年は若いが何度も恋をしそのたびに、相手にああだこうだ言い、いざ結婚というと必ず家具やソフア−など、あれがいる、これがいるとコロコロ変え、そのうえ外国製の写真機がなければ駄目だと言って相手にしなかった。それからあとの相手にはこれにカラ−テレビという新しい条件もつけ加えた。
それだから米蘭はこれという男をみつけると、まるで服を取り替えるように、あの男、この男とつきあうのだった。 1年前、米蘭は方亜という労働者をみつけて恋仲になった。方亜は貯金全部をはたき、借金をしてすぐにも結婚しようとしたが、テレビがないからと米蘭はガラリと態度を変えた。
彼女は方亜をなじり「あんたこの話なかったことにして、ほかの白鳥との結婚に夢をかけなさいよ」と言った。方亜はショックをうけ、とても悩み、家に帰る途中に足をすべらし、北湖に落ち溺死してしまった。人々はみんな米蘭の情のなさを責めた。
ある漫画家は、“あたしの値段”という題で天秤ばかりの片方に米蘭、もう片方にテレビ、扇風機、腕時計などを一杯描いた漫画を米蘭に送りつけた。これを見た米蘭は怒って破り捨ててしまった。
それからどの男性も彼女に呆れ、女性は彼女を軽蔑した。それでも米蘭は平気で、得意になって「ヘッ、人はみんな違うんだから、求めるものだって違うのは当たり前でしょ、それより二人の愛情が問題なのよ、あんたたち文句あるの」と言ったりした。
ある日曜日の午後、米蘭は独りで家にいて面白くなく、綺麗に化粧をすると、腰をくねらせながら、ガムを噛んで街に出た。彼女はあちこちながめてから、デパ−トに入り、楽器売り場に行くと、店員に月琴を持ってこさせて、“ピンシャン、ピンシャン”と弾きはじめた。長い間いじくりまわしているので、店員が一言いうと、彼女は不機嫌になって、勝手に月琴をとると、プッンと琴の弦を切ってしまった。
店員が米蘭に弦の代金を要求すると、米蘭は腰に手をやって、目をむき、「なに、あんた奨励金を余計もらおうとして、商品を買うお客を脅迫するの、弁償なんぞしないわよ」と言った、これには店員も怒って、二人ともああ言えばこう言うで口争いになり、おさまりがつかなくなった。
その時、取り打ち帽をかぶり、皮のジャンバ−を着た洒落た青年が来て、店員に「この月琴は僕が買う」と言ってジャンバ−のポケットから財布を出し、何枚かの10元紙幣を店員に渡した。店員はハッとし、米蘭も驚いた。店員は「お客さんに損させるわけにはいきません、別のを持ってきます」と言うと、青年は米蘭をちょっと見て「いいよ、この人はお金を持っていないのかも知れないから、僕が彼女の替わりに弁償するよ」と言った、店員はフンと鼻を鳴らし一声「運のいい女」と言った。
米蘭は気まり悪くなってさっさと出て行ってしまった。しばらくして青年が月琴を持って出てきたので、米蘭は恥ずかしそうに近づいて「あんた公金で買ったんでしょ」 「いいえ、僕が買ったんです」 「あんた馬鹿ね、きっと高く買わされたわよ」青年は米蘭を見ながら「でもあのままだったら、あなたたちの喧嘩は何時までも終わらなかったでしょ」と言った。
米蘭はそうかも知れないと思い、なんとなくこの青年が好きになった。青年は「あなたは月琴が好きなのでしょ、これをあなたにあげますよ」と言った、米蘭は目を丸くしながら小さな声で「それは申し訳ないわ、わたしたちは知り合いでももないのに、貰えないわ」と言うと「かまいませんよ、1回目は慣れない、2回目で慣れると言うじゃないですか、よければ友達になりましょう」
米蘭は嬉しくなって、情を込めてもう一度青年の様子をうかがい、青年がスマ−トで風采もいいので、たちまち好意をもち、恋してしまった。
彼女は月琴を貰うと改めて礼を言った。話しているうちに、青年は陳因と言い上海人で工場の技術者であることがわかった。
数日後から二人はデ−トを始め、陳因は西ドイツ製のカメラを持ってきて公園の中で米蘭を写したりした。陳因は気前よく金を使い、三日にあげずプレゼントを持ってきた、なかには輸入品もあった。米蘭が聞くと、陳因には子供のいない伯母が香港で商売をしていて、陳因を自分の子供のようにしてくれ、いつも為替でお金を送ってくれるというのであった、米蘭すっかり惚れ込んでしまい二人は互いに熱をあげるようになった。
