母親物語
河南の鄭州にこんな話が伝えられています。
ある日の夕方、鄭州紡績工場で働く若い夫婦が歩きはじめたばかりの子の手をひいて碧沙崗を散歩していました。その頃、碧沙崗はまだ今のように賑やかではなく、公園のうしろは一面の荒れ地でした。夫婦はこの荒れ地に人だかりがしていますので見に行きますと、白髪まじりの老婆が包みを抱えて泣いていました。老婆は農村の人民公社の農民らしく、旅に疲れ果てた様子で悲しそうに泣いています、夫婦は可哀相になってどうしたのか尋ねてみました、老婆はこの年若い夫婦が本当に親切そうだったので鼻をすすりながら身の上を話し始めました。
それによるとこの老婆は豫東杞県の人で、若い時に夫に先立たれ、それからずっと再婚もせず一人息子を苦労して育て、生活をきりつめ中学をやっと卒業させた息子も、鄭州紡績工場で働きだしました。初めは息子も母親に会いに何時も家に帰り、絶えずお金も持ってきましたので母親は育てた甲斐があったと思っていました。
しかし、諺に“小雀は尾が長くなり妻を娶ると母を忘れる”と言いますが、息子は鄭州で女房を貰うとすぐ変わってしまいました。母親は農村で一人ぼっちで住み、いくら待っても息子は帰って来ませんし、一銭も送ってきません、手紙をやっても返事もありません、どこに子供を思わない母親があるでしょうか。母親は本当に心配になって、小さな家と家具を四五百元で売り、旅費のほかの大部分のお金を布団の中に縫い込み、包みを作りそれを持って鄭州に息子を訪ねて来たのでした。
老婆は息子が以前よこした手紙を持ってあちこちに行き、あちこちに尋ね、やっと息子のいる所を捜しあてました。声をあげて呼ぶと家の中からひどく派手な恰好をした若い女がでてきました。女は足もとに黒い包みを置いて立っている田舎者の老婆を一目見てすぐ心の中でどういうことかわかりましたが、顔色も変えず、冷ややかに誰を尋ねているのかと聞きました、老婆はわけを話しますと女は「違います」と言って“パタン”と戸を閉めてしまいました、老婆は息子が引っ越したかと思いまた戸を叩きました、何回か叩くと家の中で物音がして、人が低い声で話しているのも聞こえましたけれど、もう戸は開きませんでした。
最後にはまた、女の憎々しい声で「わたしはあんたに違うと言ったでしょ、違うと言ったら違うの」と言いました。老婆は仕方なく、戻るしかありませんでした。しかし、息子に頼れなければ、一人で何処へ行けばいいのでしょうか。こういうわけで老婆はこの草地の上に座り悲しくて泣いていたのでした。 若い夫婦はこの老婆の話しを聞き終わると思わず可哀相になって涙を落とし、低い声でちょっと話し合うと、老婆に「お婆さん、今日はもうおそくなったからわたしの家に泊まりなさい、明日、息子さんを一緒に捜してあげますよ」と言いました。老婆はとても喜んで若い夫婦について行きました。
そして、この若い夫婦が老婆と一緒に息子の家を捜すと、やはり老婆があの時、尋ねあてたあの家でした。息子は母を忘れ、訪ねてきた泥臭い老婆を知らないと言うのでした。老婆は息子が自分を知らないと言うのを聞くと悲しみのあまり死のうとしました。若い夫婦は相談して、老婆を自分たちの家に住まわせることに決めました。それから夫婦は老婆を実の親と同じように尽くし、老婆も若い夫婦を自分の息子、娘のようにしました、日が過ぎて、若い夫婦の子供の面倒、食事の支度など家事はみんな老婆がするようになりました。
