災い転じて福となる

 昔、ある郷に王と劉という金持ちの長者がいた。王長者には王美英という一人娘がいて生まれた時から劉長者の一人息子劉巧生と結婚の約束が交わされていた。
 その後、劉長者は誰かに悪事をしていると告げ口されて牢獄に繋がれた。劉巧生と母親は劉長者を救うために、家の金を使い果たしたが劉長者を救うことはできなかった。王長者も劉長者のためにいろいろな筋を通して運動したが、それでも劉長者の大きな災難は消えなかった。

 劉巧生は監獄にいる父親に毎日食事を運びその度に王美英の家の前を通る。だが、幼い時はよく一緒に遊んだ二人も、今は美英は十七、八の娘になって、前と同じように会って話すのは恥ずかしかった。
 ある日の朝、巧生がまた食事を持って王家の前を通ると美英が巧生を呼びとめ、何時式を挙げてくれるのかと聞いた。巧生は父親がまだ牢獄にいて、災難を償い父親を家に取り戻す金もないから結婚の話はできないと言った、すると美英は巧生に、今晩初更(八時)に裏の藁を積んだ所でお金を渡すから、それで父親の災難を償い、それから結婚式を挙げようと言って屋敷の中に入って行った。

 巧生は喜んで牢獄の父に食事を運び、美英の話した事を父親に話すと、劉長者は息子は良い娘と結婚できて幸せだと喜び、もう夜に食事を持って来なくていいから、そのことだけに心を注ぐようにと言った。
 巧生は家に帰って母親にこれを話した、塀の中の話を塀の外の耳が聞くと誰が思うだろうか、劉巧生の叔母がこれを聞いていたのである。この女は気が強くて、亭主を騙すのがうまく、口を開けばすぐ罵り、手をあげては叩き、小さな事で亭主の耳を殴り聞こえなくしてしまった。
 だが今日は家に帰るとちょっと違っていた、亭主に卵を炒め、酒をあたためてだし、さっき聞いた話を耳打ちして、巧生になりすましてその金を取って来いと言った、亭主は悪辣な事だと、何と言っても行かなかった、するとこの欲張り女は亭主の耳をやたらにねじるので仕方なく承知した。
 夜になると早々に亭主は王家の裏の藁を積んだ所に行って隠れていた。しばらくして門の開く音がして、人影が走って来て小さな包みを置くとまた屋敷の中に走り去った。亭主はこの包みを拾って急いで家に帰った。

 劉巧生は二更(十時)まで寝てしまい、母親に起こされ、驚いて靴を履いて走って行き、王家の裏で、もう鶏が鳴きだそうという時まで待ったが王美英は来なかった。よく“太陽がもぐれば、餓鬼は凍え死ぬ”と言ういうが、巧生は寒くて震え家に帰って母親に熱い砂糖入りのしょうが湯を作って貰ったので病気にならなかった。この時から劉巧生は王美英に別の考えを持った。何日か経って、王美英は劉巧生を門の外で見て、父親はどうしたかと聞いたが巧生は美英を相手にしなかった、美英が遠くまで追いかけて来たので巧生はやっと、お金がなかったこと、あの晩行くのが遅れ、夜が明けるまで待ったことを話した。

 美英は自分の不注意で、金の包みがなくなったのを悔い、長い間に貯めた自分のお金だがこの災難は父母には言えないと密かに気を病んで病気になり倒れてしまった、医者は熱病だと言ったが全身から汗がでないまま、ついに息をつまらせて死んだ。
 劉家では手紙で王美英の死を知った、美英はまだ嫁いで来てはいないが劉家の人なので劉巧生の母と叔母は亡き人を追悼に行った、だが、欲張りな叔母には別な考えがあった、王家は娘の美英の葬式を丁重にするだろう、娘が持っていた物はみんな持たせ、金銀の首飾りや絹の着物、布団はみんな新しくするだろう、王長者夫婦が可愛がっていた一人娘だから、そうしないわけないと思ったのである。欲張りな叔母は家に帰ると、また亭主に王美英の墓を掘ってそれを盗んで来いと責めた、亭主がやらないと言うと、欲張りで気の強い女房はまた殴るので亭主は仕方なく行くしかなかった。

 王家の娘が埋められた日の真夜中、叔母の亭主が来て新しい墓を掘り始め、しばらくして棺桶を鉄の鍬で掘り起こし、棺桶を斧でこじ開け、「巧生の嫁さんや、本当にすまない、この間は金を騙し取ったが今度も俺を許してくれ、お前さんがつけている首飾りはみんな無駄になるからはずしてあげる、この着物と布団もお前さんはいらないだろう」と言った。王美英は全身から汗が出なくて死んだので土の中に埋められ、体に風あたらなくなると、全身から熱がでて甦えり、王美英は劉巧生の叔父が話したことをみんな聞いてしまった、美英も何か言おうと思ったが、斧で切り殺されるのを恐れて死んだふりをしていた。

 墓泥棒が逃げてしまうと、王美英は全身素裸なので困ってしまった、家に帰り門で人を呼べば召使たち見られてしまう、そこできっぱりと劉家に行こうと決めた、劉家には召使はいない。
 劉家に行き門で呼ぶと劉巧生と巧生の母親はびっくりしてしまった、巧生の母親は「嫁や、わたしたちをおどかさないでおくれ、わたしはあなたを供養にいくから何かない物、足りない物があったら言っておくれ、明日はそれをきっとお墓へ持って行くから」と言うと、王美英は急いで「お義母さん、わたしは生き返ったのです」と言った、巧生の母はそれを信じないで、王美英の手を窓から入れさせ、指でつねってみると外で“痛い”と言う、それに手も暖かい、巧生の母は急いで門を開けて見ると、王美英は裸であった。
 驚いた劉巧生は窓から表に飛び出し、美英が着物を着てから家に入った。

 そして「いったいどうしたのだ」と聞くと王美英は、事のしだいを始めから終わりまで話した、劉巧生の母親が大喜びしたのは言うまでもない。
 王美英が生き返ったことで、劉家では空しい心から目が覚める気持ちであった。諺に 「悪事をしなければ、鬼も怖くない」と言うが、劉家の叔父夫婦は自分たちの悪事に耐え切れなくて、二人は考えれば考えるほど、辛い思いをした、どうしたらいいか、これからどう生きていけばいいのか。二人は奪った物を全部ひと包みにして、家の門を閉め、一本の曲がった木に縄をかけ二人とも首を吊って死んだ。

 翌日、村人や親戚の者は劉家の叔父夫婦が死んでいるのを見つけ、そのあと始末をしてから、叔父夫婦の家へ行くと、王美英の金銀の首飾り、経帷子、布団など全部が包まれていた。これで人々はどういうことかがみんなわかった。
 このあと、劉巧生の父親は冤罪を晴らして、無罪釈放された。劉巧生と王美英は結ばれて幸せな夫婦となり、暮らしは日ましによくなった。   

         譚振山故事選                                        1993・4・24

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