屋漏り

 ある所に貧乏な老夫婦が一頭の痩せたロバを飼っていました。住んでいる小さな家はボロボロで、座って上を見ると空の星や月が見えました。空が曇って雨が降ると雨漏りして老夫婦は隠れる所、身をおく所がありません、それで老夫婦は何時も「天も地も怖くはないが、ただ屋漏りが怖い」とつぶやいていました。

 ある晩、空は真っ暗でいまにも雨が降りそうです。老夫婦は心配になってまた「天も地も怖くはないが、ただ屋漏りが怖い」とつぶやきました。
 この時、一頭の虎が家の前のロバの飼葉桶のわきにかがんで、老夫婦がぐっすり寝込んだら、ロバを盗んで食べてやろうと思っていました。
 虎は家の中から「天も地も怖くはないが、ただ屋漏りが怖い」という声が聞こえましたので、“わしは天は怖い、天の雷に打たれればわしは死んでしまう、それにわしは地も怖い、大水が出ればわしは溺れて死んでしまう。ここの爺さん婆さんは、天も地も怖くない、ただ屋漏りが怖い、と言っているが、そいつは人や、天と地に比べても、もっと怖い物らしい、すると屋漏りというのはいったいどんなものなんだろう”と胸をドキドキさせて考えていますと、やはりロバを盗んでやろうと考えた泥棒が、真っ暗闇な中を手探りできて、ロバだと思い込んで虎の体にさわりました。

 虎はびっくり仰天、いままでこの虎のわしの尻さえ、さわる人間なんていなかったのに、なんだこの俺さまに大胆にもさわる奴は、アッ、これが屋漏りというものかと思い込みました。
 泥棒は虎とは気ずかず、この“ロバ”はばかに肉がついて太っているなと、繋いだ綱をほどいて盗んで逃げようと、あちこち手綱をさぐりました、アレ、このロバは繋がれていないらしい、乗って逃げようとばかり、泥棒は虎の背中に乗りました。虎は怖くなって逃げようと思っている時に、泥棒が“パッ”と背中に乗りましたので心の中でこれはまずい屋漏りが俺の背中に乗った、早く逃げなくちゃあと“サアッ”と脚を蹴って逃げ出しました。

 泥棒は一瞬どうしていいかわからず、死ぬほど驚いてしっかりと虎の首にしがみつき目をつぶって、虎の走るのにまかせました、耳のあたりに風を切る音がしました、泥棒はこのロバは普通のロバじゃあない、たぶん千里馬だ、これは大儲けできると考えました。
 虎は泥棒を乗せて命がけで走り、夜明けに森の中に駆け込みましたが、屋漏りは背中にはりついてどんなにふるっても落ちません、虎は木に体をこすりつけて泥棒を削ぎ落とそうとしました。

 空が明るくなって泥棒は虎の背中で夜を過ごした事がわかりました。泥棒は虎のするどい爪に驚き、虎に抱きついていては逃げられないと、虎が森の木の下に来ると、慌てて木の枝に掴まり木の上に逃げました。虎は屋漏りをやっと払い落としたと、ホッとしましたが、また捕まるといけないと後も見ずに逃げ出しました。
 虎は走りに走って一匹の猿に出会いました、猿は虎が息を切らしているので、「虎さん、虎さん、何んだって走っているのです」と聞きました、虎は「屋漏りに追いかけられているのだ」と言いますと猿は「屋漏り、何ですか、屋漏りって」と聞きました、虎はどうしたのかをみんな話しました。

 猿はそれを聞くとすぐそれは人間だと思いました、でもそれは言わずに猿は自分の力をみせびらかすようにまた虎に聞きました「虎さん、屋漏りは何処にいますか」 「森の中だ」 「わたしを見に連れて行ってくれますか」虎は驚いて「俺はいやだよ」と言いました。猿は笑って「怖くありませんよ、わたしは屋漏りをやっつける専門家です」 「お前、本当か、猿のとがった口でできるのか」 「ハイ、人は見かけによらぬもの、海の水は計れません、誰があなたをからかいますか」虎はよく考えて「ずる賢い猿め、連れていってやる、だがお前が屋漏りをやっつけられないで、尻をからげて逃げ出したら、俺はどうしょう、やめた、やめた」と言いました。

 猿は目を見開いて「わたしがあなたをほったらかすと心配なら、あなたの腰とわたしの首を紐で繋いでおきましょう、そうすればわたしは逃げようとしても逃げられません」と言いました。
 虎は「それはいい」と言って、虎と猿は紐で繋いで一緒に木の下に行きました。猿は木の上を見ると果たして人間でした、猿は泥棒を捕まえてやろうと思いました。泥棒は虎が猿を連れてきて自分を捕まえにきたと驚き、急いで木の先に登っていきました、けれども猿の木登りは人間よりも早いので、たちまち追いついて泥棒のふんどしを引き下ろしました。
 とたんに泥棒は“プウッ”とおならをしました、顔中におならをひっかけられた猿は臭くて大声で「アッ、漏らした」と叫びました、虎はそれを聞くと屋漏りがきたと尻を抱えて逃げ出しました、虎が一気に駆け出したので猿はひきずられて死んでしまいました。
 虎は猿が走らなくなったので、振り返って見ると猿は歯を剥き出して笑っている様子なので、怒って「口をとがらす猿、口をとがらす猿、お前は本当に嫌な奴だ、つきあいたくない、俺はとても疲れているのに、お前はまだ歯を剥き出して笑っているのか」と言いました。   

        薛天智故事選                                         1993・4・26

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