ある日、老婆は夫婦に「人はみんな腕時計をつけ自転車に乗って通勤しているのに、あんたたち二人はどうして買わないの」と言いました、夫婦は笑って答えませんでした。 老婆は情のわかる人で、この夫婦は農村で育ち、仕送りをしているから、ずっと倹約して生活してても余裕もないのだとわかっていました。老婆は布団をほどいて挾んで置いたお金をだし「これはわたしの家を売ったお金だから、みんなわたしたちのお金だ、あんたたちの通勤に必要だから腕時計を買いなさい」と言いました、夫婦は二人ともいらないと言いました。若い夫は「お婆さん、腕時計はなくてもどうって言うことはありません、このお金はどうぞしまってください」と言いました。
老婆は夫婦が受け取らないないので、顔を曇らせ「どうして、あんたたちはわたしを他人あつかいにするの、わたしはお金はいらない、着るのも食べるのも何でもあんたたちがしてくれてるじゃないか、あんたたちがわたしを他人にするなら、わたしは明日出ていく」と言いました、夫婦は老婆を怒らしてしまったと慌てて、若い妻は「いいえ、お婆さんを私達は決して他人だ思っていません、お婆さんも内でも外でもずっと私達の面倒をよくみてくださいました。私達は家族と同じです、お金をしまってください、何かあった時に使いましょう」と言いました。お婆さんは「しまってどうするの、あんたたちは腕時計を買いなさい、あんたたちがしないならわたしがつける」と言って老婆はお金を若い妻の手に握らせました、夫婦はこれには困ってしまって、とうとう若い夫が「それじゃあ、こうしょう、腕時計を買って、残ったお金は銀行に貯金しよう、そしてお婆さんがいる時にだせばいい」と言いました、老婆はやっと笑って「どっちみちお金はあんたたちが管理すればいい、そして使いたい時に使えばいい、そうすればわたしは嬉しいのだよ」と言いました。
何日もしないでこの話は羽が生えたように工場の中に広がりました。老婆の実の息子夫婦はこれを聞くと老婆がお金をたくさん持っているとねたんで、なんとしてもお金を取ってやろうと思いました。相談をしてから息子夫婦は老婆を迎えに行きました。この時老婆は食事を作りながら子供を遊ばせていました。老婆は自分の息子が来たとわかるとカアッと怒りがこみあげてきて「お前たち何しにきたの」と怒って言いました、息子はお菓子の包みをテ−ブルの上に置いて、さも親しそうに「おっかさん、迎えに来ました」と言いました、老婆はそれを聞くと、お菓子の包みをつまみあげて外に放り投げ「誰がお前のおっかさんなの、わたしにはお前のような息子はいないよ」と言いました、女は老婆がきちんとした身なりで、家の中も綺麗に片付いているのを見て、これは老婆がまとまったお金を持っていると思い、満面に笑みを浮かべ、甘い猫撫で声で「お母さん、私達を誤解しないで下さい、あの日、はっきり言って下されば、こんな所に来させなかったのに」と言いますと老婆は、口先きばかりのおしゃべり鳥め、うまいことばかり言ってと思いもっと怒り、この気どったいやらしい女に向かって激しく「わたしは本当の息子と娘を捜しあて、どうやらまともな所に辿り着いたよ」と言い終わると鍋を持ち上げて火を消し、子供を抱くと、この心の欠けた夫婦を強く門の外に押出し、窓を閉め門に鍵をかけて市場に行ってしまいました。
これでもこの心の曲がった夫婦はあきらめず今度は、裁判所に若い夫婦が老婆をひきとめ、お金をとろうしていると訴えました、裁判所は調査を始め裁判が開かれました、そして老婆が息子の言い分を認めないことがわかりました。若い夫婦二人も今までの事情を詳しく説明しました。裁判所は老婆の意見を聞きました、老婆はきっぱりと「ここが私の家です、この若い夫婦がわたしの息子と娘です、たとえ天の果てまで行こうとわたしの考えは変わりません」と言いました。 裁判所はこの事情をふまえ老婆の要求に同意し、若い夫婦と一緒に暮らすことを認め同時に工場の指導者を通じて老婆の実の息子を厳重に戒めるように告げました。
当代流伝故事選 1993・7・18