ハラハラした一晩
電気機械工場材料課の王さんは資財調達係りであるが、出張を嫌がる。特に上海となると、跳び上がるほどびっくりする。内蒙古なら包(パオ)にだって泊まるが、上海のビルには泊まりたくない。だが今度は大事な仕事で、王さんが行かなければ解決しない。課長はもう三日も王さんと話しているのに、王さんはまだ返事をしない。今月の奨励金がでなくてもかまわないと思っている。ほかの人は上海と聞けば、歩いてだって行きたがるのに、五十才にもならない王さんはどうしてこうもビクビクするのだろう。
上海へは一泊で一度行っているが外灘も黄浦江も見ていない王さんが、こんなに上海を嫌がるのは何故なのだろう。それは1974年、上海に出張してお金を盗まれたことがあるからだ。出かける前に何人もの人から上海人は手が早くて、こそ泥も“高級”だから気をつけろと教えられていたのだが、案の定、上海の旅館に着いたばかりに、公金と友達から頼まれた物を買うのに預かったお金1500元を掏られたのである、おまけに疑われ、このお金を返すのに家族みんなで五年も倹約してやっと返せたのである。それから王さんは上海と聞くと跳び上がり、身の毛がよだつ程びっくりするのである。しかし今度は行く先が刀の山でも、火の海でも上司は王さんの事情を考慮することはできなかった。王さんも行かないわけにもいかず、意を決して行くしかなかった。
王さんが上海北駅に着いたのはもう夜半過ぎていた。運よく小さなホテルがみつかり、チエックインしてカ−ドを持って二階にあがり女の部屋係りに渡すと、女は居眠りをしていて寝ぼけているのか、カ−ドを見ても立とうとせず、廊下を指差して「三つ目の部屋、自分で行って」と言った。王さんはそこへ行ってそっとドア−を開けて“ドキッ”思わずあとざりした、ベットに寝ている人がいるのだ。この人はドア−の音を聞くと体を起こした、もし立ち上がれば一米九十はあるだろう、三十才ぐらいでがっちりした体、顔は髭だらけ、大きな目は何日も寝ていないように血ばしって赤い、王さんは気が小さいので恐ろしかったが、怖くっても部屋に入らないわけにはいかない。
部屋には二つのベット、王さんはそっと空いているベットの上に旅行カバンをおいた、大男は嗄れた声で「今晩は」と言った、「アア」 「足を洗って、休んだら」と言われ、王さんも早く足を洗って休みたいのだが、この大男が心配だ、どうしてかと言うと王さんは公金と友達に預かったおを金みんなで2400元持っているのだ、2000元は奥さんに下着に縫い付けてもらったポケットの中にいれ、400元はカバンにいれてある、足を洗いに行くときこの400元はどうしよう、そうだ洗わないで寝ることにしようと王さんは思った。
王さんは二晩夜汽車に乗っていたから眠くてクタクタで頭を枕につけると瞼は開かなくなって眠ろうとしたが大男はベットをギシギシ音をさせて眠っていない。いけない、あいつが眠らなければ俺も眠れない、でも眠い、しかしこのお金は………ここまで考えて目をつぶったが、王さんは二つの耳をすまして大男の様子をさぐっていた、すると大男は立ち上がってそっとこっちに来た、驚いた王さんは息を殺していると大男はしばらく立っていたが独り言のように「オ−まだ眠っていない」と言ってまたそっとベットに戻った。
王さんはますます眠れなくなった、瞼も閉じられない、心の中であいつが何かしてきたらどうしようと考えているとまた男がそっときた、王さんはスウスウと規則ただしい息をして寝たふりをした、男はまた「だめだ、まだよく眠っていない」と独りを言ってベットに戻った。これで王さんは疑いなく男が何をしようとしているのかがわかった。それで両手を布団の中にいれ、下着のポッケトにいれてある2000元をだし手で握っていた400元とあわせ、二つに分け片手に1200元づつ持った、そして心の中で、さあ俺は眠らないぞ、手も離さない、どうだお前は何もできないぞと思っていた。
だいぶ経っておおかた夜半三時すぎだろう、また男が起き上がってこんどは王さんのベットの脇を通り一言も言わずにドア−の外に出て行った。三十分ほどしても戻ってこない。王さんはまた怖くなった、この男、どんな手でくるのか、俺は悪者の棲み家に入り込んでしまったのではないかと心配になって、両手にお金を握ってそっとドア−から頭をだして外を見まわした、すると男はランニングとパンツのまま煙草を吸いながら廊下をゆっくり行ったりたり来りしている、まわりはとても静かでコトリとも音がしない。王さんは心の中でこの男は悪者ではないらしいと思い、少し安心して戻りベットに横になった、王さんは二晩も眠っていないし、またここで寝たり起きたりしていたからどうにもこうにも我慢できなくなって、ベットに横になるとグッスリ寝てしまった。
ハッと王さんは目を覚ました、しまった、もう朝で明るくなっている、先ず左手を見るお金はある、右手を見る、しまった、お札は一枚もない。王さんはガバッと跳び上がって起きた、やられた、ベットの下には何もない、あの大男もいない、ベットの布団はきれいに畳まれ、とっくに人の気配はない、王さんはもう少しで泣き出しそうになった、その時ふとベットの脇の机の上に紙包みがあり、その下にメモがおいてあるのを見つけた。
『すみませんでした。あなたは昨夜わたしのために眠れなかったでしょう。わたしは眠ると雷のような鼾をかくとても悪い癖があるので、ほかの人が眠れないのです。わたしはあなたが東北から来られて、きっと疲れているのに、わたしの鼾で眠れないと悪いと思いあなたが眠ってから、わたしは眠ろうとしました、ところがあなたは何回見ても眠っていません、しまいにわたしは眠くて我慢できず廊下にでて煙草を吸いました。それから部屋へ戻りますと、あなたはグッスリ眠っていましたが、あなたのお金が落ちていました、わたしは、何かあってはいけないと眠らずに夜が明けるまで見守っていました。わたしは汽車の時間がきたので、あなたが目を覚ますまで待てませんでしたので、あなたのお金を包んでおきました(わたしは数えていませんので幾らかわかりません)ホテルの係りに伝えておき、あなたが起きるまで人を部屋にいれないように言っておきました。それからホテルで今日は断水だと言うので洗面器に水をいれておきました。さようなら、お仕事が順調でありますように…上海郊外の一青年』
王さんは急いで紙包みを開けると一束の人民紙幣がでてきた、サッサッサッと数えると1200元ぴったり、王さんは涙が止まらなかった。それから王さんは上海出張を怖がらなくなったとさ。
中華袖珍故事文庫 当代流伝故事選 1993・6・23