九龍杯を取り返す
周総理が知恵で九龍杯を取り返すというこの変化に富んだ伝説は10数年来、ずっと民衆に広く伝えられてきました。流布する中で真実はどこまでで、つけ加えられた部分はどのくらいであるかは、もう明らかにするのは困難です。ただこの新しい伝説は人民の心、周総理を熱愛する群衆をよく反映していますから人々は好んで語ったり、聞いったりして、広く伝えられているのです………
ある博物館の九龍杯の一つが盗まれました。そうなんです、御存知のように、九龍杯は昔の明朝の宮廷で皇帝がお酒を飲む時に使われた貴重品です。もしなくなったら面倒なので解放後はこの博物館に収蔵されていたのです。
しかし、このような国宝は重点的な保護の対象になっているのに、どうしてなくなったでしょうか。というのは、ある外国の総統の代表団がこの博物館を見学した時、九龍杯が収蔵されていると聞き、総統は特別に持って見せて下さいと申し出ました。
もとよりこの九龍杯は人に触らせないのですが賓客に敬意を表し、国家の承認を得て慣例を破り、九龍杯に茅台酒を注いで飲んで貰い、総統とその随員に賞味させることにしたのです。
九龍杯は九つで、それぞれ碧玉から精密に彫りだされて作られています、すっきりとして鮮やかな光沢で、杯の内側に九頭の龍が一つ一つ違った独特な姿で彫られています。更に不思議なことに、杯にお酒を注ぐと、いまにも九頭の龍が彷彿として高く舞うように見えるのです、ある龍は頭をあげ、ある龍は眼を輝かせ、ある龍は爪をふるい、ある龍は鱗をふるわせ………本当に生きているようで、人の心を解き放ち、つぎつぎと空想をかきたてさせます。
総統と随員は九龍杯を見ますと初めは捧げ持って、右から左から見飽きるほどながめました、それから茅台酒を注ぐといい香りが鼻をつき、杯の中の九頭の龍は色とりどりに舞い上がるようで目が眩み、その美しさに思わず驚きの声を上げました。
勿論それ相応の保護対策はとられていたのですが、国家を代表する総統の随員の中に一人の欲にくらんだ者がいて公然と九龍杯を盗むとは誰も思いませんでした、誰か、何者か、それは総統の通訳チョンス−でした。
チョンス−は黒地に白の立縞のス−ツを着ていました。立ち振舞いのスマ−トな青年でしたが実は曲者です。彼はかって中国に留学していた時から九龍杯の有名なことを伝え聞いていて、見たことはなくても九龍杯の貴重な価値をよく知っており、この九龍杯を手に持てるのも一生の中のわずかな機会であることもわかっていました、ただ自分が世界中から見られている人の随員であることを恐れていましたが、悪心をおこし外交官の身分を利用してこの僥幸に一か八かの勝負をかけたのでした。
チョンス−が杯から飲みほした茅台酒の味はどんなだったでしょうか、勿論、味はわかりません、何故でしょうか、彼はただ九龍杯を盗むことだけを考えていたからです。彼は同じ杯を持つ人と、しきりに「九龍杯を賞でて乾杯」と言い続け六回乾杯して六杯も茅台酒を飲み、酔ったようでした、彼は本当に酔ったのでしょうか、いいえ酔ってなぞいません。酔ったふりをして、よろめきながらごまかして体を折りまげたとみるや、九龍杯を手さげの鰐皮の鞄にいれてしまったのです。
やがて、代表団が帰った後で博物館の館長はすぐ九龍杯をしまおうと調べましたが、八個しかありません、館長は数え間違いかと、また調べました、一、二、三、四、五、六、七、八、間違いありません、本当に九龍杯は一個たりません。館長は驚きのあまり声さえ狂ってしまいました「ア−ッ」。傍らの守衛課長は直ちにことの重大さを察知しました。“どうしょう、これは禿頭の虱のように………はっきりしているではないか。さっきのあの代表団の外に誰ができよう”守衛課長は爆竹のような気性で火のついたように、袖をたくしあげ、大声で「調べろ、俺が行って調べてやる、あの九龍杯を恐れぬとは天も許さない」
しかし調べると言ってもそんなに容易ではありません、代表団の一人一人はみな外交官免責特権を持っていますから勝手に調べることはできないのです。しかし調べなければ、目と鼻の先にある九龍杯は公然と盗まれてしまうのです。本来なら難しい事件ではないのに、外交問題にひっかかりすぐには手がだせないのです。