しかし、陳因には米蘭の気にいらないところもあった、たとえば彼の家に連れて行ってくれないし、住所さえ教えてくれない、けれども陳因はおとなしくて優しく羽振りがいいので、それにくらべればこうした不満も気にならなかった。
ある晩、陳因はまた米蘭の家に来た、二人はベランダに出て、白く光る月を眺めながら、米蘭は月琴を弾き、陳因は恋の歌を歌い二人は甘い気持ちになっていた。陳因はスカ−フをまさぐりながら、一通の手紙をだして米蘭に見せた。それは陳因の伯母からの手紙だった。手紙の中には陳因に結婚相手がいるのか、いないのか、いなければ早く探して知らせろ、“三種の神器”を送るからと書いてあった。
米蘭が“三種の神器”って何かと聞くと、陳因は現代家庭の必需品、カラ−テレビ、テ−プレコ−ダ−、洗濯機だと言った。米蘭は目を輝かせ、陳因を見つめると、キャアキャアと喜びの声をあげ陳因に「あたしもあなたにいいものをあげる、よかったら受け取って、いらなければ返して」と言って二つのハ−トと米蘭の名前を刺繍した絹のハンカチを陳因に渡した。陳因はハンカチを見ると異様な目を輝かせて「こんないいプレゼント、僕はとても嬉しいよ」と言い米蘭を抱いた……
それから早くも数ヵ月たったが、伯母の“三種の神器”はまだ来ない、米蘭が何回も催促すると、陳因はいつも「すぐ、すぐだよ」と言った。二、三日前から、米蘭は全身がだるく、吐き気がして、自分が妊娠したことを知り、驚いて息を呑み、すぐ陳因に告げると陳因も驚き「何処かで堕ろせるかどうか、いい方法を考えてくる」と言ってすぐ出て行こうとした、米蘭は陳因を掴まえて「あんた住所を教えてもし何かあれば、行くから」と言うと、陳因はハッとしたようだったが「僕の住所は工人新村19棟3楼5号だ」と言うと急いで出て行ってしまった。
何日も陳因が姿を見せないので米蘭は心配になり、陳因に会いに行くことにした。米蘭は気が落ち着かぬまま工人新村に行き、3楼5号の部屋を捜しあてた。鍵のかかった戸を軽く二三回叩いたが返事はない、力をいれて叩いても静かで音もしない、彼女は大きな声で「陳因、陳因」と何度も叫んだ、すると前の部屋から青年が出てきた、米蘭は丁寧に 「陳因の部屋はここですか」と聞くとその青年は驚いて「陳因は死にましたよ」言う、米蘭は怒りをおさえながら「あんたどうしてそんな縁起の悪いことを言うの」と言うと青年は「あなたが訪ねているのは27、8歳の上海人で技術員の陳因ですか」と言うので米蘭がうなずくと、青年は真剣な顔で、陳因は半年前に死んだ、嘘だと思うなら、彼の工場の人事課に電話してみればいい、彼の骨壺はまだ火葬場に置いてあるはずだと教えてくれた。
米蘭は半信半疑で工人新村を離れ、急いで火葬場に行き、死亡屆を調べた、確かに陳因は半年前に死んでいた。米蘭は思わず“ゾオ−”とした、まさかわたしが遇ったのは幽霊だったのでは、いや、そんなことあり得ない。そこで彼女は骨壺を見てみようと決心した。彼女は火葬場の職員の後について骨壺の置かれた場所に着くと、胸が“ドキドキ”してきた、米蘭は火葬場の職員の手で示す方を見、骨壺の上の絹のハンカチをみて両足がワナワナと震えて止まらなくなった。一歩一歩進んでやっと骨壺の棚の前で見ると間違いなく自分が刺繍したあのハンカチである。米蘭は身の毛がよだって全身を糠をふるうようにブルブル震わせ、もう一度名前をみるとやはり陳因である。米蘭はもう自分が自分でなくなって天地がひっくり返り、目の前が真っ暗になって、気を失った。
半年後、米蘭に市が招集する公開裁判に参加するようにという通知がきた。法廷の被告席の犯人はよく見慣れた顔だった。米蘭はよくよく見て驚き、もう少しで大声をあげそうになった、その犯人は自分を騙し、踏み躙り失意のどん底にしたあの“陳因”だったのだ。
この時、裁判官の判決が聞こえた「犯罪人阿毛、窃盗、詐欺、逃亡の罪を犯し、なお陳因などの名を詐称し、多くの女性を騙し、誘惑して弄んだ罪は重い、法によって10年の懲役刑に処す」
犯罪人阿毛は護送されて出て行った。米蘭は悔と恨みが入り交じり両手で顔をおおい泣き出した。
当代流伝故事選 1993・8・3