どうすべきか、右も左も行き詰まった時、館長の耳にそっと何か告げた人がいました、館長はそれを聞いて「ウ−ン、じゃあそうしよう」とうなずきました、この人は館長に周総理に指示を仰ぐことを勧めたのです。館長は総理執務室に直通電話をかけました、執務室の当直者が周総理に電話をとりつぎますと周総理は館長から詳しく状況を聞き、直ちに、九龍杯を必ず取り返せ、しかし万が一にも外交上の規定に違反しないように指示しました。
どんな方法がいいか、周総理はしばらく考えていましたが、手にのせた上海製の時計を見て、この代表団の日程の観劇の時間がきていることを知りました、そこでふと、うまい方法を考え、綿密な計画をたてました。
チョンス−はどうしたでしょうか。彼は九龍杯を盗んだ後、ずっとビクビクしていて、一刻も早く大使館に戻りたいと願っていました、しかし面白い演劇を見る予定が組まれていて、総統の通訳をしなければなりませんから、行かないわけにはいきません。彼は劇場の前列の席で、長いあくびをして、きっちと目を閉じました、芝居を見るのにどうして目を閉じるのでしょう、チョンス−は外の人に自分の落ち着かない表情を見られるのを恐れていたからです。
舞台のうす緑色の幕が静かに両方に開きました。すると、司会者がプログラムの変更を告げ、まず先に魔術を御覧下さいと言いますと、舞台に若い女性の魔術師が出てきました。魔術師は助手を呼び、小さなテ−ブルを運ばせました、テ−ブルには空の箱と白い布が置いてあります、魔術師はこの箱を観客によく見せ、白い布を何回か振り、箱の上に被せました。
そして白い布を半分開き、手を伸ばして箱の中から跳びはねる白兎を取り出し、また手をいれると羽をパタパタさせた白い鳩を取り出しました。観客はこの妙技にみんな感嘆しました。
チョンス−はプログラムが変更され魔術をすると聞いて、まずいことになったなと思い、かすかに目を開けて魔術師の演技を身を固くして見つめました。魔術師が手招きしますと助手が八つの杯にお酒を一杯にして持ち、舞台の下のチョンス−の前に来ました、それをチョンス−のそばの客が首を突き出して見て、「九龍杯」と思わず叫びました。
「九龍杯」の三つの言葉を聞くや、チョンス−は半分閉じていた両眼を猛然と丸くして、電気に触れたように“ブルッ”とふるえ顔に驚き慌てた表情をあらわし、思わず両手で鰐皮の鞄をギユッと握ってしまいました。チョンス−の表情は助手と手品師の鋭い目から逃げようとしていました、魔術師はちゃんとわかっていましたから、助手の手から三個の九龍杯を取って、テ−ブルの上に置き、さっき使った不思議な白い布を被せ、白い布に息を吹きかけて右手を伸ばし、舞台の下に向かって振り回してから、白い布をめくると、あの三個の九龍杯は翼がないのに飛んで行ったのか、ありません。
すると魔術師は舞台の下の中年の観客のポケットを指さして、九龍杯はポケットの中にあると言うのです、中年の観客は頭をふって信じません、しかし手で触って出してみると九龍杯です、中年の観客は慌てて舞台に上がり丁寧にテ−ブルの上に置きました、魔術師は同じようにして女の観客の所からまた一個探し出しました、一つ残った三つ目の九龍杯は、どの観客のポケットに飛んで行ったのでしょうか、観客はみんな魔術師を注目しました。
魔術師はチョンス−のそばに寄って、丁寧に丁寧に一礼すると、手でチョンス−の握っている鰐皮の鞄をさしました、チョンス−は急いで立ち上がり、両手をひろげ「だ、だめだ……」観衆はみんな聞き耳を立て、息を呑み、大きな目を開けてどうなることかと静かに見ています、チョンス−は万事休す、助けを求めるように総統を見ました、総統は却って、怪しく思い、チョンス−に「開けて見せろ、開ければそれまでだ」と催促しました。
チョンス−はどうすることもできません、鰐皮の鞄を開け、あの盗んだ九龍杯を取り出して舞台のテ−ブルの上に置きました、彼はハンカチを出して冷や汗のでた額を拭いて、笑い顔を作ろうとしましたが、笑い顔は泣き顔になりました、彼はハッと気がついた様子で、ドモリながら魔術師をほめ「か、か……神技」と言いました、総統はこの不思議な魔術の演技を見て、親指を立て、拍手をしました、同時に劇場の中に熱烈な拍手が起こりました。
欲に眩んだ小外交官 魔術師の最後の奇計
国宝を追う焦眉の急
周総理九龍杯を智で取り返す
当代流伝故事選 1993・8・11